Dark night of the soul Secret path to the Light

秋の夜の詩 2編
2013-10-24 Thu 16:01

秋の夜空

これはまあ、おにぎはしい、
みんなてんでなことういふ
それでもつれぬみやびさよ
いづれ揃つて夫人たち。
    下界は秋の夜といふに
上天界のにぎはしさ。

すべすべしている床の上、
金のカンテラ点いてゐる。
小さな頭、長い裳裾、
椅子はひとつもないのです。
     下界は秋の夜といふに
上天界のあかるさよ。

ほんのりあかるい上天界
逞き昔の影祭、
しづかなしづかな賑はしさ
上天界は夜の宴。
    私は下界で見てゐたが、
知らないあひだに退散した。
           

中原中也(1907~37)「山羊の歌」より



中原中也を、ふと買いたくなった理由はさておいて、
あらためて読んでみても、これといって、なにも感じないなあ。

中原中也のどこが好きなのか?

この詩集、積ん読というより、飾っ読になりつつあります。

「秋の夜空」という詩も、この人らしい・・・
なんだか、いましがた勉強した仏文学から、想像してみた、
上流社会の雰囲気を、あまり関心もなさそうな空の上に
ぽんと置いてみただけのような、おかしさがあります。

それでも、「ほんのりあかるい上天界」を、あんぐり見上げながら、
呼ばれもせず、招かれもせず、膨れ面でひとり去ってゆく哀愁は、
天地の隔たる、秋の夜ならでは、感傷でしょうか。

秋の夜の星は、遠いです。
遠くて、小さいけれど、親しげに瞬いて、
澄んだ「しづかな」、星月夜が、くり広げられます。

明るい星は、「南のひとつ星」が、ぽつんとあるだけ、
夏の銀河や、冬の星座のような、豪華さはないけれど、
秋野の千草のように、ひそやかで涼やかな、星の風情が、
地をおおう、虫のすだきと交わって、万の想いを募らせます。
だから秋は、身近なお月様や流れ星が、主役なのでしょう。

すでに銀河は西に傾き、織女と牽牛も、姿を消してゆく・・・
白鳥の十字架から零れる、天の川の細い流れは、北天の夜をわたり、
カシオペア座、ペルセウス座、五車の星を掠めながら、
やがて東にあらわれたオリオン座の、赤い肩に落ちてゆく・・・
「銀河鉄道」とは、ちょうど反対へ向かう路線ですね。

秋の星座は、ギリシャ神話の冒険譚でも有名です。

夜空のまんなかを、翼を持つ天馬が翔けて行く。
天頂に幕を張ったような四辺形は、天馬の胴体、ペガサス座。
ペガサスに乗る英雄は、ゼウスの息子、ペルセウス。
ペルセウスが救って妻にした、エチオピアの王女、アンドロメダ。
アンドロメダの両親である、ケフェウス王と、カシオペア王妃。
アンドロメダを襲い、ペルセウスが倒した、くじらの海獣までが、
それぞれ星座となって、全天にずらりと配され、
淡い星影にも、豪華な神話の絵巻を見せてくれます。

なかでも、アンドロメダ座を名高くしているのは、
この星座に位置する、「アンドロメダ銀河」の存在でしょう。

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かつては、「アンドロメダ大星雲」とも呼ばれ、
その名で記憶している世代も、おられるかと思いますが、
現在では、「アンドロメダ銀河」と呼ばれます。
われわれの地球を含む銀河系は、「天の川銀河」です。

地球からの距離は、約230万光年。
肉眼で見える、もっとも遠い天体。

視力の弱い私には、コンタクトを用いても見えませんが、
双眼鏡でなら、だれにでも充分に観望できます。
周囲の星とは、明らかに違う、白くて柔らかい、
繭のような、楕円の広がりが、ぼんやりと望めます。

アンドロメダ座は、天頂をわたる星座なので、
真上付近を、じっと見上げているのは、首が辛いですけど・・・
ペガサス座の四辺形を、目印にすると、辿ってゆけます。

瞳に映る・・・230万年の時空を超えて、届いた光。
くしゃみとか・・・しませんか?

人は、「現在」を見ることはできない・・・のですね。
目の前で起こる事象さえ、現在の一瞬前の、過去の光。
星のかなたへ逃亡すれば、地球の過去に、出会います。
「人は、忘れます。星は、憶えています」。

アンドロメダ銀河と、天の川銀河とは、ひとむかし前には、
大きさや形状もよく似た、双子の銀河のように、語られていましたが、
現在では、アンドロメダ銀河のほうが、はるかに巨きく、
直径は22~26万光年、恒星の数はおよそ1兆個にのぼり、
バルジ(中心のふくらみ)には、巨大なブラックホールがふたつ、
連星系を成しているらしいことが、分かってきているそうです。


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これに対して、われらが天の川銀河は、直径が約8~10万光年、  
恒星の数は、およそ2000~4000億個くらいと、推定されています。
形状も、アンドロメダ銀河のような、「渦巻き銀河」と考えられていましたが、
最近では、バルジからのびる棒構造を持つ、「棒渦巻き銀河」に分類されます。
地球は、天の川銀河を構成する腕のひとつ、オリオン腕の外れにあって、
銀河中心からは、およそ2万8千光年も離れている、地方の星です。

太陽系の黄道面は、銀河面に対して、約60度傾いています。
海の果てや、山の向こうから、豪快に立ち上り、空を横切る、
天の川が見られるのは、そのためで、もし両方が平行だとしたら、
天の川は、地平線付近に横たわる姿に、見えるのでしょうね。

話がやや、大仰になってきましたが・・・・・

ところで、異郷でふり仰ぐ星々には、
胸をしめつけられる、郷愁があふれます。
秋ともなれば、また募るばかり・・・

望郷の想いを詠った、隣国の詩をひとつ。



星に思い巡らす夜


季節が過ぎ去ってゆく空には
秋がいっぱいです。

わたしは、なにごとも心配せずに
秋のなかの星たちを、みな数えられそうです。

胸のなかに、一つ二つ刻まれる星たちを
いまだぜんぶ、数え切れないのは、
朝のおとずれが、あまりにも早いからです。
明日の夜が、わたしにも、残っているからです。
まだ青春が、わたしのなかに、留まってくれるからでしょう。

星ひとつに、追憶と
星ひとつに、愛と      
星ひとつに、寂しさと、
星ひとつに、憧れと、
星ひとつに、詩と、
星ひとつに母、母

母よ、わたしは、ひとつの星に、
美しい言葉を、ひとつずつ、呼びかけてみます。
小学校のときに、机の一緒だった友達の名前と、
 珮、鏡、玉、
このような、異国の少女たちの名前と
すでに赤ちゃんのお母さんになった、娘たちの名前と、
貧しい、お隣の名前たちと、
鳩、子犬、うさぎ、ロバ、鹿、
フランシス・ジャム、ライナー・マリア・リルケ、
このような詩人たちの名前を、呼んでみます。

この人たちは、あまりにも遠いところにいます。
星が、はるか遠いように、

母よ、
そしてあなたは、遠い北間島におられます。

わたしは、なにかを懐かしみ、
この数多い星たちの、光を浴びる、丘の上で、
自分の名前を書いてみてから、すぐ
土をかぶせて隠しました。

夜どおし啼いている虫たちは、なんだか
恥ずべきわたしの名前を、嘆いているかのようです。

しかし冬が過ぎて、やがてわたしの星にも、春が訪れれば、
墓土のうえに青々と芝草が生えるように、
わたしの名前が埋もれているこの丘のうえにも、
誇りのように、草が生い茂るでしょう。


尹東柱(ユン・ドンジュ。1917~45)




韓国へはふつう、飛行機ではなく、船で渡航します。
下関か博多から、フェリーで海峡を渡る、約6時間の船旅。
とくに好きなのは、夜間航路です。

凪いだ夜には、甲板に出てみます。
船はすべるように、波間を進みます。
すぐそばには、対馬が寝入り、横たわっているけれど、
釜山の光も、博多の街も見えない・・・海の真ん中から、
真っ直ぐ上に、宇宙が黒々と、星をのみこむありさまには、
真っ逆さまに、金魚鉢の、真底に落ちたような気分です。

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「間島」とは、北朝鮮と国境を接する南満州の地で、
いまでは、中国の朝鮮人自治区となっています。
尹東柱は、間島の地に生まれ、日本の同志社大学に留学中、
韓国語で詩を書いたことを理由に、治安維持法によって検挙され、
終戦を前にして、福岡の刑務所で獄死しました。
生きていれば、もうすぐ100歳。

渡りたくても、渡れなかった海峡。
戻れなかった故郷。二度と、会えなかった母。

なんども行き来した、星満つる、夜の海のまんなかで、
彼のことを、彼の詩を、思い出さないことはありません。

別窓 | impressions
仲秋夜半
2013-09-20 Fri 00:58

   
名月は、東の空に、愛でるもの。

宴の尽きた、真夜中の丘には、
白い衣、女たちの輪舞。

太陽は昼を、戦士たちと過ごし、
月は夜を、死者たちと過ごします。

夜半の真白な庭。

星の消えた虚空。

子どもが、親の目を盗んで、
裏木戸を、ギィーと開けるように、
魂は漕ぎ出す、垂直の空。


        仲秋の名月2


霊魂は、天の光を、肉に宿すと、
ひとつとすべての前に、
傷ついて、墜落する。

欲望は、海の星にも、網を仕掛けて、
銀のウロコを、捕まえようとする。

世界のはじまりから、
一睡もしない、神の姿に、
悔い改めぬまま、わがままに祈る。

力や慰めや、平和や幸いを
早くよこせと、要求しながら、

安らいで、人は寝入る。

くりかえし、地は震える。

別窓 | poems
睡蓮
2013-09-17 Tue 23:32

秋晴れの、果てなく、高い空よりも、
紗のような、雨音の優しい、露色の9月。

炎暑の季節を、越えられなかった、いのち。

干からびた、工場の若者。
胃まで焼けた、節電のお年寄り。        
殻を、脱げなかった蝉。
羽根を、なくした蝶の、お弔いに、

天日が、顔を覆って、涙をそそいでくれるのに、
人は追われ、急かされ、仕事に戻される。

睡蓮1


夏山は、豪奢な、緑の絨毯ではなく、
海辺にも、ぶどう酒の波は、打ち寄せず、

青空を浮かべた、池に遊ぶ、
睡蓮の、無心もまた、
ただ慈愛、ただ微笑では、ありません。

今年もまた、知らずに、踏み越えてきたのか。
いつか、世界とお別れする、カレンダーの日付を・・・


別窓 | poems
星の記憶 記憶の星
2013-09-16 Mon 01:49

青い星


この荘厳な、星の姿を、見るたびに、
ここにいま、自分が生きている、実感よりも、
ながい旅を終え、ようやく、戻って来られたような、
懐かしさと安らぎに、涙があふれるのは、なぜだろう・・・・・

星に、もっとも近いものは、花が宿した命。
足元で踏みにじってしまった、青い花たちが、
あなたに残した、ゆるしの香りを、忘れないでください。
目には見えない、調べのような、いく世代もの悲しみです。

墓守りをする女人が、手向けた花に秘めた、愛のなかで、
静かに広がり、解き放たれてゆく、記憶の波が、
生ける星、死せる星、万有を生まれ変わらせる、
輝ける、母の身体となるのです。


月下美人2


別窓 | poems
なにもかもが、風化してゆく日々に・・・
2013-06-14 Fri 22:44

別窓 | candles
沈黙する罪 
2013-02-12 Tue 01:30

いまに、はじまったことではない。だがこれ以上、
このようなふるまいが、この国で、ゆるされていいのだろうか?

こんなものを放置したまま、日本国は、
国際社会に、どんな顔向けができるというのだろうか?

それ以前に、これは人として、赦されないふるまいである。
日本人は、いつから人間であることを、自ら放棄したのか?

日本国首相や、東京都知事はいますぐ、これらの行為を非難する声明を発表し、
彼らが、憎悪の矛先を向けている隣人たちを、ひとり残らず、身を挺して守ると、
国の名誉にかけて、約束し、実行しなければならない。

日本国民は、どんなレイシズムも、憎悪犯罪も許さない。

彼らが名指しする隣人たちだけでなく、日本に在住する、すべての人種と民族に
どんな不安や恐怖も与えてはならず、どんな危害も加えられてはならない。
広く国際社会にも訴え、国内でも法律を、早急に整えるべきです。

安倍総理。あなたは、日の丸が冒瀆されているとは思いませんか?
日本国の品位を傷つけ、根幹をゆるがす、恥ずべき行為とは思えませんか?

彼らは、「ごく一部の、特殊な思想傾向を持つ人々」ではない。
「ごく一部の」という捉え方は、危険である。

ぜひ、動画を探して見ていただきたい。見て見ぬふりをする人々は多い。
「ごく一部の、特殊な」集団だから、関わらぬほうがいいと、
圧倒的な多数の人々が、不気味に思いながらも、無関心を装っている。
物騒で、こわそうな集団が通り過ぎれば、もう忘れている。
そうやって人は、「ごく一部」に加わり、「ごく一部」は膨らんでゆく。
沈黙によって、加担することになってしまうからだ。

イジメと同じことだ。傍観者こそが、共犯者となるのである。動画

「害虫駆除」「○○人をたたき出せ」「三韓征伐」「不逞○人追放」
「良い○○人も悪い○○人もどちらも殺せ」「○○人首吊れ毒飲め飛び降りろ」
「ゴキブリウジムシ○○人を叩き出せ!」「○○民族を皆殺しにしろ!」
「ガス室を作れ!○○人を叩き込め!」「こーろせ殺せ、○○人殺せ!」

あなたは日本人として、これらにも一理あると、頷けるだろうか。

8月6日、炎天下の広島でも、同じような一団を、目の当たりにしたことがある。
田舎街の書店にも、近隣国への失礼な暴論妄説は、山ほど売られている。
それらの内容は精々、日本国内の「身内」にしか通じない、言説だとしても、
無批判に受け入れ、目の色を変えてしまう人たちが、少なからずいるとしたら、
日本の孤立どころか、国家そのものの、カルト化さえ招きかねないだろう。

オスプレイに反対する沖縄の人々が、東京でデモをしたときの様子を、
『戦後史の正体』や『日本の国境問題』などの著書で知られる、
孫崎享氏は、ツイッターで次のように記している。

沖縄:昨日糸数慶子氏と対談
「オスプレーで沖縄41全市町村長上京し、訴え。後、銀座でデモ。
行進の両脇で、中国の操作されているとの、大量の罵声に驚愕」。
オスプレーが安全であるとか、安全保障上必要と反論するなら解る。
しかし、「中国のスパイ」的反論でしか、反論できず、
かつ、一定勢力もつは恐ろしい現象(1月30日)

反響・オスプレイ反対、沖縄の人々の銀座デモ・平山鉄太郎
「"中国に操作されているとの大量の罵声に驚愕”。これは本当に驚きました。
いわゆる右翼団体の構成員ではなくて、(見た目は)ふつうの"市民"が
日の丸振りながら「非国民死ね!」とか絶叫していて唖然としました。」
(1月30日)

軍事ジャーナリストの神浦元彰氏は、次のようにツイートしている。
「『中国軍と自衛隊の軍事衝突が起きる』と話して欲しいと
テレビ番組のスタッフから電話。今回は中国軍の未熟を指摘し、
「あえて危機を煽ることは出来ない」と断ると、
そのように話せる人を紹介して欲しいと聞かれた。
またか。どうしてテレビは戦争をさせたいのか。
明日は日中戦争が始まると放送なのか」(2月5日)

同じく神浦氏によれば・・・
「自衛隊と韓国軍が竹島で戦う、自衛隊と中国軍が尖閣で戦う。
 兵器の写真をいっぱい使いたい。そんな仮想の戦争企画をやりたいと、
 監修依頼が殺到中。どうして日本が、韓国や中国と最終手段の戦争をするのか。
 今までの韓国や中国との友好は何だったのか。
 日本人はいつからこんなにも戦争が好きになったのか。
 そろそろ気づくべきなのだが・・・」(2月23日)

すでに「ごく一部」ではなく、大多数の日本人の心は、知らずのうちに、
民族差別と排外主義に侵食されて、戦争へとまっしぐらに誘導されている。

中国を訪問した鳩山元首相は、尖閣諸島を「係争地」と表現したことで、
「国賊」であると非難され、「腹を切れ」「万死に価する」と罵られた。

男性であれ、女性であれ、普段は温厚で親切、礼儀正しい人が、
歴史や領土の問題になると、客観性そっちのけで、別人になり果てる。
仲のよい友達でさえ、怖がって黙り込み、話をしようとしない。
そして不安そうに言うのだ。「どっちがほんとうなのか分からない」。

若者達は、いまより無知と偏見が強かった戦前の、お年寄りさえもが、
人間の品位を失うまいとして、絶対に口にしなかったような、差別発言を、
ネット上であれ、道を歩きながらであれ、平然とおこなって恥じない。

原発問題では、メディアの嘘などすぐに見抜いて、得意がる人たちが、
竹島や尖閣の話になると、偏向の強い報道でも、まる呑みに信じてしまう。

子供たちを放射能から、命懸けで守ってきた、お父さん、お母さんたち。
お子さんたちの心を、レイシズムの汚染からも、守ることができますか?
命と未来を守れと訴える唇で、「○○人を殺せ」と叫ぶことができますか?

こんな国の首都に、オリンピック招致など、失礼にもほどがある。
(もとより、放射線被曝と直下型地震が懸念されるため、開催は不可能だが)

日本人はかつて、関東大震災の混乱のなかで、多数の朝鮮人・中国人を殺害した。
それを思い出させる出来事が、いまから13年前にあった。

2000年9月3日(関東大震災の発生は9月1日=防災の日)、 
石原東京都知事は、陸海空の自衛隊員を動員して、防災訓練に名を借りた
大規模な軍事演習を展開し、国民の軍事への関心と興奮を、一気に覚醒させた。

「いまの東京を見ますと、不法入国した多くの三国人、外国人が
 非常に凶悪犯罪をですね、繰り返している。・・・・・
 こういう状況を見ましても、大きな災害が起きた時には、
 大きな騒擾事件すらですね、想定される、そういう状況であります。
 ・・・・・そういう時に、みなさんの出動を願って、災害の救急だけではなしに、
 やはり治安の維持もひとつ、みなさんの大きな目的として、
 遂行していただきたいということを、期待しております」。
(2000年4月9日 陸上自衛隊練馬駐屯地での、石原氏の挨拶より)

「三国人」とは、朝鮮人、台湾人などの、旧植民地の人々を指したが、
わざわざそうした呼称を使って、犯罪や暴動を起こすと説きながら、
治安維持のために、軍隊で鎮圧してもらいたいと、期待しながら、
石原都知事は、関東大震災を心に刻む防災訓練に、その大演習を決行した。

なにを意味するか?国家の暴力意思である。 
憲法破壊への情念、日本国の右旋回、国民意識の変貌、
かつて蹂躙した東アジアへの、剥き出しの侮蔑と敵意である。

この国の「右傾化」は、いまにはじまったことではない。
その布石は、きちんと見える形で、着々と敷かれてきたはずだ。
そしていま、12月の衆院選での、自民と維新の得票率を合わせれば、
国民の半数が、改憲を掲げる「極右」を支持する、結果がもたらされた。

心ある人々はいま、深い痛恨と憂慮のなかで、
ドイツの牧師マルチン・ニーメラーの、警告詩を思い出す。


『最初にナチスが共産主義者たちを攻撃したとき』

最初にナチスが、共産主義者たちを、攻撃したとき
わたしは、声を挙げなかった。
共産主義者ではなかったから。

次にやつらが、社会主義者を、投獄したとき
わたしは、黙っていた。
社会主義者ではなかったから。

それからやつらが、労働組合員たちを、逮捕したときにも
わたしは、抗議しなかった。
労働組合員ではなかったから。

そしてやつらが、ユダヤ人を、捕えたときにも
わたしは、黙っていた。
ユダヤ人ではなかったから。

さらにやつらが、カトリック教徒を、捕えたときにも、
わたしは、抗議しなかった。
わたしは、プロテスタントだったから。

最後にやつらは、私を捕まえたが、
もはや抗議できるものは、だれもいなかった。



たとえば石原都知事が、女性を侮辱したとき・・・あるいは「三国人」を、シナを、
障害者を、同性愛者を差別したり、左翼を攻撃したとき、どうだったろうか?
自分に関係なければ、聞こえもしないし、じつは、同調してもいたはずだ。
たとえ標的が自分たちであっても・・・一緒に楽しみ、笑い飛ばしていた。

「女性が生殖能力を失っても、生きているってのは、無駄で罪です」。

そのとき大勢の女たちは、「いかにもこの男らしい」と、気にも留めず笑った。
ある女たちは怒り、訴えたが、相手にもされず、退けられた。
それでも、女たちは笑った。「ババアは死ね」と言われながら、笑っていた。
男らしく、頼もしいと、何事でもないように、同意しているかのように・・・
いまも美容院で、女性誌を読みながら、「石原総理大臣」に抵抗を感じない。

「アウシュヴィッツ」における不可解なものとは、死刑執行人やその助手や、 
 大量殺戮の技術的完全化だけではなく、神の隠遁だけでもなかった。
 それは、傍観し、目をそむけ、目を閉じ、犠牲者を孤独に見放し、
 大量殺戮へと引き渡した人間の、沈黙であった。
 (ユルゲン・モルトマン、1989年)


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半月夜の文様 と 『レ・ミゼラブル』
2013-01-19 Sat 19:39

こんばんは。不思議な月夜へようこそ。

今宵は、上弦の月(半月。月齢7.6)の夜。

17:30頃から約2時間ほど、月面の真ん中の、ちょうど昼夜の境目に
糸でバッテンをつけたような、「X」の文字が、浮かび上がりました。
「月面X」と呼ばれる文様であり、現象でもあります。

ブランキヌス、 ラカイユ、 プールバッハという
クレーターの壁面が、朝日を浴びて輝くわずかな時間、
その稜線を真上から眺めると、「X」に見えてしまう偶然は、
地球人にしか味わえない醍醐味。月や星好きの人には、格好の話題です。

残念ながら肉眼では見えないのですが、望遠鏡があれば、充分楽しめます。
文様がもっと大きければ、豪快なのですが、よく晴れていれば、
どこどこ?と探さなくても、X文様が、くっきりと確認できます。

日の暮れたあとの、まだ青い空に浮かぶ半月が、宵闇に包まれるまで、
ワンコを膝に暖を取りつつ、大小に倍率を変えながら、ひたすら月を眺めました。
神秘というほどの景色ではありませんが、絶妙の刻一刻を堪能できました。

半月を地球から見れば、お月様の真横から、太陽の光が当たっているので、
表面のクレーターなどの、山や谷に、鮮やかな影ができて、
月面の地形が、より立体的に見えるため、観察にも適しているのですね。

月面Xは、半月になれば、いつも見られるわけではなく、
微妙な角度や時間があるので、夢幻のごとき趣がありますが、
次の機会は、3月19日、5月17日になるそうです。
ご興味のある方は、ぜひお月様を、仰いでやっていただけますように。

月面X

拙い写真で申し訳ございませんが、「X]文様、どこだかお分かりですよね。


(休憩します。このあと、もう少し別のことを書きます)


ながらく放置してしまい、たいへん申し訳ございません。
ここからは、先日鑑賞した映画『レ・ミゼラブル』について、書きたかったのですが、
あの映画を理解するには、どうしても、原作にじっくり取り組まなければと思えてならず、
ここには、簡単な印象だけを、書かせていただくことにいたします。
(いわゆる「ネタバレ」満載ですので、ご注意下さい)

フランスの文豪、ヴィクトル・ユーゴーの大河小説をベースにした、
もともとはミュージカルであった作品を映画化した、見ごたえある作品です。
フランス大革命と、ナポレオンの失脚を経た、復古王政の下で、ふたたび  
革命の機運が盛り上がる時代背景と、人間とは、革命とは、愛とは何かという、
根源的な問いを、共有できるか否かが、作品理解の決め手になると思います。

冒頭の、嵐のトゥーロン港に傾いた巨大帆船を、大波を被りながら、囚人たちが
綱で曳いてドックに固定する、荒々しい見せ場の、天地がどよめくような
迫力ある男性コーラスで、観る者は一挙に、物語世界に引き込まれるでしょう。

囚人のなかの、ひときわ眼光鋭い怪力の持ち主が、主人公のジャン・バルジャン。
一切れのパンを盗み、19年間も投獄された男の、愛による、人間再生の物語。

およそ女としての、不幸という不幸を一身に被り続ける、ファンテーヌへの約束で、
その娘で孤児となり、いかがわしい宿屋で虐待を受けるコゼットを、彼は引き取ります。
二人は実の父娘のように、慎ましく平和な暮らしを送りますが、どこへ落ち着こうとも
脱獄囚としての過去は拭いがたく、ジャベール警部の姿となって、彼を執拗に追い詰め、
幸福と成功とを手にした瞬間、必ずそれは、粉微塵にぶち壊されてしまいます。

やがて時代は風雲急を告げ、コゼットの恋人マリウスは、革命家の仲間たちの間で、
恋か革命かに悩みながらも、闘いに身を投じ、それを知ったジャン・バルジャンもまた、
父親としての愛情に苦悩しながらも、己に打ち克ち、彼を探すべく革命の巷に赴きます・・・

重厚なオペラを思わせる、豪華な仕上がりでありながら、だからこそ、
そこに描かれ、謳いあげられるのは、「レ・ミゼラブル」(=「悲惨なる人々」)。
社会の底辺に生きる、抑圧されたあらゆる人々の、それでも希望を失わない、
雑草のように猥雑な生命力ではなく、自由を求める、気高い人間精神なのです。

ここでは、「人間」なるものの諸相が、どれほど厳しく、豊かな彫琢をもって、
描かれていることでしょうか。ひとりの囚人、ひとりの娼婦の言葉にも、
積み重ねられた、歴史があるからこそ、おごそかであり、真実なのです。

印象的だったのは、法の正義を頑なに信じ、滑稽ともいうべき偶然さで、
ジャン・バルジャンの行く先々に現れては、立ちはだかるジャベール警部と、
いまは真人間として生きる、ジャン・バルジャンとの、最後の対決場面です。
それはもはや、剣や法による対決ではなく、互いの理解をも超えた、
人間性の発露ともいうべき、自発的な許しと寛容による行為で、
ジャン・バルジャンを見逃してやった警部は、おのれの行為そのものに戸惑い、
懊悩しながら、ノートルダム橋から、激しい水流のなかに、身を投げます。
この時、彼を見下ろしていた、星もない闇夜に浮かびあがる、黒々としたパリの街、
その静謐と沈黙の重さが何であったのか、私には、いまもその答えが得られません。

もうひとつは、脇役ながら実に個性的だった女性、エポニーヌの自立した自我です。
彼女は幼いコゼットを虐待した、自堕落な夫婦の娘ですが、
彼女もマリウスを愛しながら、いじわるなどせず、二人が結ばれるように計らい、
エポニーヌ自身は、男装して革命に身を投じ、銃撃を受けて死んでゆきます。
好きな人の傍にいたいという、不細工ながらも純情な娘心といえば、陳腐ですが、
彼女の選択は、愛ゆえの衝動というより、むしろそんな盲目からの脱出であり、
ここにも、個人の体験を革命に昇華させ、自由を志向する、人間精神があるのです。

エポニーヌの人間像に比べれば、コゼットとマリウスの恋愛は、浅薄なものに見えます。
一目ぼれの恋ほど失望も大きい。二人の前途には、困難が待ち受けているでしょう。
幼少期の虐待を除いては、ジャン・バルジャンの、献身的な愛に守られて育ったコゼットは、
育ての父の過去も、革命の何たるかも知らない、今朝咲いたばかりの白い花。
ただ一人生き残り、仲間を失ったマリウスに、「過去は忘れて、未来を見つめて」と励ます
コゼットの優しさは、その愛を、微笑を守ってやりたい、清純無垢の存在ながら、
やがて苛立ちの種となり、夫のマリウスは、そんな結婚生活に欺瞞を感じて、
その後も続く革命に、ふたたび参加してゆくであろうことは、容易に想像できます。

その時、コゼットもまた、妻として引き止めたり、仕方なく従うのではなく、
一人の人間として、市民としての自覚を持って、自らの意思で立ち上がってこそ、
エポニーヌの、ほんとうの姉妹となれるのだと、思わずにはいられません。

最後の場面では、パリ市民が、家具を積み上げて築いた、巨大なバリケードの上で
高らかに「民衆の歌」を歌います。そこには、革命で斃れていった若者たち、
彼らの血を拭った女たち、ジャン・バルジャンも、エポニーヌもいます。
祖国の名で「自由」を讃え、誇らしげに三色旗と赤旗!を振る、民衆の姿。

フランス人にとってのフランス、ロシア人にとってのロシア、
韓国人にとっての大韓民国・・・それは、まさに民衆のもの。
民衆の血によって、自由を贖った歴史の重みがあるからです。

劇場の暗がりで、周囲から、すすり泣きが聞こえてくるなか、
なんともいえない寄る辺のなさに、いたたまれない思いでした。
いまこの国、この時代に、なんと場違いな、映画を見てしまったことかと・・・
その想いは、おもたい澱となって、じんわり胸のなかでわだかまり、
これから先も、いつまでも解けることはないのだろうか・・・


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冬至~太陽と月と銀河~黄道十二星座
2013-01-12 Sat 03:34

こんばんは。凍てつく冬の夜です。
明け方の寒さも、若くない身には堪えます。

「峰々はとどろき、か弱き橋は、崩れ落ちるとも、
 狩人は、猛き心を持ち、険しき道を歩みゆく・・・
 春も来たらず、緑も生えぬ、氷の大地を踏みしめつつ・・・」

(冬が来る度に思い出す詩ですが、詠み人もお題も知らず。
 ご存知の方はおられるでしょうか?わが心境そのものですが・・・)

さて、今夜は、久しぶりにお星様の話を、したいと思います。

12月に入り、日に日に寒さが募ると、太陽もぐっと南に低く遠のき、
日の脚もますます短くなり、午後5時前には日が沈んでしまう・・・
お日様にソッポを向かれたような、さみしさ、わびしさといったらありません。
それでも「冬至」を過ぎると、なんとなく、太陽がにこやかに感じられ、
これからまた、新しい季節が巡るんだという、嬉しさと安堵を、感じます。

キリスト降誕祭である「クリスマス」は、習慣的に12月25日に祝われますが、
この日にキリストが生まれた証拠はなく、いわば「降誕を記念する日」です。
もともとは、古代ローマで盛んだった、ミトラス教で祝われる(ミトラスは太陽神)
冬至のお祭りを取り入れたものといわれ、短くなり続けていた昼間の時間が、
この頃を境に長くなるために、「太陽神が再び生まれる」という信仰があったのを、
キリスト教の、救い主の降誕の意義に、重ねあわせたものと言われています。

日本では、クリスマスを過ぎると一目散に、ツリーをしまって門松を準備したり、
新年に向けてお大忙しですが、日脚はふたたび長くなり、気分も明るくなって、
晴れ晴れと、新春の初日の出を迎えられるわけですね。
(今年は、とてもそんな気分ではありませんでしたが・・・)

さて初日の出。ここ数年は、寝坊が慣例になり、拝んだこともありませんが、
最近ではもうひとつ・・・星好きの間では、「はつきので(初月の出)」なるものも、
楽しまれているようですよ。元旦の、月の出を拝もうという趣向ですね。

現在の暦は陽暦なので、ついたちの月の出の時刻や月の形も、年ごとに異なるため、
「初月の出」を拝むならば、満月以後のお月様でなければ、ちょっと無理なんですが、
(三日月や半月は、日が暮れたら、すでに空に浮かんでおりますので・・・)
2013年の初月の出は、午後9時前(地元の時刻)で、満月を4日過ぎて、
いくぶん欠けた「寝待月(臥待月)」の姿で、しし座の足元に、昇ってきましたよ。

ところで元旦の太陽ですが、私にはひそかなる楽しみが、あるのです。
見えないものを見ながら、一人で勝手に喜ぶ習慣です。それは・・・
青空のずっと奥で燦然と、天から流れ落ちる、光の大瀑布です。

昼間は太陽が明るくて、見えないけれど、お星様も、ちゃんと出ているんですよ。
いまは冬なので、夜の間にはもちろん、オリオン座やおおいぬ座などの
冬の代表的な星座が見えていますが、昼間はどうかといいますと、
季節が逆になり、さそり座や白鳥座などの夏星座が、青空の彼方にあるわけです。

そこで元旦の太陽と空に、この見えない星の背景を、重ね合わせてみますと、
冬至の頃に太陽は、ちょうど夏星座のひとつである、いて座に入るのですが、
いて座の方向には、天の川の底の、もっとも深くて濃い部分、つまり
われわれの天の川銀河の、ぐるぐる渦巻きの中心があるんですね。

つまり元旦に、太陽を拝むと・・・その背景には、見えないけれど、

銀河中心

ちょうど、このような絢爛たる天の川が、流れているわけです。

いかがでしょうか? こうして、天の川の季節、銀河中心へのよすがとして、
元旦の太陽は、私にとって特別に意義深く、有難いものなのであります。
(私がなぜ、銀河の中心が好きなのか、理由をご存知の方は、内緒ですよ)

どんな言語をも絶する、そしてどんな天体写真をも凌駕した、宇宙の姿に、
ただ一度だけ、身も心も、霊魂も、完璧に圧倒されたことがあります。
まさに光が、闇を引き裂いていた。あれこそが、天界であると。
1995年の年明け、アフリカの山岳地帯での体験です。
そのお話もまた、させていただきたいと思います。

お正月も10日を過ぎましたので、太陽はもう、ここからは離れましたが、  
もうしばらくは、いて座で過ごし、1月20日頃には、次のやぎ座にはいります。

いて座、やぎ座・・・そう、天球上の、お日様の通り道(黄道)の上にある、
12の星座が、星占いにも登場する誕生星座(黄道十二宮)に当たるわけで、
各星座の誕生期間とは、その星座を太陽が通過する期間を、表すわけですね。

 ※ 黄道十二星座とは、春分点を起点に、
   うお座、おひつじ座、おうし座、ふたご座、かに座、しし座、
   おとめ座、てんびん座、さそり座、いて座、やぎ座、みずがめ座 になります。 

ところで・・・ん? なんとなく、お気づきの方がおられたかもしれませんが・・・
星占いの場合、いて座の誕生期間に当たるのは、11月23日~12月21日ですが、
実際には、いて座を太陽が通過する期間は、12月19日~1月19日です。
ほかの星座も、星占いと実際のデータが、ほぼ一ヶ月ほどずれています。

たとえば私は、星占いでは、さそり座(10月24日~11月22日)の生まれですが、
実際この時期に、太陽が通過しているのは、おとめ座(9月17日~10月31日)です。
誕生日が10月下旬なので、てんびん座を飛び越えて、2つも前の星座になるんですよ。
サソリか、乙女か・・・どちらでしょ。性格にしても、えらい違いだと思いますけど・・・。
これは一体、どういうことでしょうか??? 天が・・・動いたのかな???

宇宙の星はそれぞれ、高速で移動していますので、途方も無い歳月をかけて、
星の並びが変わってしまうのは、やむを得ません。たとえば北斗七星ですが、
10万年後には、柄の折れ曲がった、フライパン状態になるらしいです。

しかし黄道十二星座と、占星術の十二宮のずれには、別の理由があります。

それはちょっと、ややこしいのですが・・・
地球の自転軸は、公転面に対して23.5度傾いているのは、ご存知だと思います。
こぐま座の尻尾の先に当たる、「ポラリス」という星が、北極星と呼ばれるのは、
地球の自転軸を延ばした先(天の北極)に、最も近い星に当たるからですね。

ところが、5000年ほど前の北極星は、現在のこぐま座の「ポラリス」ではなく、
もっと目立たない、りゅう座の「ツバーン」という星だったのです。
ゆくゆくは、白鳥座の「デネブ」や、こと座の「ヴェガ」も、北極星になります。
星が動くというよりも、自転軸の示す、天の北極の方向が、変わってゆくからです。

傾いたこまの回転軸が、くるくる首振り運動をするように、傾いた地球の自転軸も、
月や太陽の引力を受けて、少しずつ円を描きながら、約2万6年をかけて一周します。
「歳差運動」といいます。こちらをご参照ください。⇒「歳差」とは?

この影響を受けて、天の北極だけでなく、黄道十二星座の起点にあたる
春分点(天の赤道を、黄道が南から北に交わる交点。太陽が通過する日が春分)の位置も、
少しずつ、西の方向にずれてゆくのです。黄道十二宮が定められた、ギリシア時代には、
春分点は、おひつじ座にありましたが、現在では、西隣のうお座にあります。
そんな訳で、占星術での十二宮と、現在、黄道上にある12の星座には、
長い歳月をかけて、約1ヶ月のずれが生じたわけですね。

なんとなく・・・わかるような、わからぬような説明でしたが、こっそりお話すれば、
じつは現在、黄道上にあるのは、12星座ではなく、13星座なんですよ!
え~っ、いったいなぜ、どこに、どんな星座が入り込んだのでしょう???
その星座が、よく見える季節になったころ、お話したいと思います。
(いや、その頃にはとてもとても、星どころではないとは思いますが・・・)

星空を見上げて、ご自身の誕生星座を探すのも、面白いと思います。
いまの季節、日が暮れてから、夜明けまでに見えるのは、
場所や時間にも寄りますが、みずがめ座、うお座、おひつじ座、おうし座、
ふたご座、かに座、しし座、おとめ座、てんびん座? でしょうか?
真冬の夜には、あんまりお奨めできませんので、暖かい季節にはぜひ。

月や惑星も、ほぼ黄道付近に見えるので、水星、金星、火星、木星、土星は、
いずれかの季節、これらの12星座のどこかに、お邪魔しているはずです。
いま、おうし座にある、最も大きく最も明るい星は、木星です。
火星は、日の沈んだ西空に低く見えますが、土星は、午前2時を過ぎる頃、
おとめ座の端っこに昇って来ます。夜も更けると、春の星が主役です。
こうした惑星の位置も、人の運命に影響を与えるとされました。

すみません。今夜は、ちょっとお話がややこしく、本題を逸れてしまいました。
1月3日~4日深夜の、淡雪のようだった「しぶんぎ座流星群」についても、
書かせていただきたかったのですが、またの機会にしたいと思います。

shibun3.jpg

星の話は、なるべく難しい説明は抜きにして、季節ごとの星座や
天体の話題を中心に、もっとさらりと書きたいものですが、
ちょっと七面倒な「暦」や、二十四節気なども、星並びと深い関係があり、
月の満ち欠けを基準にした旧暦(陰暦)を、陽暦と併用しながら、
生活に取り入れた暮らしも、ご紹介できればと思っております。

伝統的な年中行事のほとんどは、天体の運行にあわせた季節ごとの祭りで、
どの国の民も太古から、星辰や日月と一緒に、暮らしているんですね。

ちなみに今日は朔(新月)。旧暦では、12月1日になります。
旧正月は2月10日。あとひと月もすれば、梅が咲き初めているでしょうか?

ではおしまいに、冬の王者「オリオン座」の、三ツ星の下で輝いている、
肉眼でも充分に観測できる、有名な「オリオン大星雲」(M42)の画像をどうぞ。
地球から1600光年の距離にある散光星雲。直径は、30光年もあるそうです。

中心には、「トラペジウム(台形)」と呼ばれる、オリオン座θ星(6重星)があって、
大星雲全体を照らし出し、この部分では、たくさんの星が生まれています。
オリオン座を見かけたら、この星雲も、ぜひ探してみてやってください。
位置などは、こちらをご参照下さい。⇒オリオン座大星雲

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夜の地球  電気の暗闇
2012-12-13 Thu 02:59

光害2
宇宙から見た夜の地球(衛星写真)


まばゆい夜は、天を退け、
光の闇は、星辰を、追い払います。

日の脚は、恥じ入るように遠ざかり、
天の底で、顔を伏せてしまいます。

富み栄える都の、苦しげな腕に、
眠りと、安らぎと、静けさはないけれど、
打ち棄てられた村、さびしい庭は、
星の子らの戯れる、暗やみに抱かれます。

ひとみは、夜の深さ。
幾千億の、微光の接触。
旅を終えた時間が、夜の耳になって
沈黙を、聞こえさせてくれます。

星塵の発光、瞬く流れ星は、
雲の入り江に、偽りの名を棄て去った
夜の、裸身のおののきなのです。 


ああ、もうこんな時間になってしまったけれど・・・
もういちど庭に降りて、冬木立を掠める流れ星を、拾って来ようかな。
ふたご座流星群、ご覧になられましたか?

Youtubeの貼り付け方が分からないのですが・・・
NASAの映像です。EARTH AT NIGHT

なんと、もったいないことよ!

どれだけ多くの、使いもしない電気が、
宇宙空間にまで、ただ漏れになってることか。
これは、とんでもない電力の浪費でもある。
ほんの少し工夫すれば、そんな無駄は防げるはずだが・・・
これで「電力不足」など、だれが信じるだろうか?

光害(こうがい、ひかりがい、Light Pollution)という。
天体観測への支障だけでなく、動植物の生育や生態系の混乱、
運転中の支障、防犯にも、明るすぎるため、かえって死角ができる。
なにより、人間の精神生活を著しく破壊し、不必要な光の侵害である。
夜に、安らかな暗がりを求めるのは、人間の生きる権利のひとつだ。

それにしても・・・
「宇宙から見た地球には、国境はありません」とも言われるが、 
・・・・・・眠らない地球の夜は、なにもかも、はっきり映し出す。

人工都市の虚栄。欲望のように、張り巡らされたハイウェイ・・・
ナイル川は光の蛇。アラブの油田が赤々と燃え、
光の洪水は、インドを圧して、ヒマラヤ山脈にまで押し寄せ、
漁火のゆらめく日本海には、光の島があらわれ、
オーストラリアでは、あちこちで、森林火災もあるようだ・・・

引き裂かれた半島の北半分は、闇に包まれているが、
世界中の嘲笑をよそに、いま、夜の懐にいだかれながら、
ゆり籠のように熱い星雲から、凍れる冬銀河までが、
肉眼のまま、くっきり眺められるだろう。
軌道投入に成功した「人工衛星」も、新しい天体の仲間入りか。

夜の光と闇とが、そのまま文明の質や、経済格差、社会の明暗、
心の豊かさ貧しさや、幸福の尺度を、あらわすわけではないとしても、
しかしいま、全世界をめぐる血流のような、電気の有り様ほど、
地球文明の本質を、如実にあらわしているものも、そうないだろう。

地上を征服した電気は、息するように、間断なく脈動している。
そこに、なにが蠢いてるのか・・・夜の地球、夜の日本列島こそ、
電気を支配する、巨大帝国の威容である。

「デンキ開ケテ、世見 暗夜となれり」(田中正造)
電気の光は、世の中を暗闇にした。

原発を廃絶したところで、新しいエネルギー源から作った電気で、
あいかわらず、地球の夜景は、輝きを増すだけなのだろうか?

これまで通りの、電気に生命を預ける生活を続けるのか?
だとしたら、「脱原発運動」とはいったい、なんなのだろう?
原発事故のあと、雨後のタケノコのように登場した自然エネルギーに、
未来を丸投げしておけば、もうそれでいいというのか・・・
「脱原発」とは、要するに原発をやめればいい、そういう話なのか?

先日、自然エネルギーに関する講演会&座談会に、出席してきたのだが、
私はこれまで、自然エネルギーの話には、ずっと距離を置いてきた。
「1000万人アクション」にも、頼まれたけれど、署名したことがない。
一体だれが、原発の代替になるのは、太陽や風力や水力であると決めたのか・・・
欧州ではそうかもしれないが、日本では事情が、まったく違うと思ったからだ。

私たちが段階的にではなく、「いますぐ廃炉」を求める理由は、日本が、
いま地震の活動期にあり、次の巨大地震で、もういちど原発事故が起これば、
この国は完全に壊滅する・・・にもかかわらず、活断層の真上で原子炉を稼動させるという、
狂気の沙汰をやってのけるような、とんでもない異常事態にあるからだ。

それならば、いついつまでに脱原発しますなどと、悠長な話をするのではなく、
広瀬隆氏が主張するように、代替には、天然ガスを利用したコンバインドサイクルや、
電気と熱を同時に生み出せる、コジェネのような発電方法のほうが、現実的ではないか・・・
自然エネルギーは、もっと中長期的な視野に立って、検討してゆけばいいと、
そんな風に思えてならなかったからだ。

なにより、これは危ない!と思ったのは、脱原発を望んでいる国民までもが、
よく知りもしない自然エネルギーを、無批判なまま、承認しているらしいことだ。
これは最も懸念される、民意の収奪にもつながる。いくら原発反対の立場でも、
「脱原発を実現し、自然エネルギー中心の社会を求める全国署名」の用紙を渡されて、
なにも知らず、考えないまま、賛成して、名前を書くわけにはいかないよ。
そういうわけで、気詰まりな想いをしながらも、ずっと慎重に構えてきた。

3.11。史上最大の原発事故に・・・私たちは、なにを学んだのだろう・・・ 

電気を生みだす巨大企業に、国民生活のすみずみまでが、支配されていたのだ。
わたしたちの、生殺与奪の権まで、握られていたといってよいだろう。

ならば今度は、その電気を、こちらにそっくり、奪い返そうではないか。

たかが電気ではない。エネルギーとは、生死の問題だ。
人類は火を熾し、使うことで文明を得た。むかしは薪や炭火を、
いまはそれが電気になっただけで、重要さはまったく変わらない。
「電気のありがたさ」に感じ入って、節電しておけば、済む問題ではない。

コンセントの向こうで、いま核分裂が起こり、被曝する作業員がいる。
そんなことも知らずに・・・湯水のごとく電力を浪費してきた・・・
その身動きも取れない、電力支配の社会構造を、まずよく知ろう。
過去のあやまちに訣別したいと願うなら、どうすればいいのだろう?

もうこれからは、原発を動かすような、電力会社の意のままに、
勝手に停電され、節電を強いられ、料金を吊り上げられ、大事故を起こされるのではなく、
自分が使う電気は、自分で選んで買う。あるいは自分で発電すること。
それが可能となるように、意識を変え、社会のしくみを作り変えてゆくこと。


毎日の消費生活は、投票するのと同じ意味を持つ。
大企業は人々の欠乏感を煽って、要りもしない商品を、大々的に宣伝し、
それがなければ、死んでしまうほどの欲望を起こさせ、着々と利潤をあげる。
わたしたちは、「1%」のカネモウケのために、心を操られ、モノを与えられ、
虚しい感動と刺激を繰り返し求める、愚昧な購買者として、生かされてるに過ぎないのだ。
それへの無自覚が、あってはならない原子力事故と、核汚染を引き起こしてしまった。

「脱原発運動」とは、早期の廃炉と同時に、無自覚だった自分との訣別、
電力利権社会への挑戦でもあると思っている。特に、自然エネルギーの分野では、
目覚めた個人や家族、地域共同体が、独自の実践をはじめている。
そのなかで、節電や省エネ、環境に配慮する様々な工夫が、行なわれている。

電力にせよ、食品にせよ、無意味な我慢や自己犠牲では、なにも解決できない。
自立した個人が、人生と生活のあらゆる事柄について、主体的な判断で、
責任ある選択をすることで、活発に機能する共同社会を目指すこと。

時間は掛かるかもしれないが、自然エネルギーに移行する過程を通して、
自治的な社会を実現できる可能性も、ありうるのではないかと思っている。
それが単なる、原発の廃絶から自然エネルギーへの移行だけではない、
「脱原発運動」の、最終的な目的ではないだろうか?

私たちの意識と生活が、それでもなお、変わらなければ、
太陽電池パネルが並べられ、風車が回ってさえいれば、それで安心ならば、
「原発安全神話」のあとに、「地球にやさしい神話」が生まれ、
「原子力ムラ」のあとに、「エコムラ」が出来上がるだけだろう。

本来なら欧州のように、自然エネルギーに移行することの意義や
その必要性、技術や経済性、危険性にいたるまで、国民のあいだで、
幅広い議論の積み重ねが必要だと思うけれど、そんな余裕もないまま・・・
あの日から1年9ヶ月、歴史的な衆議院選挙が、3日後に迫ってきた。

与えられた人生ではなく、自分自身が、人生の主人公になろう。
私にとって「脱原発」とは、真っ先に、そこから始まる。

未来を思い描こう。どんな国がいいだろうか?

・・・あの目のくらむ光に侵食された、日本列島が、
夜闇の底に、ほのかな影のように、沈んでゆく・・・
貧しくて、寒くて、おそろしい、明けない夜にではなく、
優しい灯のゆらぐ、安らぎに満ちた、星降る夜のなかに・・・

国を売ろうとする、極右ファシスト政権によって、
国民を、放射能や遺伝子組み換え実験場の、モルモットにされたり、
国土を、核のゴミ捨て場にされて、たまるものか!
子供や孫たちに、近隣国を憎ませる教育など、絶対にするものか!

放射能から、国民の生命と健康を、完璧に守りぬこう。
不都合な真実を包み隠さず、正しい情報を発信しよう。
犠牲の上に成り立つ、社会や家族や仕事のあり方を、賛美ではなく拒絶しよう。
人の暮らしは、本来「農」が中心だ。身土不二、医食同源なのだから。
そのお店の商品とサービス、この職人さんの技術への、感謝と信頼、
応援の気持が、いいものを生み出し、お金を回す、そんな経済がいい。
生まれた街や村に、誇りがもてる。けれども決して、心は内向きではない。
誰でも普通に、2ヶ国語くらい話せて、外国人の友人を持っている。
お国自慢が、戦争に繋がることもない。そんな国はどうだろう。

その国には、平和憲法のもとに、軍隊よりも訓練された、
屈強なの災害救助隊、人道支援隊、環境保全隊がいて、
世界各地で活躍する。日本は世界に、誓ったからだ。
二度と、軍隊は持たない。決して戦争はしないと。

わたしたちには、誇りを持って、それができる。

いまここで、わたしたちが、道を誤らなければ。
この国が、子供たちを、決して見棄てなければ。

脱原発・反TPP・反大増税・改憲阻止


衆議院選挙まで、あと3日。

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血路
2012-12-03 Mon 23:30

まことの言葉、力ある言葉、いのちの言葉は、どこにあるのだろう。

憂国の怒号と扇動と虚言が、弱者への罵倒が、津々浦々で飛び交う。
託された御用のように、眉唾の愛と夢とを、飽きもせず語り続ける人々。
踏まれても、蹴られても、虚しい口約束を信じて棄てられ、破滅してゆく人々。
そうこうしている間にも、ふたたび大地が暴れ、海が押し寄せて、
またどこかの、ウラニウム湯沸かし器が、ぶっ壊れるだろう。

こんなときでも、まだにニコニコ笑うのか。
これからは、もっと素直に泣け。
死者たちのために、明日もないわが身のために、
奪われ、傷つけられている、すべての命のために、
泣いて、泣いて、涙で大地をうるおせ。

天をも動かすために、宇宙の果てまでとどく、大声で泣け。
あなたの涙で、川があふれ、みずうみが生まれるくらいに。
みずうみが、死の太陽をのみこむほど、巨きく深くなるまでに。
圧政が、エジプトの軍勢のように、溺れて滅びるように。

はや12月。昨日は、底冷えのする寒さだった。
陽が落ちてしばらくすると、東の空に、ひときわ明るい星が輝く。
ベツレヘムの星のように、威厳ある木星が、冬星座を引き連れて現れる。
風はますます冷たくても、心温まる、クリスマスの季節のはずなのに、
今年は、そうもいかない。嵐の岬に、追い詰められた気分だ。

ギシギシと不快な音を立てる、時代の歯車に、押し潰されそうだ。
正直になれよ。毎日、そう言い聞かせている。
自分がこんなことをしている原点は、いったいなんなのか・・・
もういちどふり返って、確認してみよう・・・そうすれば答えはわかる。

16日に迫った総選挙。

どんなことがあっても、極右勢力の台頭を阻止すること。
改憲を前面に掲げ、徴兵制や核武装まで本気で考えている
自民と維新とに、過半数を握らせては、この国はほんとうに破滅する。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。

1日、俳優の山本太郎氏が新党を立ち上げて、記者会見を開いた。
どうにもナイーブで不器用だ。政治家の言葉ではない。
しかしいちばん真っ当なのは、虚飾ない本音で語る、彼の話だと思う。

マスメディアがひた隠しにする、この国の危機を、白日の下に曝し、
自分自身の言葉で、ありのままに訴え、選挙の争点に据えて、
日本人の、さまよえる良心に、ぎりぎりの呼びかけをする。

①脱原発
②反TPP
③改憲阻止


日本国の独立と、国民の生命を死守する、絶対の防衛ライン。
どれひとつでも、欠けてはならない。

わたしたちが選ぶのは

民を見棄てて、国力を増強し、戦争も辞さない、極右と売国のファシズム。
属国になることで得られた権益のために、国土も民衆も省みない政治か。

それとも

民を活かし、豊かな国土を守り、東アジアに平和を築く、「99%」の民意。
高濃度汚染地域の子供たちを、一刻も早く安全な地へ避難させる政治か。

すこしも大袈裟ではない。
自民、民主、維新、未来、その他云々・・・党名などはどうでもいい。
この国の未来を、守る者と棄てる者との戦い、
国民が、生きるか死ぬかの、戦いである。

山本太郎の気取らない語りは、嘉田知事の「びわこ宣言」の曖昧さよりも、
ずっと誠実で、明確で、なにより切迫した危機の本質を突いている。
大人として、子供たちを守ろうとする責任感と、威厳が感じられる。
いったい政治家のなかに、彼ほど鋭い意識と行動力を持つ者が、何人いるのか?

無謀なことかもしれない。滑稽なピエロとして、葬られるかもしれない。
だがいま、山本氏の言葉を聴いて、心が揺さぶられない日本人ではダメだ。
山本氏がなぜ、たった一人からの闘いをはじめたのか。
国民ひとりひとりに、直接行動を促すメッセージだからだ。

嘉田由紀子滋賀県知事が立ち上げた、「日本未来の党」。
脱原発票の受け皿として、単純に歓迎するわけにもいかないでいる。
まだ具体的には何も決まっていないのに、イメージと話題ばかりが先行し、
いちはやく期待を集めてしまうことにも、納得がいかない。
嘉田氏のいう「未来の安心、国家の品格、地球倫理」とは、なにか?

「未来の党」は、「卒原発」に関する、独自の工程表を示したが、
ではそれ以外の、TPPや改憲については、どんな考えなのか?
そのあたりはひとまず置いておき、なにより脱原発の一点に絞ってでも、
社民、共産にも協力を求め、一致団結して、リベラル第3極どころではない、
第一党の座を奪い取るほどの勢いで、大攻勢を掛けないでどうするのだ。

もっとも困るのは、切実な思いのこめられた「脱原発票」を回収したあげく、
手の平を返したように、廃炉を引き伸ばし、結果的に原発を延命させることだ。
「脱原発ではなく、“卒原発”です」という、理屈も成り立つだろう。
未来の党は、「脱原発」と「卒原発」の違いを、有権者に説明すべきではないか?
有権者は、「卒原発」を認めるのか。そんなことは、もうどうでもいいのか。

「卒原発」を掲げようと、「脱原発票」の受け皿であることは、承知の上だろう。
ならば、これまであらゆる困難な中で、廃炉と放射能防衛に血路を開いてきた、
反原発運動の活動家・参加者らにも、意見を求めるべきではないか。
彼らの期待を収奪して、思い通りに利用するならば、信頼は地に堕ちるだろう。
廃炉だけでなく、有効な被曝対策についても、早急に具体策を示してほしい。

言うまでもないが、反原発運動とは、単純なエネルギー政策の転換を求めるものではなく、
いま世界中で勃発している、巨大資本によるあくなき人権蹂躙と、生活破壊に対する、
99%の民衆の抵抗運動なのである。脱原発に、政治が道をつけてくれたとしても、
何事も無かったように、安穏として日常に戻ると思ったていたら、大間違いだ。
核のゴミには100万年の管理責任が伴い、核の汚染で、国土の一部は死滅したのだ。

卒原発は粛々と進めるが、近隣国とは喧嘩を続け、
改憲にはまっしぐらでも、話にならない。
いまこの日本で、最も意識の高い有権者の支持を、一挙に失うことになるだろう。
「地球倫理」を説くなら、まず国際社会の道義をわきまえ、
歴史から逃げることなく、近隣国との友好関係を築くべきである。
そこら辺は曖昧にしておくのが、無難でもあり、得策であるには違いないが、
それを最後まで見極めてから、判断したいと思っている。

3年前、鳩山政権に託した国民の願いを、民主党は握りつぶしたが、
大震災と原発事故、近隣国との関係悪化による不況によって、
国民生活は、その時よりもさらに悪化して、明日も見えず、行き詰まっている。

「革命」とさえ呼ばれた政権交代で、国民が求めたのは、
従来の官僚依存を打破して、民意が反映される政治の実現だった。
小泉改革によって拡大した経済格差と、安全社会の崩壊に対する反旗でもあり、 
自民か民主かだの、二大政党だの、そんな話にすりかえてもらっては困る。

いまその革命は、国民に失望を残して、侮蔑のなかに葬られ、
弱者に寄り添い、冷たい現実を変えようとする努力など、無駄だと言わんばかりに、
この国はますます資本と、そしてふたたび軍靴に、蹂躙されようとしている。

これ以上日本人が、日の丸の裏に星条旗を貼って、勇ましく振り回しながら、
国を売り、国土を汚染し、国民を騙してきた「愛国者」の虚言に乗せられ、
自らの首を絞めながら、その顔に恥ずべき泥を塗る行為に走るのは、耐え難い思いだ。

もういちど、未完のままの国民の革命を、大きく前進させよう。
大増税と福祉の切捨て、いいかげんな景気対策では、なんの解決にも至らない
国民の99%を、死ぬまで病と貧困のなかに放置する、圧政と決別しよう。
今回の選挙は、すでに争点がはっきりしている。

脱原発、反TPP、改憲阻止

心ある国民は、たとえ大雪になっても、投票所に足を運ぶだろう。

党派を超えて、すべての立候補者の、良心に訴えます。

脱原発、反TPP、改憲阻止

命の重みをこめた、切実な一票で、わたしたちが血路を拓きます。

民を生かすために、その声を託されたあなたも、

死ぬ覚悟で、ファシズムの暴政から、日本を守りぬいてください。

別窓 | 未分類
流星・市民・革命
2012-11-26 Mon 22:45

【流星】

全天88の星座のなかで、もっとも豪快でダイナミックなのは、しし座。
いまなら日を跨ぎ、深夜ともなれば、東の空に駆け上がって来る。
北の空には、おおぐま座の北斗七星が、ししに負けじとぐんぐん昇る。
どちらも代表的な春の星座。3月の夜空に、天をめぐる獅子と大熊があらわれると、
後戻りできない季節の微動が、蛍光時計の秒針のように、しじまを伝わってくる。 

しし座流星群の強烈な光は、夜を泳ぐ素足のように潔く、遠慮がありません。
10年ほど前の大出現を体験していれば、いまでは物足りない限りですが・・・。

その夜は冷たく、よそよそしく、綿のような雲に閉ざされたまま、
星待つ人々をがっかりさせて、無念にも、布団に退却させてしまったけれど、
空の入江が開く深厚、むっくり起き上がり、庭に下りました。

冬のダイヤモンドの真下、今冬は木星が主役だね・・・やや、さっそく、
プロキオンからアルファルドに流れ、おうし座からかに座に飛び込む、
申し訳のように零れてくる星塵を、ぜんぶ独り占めしまして・・・ごめんなさい。

しし座流星群を見逃された方も、12月14日未明の、ふたご座流星群には幸運を!
1時間に約50~60個くらいの流れ星が見られるといいますが、それ以上かも。  
詳しくは⇒ふたご座流星群

なお、あまり知られていませんが、今月28日夜には、お月様に半影月食が起こります。
太陽の光の一部が、地球に遮られてできた薄い影の範囲(半影)に、月が入ることです。
肉眼での観測は難しいと言われますが、なんとなく月が暗くなったのが確認できるかも。
ご興味のある方はこちらを⇒半影部分月食


【市民】

23日は、しっとり雨の、落ち着いた秋の日でした。
街角の紅葉も、いよいよ終わりの風情を見せながら、 
まだもう少し、木枯らしの、ちょっとだけこちら側です。

地元の国際ホテルで、ピアノのコンサートがありました。
四半世紀ぶりというのも・・・なんだか嬉し恥ずかしな気分ですよ。
指先が震えてしまい・・・納得のできる演奏はできませんでしたが、
こうした文化活動が再開できたことは、幸せなことかもしれません。
小さな出来事ですが、弾くことは、生きることだからです。
こちらの曲です⇒秋のスケッチ


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このあと、倉敷市の美観地区まで、足を伸ばしました。
大原美術館の正面にある、ロダンの彫像がいいですね。
「カレーの市民」です。

オリジナルは6人の市民群像なのですが、ここには1体だけあります。
百年戦争当時のフランスの港湾都市、カレーの包囲戦の故事に由来するものです。

1347年。イングランド軍は海を越え、カレー市を一年以上に渡って包囲。
フランス軍は無力で、飢餓に瀕したカレーの市民は、降伏を余儀なくされます。
英国王は6人の市民に、おのおのが裸に近い姿で、首に縄を巻き、
カレー市の城門の鍵を引き渡しに、イングランド軍の陣営に出頭するように命じます。
残るカレー市民の命と引き換えに、6人を処刑するという意味です。

カレー市は、この市民の自己犠牲を顕彰する目的で、ロダンに記念像を依頼しました。
ところが完成した銅像は、やせ細った6名の市民が、絶望と苦悩の表情で、
首に縄を巻き、鍵を持ち、裸足で、城門を出てゆく、リアルな人間の姿でした。
輝かしい英雄像を期待していた人々は、あまりにも暗い、敗北の屈辱と、
死への恐怖に満ちた作品を理解できず、議論を呼び、除幕式は数年後だったといいます。

美術館前にあるのは、この6名のうち、城門の鍵を持ったひとり。
歩きつかれたのか、鍵の重さにか、力なく悄然と、前を見つめています。
彼ら6名は結局、英王妃の嘆願により、処刑を免れたのですが、
死を前にした従容とした姿に、心よりも、身体がじんわり汗ばむのです。
まるでその場に、自分が立っているかのように・・・

カレーの市民


【革命】

翌日24日は、ヘレン・カルディコット博士の講演会に出席しました。

カルディコット博士は小児科医として、核戦争に反対の立場を貫かれ、
放射線被害の問題では、世界的なパワースピーカーといわれます。
博士が創設した、「社会的責任を果たすための医師団(PSR)」傘下にある、
「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」は、
1985年、ノーベル平和賞を受賞しています。

このような地位と経歴を持つ医師が、自らの「責任」を果たすために来日され、
「人類史上最大の産業事故」である、フクシマ事故による放射能汚染の被害と、
日本政府の無責任な対応について、専門家として強い懸念を示されたのは、
フクシマ事故とその影響が、決して日本と日本人の問題にとどまるのではなく、
これ以上対応を誤れば、より多くの人々の生命が蝕まれ、北半球全体が汚染されてしまう、
深刻な事態であるとの認識からだということは、言うまでもないでしょう。

この日の講演には、県内外から300名超の人々が集まりましたが、
聴衆の約6割は、県外からの避難者・移住者の方々でした。
北は青森、南は熊本からも駆けつけて来られ、立ち見が溢れましたが、  
熱心にメモを取り、時間ぎりぎりまで、積極的に質問をされていました。

講演の詳細はネット上では書けないのですが、
原発問題に関心を持ち、放射能に関する基礎的な知識を身に付けて、
日頃から情報を収集しながら、危機意識を持っていれば、難解ではなく、
むしろ、それらの問題点の再確認や補強にもなったように思います。

しかし、いまでもまだ、放射線それぞれの特徴や、放射性物質の種類と半減期、
ベクレルとシーベルト、内部被曝、空間線量、生物濃縮、食物連鎖、汚染食品流通、
暫定基準値の盲点、汚染瓦礫焼却の危険性、4号機倒壊の危険性、核廃棄物の管理責任、
被曝による諸症状、発生する病気、福島の(とくに子供たちの)現状などについて、
関心もなく、知ろうとしないのであれば、多分チンプンカンプンだったはずです。

質疑応答についても、詳細は書けませんが、内容は重たかったです。
会場におられる大半の方は、放射能から命からがら、新しい土地へ避難して、
慣れない生活を送る方々。そのお子さんたちに、健康被害が見られるのです。
博士は、甲状腺異常については、早急に生検をするよう、勧められていました。

また、被曝の不安心理に付け込んで、いろんな説や商品が出回っていますが、
ペクチンなどが、放射能を体外に排出するという説には、科学的根拠がないと断言。

被曝が疑わしい症状を医師に訴えても、鼻にもかけられない。そんな中で、
著名な外国の博士の講演会に赴いて、子供の症状を伝え、助言をもとめる母親たち・・・
会場には医師の方もおられ、子供への対応について質問なさっていましたが、
被曝については、詳しく知らない医師が多いのが、現状だと思いました。

政府の援助による、被曝地からの避難をはじめ、
国際協力による、4号機からの燃料棒取り出しなど、
日本政府にも、国民にも、直接的な行動を呼びかけておられました。

カルディコット博士が、講演の最後に言われた言葉は、
「みなさんが、革命を起こすのです」というものでした。
決して物騒な、政変とか暴動などの、大袈裟な意味ではない、
お母さんと子どもたちが大切にされる、人が生きやすい社会を作ること。
私はそのように受け止めました。

それにはまずなによりも、福島をはじめ、被曝地に今も住んでいる子供たちを、
早急に安全な地方へ避難させることが、最優先されるべきではないでしょうか?
フクシマ事故の被曝によるガン発症の可能性については、いろんな説があるようですが、
やはり唯一の防御策は、予防すること。それには避難しかないからです。

温暖で自然災害も少ないからか、移住して来られる方々が、特に多い県ですが、
「晴れの国」とも呼ばれるように、県民意識は脳天気なもの。
原発事故など、有れども無きがごとき風情で、忘れ去られたも同然です。
そのような土地に、人知れず隣人として、市民・町民の一人として、
被曝から逃れた方々が暮らしておられ、故郷に残した人々に野菜を送りながら、
脱原発など眼中にもない、危険な候補だらけの、来月の選挙に臨むのです。

官邸前デモの中継を見ながら、いつも、中央と地方の格差に苛立ちます。
脱原発運動のなかにさえ、地方を軽視する意識があるのではないかと。
廃炉のほうに重きを置いて、放射能防衛は疎かになっていないか?
確かに、民衆の示威は必要で、権力の牙城は包囲すべきです。
しかし「革命」は、東京だけで成せるものでは、決してないでしょう。

奇跡的にも大規模な汚染をまぬがた、西日本の土地を死守すること。
それもまた、命を守り生かすための、地道な、終わりのない闘いです。
政治を変えることも必要ですが、革命とは、個々人の意識改革による、
ライフスタイル、ソーシャルスタイルの変革がなければ、不可能です。

原発からの脱却というのは、単なるエネルギーシフトではなく、
原発を生み、必要とする社会構造や、生活意識からの脱却でなければ、
自然エネルギーが中心になったところで、なんの意味もないからです。
太陽の照るところ、風の吹くところに、利権もシフトするだけではないか!

東日本から避難し、移住して来られた方々の、積極的な活動のお陰で、
あんまり好きでもなかった自分の故郷を、いまは見直しています。
この方たちが、晴れの国に、新しい風を運んできてくれたのです。
生まれ育ったホームグラウンドに根ざしてこそ、意味も成果もともなう、
自己満足ではない「革命」とはなにか、これからも模索したいです。

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別窓 | impressions
秋の野花とピアノ
2012-11-13 Tue 00:50

今夜は、少し軽めの話題にしておきます。

昨年の、暮も押し迫った師走の夕・・・私は意を決して、
あるビルの前に車を乗りつけ、暗い階段を上りながら、
2階の一室から聞こえてくる、ピアノの音色に耳を傾けていました。

自分でも、なぜこんなことをしているのか、不思議な気持でしたし、
同時に、なにかに縋るような、切羽詰った気持でもありました。

昨年といえばもう、怒りや悲しみが込み上げてくる毎日に、
どこか、自分の気持を解放できるものを作らなければ、
ほんとうに、どうにかなってしまうのではないかと・・・。
そんなとき、ふと聴いたショパンの曲に、魂を揺さぶられて、
子供のころに習っていたピアノを、30年ぶりに再開してみようかと、
大それた思いつきで、大人のピアノ教室を訪ねたわけです。

デジタルピアノを購入し、月、2回のペースでレッスンを続け、
気が滅入っているときには、何日も弾けなくなるけれど、
お若い先生にご厄介をかけながら、はや1年になろうとしています。

今月の末には、教室で習っている大人だけを対象とした、
ウィンターコンサートがあり、参加させていただくことになりました。

いま練習している曲から、一曲お贈りいたします。
辻井伸行さん作曲、演奏の。ロックフェラーの天使の羽です。

サフラン

これは、クロッカスに似ていますが、サフランの花です。
毎年、11月の中ごろになると、かならず咲いてくれます。
もともとは私が、幼稚園で水栽培をしたときに、もらった球根。
それを家に持ってかえり、母が裏庭の片隅に植えてくれたら、
以後40年以上、つつましく、ひっそりと、秋を彩ってくれるようになりました。
願わくば、わたしが死んでも、変わらぬ姿でいておくれ・・・

かき

サフランの真上を見上げると、柿が、鈴なりどころではありませんなあ。
こちらも毎日のように、色づいた照葉が、錦の絨毯を敷き詰めてくれるのですが、
早く獲って、吊るし柿にしてあげてと・・・老親に説得されつつも、いつになるやら・・・

過夏草 過夏草2

秋色のトレニアですね。
夏菫と言われる、目に爽やかな紫の花が、群落のように、
庭のそこかしこに生い茂りますが 私にとってトレニアといえば、
「過夏草」とも呼ばれる、晩秋の風情がなによりも好きです。
野菜のような緑だった葉も茎も、深い、美事な銅色に染まり、
秋の実が揺れるころ、虫たちの最後の声とともに、朽ちてゆく。
その終の姿まで見届けながら、こぼれる種に姿を変えて、
土の中で冬を過ごし、来年の夏、また会えるのが楽しみなのです。

ほととぎす

秋の山野草といえば、杜鵑(ホトトギス)は欠かせません。
若い頃、この花はなんだか地味すぎて、好きではなかったけれど、
茶花をはじめてから、杜鵑をはじめ、水引や芒(ススキ)、
野菊、秋明菊、藤袴、千振(センブリ)、蓼(タデ)などなどの
素朴な秋の野草の魅力に、いまでは夢中になっております。

あさがお

Cold Clear and Blue・・・ 
冬の朝空の形容を、どのように訳しましょうかな? 
「さわやかに、すみて、あおき・・・」
「さえざえと、すみわたり、あおあおと・・・」
「さむざむと、くっきり、あおい・・・」
学生のころ、悩んだものですよ。
晩秋の朝空を、そのまま映すような、西洋あさがお。
いや、煌く夏の名残であろうか・・・でもいまでは、
朝があんまり寒いので、お昼前にやっと開き、
夜になっても咲いて・・・人みな眠る夜に、星と語るのだね。

では、秋の夜長にもう一曲。
ウィリアム・L・ギロックの『叙情小曲集』より
まぼろしの騎士、魔女の猫をどうぞ

別窓 | flowers & blossoms
NO NUKES! 歴史への責務、希望への問いかけ
2012-11-09 Fri 15:19

NO NUKES! 
日比谷公園の使用ができなくなろうと、原発反対の声はやまないぞ。
日本だけでない。世界各国の抗議運動と連帯しよう。

NO NUKES! 
原発に反対するとは、文字通り、核兵器に反対することだ。
廃絶に向けた、手段や過程は異なるとしても、
論理においても、道義の上でも、両者を区別したり、分断することはできない。
原発と核兵器の、どちらかはOKなど、ありえない話だ。

全世界のヒバクシャだけでなく、人類の悲願でもある、
核廃絶への道のりが、どれほど険しいものか・・・

先月になるが、軍縮や安全保障問題を扱う、国連総会の委員会で、
34カ国が、核兵器の非人道性を訴える、共同声明が発表された。
核兵器の影響は、広範囲にわたり、将来世代への脅威ともなり、
国際人道法上の問題になり得るという、至極当然の道理を訴えている。
「全ての国は核兵器を非合法化し、
核兵器のない世界に到達する努力を強めねばならない」。
核廃絶へ向けての、各国の積極的な取り組みを、いっそう促す内容だ。

日本はこれまで一貫して、「核兵器廃絶決議案」を提出してきた。
ところが今回は、この声明への参加を求められながらも、拒否したという。
「わが国の安全保障政策の考え方と、必ずしも合致しない内容が含まれていた」
(風間直樹・外務政務官、19日、参院行政監視委員会)というのが理由だそうな。

この矛盾が過ぎる態度には、国内でも批判は出ているのだが、
報道も含めて、余りに消極的というか、まあ一応は言っておきました、
書いておきました、無視するよりマシでしょ、といった程度のものだ。

「核廃絶を訴えながら、非合法化に同意できないでは、国際社会から信頼されない」
「唯一の被爆国である日本が、先頭に立つべき仕事ではないか」
「いつまで、アメリカにおもねて、主体的な判断ができないんだ」
「被爆者の願いを、踏みにじる行為だ」
「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマを経験して、まだ目が覚めないのか?」

どれもその通り。けれども疑い深く、苛立たしい気持はおさまらない。
この国には、核廃絶の意志なんて、ほんとうは無いのではないか?
日本は、本音では、核兵器を保有したがっているのではないか?
将来的には、核武装だってありうるかもしれない・・・

どうだろう? いまでは、荒唐無稽とも言えないだろう。

非核三原則は、守られてきただろうか?
毎年8月6日の、広島市長の「平和宣言」は、いつでも
翌朝の読売新聞で、ボロクソにけなされているではないか。
平和憲法など、いまや憎悪の的となり、廃棄寸前ではないか。
核武装なんて騒いでいるのは、一部の右翼だけなのか? 
安倍が執念を燃やす憲法改正も、そういう流れのひとつだろう・・・

将来的な、核保有の可能性まで踏み込まないで、どうするんだ。
そんなことは、いまでも、口にしてもいけないことなのか?
どれほど疑っても、失礼ではないし、疑い過ぎることもない。
国民の声として、率直に、執拗に、問い続けるべきだと思う。

毎年8月、原爆忌を中心に、炎天下の広島平和公園で、
「さだ子と千羽づる」という絵本の朗読公演をしている、作家の山口泉さんは、
カタールの衛星テレビ局、アル・ジャジーラの取材を受けた時の様子を、
次のように記している。

・・・・・・弾き了えた私に、特派員は言いました。
その言葉を聴いたときの、体温が下がるような感覚を、私は生涯、忘れません。

「中東は、いずれ必ずアメリカからの核攻撃を受けるでしょう。
 しかし、ヒロシマ・ナガサキは、核攻撃を受けたそのあとでも、
 人間が故郷を復興できるという『希望』の象徴です。
 その『希望』を中東の人々に伝えるため、わたしたちは日本を訪れ、
 ヒロシマ・ナガサキを取材しているのです」。

この切実な“核戦争後の「希望」”の痛々しさと、私たち日本人とが、
ただちには通じ合えない、絶望的な理由とはなにか?
 (山口泉『原子野のバッハ 被曝地・東京の三三〇日』)


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言葉もない。一瞬、心が、唇が、凍りつくようだ。

山口氏が取材を受けたのは、2003年。イラク戦争の年だ。
その後、2009年にアメリカ大統領となったオバマ氏は、
「核兵器なき世界」の実現に向けた取り組みが評価されて、
ノーベル平和賞を受賞している。だが、ぬか喜びはゆるされない。
そんなことは絶対にさせまいとする、巨大な力は侮れない。
あらゆる口実で、「敵」を作り上げてまで、戦争をするのだから。

「中東は、いずれ必ずアメリカからの核攻撃を受けるでしょう」。

この世界に、起こりうる悲惨な未来から目を逸らさずに、
核による滅亡と、そこからの再生に希望をつないで生きている
そんな人々がいることを、日本人は、どう受け止めるのか?
アメリカの、忠実な「同盟国」の人間として・・・

さらに付け加えれば、多くの指摘があるように
日本を「唯一の被爆国」と呼ぶのは、いまでは間違っている。
イラク戦争でも使用された劣化ウラン弾は、核爆弾と同様の
被曝による放射線障害を、イラクの人々や、米軍兵士にさえ与えている。
イラクにも、戦争によるヒバクシャは大勢いるのだ。
それなのに、「唯一の被爆国」は、その戦争を支持した・・・

中東のテレビ局が、「希望の象徴」として訪れた、ヒロシマとナガサキ。
しかし、2011年3月11日のフクシマ事故と、それ後の日本の惨状は、
彼らの「希望」など、打ち砕いてしまったのではないだろうか?  

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という誓いは、
決して偽りではなかったが、ついに守られることはなかった。
日本はいまや、「唯一の被爆国」どころか、わが国土のみならず、
東アジアと北太平洋の、広大な空と海まで放射能で汚染した、
核の加害者になったのだ。この重大な罪責を、どう考えるのか?

「70年間は草木も生えない」と言われたヒロシマは、たしかに
緑豊かな国際都市として甦った。焼き払われた他の都市もおなじだ。
だがそれは、あるべき復興だったのか?真の希望の姿なのか?
アメリカの「核の傘」の下で、朝鮮戦争やベトナム戦争に乗じて、
復興への道を歩み、世界第2位の、経済大国になったことが・・・
どこかに欺瞞や、矛盾を抱えていることを、だれもが感じていたはずだ・・・

戦後日本に原発を導入した政治家、中曽根康弘が、広島の原爆雲を見て、
「このとき私は、次の時代が原子力の時代になると直感した」と回想しているのは象徴的だ
(朝日新聞、2011年7月17日「原発国家」)。
中曽根は広島の原爆雲の下に広がった地獄絵を想像するよりも、
日本が「原子力の時代」に乗り遅れてはならないと考えた。
この時点での「原子力」が原子力発電ではなく、原子爆弾を意味していたのは明らかだろう。
(高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』)


これが、「唯一の被爆国」「平和国家」「憲法9条」という
偽りの仮面に隠されてきた、戦後の日本国家の原点だと思う。
そうあってほしくはないが、そうだったのだ。

被爆国・日本には、戦後より一貫して、「核」への執着があった。
実際に保有しなくとも、願望と意思はあり、可能性は検討されてきた。
「自衛のための必要最小限度の範囲内にとどまる限り、
 核兵器の保有も憲法上、禁じられていない」というのが、政府の見解だ。
日本政府には、「核」に対する、絶対的な否定の意志は無い。
国民の反対は「原子力アレルギー」と呼ばれ、病気扱いされてきた。

核を保有するとは、恐るべき非人道的なふるまいである。
国家の安全保障を、核の破壊力に頼ろうとするエゴイズムがあるかぎり、
つねに世界は不安と緊張に曝され、未来は奪われたままなのだ。
そればかりではない。
国家でさえ「核」を管理できないような局面が、現れつつある。

日本は「核被爆を体験した国」として、イデオロギーに分断されることなく、
反戦・反核のリーダーシップを担うのが、歴史的な責務でなければならなかった。
アメリカに対して、核の非人道性と、原爆投下の加害責任を認めさせるべきなのだ。
しかしいま、欺瞞を溜めに溜めこんだ国は、国際社会からすっかり信頼を失ってしまった。

戦後67年を経てなお、周辺国との間に友好どころか、紛争の火種を撒く。
原子力事故を引き起こしたあげく、放射能汚染のなかに自国民を見棄てて、
子供たちの生命さえ、レベル7超といわれる核災害から守ろうともしない。
にもかかわらず、歴史を軽んじ、東アジアに深刻な緊張をもたらし、
原発まで維持しようとする極右の面々が、非難どころか、絶大な支持を集めている・・・

日本国憲法が「押し付け」かどうかなど、どうでもいいことだ。
それよりも、国民の大規模な反対を押し切って結んだ安保条約や
沖縄をはじめとした米軍基地こそ、正真正銘の押し付けではないか。
「日米同盟」強化のために、平和憲法を改悪しようとは、どういう了見なのだろう。

そんな国に核武装論が台頭するのも、不思議はないだろう。
彼らの主張たるや、いかにお粗末な打算や、怨念に過ぎない空論か・・・・
紛争や外交を有利に運ぶ手段や、「抑止力」としての、核の力に頼るなど、
「この世の正義とは暴力だ」という力の論理に、浅ましく屈しているだけだ。
やりきれない、ほんとうに恥ずかしい。それどころではないだろう。

国際社会の監視のなかで、核開発など簡単にはできないといっても、
核廃絶を訴える仮面の下で、核保有の「願望」を持つだけでも、
国の根幹を蔑する、国民と国際社会への、重大な背信ではないか。
「核の平和利用」を標榜する原子力産業が、国民には明らかにされていない
核政策や軍需産業と結びついていないとは、もうだれも考えないだろう。

アル・ジャジーラの訪れた広島では、今日、どんな風景が見られるか?
8月6日、広島の街には、核武装推進と排外主義を叫びながら、
日の丸を振りかざしてデモ行進する、右翼の罵声と怒号が響きわたっていた。
その様子を間近で見ながら、あまりの殺気に血の気が引いてしまった。
フクシマ事故後のヒロシマには、無残なる精神の瓦礫があった。
目を背けないでほしい。日本はもう、ここまで来たのだ。

政府の欺瞞や右派の攻撃をものともせず、
戦後日本の民衆が守り抜いてきた平和憲法と、反戦反核の理念を、
嘲笑するような平和ボケ、若い世代の軽佻な意識を侮ってはならない。
核兵器と原子力発電の問題性を、わざと切り離して考えるのも間違いだ。
なにを躊躇し、なにに遠慮して、真っ当な物言いができないのか?

「中東は、いずれ必ず、アメリカからの核攻撃を受けるでしょう」。

その核攻撃を、同盟国・日本は苦渋に満ちて、支持することになるのか。
そんな国のどこが、「核戦争後の希望」になりえようか!
逆に日本人こそ、この重い言葉に、真の希望を手探りすべきだろう。

諦めではなく、冷徹な現実認識。
絶望ではなく、抗暴の意思、峻厳な告発。
破滅すら予想される未来を見据えながら、暗闇に耐え抜く人間精神。
核の暴力に勝利できる、唯一のものが何かを教えられるだろう。

日本人にとって、反原発・反核の闘いの、歴史的な責務とはなにか?
真の希望はどこにあるのか?これは、日本だけの問題では、決してない。
アル・ジャジーラの言葉は、そのことを日本人に問うている。

被害者意識を拭って、私たちは、いまいちど省みるべきだ。  

ヒロシマ、ナガサキを体験したはずの日本人が、
なぜ、フクシマ事故という核の暴力を、ついに引き起こしたのか?

このままでは日本は、ふたたび、みたび、核の加害国になりかねないだろう・・・

「日本では、いずれかならず、第二の原発事故が起きるでしょう」
「日本は、いずれかならず、平和憲法を廃棄して、核武装するでしょう」


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別窓 | 未分類
牝牛のミルキーウェイ
2012-10-30 Tue 22:41

樹木だけでなく、足元で秋色を装う草紅葉も、いとおしい。
秋の野花を生けるには、備前の一輪挿しが似合うと思う。
今度の休みには、なにか探しに、街まで足を伸ばしてみようか・・・

十三夜の「栗名月」は、雨で逸してしまったけれど、
今夜はよく晴れている。木枯らしの、まだこちらがわです。
春の夕べのように、しっとりした星月夜です。

10月の、陽が沈んだあと、うす明かりが残る、
真西の空に低く、ぽつんと見えていた、小豆のような星。

うしかい座の1等星、アークトゥルス。 
日本では、麦を刈る頃の、宵の空で輝くため、
「麦星」と呼ばれたり、梅雨のころにはちょうど、
真上に見えるため、「五月雨星」とも呼ばれるとか。
和名にも、なかなか風情があるんだね・・・

春先から秋の終わりまでかけて、天のいちばん高いところを、
ゆっくりと旅する、太陽の100倍も明るい、赤色巨星。

ある伝説によると、うしかい座の牛飼いどのは、
「兄弟に追放されて、世界中をさまよいながら、
 馬車や鋤などの、役立つ道具を発明した巨人」だとか。

だからかもしれないけれど、この老いた赤星を見ると、
若い牧夫よりも、やや腰をかがめて、物思いにふけりながら歩く
ソクラテスのような老哲人の姿を、イメージしてしまうよ。

星のひとつひとつに、想いがあるとしたら(あると思うよ)、
天から地上の、放射能汚染列島の狂態を見下ろしながら、
今年はどんな思いを携えて、最後の一瞥をくれたのだろうか・・・

河の向こうの、黒い山影に沈んでゆく、わびしげな姿に、
地の底からこみ上げるような悲しみが、胸いっぱい溢れてしまう。
アークトゥルスが西に消えると、いよいよ冬も間近だな。

赤い星といえば、アークトゥルスよりも南西の空低くに、
さらにひっそりと、さそり座のアンタレスが落ちていった。

「さそりの心臓」とも呼ばれる星。
直径が、太陽の700倍も大きな、赤色超巨星だそうな。

アンタレスは、夏の間、南の空を低く渡ってゆく。
見える期間も短いが、今年は10月を通して、
アンタレスの近くに火星が近づき、しばらくの間、
日没後の空低くに、ふたつの赤い星を、かすかに、
うっすらと、確認することができた。

もともと「アンタレス」とは、アンチ・アーレス。
戦の神アレースの名を持つ火星に、対抗する者という意味だ。
漢語では「大火」と呼ぶのも、火星と競うように、燃える赤の、
妖しげな印象からだろうか。たしか、不吉な意味合いもあったはず。

アンタレスが姿を消したあとも、火星だけはまだまだ
いて座に入り、やぎ座、みずがめ座にお邪魔しながら、
3月まで西の空で、沈むまいと頑張るわけだ。
他の星のあいだをすり抜けてゆく、不思議な動きが、
「惑星」とも「遊星」とも、呼ばれるゆえん。

今年は、旅する火星が、黄道に次々と描く星文様が、
季節ごとの夜空を、なかなか楽しませてくれもした。
星好きの子供たちには、格好の観測材料でしたな・・・


誕生星座だからでもないが、アンタレスの季節がいちばん好きだ。
もっとも好きな星座は、さそり座とともに、いて座でもある。
ここに落ちてくる天の川は、全天で、もっとも深くて濃い広がりを持つ。
天の川銀河の中心が、いて座の方角にあるからね。

市の中心にある自宅からは、天の川など、もちろん見えない。
2等星が、ようやく見えれば上等な、すさまじい光害の街。
いて座の目印となる「南斗六星」も、肉眼ではほとんど見えない。
位置を確認するには、双眼鏡が必要になってくる。

それでも3月の夜明け、東の空に、いて座が昇るのが待ち遠しく、
梅雨の頃には、なかなか晴れない空が、悔しく、恨めしく、
短い夏の夜には、逢瀬を楽しむ恋人のように、心が満たされ、
夏銀河の沈む、秋の終わりには、最後まで姿を追い続ける・・・
真冬には、太陽こそが、そのよすがとなる。

まこと、どうかしている・・・銀河の中心への憧れ。
あすこへ行きたい、理解不能な、罪も害もない執着。
なぜだろうね・・・こんなに切ない、懐かしさを感じてしまうのは・・・

銀河1


・・・・牛を殺すわけにはいかない。
生きていれば、乳がはる。ほおっておくと乳腺炎になるのだ。
かいわいそうだから毎日搾乳してやるわけだ。何缶も何缶も牛乳がたまる。
線量はわからない。線量なんてもう測らない。どうしようもない。
値がいくら低くたって、だれも買うわけがないのだから。しかたがない。
もうは、どうすようもねえべっちゃ。めちゃくちゃだ。
んだからよ、夜、牛乳を川さ運んで、何缶も何缶もドボドボドボと流してしまう。
乳を搾っては、夜、川に流す。牛乳は脂肪分があるので川面に浮かぶ。
川面がまっ白になってしまう。夜がすっかり牛乳くさくなる。
月光に川面が白くてらてら光る。一面の妖しい川明かりだ。
「川さ、乳な、牛乳ば全部流すんだよ。
ふふふ、天の川さ、ミルキーウェイだべさ。
いままで、なぬやってきたんだべ・・・・・・」。
(辺見庸『明日なき今日』。「3072日の幻視」より引用)


なんてことだろう。ゆるせんよ。

・・・そういう天の川が・・・あったのか。

圧倒的な、幻視なんだ。白く濁った目の・・・
空想でも、心象でも、フラッシュバックでもなく・・・
五感や脳髄が、役に立たないほどの・・・おそろしい

この人は、サソリが顔の上を這う、赤い砂漠に寝転がって、
「星々が音もなく、空中で爆発するのをながめながら」
不意に、天の川の水底の奥まで、のぞいてしまったんだな・・・

ミルキーウェイ?天の川だって?

でも、わたしには見えない。その異様な、白濁した川の流れが・・・
そのかわり、どぼどぼヘンな水音が聞こえてきて、人だかりがしている。
牛乳の川明かりは見えないで、あれだよ。

川に落ちた、いじめっ子のザネリを助けるために、
カムパネルラが飛び込んで溺れたあの川の、土手の上で・・・
息子の捜索を、なぜか早々に諦めた父親が、「もう駄目です」と、
きっぱり言う声が聞こえ、川岸にいくつかの灯が揺れている・・・
寒々しい風景が、いやでも重なって、なかなか頭を離れない。

21世紀の、牝牛の乳を流した、ミルキーウェイ。
いったいだれがザネリで、だれがカムパネルラで、だれがジョバンニで、
ジョバンニやカムパネルラの父親は、だれなんだろうね? 
嬉しいことか、困ったことか、ほかの役者も、みんな揃ってるし、
ストーリーなんか、出来過ぎてるくらいだから、
宮沢賢治の童話には、やっぱりぞっとしてしまう。

もう、いい加減にしてほしいんだ。

自然エネルギーの太陽だって、核融合で燃えてるんだから、
やっぱり核の利用なんだし、なんで原発だけが悪なのかとか、
放射能なんて特別じゃない、宇宙には、いっぱいあるんだとか、
交通事故や餓死でも、死ぬときには死ぬんだとか、そういう話はね。

・・・・・・それとこれとでは、違う。どう違う?
天と地では・・・自然と人工では・・・ああもう、
放射線とか、放射性物質とかじゃなくて、こういうこと。

生命とはじつは、放射線など、物ともしないほど頑強で、
どんな環境にも適応し、都合よく突然変異して、さらに進化を続けながら、
目的もなく執拗に、ただ生き延び、殖え続けてゆくだけの代物なのか?
人類は、人工放射能を浴びて、宇宙時代のミュータントになるって?

それとも、地球環境やすべての生命は、ある目的のために作られ、
ある摂理のなかで維持され、してはならないことを、しでかしたり、
あってはならないものを、作り出したりしたならば、そのときは、
その責任を引き受けて、宇宙の法則の下に、滅し去られるべきものなのか?

どうなんだよ・・・

ただ、何としても生きぬけば、いいものではないと思うし、
命懸けで、愛する者を守り通せば、それでいいものでもない。

人の命や愛でさえ、服さなければならないものがあるはず。
それが、神への畏れではないだろうか?

モアイ


ところで、きのうは、46回目の誕生日でした。
両親と暮らす家では、他の日とおなじように過ぎていった。
感慨というようなものは、あるようでない。しかし、
年を重ね、老いることへの嫌悪感は、みごとになくなってきた。

いつまでも若々しいことだけが、素晴らしいのではない。
40代にもなって、でしゃばるなど、みっともないだけだ。
若い世代に、侮蔑される存在であってはならないと思う。
言葉にも人格にも、重みのある人間でありたいと願う。

高度成長時代に生まれ、バブルの頃に青春を謳歌した
・・・甘えきった、どうしようもない日本人、愚民の世代。
日本ではじめて、原子炉にの火が灯ったのも、1966年らしい。
原子力の申し子でもないが、知らぬまま、ともに歩んだ人生。

史上最悪の、メルトダウン事故のさなかに、
外国人から礼儀や秩序正しさを誉められて、
「日本人に生まれて良かったあ」と、今でも感動しているとしたら
・・・私は、心の底から恥じます。

連日連夜、悪夢に苛まれた。あのころは被災地から、
遠く離れた西日本で、手術のために入院中だった。
身体の一部を失うことで、いのち拾いをした。

なんともいえない。気が変になりそうだった。
生きることを許されたのだから、なにかしないではいられない。
これまでの自分のままでは、
・・・・・・人間として、ダメになってしまう。
緊急時には役立つかと、介護の勉強にも通ってみた。


3.11は、はじまりに過ぎないと思う
この国はますます、あって欲しくない方向に、転げ落ちるだろう。

10年後の自分や世界が、どうなっているか?
どこに住み、なにを食べ、なにを着ているのか、
どんな仕事をしているのか、家族や、友人知人は無事なのか・・・
生きていられるだろうか?どんな風に死んでゆくのか?
暗すぎる未来に、気が滅入ってしまう。

音もなく、世界は崩壊している。
みんな薄々と感じながら、気がつかない振りをする。
プラス思考という、眉唾な希望に縋りながら・・・

持てる者は、競って奪いつくし、ますます富み栄え、
持たざる者は、死ぬまです奪いつくされ、共食いする世の中。
いまだってそうだけど、それが世の掟、道理となる。

けれども、そんな世の中でも、もっとも抑圧され、
差別され、侮辱され、貧しく小さくされた人々ほど、
文句も言わず、誰も恨まず、逞しく、明るい笑顔で、
生かされていることを、感謝しながら、毒物を食べてしまい、
一生懸命に働き、健気に子供を産み育てながら、
世の矛盾をのみ込んで、過労死や事故死、孤独死、虐待死、自死、
被曝死、餓死、凍死、熱中死、病死・・・してゆくんだろうな。   
そんな魂を癒し、救ってくれる宗教やスピリチュアルも、花盛りだろう。
生も死も商売道具、胎児から死者までも購買層なのだから。

私が大嫌いなのは、そんな残酷な、虚偽の生活、奴隷の幸福。
人として、こんな無様な生き死には、絶対にしたくない。
たとえ餓死や孤独死したとしても、精神だけは犯されたくない。

「世界の終わり」さえ、すっかり消費されつくされる。
しかし・・・・・・

「世界」は存続する。なぜ滅びないのか・・・・・・こんな世界が。
医師は、ことさら快活な調子で宣告した。
「あなたは病気です。『希望病』という・・・・・・」

・・・・・・「不潔な噂」「忌まわしい噂」「ほんとうの噂」が流れている。
まだ、戦っている者が・・・・・・いまなお、
抵抗を諦めない者が、いるらしいという。
いま、この風景のなかに、たしかに、なお抵抗を続けている者がいる。
そしてその事実を、世界のすべてが否認しようとしている。
(山口泉『悲惨鑑賞団』。「絶望軍」より引用)


銀河2





別窓 | impressions
コスモスの花宇宙
2012-10-17 Wed 15:45

毎年この季節は、訪問させていただくブログの多くが、
コスモスの写真や話題でうもれ、秋の想いが伝わります。
そこで今回ははじめて、お花の話題を・・・

コスモスは「秋桜」とも呼ばれ、澄んだ空の下で
風にゆられる可憐な花は、日本の風情そのもの。

わが家にも、コスモス畑があるのですが、
畑の片隅に、もう20年以上、自生しているものです。
夏は厳しく、天水以外は、日照りにさらされたままです。
しかしなんの、毎年、背丈を越えるほど成長し、
秋になると、みごとなコスモス畑が、出現します。

花言葉は、「乙女のまごころ、愛情、たおやかさ」ですが、
私には野性味あふれる、「強い花」というのが実感かな。

原産地は、メキシコの、標高1700mにもなる高原地帯。
土地は痩せている上に、強風にさらされる環境です。
葉が、糸のように細いのも、乾燥から身を守るために、
水分の蒸散を防いだり、強風にも倒れない工夫だそうですが、 
倒れても、そこで根を張って生き延びる生命力があります。

倒れたコスモス
これは倒れたコスモスですが、この通り元気なものです。
背が高くなりすぎた株を摘心して、横倒しに固定し、
わきから出た枝を、上に伸ばす方法もあります。


ところで私は、この可憐なる花が、
なぜ「コスモス」と呼ばれるのか、不思議でした。

「コスモス」とは、「宇宙」の意味でもあるから、どう繋がるのか?
ずっと疑問でありながら、とくに調べて見もしませんでした。
もっと言えば、なぜ「宇宙」を「コスモス」を呼ぶのか?
そちらのほうが、最初の疑問だったのですが・・・

はじめて、宇宙が「コスモス」であることを知ったのは、
カール・セーガン博士の、「COSMOS」のタイトルからでした。
ちょうど中学生の頃でもあり、ずいぶん気恥ずかしい想いで、
ではspaceとは、どう違うのかと、悩んだりしたものです。

まず、一般的な知識から入ってみると、
ふつう私たちが「コスモス」と呼んでいる花は、メキシコから
スペインに渡り、「Cosmos bipinnatus」と名づけられた品種のようです。
Cosmosの由来となった、ギリシャ語のκοσμοςという言葉は、
哲学的な意味での、秩序、調和、美しさ、宇宙などを、表現するそうです。

花の本などでは、「美しい(花飾り)」の意味で名づけられたと
説明されていますが、一方で、種小名のbipinnatusのほうは、
「二回羽状の」という意味で、細かい羽状の葉の形に由来するそうです。

8枚の花弁が、放射状に広がる、薄い花びらにも
細い筋がまっすぐに伸びる、整然とした印象もそうですが、
もつれやすい糸のような葉も、よく見ると羽のような形をして、
葉脈のように、左右に分かれ、伸びているのがわかります。
こうした花や葉の細部に見られる、美しい調和ある作りが、
「コスモス」なる由来ではないかと、思ったりもしました。


だがしかし、では「宇宙」はどうなるのだ・・・。
コスモスと宇宙は、結びつかないのだろうか?
仏教では「蓮(ハス)」が、宇宙のシンボルに用いられますが、
蓮に比べれば、コスモスはシンプルで、神秘というほどでもないし・・・
ピンク色というのも、深宇宙のイメージとは、ほど遠いし・・・
う~む、なんとなく不満なのであります。

コスモス4


でも、もしかすると・・・・
ここからは、勝手な想像の世界です。

現代人にとっての宇宙とは、限定的な意味でしかなく、
地球の周りに広がる、観測や探査ができる範囲の、
商業や軍事に利用できる、未開発の「空間space」に過ぎません。
地上と同じくらいゴミだらけで、汚染されてもいます。
(そのうち宇宙でも、戦争をはじめるのかも)

けれども、古代の人々は、たとえ地球が宇宙の中心だと
間違って信じていたとしても、べつに問題なく、
私たちのいう星空は、すなわち天界でした。
人も星も含めた、森羅万象の、あらゆる存在と事象、
過去から未来までの、すべてをつつむ、果てしない時空間こそ
「宇宙」であると、意識されていたようです。

そして「宇宙」とは、混沌(カオス)ではなく、
多様複雑でありながら、あらゆるものが互いに関わり、
霊妙に調和して、ひとつに結ばれる、美しい秩序ある世界。
それが「コスモス」であるとのことです。

天界にしても、星は夜空に、ただ無秩序にあちこち
ばら撒かれているように見えながら、北極星を中心に、
すべての天体が、厳然とした運行に従い、そのなかに、
太陽と月の、通り道も用意され、時空を支配しています。
季節と歳月がめぐるのも、そのおかげです。

花のコスモスに、話が戻りますが、もしかすると
この花のひとつひとつが、星ではないだろうか?

コスモスが、一株ですらりと立っている姿を見ると、
樹のように、バランスを保って、左右に枝が分かれ、
真上から見ると、きれいな円の広がりになって、
それぞれの細い先に、ほんのり花がついています。 

花は、下から見てもスマートで、
緑色の総包と、つぼみを包んでいた、薄い総包は、  
花びらと同じ数で、8つに分かれた星状をしています。

規則正しい配置でもなく、あちこちに散りばめられ、
そこはかとなく揺られながら、ひとつに結ばれ、
大地に根を張った、強い生命力で、次々に花ひらく。
その様子が、まるで天に綾なす、星文様のように、
意味ありげでもあり、親しげでもあり・・・
シンプルな中にも、美しいハーモニーがあふれる・・・
そんなイメージが、「コスモス」なのかもしれません。

コスモス3

コスモスの秘密を、もう少し探ってゆくと・・・
この花はますます、美しいと思えてきます。

中心の黄色い芯の部分は、小さなつぶつぶがあったり、
花粉をつけた黒い柱が、周りを取り囲んでいたり、
ほとんど、花粉だらけになったりしていますが、
よく見るとそのなかに、先端が五つに割れた、
小さな星の形をした花が、いくつも開いています。
じつは、このひとつひとつが、コスモスの花です。

ピンクの花びらは、舌状花とよばれる花で、
コスモスの場合は、おしべもめしべもありませんが、
鮮やかな色によって、花粉を運ぶ、昆虫類を招きます。

中心を囲む小さな星たちは、筒状花と呼ばれ、
黒い柱の部分がおしべで、先に花粉をつけています。
その上にある、ふたつに分かれた部分が、めしべです。
つぶつぶは、まだ蕾の状態で、周りから咲いてゆきます。
筒状花を数えてみたら、なんと、80~100個以上ありました。
 
光を放つよりも、纏うような、つつましく、繊細な星の花たち。
それを包んで、光を集め、生命を招き、媒介する花飾り。
可愛い球状星団のようでもあり、渦巻きの銀河のようでもあり、
このシンプルな霊妙さこそ、花本来の「コスモス」なのかも・・・
と、花粉にまみれ、カマキリに悲鳴をあげながら
ひとりで勝手に、納得した次第であります。

それは、どの花もおなじ。花好きな人でもふだんは、
漠然とした色や形や香などの、好印象しか見えないものですが、
細部まで観察してゆくと、あまりの完璧さに息をのむほどです。
ひとつひとつの花たちが、地上に輝く星そのもの。

こんなことは、大人よりも、子どもたちのほうが
はるかに、素敵な答えを見つけてくれるのですけどね・・・

PA130570.jpg

コスモスも最近では、いろんな種類が開発されて、
豪華な八重咲き、花びらがシェル状になったもの・・・
これがコスモスかというほど、様変わりしてしまい、
秋の花、色はピンクや白というのも、
「もう昔の話」といわれるのは、なんだか淋しい限り・・・

花も商品とならば、季節を奪われ、魅力的に仕立てられ、
大量に作られては、売られて、捨てられる物品なのです・・・
花への暴力は、人への暴力なのかもしれない。
一方では、稀少な花を絶滅から救うための、研究もありますが
・・・それも結局は、何のために、という思いがあります。
花も野菜も、いずれ工場で作られるようになるとしたら・・・

ともあれ来年は、カオスな畑を、ぜひコスモスに・・・
少しは丈を抑えて、花数を増やさせ、
その間に、キバナコスモスも植えてみて、
たおやかな、星の花園を作ってみたいと・・・
たぶん、できもしない計画を、思い描いています・・・

別窓 | flowers & blossoms
青空の記憶 
2012-10-12 Fri 23:36

晴天のつづく、穏やかな秋の日々ですね。
青々と、澄みわたる、深い空を、思い出しながら、
韓国の詩人、高銀(コ・ウン)氏の詩を、ご紹介いたします。

蒼 空

おお、蒼空。
ただの空ではなく、ぼくらの
肉体が引き裂かれる、その痛みであることを。
このまま四、五千年、
降り注いで来ない、空ではないことを。
今日、「恨」さえ祓えぬ、ぼくらにとっては、
胸つまる痛みの、富であることを。

おお、蒼空。
大きな眼を凝らし、ぼくらが即ち、空であることを。
そう感じさせる、南北何千万、
ひとつの民族の、痛みであることを。
蒼空のなかに、ぼくがいると、切にそう感じさせる、
高麗のこの大地。
方々隅々を埋め尽くす、その痛みであることを。



6年ほど前、半年ばかり、韓国留学を経験しました。
日本人の少ない地方都市は、自然にあふれていました。

古い民家の庭先の熟れた柿、コスモスの河畔。
空の果てまで、さえぎるものもなく、ゆったり流れる河。
対岸には鉄道も通る、小さな田舎街がありましたが、
橋をわたると、視界には、空とりんご畑がひろがり、
その先の小高い丘に、留学先の大学がありました。
キャンパスの森には、野生動物も生息しています。

深い霧の朝、白い水滴のなかを登校していると、
周囲の森や建物が、朝の光に、幻のような姿を現します。
秋夕の夜の、まるで金の乗り物のように、巨きな満月。
「丹楓」と呼ばれる、あざやかな紅葉。凛冽な風。
猛勉強しながらも、地方の良さを、満喫したものです。
ソウルのような大都会では、味わえない贅沢でした。

いまでも瞼に残っている、青空の風景があります。
大学の中央館の両側にならんだ、高いポールの先端で、
ひらひら心地よく、風に揺れていた万国旗です。
留学生は毎朝、この下を通って、語学堂に入りました。

青磁のような空のなかに、「日の丸」もありました。
かつての「統治国」のシンボルとは思えぬほど、
小さく、仲良く、一緒に、平等に・・・
なんというか、そのときはじめて、無性に
「日の丸」が美しく、いとおしく見えました。
他のどんな、使われ方をしている時よりも。

日本人学生は少なかったのですが、
40~60代の年長の方も、何名か留学しておられ、
目的意識を持って、意欲的に勉強されていました。
もと教員だったB先生も、そのお一人で、
大学院入学をめざして、語学堂で学んでおられました。

B先生から伺ったお話ですが、あるクラスで、
各国の学生たちが、国歌を紹介したときのことです。
B先生と、もうひとりの日本からの学生は、
理由を述べてから、「君が代」を歌わなかった。
しかし他の、若い日本人学生は、歌ったそうです。

この話を聞いたとき、私は、君が代を歌った学生が、
どんな考えがあって、あるいはなくて、そうしたのか、
知りたい思いに駆られましたが、その一方では
日本人だけ、国歌に対して、意見と行動が分かれたことは、
恥ずかしいよりも、むしろ良かったのではないかと思えました。
(私は、B先生たちと同じ立場ですが)

日本では、個々人で異なる、政治的立場を表明しても、
それは悪いことでも、困ったことでも、犯罪でもない。
たとえ国歌や国旗に対してさえ、強要は許されない。
それぞれの自由が認められ、良心が尊重される国だという
日本という国の本来の、あるべき姿、守るべき理念を、
他の国の学生たちに、見てもらえたからです。

しかし同時に日本での現実。とくに教育現場での
教員や学生たちの、良心の闘いを思うと、
胸が締め付けられる思いでした。
それは日本が、国として、戦争と歴史の問題を、
いまもって解決できていない、負の側面だからです。
私の留学は、そんな息の詰まる日本社会からの、
あまりにも意気地の無い、逃避だったのです。

韓流人気もあって、日韓関係は比較的良好でしたが、
拉致問題、ミサイル発射、核実験などが重なり、
日本人の病理ともいうべき、朝鮮民族への蔑視感情は
精一杯のご都合で、「北朝鮮」に向けられていました。

高銀氏の「蒼空」は、南北に引き裂かれた、民族の痛み。
その激烈な真情の前に、おなじ青空を見上げながら、
私の感慨など、恥ずかしいほど、安っぽいものです。
情けなく、切ない気持で、思い出すばかりです。


東アジアにいま、暗雲が立ち込めています。
メディアのなかにも、かろうじて残っていた
政府とは距離を置き、キナ臭い話には警戒する批判精神は、
上から目線の、「大人の」態度に取って代わられ、
いまでは、完全に姿を消してしまい、
ついには、戦争を煽るまでになってしまいました。

ゲーム感覚で、日中戦争のシミュレーションですか?
「日本は勝つ!」そうですね(笑)
下品な冗談では、済まされません。
すでに戦争の準備は、始まっているのですから。

しかしどうにも、分かっていないようですね。
異国の小さな教室でも、意見が分かれたというのに、
1億以上の日本人が、日本人というだけの理由で、
ここまで無責任な煽りに、ホイホイ同調するとでも?
近隣国への歪んだ憎悪に、すすんで身を焦がすとでも?
そんなことを、期待してもらっては、大迷惑です。

日本人だからこそ、尖閣諸島の国有化という、
政府の判断を、批判するのです。

日本人だからこそ、従軍慰安婦に関する、
「河野談話」の修正に、反対しているのです。

日本人だからこそ、憲法改正や徴兵制、戦争協力に反対し、
平和国家の名誉と、誇りと、良心を、守り抜くのです。

大国に蹂躙されるより、さらに無残で、悲劇的なことは、
国民が自らの手で、戦争や排外主義、国民統制に血道をあげる
ファシストらを祭り上げ、結局は、自分たちが滅ぼされる結末です。

「中国」「北朝鮮」と聞くだけで、あるイメージにのみこまれ、
理性を失って、身構えるようでは、「米英鬼畜」と同じ。
気に入らないものはみな、「反日」なる用語で括って叩く・・・
それこそが、日本国に対する冒涜、「反日」ではありませんか?

深刻なのは、若い世代の人々が、井の中の蛙のように、
あまりに盲目で、お粗末な国家観や、歴史認識に侵されて、
下品な放言や、無知からの偏見を、平然と口にすることです。
若者の「さまよえる良心」につける薬が、愛国心や徴兵制ですか?

出典は忘れましたが、ずっと昔に読んだ言葉です。
「これからの日本人にとって、英語は必須。
 そしてもうひとつ。アジアの国の言葉を身につけること」。

かつての国際人のすすめ、いまでは日本人の条件ですね。
若い人たちには、ぜひ実行していただきたいと思います。
「アジアとともにある日本」を、忘れないでください。

北上する台風が、列島ではなく、大陸や半島を襲えば、
その地の人々の被害にも、胸を痛め、手を差し伸べ、
嵐のあとの青い空に、わが胸も晴れ渡る、友の心です。

その国の、素晴らしい詩を、たくさん読んでみてください。
アジアが、イメージや情報ではなく、肉体感覚になるまでに。
青い地球のように、はじめて見えてくる、日本の姿があります。

もうひとつご紹介するのは、これも韓国の詩人、
申東曄(シン・トンヨプ)氏の、
「だれが空を見たというのか」という、詩の一節です。


だれが、空を見たというのか?
だれが、雲ひとつない
紺碧の空を見たというのか?

きみが見たのは黒雲。
それを空だと思って、
一生を過ごしたのだ。

きみが見たのは、
屋根をふいた、鉄の大甕。
それを空だと思って
一生を過ごしたのだ。



空と海が、戦争の黒雲につつまれても、
大甕のなかに引きこもり、無感覚に日々を過ごす。
それは人として、堪えがたいことではないでしょうか?

戦争とは、勝ち負けのゲームでは、終わらない。
命が奪われる、信頼が失われる、人が鬼となること。
何世代にもわたって、傷が癒えることなく、深まり広がること。

戦争とは、いちど起こってしまえば、
勝っても負けても、謝っても償っても、許しても忘れても
もう取り返しはつかない、回復不可能な歴史。
未来にも、過去が刻みつけられた、永劫の記憶。

真の愛国者は、問いかける。
真の英雄は、怖れない。


☆★☆★☆★☆★☆★


高銀(コ・ウン)。1933年~。
軍事政権下での民主化運動に投身し、投獄や拷問も経験しました。
南北の文化交流にも尽力し、金大中大統領とともに、北朝鮮を訪問。
ノーベル文学賞の候補にもなった、韓国の世界的な詩人です。

申東曄(シン・ドンヨプ)。1930~1969年。 
4.19の民衆革命にも参加。抵抗詩人とみなされて、
詩集が、発禁されていた時期もあるといいます。
60年代を代表する詩人です。

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枯れた無花果の木
2012-10-04 Thu 11:30

枯れた無花果の木

(花の嘆き)
世界があっさりと、壊されてしまったのは、
みんなが気前よく、ゆるしてあげたからです。
土下座をする人たちは、あとでもっと悪いことをするのに、
やっぱり許してもらえるから、いつも元気いっぱいです。
でもだれが、「ゆるしなさい」って命じたのですか?
花を踏みにじって、あとに残った香りを、楽しむのですか?

(鳥の涙)
世界にいつまでも、不幸が尽きないのは、
みんなのつくる、明るい笑顔が、絶えないからです。
怒ることも、悲しむことも、疲れることも許されず、
涙をふいて、文句も言わず、上を向いて行進するほかないからです。
でもだれが、「笑いましょう」って強いるのですか?
空で見てきた、鳥たちの飛語が、どうしてデマなのですか?

(風の呻き)
世界がこんなにも、色あせてしまったのは、
みんなが、「愛してるよ」って、言い始めたからです。
臆病な斥候の、いい加減な冒険話を信じこんで、
やれば出来るんだと、昼も夜も、夢をあきらめないからです。
祈っても、努力しても、失敗のデータが増えるだけ。
命を守ろうとする声を、風評被害だと騒ぐのは、だれですか?

(月のため息)
世界がどうしても、平和にならないのは、
みんながすぐに、奴隷の幸福を求めるからです。
戦争も、放射能もなんのその、自分さえ幸せになれば、 
網膜には、世界のすべてが、きらきら輝いて見えるからです。
いいところだけを見ろって、だれが言うのですか?
月の裏側の、あばたの顔を、見たことがありますか?

(光の天使)
神さまが世界を、救ってくださらないのは、
みんなが神さまを、召し使いにしているからです。
神さまが人に仕えて、願いを叶えるのではなく、
人が神さまに従って生きるのが、まことの「道」なのに、
そんな神さまは嫌だって、ぽんと棄ててしまったからです。

季節ではないからと、実をつけてなかった無花果(イチジク)の木が、
神さまに嘆かれて、枯れてしまったように、
自由を怖れて、世のしくみに従う、空気に抗えない心も、  
不意を襲われて逃げ込んだ、財布のなかで息絶えるでしょう

大自然の驚異は、成功の法則よりも、偉大です。
季節はずれの無花果とは、良い知らせを聞いて、
はっと神さまのほうに振り向く、自由な魂、生命の躍動。
自由こそが、枯れ木に咲いた花にもまさる、命の奇跡なのです。

別窓 | poems
十五夜の祈り
2012-10-03 Wed 03:08

こんばんは・・・

ブログ開設から、ひとつきばかりが経ちましたが、
この間、多くのみなさま方にご訪問いただき、ありがとうございます。
当ブログは、身近な自然や、趣味の天体観測の記録や、
日常の雑感、のっぴきならない想いを託した詩などを、
とりとめもなく、思いつくままに綴ってみようと始めたものですが、
めまぐるしい日常のなか、思うにまかせず、
これでは更新が、たぶん月に一度くらいしかできないかもしれません。 
そこでこれからは、詩やエッセイよりも、
つれづれの雑記を中心としたものにしたいとも考えているのですが・・・

今夜は、はじめて写真を載せてみたいと思います。

さきおとといの9月30日は、中秋の名月、お月見の夜でした。
台風のため、お天気に恵まれない地方もありましたが、
わたしの住む地域は、幸いにも、流れる雲間に見え隠れする、満月の姿が望めました。
手持ちのデジタルカメラで、簡単に撮影したものです。


十五夜1
月の出よりしばらくは、澄んだおもて見せてくれました。
天体望遠鏡で撮影したもので、月の模様が反転しています。
しばらくすると空一面が、水の膜ような雲に覆われてしまいました。

十五夜2
深夜にふたたび、ながれる雲の間にあらわれて、
木々の柔らかい葉合いに、月の光が木漏れました。

昨年は十五夜の光を纏って、神秘的な月下美人も花開いたのですが、
今年はまだ蕾さえつけておらず、ご紹介できないのが残念です。
プロフィール写真は、一昨年前の月下美人の姿です。
英語教師だった夏目漱石は、「I love you」を生徒が、「我君ヲ愛ス」と訳したのを聞いて
「月がきれいですね、といいなさい。それで伝わる」と教えたといいます。

十五夜の祈り。昨年はこうでした。
「被曝した子どもたちが、銀河鉄道に乗せられませんように。
 事故処理の作業する人々が、グスコーブドリに仕立てられませんように」。

今年はそれに、もうひとつの祈りが加わります。
「にらみ合う海が隔てる、東アジアの大陸と半島と列島で
 今夜おなじ月を眺める人々の心が、いつか、ひとつに結ばれますように」。  

人は忘れ、隠しても、星は見つめ、記憶しています。

命を守れと叫ぶ唇が、隣国を罵倒するなど、ありえないことなのです。

お月見の風習は、日本だけのものではなく、東アジアに共通の文化。
中国では仲秋節、韓国では秋夕として、大切な民族的行事です。

畏怖すべきは、広大無辺なる大宇宙。
われわれの未来であり、過去でもある
星の海こそ生命の故郷。地球は、霊魂の揺り籠。
ゆるぎない天体の運行と、めぐる季節のなかで、
宇宙のリズムを呼吸する、心と身体と生活を取り戻し、
日と月と星々との交感のうちに生きて、死にたいですね。

ブログの操作が、まだ覚束ない段階なので、不手際も多いのですが、
みなさまにお読みいただけますことを、嬉しく思っております。
私のほうから訪問させていただき、コメントもお許し下さるみなさま方、
いつも様々なことを学ばせていただき、感謝しております。
また、いくつかリンクさせていただいているブログのみなさま方にも、
この場をお借りして、お礼を申し上げます。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

別窓 | impressions
九月の空
2012-09-25 Tue 02:44

九月の空

東の果ての片隅の、小さな弧状の島々には
エジプトも、バビロンも知らぬ民の群れ。 
奪われし山河にもめぐり来る、春の光に涙する心もなく、
不思議な呼び名だけが、むなしく、丸々肥えてゆく。

海原よ、波濤よ、きらめく水面に、
よけいな文字を、だれが描いたのか?
大人たちは喜々として、命のゲームをカウントする。
若者たちは黙々と 草生す屍、水漬く屍になり果てよう。
子供たち、あれが明日の きみたちの姿だ。
豆腐のような島の民、忘れ去ってはいまいか?
あなたはそもそも、どこからきたのだろうか?

窓は、風の瞳。風は、地球の息。
レースのカーテンが、さらさら流れると、
九月の空が、飛び込んでくる。
眼の奥が、海のようにひんやりして、
街の屋根や、遠くの丘は、波打つ水平線になる。
九月の頬はいつも、東を向いている。
はるか東のほうにも、海が広がっている。

南の風と雲の子らは、びょうびょうと絶海をわたり、
タプカルを踊る 長老のような足取りで、
阿呆鳥を脇に抱え、おごそかに、霜の国へと向かう。
青い林檎をかじっていた娘は、ある日、
嵐の気配に窓をひらき、そわそわと身を躍らせ、
熟れたぶどう畑を、とうと駆け抜けて、
スネグラチカのように、ついて行ってしまった。

らいちょうの山にも、まりもの湖にも
烈しく、むごい季節がめぐる 火山島の民は、
だれも、娘の瞳を好まなかったから、
仙女になるほかなかったのだ。それから、
九月の夜は、冬を貼り付けるようになった。
ぶどうの実は、星の傷みを宿すようになった。
清らかな雨が、畑を潤すことは、もうなくなってしまった。

切り裂かれた大洋に、夜が明ける。
絶叫のような朝焼けに、一日がはじまる。
海があの鈍色の原子を、洗いもせず、清めもせず、
いやし難い過去もまた、こっそり流してはくれぬように、   
いまだ起こらぬ未来を、おののいて見つめる瞳は、
たとえ抉り抜かれても、預言を語りやむまいよ。

夕星が、羊を返し、山羊を返し、
子供たちを、母のもとに戻すように、
ひとつの名に群れる島の民らを、もういちど分かち、
それぞれの乳房なる、天地に呼びもどす声がきこえる。
枷を砕き、かんぬきを壊して、いま窓から飛び出そう。
風を追いかけ、海を越えて、万年の記憶を辿ってみようよ。


☆★☆★☆★☆★☆★


ほぼ、ひと月ぶりの投稿になりました。
白露を過ぎて、陽射しも柔らかくなりましたが、心を裂く出来事が多く、
秋の草にも、「感時花濺涙」の痛みを覚えます。

タプカルとはアイヌの古式舞踊で、神々や先祖への感謝を表し、
儀式の終わりに、経験を積んだ長老によって舞われます。
スネグラチカとは「雪娘」のことで、ロシアのクリスマスに登場する
サンタクロース「ジェドマロース」が連れている孫娘。
草生す屍(くさむすかばね)、水漬く屍(みづくかばね)は、
戦中に愛唱され、第二国歌とよばれた「海ゆかば」の一節からです。

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あじさいの夜、むくげの朝
2012-08-30 Thu 12:36

あじさいの夜、むくげの朝

あなたは、わたしが友達と
あじさいの花を手折って、天に翳しながら
雨の夜を徹して 死ぬほど踊るのを見て、憎みました。
「道路交通法違反、威力業務妨害だ」と。
それでもわたしは、踊り続けます。
踏みしめる足元に、悠久の大地は、ありません。
火を噴く山、引き裂かれる地面、
牙を剝く海、天からの大洪水
それが美しい国の、自然の正体なのです。
八百万の神さまが、それでもようやく
いましめに 手心を加えてくださった あの一撃さえ、
あなたには ちっとも堪えず、
痛くもなければ、畏れもしないのですか?

涙に濡れた朝、夏の終わりの庭に咲く 
一輪のむくげに さみしい唇をそっと寄せると、
あなたは、嫉妬に駆られて、叫びました。
「竹が生えるから竹島なんだ」と。
それでもわたしは 夢を語りましょう。
くぐもった鬨の声が、ふるさとの哀心歌に 
耳を塞いで、とうとう火器を交えようとも
その日が来れば、ふたりで、島を目指します。
わたしは境港から、チェリナは浦項から船出して、
海に飛込み、人魚のように抱き合って 戯れながら
幾千万の涙といっしょに、苦々しい歴史をぜんぶ、
海のお墓に葬って、お弔いをするんです。

あなたは われを失った。
わたしは 髪を掴まれ 引き倒された。
妻のように殴られ、蹴られ、罵られた。
警察を呼んでも、助けは来なかった。
「なにが善で、なにが悪が、わかるものか」
それでもわたしは、信じる道を歩みます。
今日も、明日も、明後日も、あなたが猛々しく、
その舌が、千切れ飛ぶまで喚こうと、
その骨が、砕け散るまで暴れようと、
わたしたちが、名誉を軽んじたり、
夢が訪れる 静かな夜明けを、
あきらめることは、決してないのです。


☆★☆★☆★☆★☆★


2012年、熱くも苦い、劇的な夏でした。
あじさいは、「紫陽花革命」と呼ばれる反原発運動の花。
むくげは、韓国の国花。
無窮花(ムグンファ)と呼ばれる、不屈の生命力の象徴。


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月の船乗りに
2012-08-28 Tue 15:24

その白い砂浜は、風も吹かず、波もたたず、
音も無く、昼も夜も空は暗く 星が満つ。
古生代の化石よりも雄弁な、靴底の形は、
だれかを待つように、いまも消えない。
乳色の天体を、ふたりだけで歩いた
男たちは、アダムのようだった。
たがいを疎んじて、エヴァを求めた。
ともにあるべき、ひとつなる、わが身を。
それは、巡礼。
花婿の夜の旅。
青い花畑を 踏み荒らした者たちが、
白い丘に、征服者の旗を立てた 勝利の日ではなく、
おののく人の魂が、つつしみ深く、秘めやかに
月女神の頬に、はじめてふれる、敬虔な夜。
なごやかに、熱く、言は熔かされて、
おごそかに、深く、霊は精錬されて、
星をのみこんで、戻ってきた船乗りたち。
たちまち黒い津波が、不死の果実をもぎ取って
垂木の重力が、空っぽの部屋に 時間をおしこめた。
朽ちた船の 舳先は折れ、人の頭は砕かれた。
ざくろの実が裂けて、ぽとりと落ちるように
地の星たちも、ひとり、またひとり、潰えてゆく。
沈黙こそ 奥ゆかしい、英雄たちの美質。
微笑こそ 身の丈の憂いを 
天の光に引き寄せる あでやかな招き。
大きな筒を空に向け、鏡に集めた銀の波を、
ひとみに映す子供たちに、わたしはなにを語ろうか? 
いや、なにも語るまいか。
インタビューでは分からぬ、どの記録にも残されぬ 
夜は、乳のような智恵を、戻してくれるだろうか。   
そのとき、あなたの名も、百合の香となって
安らかに 憂いを、忘れさせてくれるだろうか。


★☆★☆★☆★☆★☆


ニール・アームストロング氏の訃報。
1969年7月、人類ではじめて月面に立った、アポロ11号の船長。
2012年8月25日に死去。82歳。

銀河をわたる初秋の月に、静かの海を望みつつ・・・

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「読め 思へ」
2012-08-23 Thu 23:59

「ヴェルサイユ条約のとき、私は10歳でした。
戦争中の子供たちがそうであるように、私もまた熱烈な愛国者でした。
うち負かされた敵を辱めようとする意思が、当時(そして戦後も)
いたるところにあふれかえっていました。
おかげで私の単純な愛国主義は、これを限りに完全に癒されました。
自国が他国に加える屈辱は、
自国がこうむる屈辱よりも、はるかに耐え難いものだからです」。
(『歴史 政治論集』)

第一次世界大戦の戦勝に酔うフランスの有様を回想する
当時10歳だったシモーヌ・ヴェーユの言葉です。


「本を求めて、渋谷の大盛堂書店に行ったところ、
 大きなポスターが天井から下がってゆれていた。

 『 秋の読書週間

 読め  思へ       

文部大臣 荒木貞夫 』

 それは読書と思索のすすめに過ぎない。
 にも拘らず、これを目にした途端、私は激しい怒りに身が震えるのを覚えた。
 『思へ』!
 思索とは、人間の最も自主的自発的主体的な精神の営みではないか。
 それはひとに命令されてできることではない。
 『思へ』と命令することは、『走れ』とか『止まれ』と命ずるのとは違うのだ。
 それは他者の精神を支配することであり、
 人間の自由を無視・否定することに他ならない。
 『思へ』の一言に、私は匕首を胸元に突きつけられたような
 心のなかに土足で踏み込まれたような、激しい衝撃を受けたのだった」。

国家総動員法が成立し、息苦しい戦時体制下の1938年、
旧制高校に入学し、読書に没頭していた森井眞氏の回想です。
森井氏は当時の日本の有り様を、
「人権や人間の自由に鈍感でなければ、
とても生きていけない国になっていた」と語っています。
思想統制も厳しく、政府に都合の悪い書物は発禁になりました。
「自分の気に入らぬ本は取り上げておいて、『読め』とはなにごとか!」
(森井眞氏の言葉はすべて『批判精神 創刊号』より)


それから半世紀、敗戦によって民主主義が与えられ、
高度成長を遂げ、大学も大衆化した日本の社会はどう変わったか?

「しかも日本はこれだけ高学歴社会になって、
 相当インテリジェントなソサエティーになってきておる。
 アメリカなんかよりはるかにそうだ。平均点から見たら、
 アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、
 そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い。」
「日本はそういう社会だから、国民の知識欲に合わせて
政治もどんどん進んで行かねばならない」
 (ウィキペディア参照)

1986年、中曽根首相による、いわゆる「知的水準発言」です。
思想や学問の自由は保障されたものの、かえって反知性主義が蔓延し、
厳しい知的、学問的検証に耐えられず、事柄の真偽はどうでもいいまま、
ただ耳に心地よく自尊心を擽る、いい加減な日本人論がもてはやされ、
政治家も国民も無批判に飛びついていました。


「チョンは息を吐くように嘘をつきます」
「(売春は)むかしから花嫁修行のひとつ?
 エステや整形がものすごいのもそれ」。
「日本は、原発、中国、韓国、北朝鮮とは、絶対に共存できない!」
「そのうち琉球も狙われますよ。本州以外はみんな・・・」
「核武装OK!」

最近、インターネットで散見される発言のあらましです。
いまの社会で、一般市民が漠然と抱いている感覚でしょう。
近隣国への憎悪は、戦中にもまして溢れかえっています。

満州事変(1931年)のさなかに、朝日新聞に掲載された、
茨城県の小学校高等科一年生(現在の中学一年生)の投書。

「毎日、毎日新聞は、連盟における日本の不利を報じています。
 私は連盟ってなんだか分かりません。
 が、日本をつぶす会のようにしか考えられません。
 なぜ、外国は支那をたすけ正義の日本を悪くしているのでしょう。
 満州にいる兵隊さんたちよ。あまりにも馬鹿な支那をうちこらしてください。
 日本の国のために、たとえ支那にアメリカがつこうが、
 ロシヤがつこうと、断然立って戦ってください」。
(岩波ジュニア新書『新版1945年8月6日』より)


情報統制や思想の弾圧があろうとなかろうと、
平和であろうと戦時であろうと、民主主義であろうとなかろうと、
どんな本でも読み、地球を自由に歩き回り、なんでも見聞きし、
ネットで世界中の情報に精通し、なにもかも知っているようでも、
結局は同じようなことを話し、似たような発想をしてしまうのはなぜか?

わたしたちの思っていること、感じていることのほとんどは、
じつは、自分自身の考えや感覚や言葉ではないということ。
「心のなかに土足で踏み込まれ」ても、「激しい怒りに身を震わす」どころか、
おどろくほどの無防備さ、寛容さ、気前のよさは、いったいなにか?

森井眞氏は、「思へ」という命令に反発しました。
私はいま「愛せ」に反発します。
なぜなら、愛もまた、思索とおなじように、
「人間の最も自主的、自発的、主体的な精神の営み」であり、
「右向け右」のように、上から命じられてなすものではない、
人格の深みからにじみ出る感情、意思、行為だからです。

もし「愛せ」と命令されて、本当に愛せるものなら、
「憎め」と命じられても、容易に憎めるでしょう。
それらは煽られ、操作された軽佻浮薄な感情ですが
その類の非理性をつねに必要とする政治があります。
だから、愛国心が強調されるときには、必ずセットで、
憎むべき敵国もしっかり用意してくれるのですね。

死ぬその日まで、感情も思考も言葉も借り物のまま
自分ではない何かの容器として生き死にしてゆく・・・
人に生まれて、少なくとも自由の身でありながら、
それほど無責任な、卑しむべき隷属はありません。

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銀河のお祭り
2012-08-22 Wed 16:01

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、
乳の流れたあとだと云われたりした、このぼんやりと白いものが、
ほんとうはなんだかご承知ですか?」
先生は、黒板に吊るした大きな黒い星座の図の、
上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、
みんなに問をかけました。
(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より)

立秋を過ぎると、銀河と流星の季節です。
暑さも和らいだ夜、虫の集きに包まれて、天球を優しく包む微光の帯に
いにしえの人々は、さまざまは想いを託してきました。

毎年7月7日の「七夕祭り」は、銀河のお祭り。
織姫と彦星の、年に一度の逢瀬というロマンチックな星伝説は
中国から伝わったお話ですが、技芸の仙女である織姫さまにあやかって
この夜には、女性たちが機織りや裁縫、書道などの上達を祈る
「乞巧奠(きっこうでん)」という行事が行われました。

「七夕」とは、「7月7日の夕」という意味だそうですが、
「たなばた」と読むのは、日本の古い習慣で、7月7日に
神々に捧げる衣を織る「棚幡津女(たなばたつめ)」が用いていた機織りを
「棚機(たなばた)」と呼ぶことに由来しているといいます。
あるいは、お盆のときご先祖を迎える祭壇の棚の意味でもあるそうです。

残念なことに日本では、7月7日は梅雨のさなかである上に、
日が落ちて、ようやく星が見え始める時間になっても、
織姫・彦星にあたる星と天の川は、東の空に低く昇ったばかり。
梅雨空の下、星に願いをこめた短冊を飾っても、
浴衣で集まった人々は、天を見上げ、織姫・彦星を探すこともなく、
人工の天の川に感動する七夕になってしまいました。

星祭りの意義が失われた原因のひとつは、新暦と旧暦にずれにあります。
他の習俗と同じように、伝統的な七夕も旧暦で祝うものでした。
旧暦の7月7日を、現在の暦に置き換えると、年によって違いますが、
いまの8月12日ごろを中心にした夏休みに当たります。
お天気にも恵まれるので、日が沈んでしばらくすると、
天の川と、織姫・彦星の夫婦が空高くに姿をあらわし、
ふたりが逢瀬を楽しむ舟でもある、上弦の月も浮かんでいるのです。
旧暦では7~9月が「秋」とされ、「天の川」「七夕」は秋の季語です。

伝統的な七夕を復活させようという声もあり、2001年から国立天文台は、
その年の「伝統的七夕」の日付を報じるようになりました。
まだまだ一般的ではありませんが、天文家や星好きの人たちを中心に、
各地でライトダウンが呼びかけられ、星と街との共存が模索されています。
「つながろう七夕、よみがえれ天の川」
今年の伝統的七夕は、8月24日。まもなくです。

ほかにも、日付や光害の問題だけでなく、
星祭り本来の意義を考えてみるのも、興味深いと思います。

新暦の7月7日は七夕にふさわしくないので、ひとつき遅らせて、
仙台の七夕祭りのように、8月7日に星祭りが行われる地域もあります。
この「月遅れ」の行事ですが、現在のお盆もそうで、もともとお盆も、
七夕の一週間後にあたる、旧暦の7月15日に行われる祖霊祭でした。

太陰太陽暦に基づく旧暦では、日にちとお月様の形が連動します。
旧暦の7月15日は、年のちょうど真ん中にあたる満月の夜となり、
一年にただ一度、この時期だけ、なぜかこの世とあの世が通じて、
7月7日には、神々や先祖がこの世をおとずれ、
7月15日に、ふたたび戻ってゆくと考えられていたのです。
現在では別々にされて、つながりも無いような七夕とお盆は、
ひとつづきの習俗として、異界との、敬虔な交流の行事だったのです。

その異界との境界を流れるのが、天の川だと考えられました。
織姫と彦星の逢瀬と別れ、お盆の迎え火や送り火、精霊流しなどの行事も、
宇宙こそ天であり、星々は神の姿であり、霊魂でもあると信じられた
いにしえの人々の、壮大なコスモロジーを伝えてきた物語であり、習俗なんですね。
天の川への憧憬は、日本人の、民族的郷愁にもつながると思えるのです。

時間に追われる日本のお盆は、里帰りもそこそこに慌しく過ぎ、
各地の夏祭りも、一時の解放感のあとは、ただ疲れ果てるだけ・・・
電気が明るくなるほど、世の中が暗くなったように、
人と宇宙の関わりも、むかしのほうがずっと親しく、切実だった・・・

異界への気軽な好奇心や、不敬な関心ではなく、
苦しみに満ちた、はかない生と、やりきれない、不条理な死に
どうしようもなくわが身をふるわす、無限の慟哭があればこそ、
あの、生者と死者の絶望的な隔絶と、
「ほんとうのさいはい」の不可能を、
皮肉なまでに美しい、宇宙的なイメージの中に描き上げた、
『銀河鉄道の夜』も生まれたのだと思います。

年に一度だけ、天と地が交わり、星と人がひとつになり、
結ばれては分かたれる、銀河のお祭り。
そんな想いを馳せながら、伝統の七夕の夜に、
天の川をたずね、星たちに語りかけてみるのはいかがでしょうか?

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