Dark night of the soul Secret path to the Light

宿命
2016-06-02 Thu 18:04

『あの破壊は他からの暴力だろうか』


わたしらの夜をついに鋳つぶしにきたのか。
むじひに罰しに。
くされた球茎に気づかぬわたしらを、
矯めなおしにきたというのか。
あほうどもの腸でこしらえた弦の音に
いつまでも踊らされるわたしらの性根を、
やっぱり叩きなおしにきたのか。
そう言いたくなるのもわからんではないけれど、
真相はこうなのだ。

宇宙がちょっと身じろぎ、
はずみで
聖人堀緑地のいけがきの
真っ赤に熟した
ヒマラヤトキワザンザシの実がひとつ、
落ちてころげて、
海にぽちゃんと入り、
かすかな漣をつくっただけの話だ。
じつに無ほどに小さな漣を。

真っ赤な
ヒマラヤトキワサンザシの実は
わたしのなかに熟し、
ある日、ひと粒が、
ゆくりなく宇宙の海に落果した。
おのずからの暴力。
かすかなその漣で世界が絶えることもあること。

とりかえしのつかぬ罪は
それらをこばむ無知。
宇宙の海はわたしのからだのなかに、
うねりただよう。
あがなえぬ海。
かすかなその漣で世界が絶えることもあることを。

とりかえしのつかぬ罪は、
語りとどかぬ、予感しない言葉。
それが盤古をあやめる大罪となった。


*   *   *   *   *   *


『死者たちにことばをあてがえ』


わたしの死者ひとりびとりの肺に、
ことなる それだけの歌をあてがえ
死者の唇ひとつひとつに
他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬え
砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
夜ふけの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ
浜菊はまだ咲くな
畦唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけのふさわしいことばが
あてがわれるまで

(どちらも辺見庸、詩集『眼の海』より) 



*   *   *   *   *   *


天変地異のときは、わずかな間だ。
だが宇宙の、一瞬の身じろぎを前に、
人のいとなみは、あまりにも脆かった。

<今日>という日は、そのあとはもう、
どこを探しても見つからず、ただ「数字」が記され、
「あの日」と呼ばれ、身体に記憶を遺伝させる。

地が裂けて、海が押し寄せるのは、
たしかに、宇宙的なできごとだが、
天罰というのは、そのことではあるまい。

それよりもたちの悪い、「無知」の結果は、
神の怒りとは異なり、あまりに理不尽で残酷だ。
重荷を担わされるのは、悪人たちではなく、
罪なき子どもたちなのだから。

人の心は、意識するよりはるかに広くて深い、
茫洋深沈とした、知られざる海だ。
水面は、陽光できらめいていても、
底なしの淵には、闇の流れが横たわる。

「真実は、もっとも抑圧された場所に宿る」ように。

海溝の奥には、ヒマラヤトキワサンザシの、
赤い実を追いかけて、海の底まで飛び込んだあげく、
億劫の時間を、プレートの歪みに引き裂かれながら、
身もだえしつづけるほかない、あなたの恐怖がある。

春の野辺には、生暖かい雨に打たれながら、
眼前に横たわり、ますます凍えてゆく瓦礫にうもれた、
死者たちの前で、なすすべもない、あなたの悲嘆がある。

真実は、だれの目にも、すすんで映ろうとはせず、
だれからも聞いたことのない、あなただけの、
形骸でない、推敲もしない、低いつぶやきに身をひそめる。

すこやかでとうとい、
いつわりなき愛の炎に融かされた涙を、
なにかに遠慮して、恥じたり、隠したりするならば、
大地があきらめずに語り続ける、明日のための警告も、
しつこく悩ましい、耳鳴りのようでしかないだろう。

慰めるように甚振る、巨大な機構の酷薄にたじろぐ人は、
気持のいい麻酔に、さっと手をのばすのがつねだ。

今日も明日も、風塵に膚を刻まれながら、哭きやまぬのは、
それこそ、さまよえる<言霊>に憑依されて、
とうとう気が触れてしまった人だけで、じゅうぶんなのだ。



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