Dark night of the soul Secret path to the Light

いま選ぶべきは、どちらだろうか?
2016-04-24 Sun 15:41

「地震のあとには戦争がやってくる」

故・忌野清志郎の言葉だといわれる。

残念だが、東日本大震災以後の、5年間の状況の激変をみると、
彼の言葉そのままにこの国は崩壊し、戦争体制が着々と整えられている。

この動きも大地震とおなじで、戦後の長い期間、地の底深く潜んでいた、
平和と民主主義を憎み、戦前の価値観に戻し、日本を取り戻そうと願う、
溜まり溜まった未浄化な怨恨が、一挙に噴出したものに他ならない。

甚大な災害は、人心を不安に陥れ、活力を奪って、思考力を麻痺させる。
地名や被害状況を細切れに伝える報道は、無力感と苛立ちを募らせる。
被災者のみならず、対応に追われる職員らのストレスも過酷であろう。

そこには必ず、災難に付け込んで状況を操作する、狡猾な者が現れる。
最大の悪党は、この機に乗じて、この国を私物化しようとする連中だ。

強いリーダーシップの下、一致団結して困難を乗り切ろうとか、
いまこそ日本人の底力を発揮して、みんなで復興に取り組もうとか、
熱く、勇ましく、愛国的で、個よりも全体優先が強調される言葉には、
非常時ならなおさら、それはおかしいぞと、警戒しなければならない。

だがいまでは、ここまで露骨にすれば、反発されることもあって、
優しさと強さを兼ね備えた、押しつけがましい、涙うるうる感動話で、
理不尽への我慢辛抱や、犠牲心を植え付ける企みが、進行している。
感動話にご用心!涙のあとで、その裏に仕掛けられた罠を見破ろう。


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熊本県・大分県をまたぐ広範囲で、予測できない地震が続いている。
14日の一撃から10日以上経つが、何と長くて苦しい時間であろうか。

いつも拝見させていただいている、ブログの管理人さんも、
地震の直撃を受けて、住めなくなった家を離れ、避難を余儀なくされた。
暗闇のなか、着の身着のままの脱出は、生きているのが奇跡だという。
直前までの日常との、なんという落差であり、変わりようであろうか。
言葉を失う。いまはただ、心からご無事と生活再建を祈るばかりだ。

もどかしく憤ろしいのは、時間の重さ、天候の無情さばかりではない。
この震災の重要局面から目を逸らさせ、日常を演出するマスコミや、
政治日程を邪魔され、迷惑がりもしれば、利用しようともする政府の、
他人事のように、露骨な冷たい態度こそ、理解に苦しむものである。

どうやら政府は、TPP法案の今国会での成立を、断念することを決め、
改憲への重要な足がかりの、衆参同日選もお流れかとみられている。

だが一方で、唯一稼働中の川内原発は、運転停止の必要なしと判断し
被災地に支援物資を運ぶため、これ見よがしにオスプレイを飛ばす。

神戸震災級の大地震が二度も襲ったのに、未だ「激甚災害」に指定せず、
(その後25日に、激甚災害への指定を、持ち回り閣議で決定)
安倍首相はほぼ予定通り、連休には欧州やロシアを外遊するという。
マスコミは、「できることは全てやる」と、矢継ぎ早に対策を打出し、     
被災地を訪れ激励する首相を報じるが、それは公平だろうか?

あきれはてるのは、待ってましたの「震災便乗お試し改憲」だ。
なかでも危険な内閣独裁体制であり、戦争や大規模災害の際には、
人権を制限することができる、「緊急事態条項」の必要性を、
災害を理由に厚かましく強調する、隠れた目的はなんだろうか?

参考⇒緊急事態条項「極めて重い課題」 熊本地震で官房長官
言葉を選びながら、それこそ丁寧に、「慎重に」言及しているが、
「最も許されない、卑劣なショックドクトリン」(岩上安身氏)である。

遠く離れた中央から、状況も分からず、被災地をコントロールすれば、
逆に現場を混乱させ、地元民は迷惑を蒙り、被害が拡大しかねない。
政府が15日に打ち出した、「全避難者の屋内避難」の方針に対して、
熊本県知事は、「現場の気持が分かっていない」と反発した。

「避難所が足りなくて、みなさんがあそこに出たわけではない。
 余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ」


東日本大震災で被災した7自治体の首長らも、
「緊急事態条項」には否定的意見が多く、内閣に権限集中するより、
「むしろ現場に権限を下ろしてほしい」と答えている。

憲法記念日を前に、毎日新聞が、被災した岩手12市町村、
宮城15市町、福島15市町村の担当部署に、アンケートを送付し、
37自治体から回答があった、より詳しい調査も参考にしてほしい。
毎日新聞のアンケート調査



日本では災害緊急事態布告の規定もある、
災害対策基本法や災害救助法、大規模地震対策特別措置法など、
「法レベルの緊急事態条項」が整っており、災害時の応急対応は
外国の憲法が定める、緊急事態条項以上に精緻といわれる。
であれば、東日本大震災を踏まえて見直すべきは、憲法の不備ではなく、
既存の災害法制を十分活用できなかった、運用面ではないのか。
(河北新報)


災害時の法律は整っているのに、それらを充分活用しないでおいて、
憲法が悪いと「反省」してみせ、「緊急事態条項」が必要だと強弁する、
謙虚を装った傲慢、惨事をダシにした野心の、行き着く果てはなにか? 

もし緊急時に、内閣の独裁体制が敷かれ、情報は統制され、
自由は制限され、政府の命令には、必ず従わなければならない…
どんなことになるか想像してほしい。自分が、最も弱い立場の者として。

どんな政府も例外なく、都合の悪い事実は隠して、国民に知らせない。
大災害の時にそんなことをされると、それはすなわち国民が、
自分と家族の命を守るための情報を、得られないことを意味する。
たとえ得られても、移動や通信の自由さえ、制限されかねないならば……

5年前の、民主党・菅直人政権のときにも、重大な過ちが犯された。
福島原発事故で、放射能拡散予測システムSPEEDIの情報が隠され、
適切な避難誘導が行われなかったために、多くの住民が被曝したのだ。

そのあと、福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーとなった
山下俊一氏の珍言・迷言が物議を醸したが、頼みの綱の専門家までが、
「国の言うことは正確なんだから、国の言うことに従ってください。
 私は学者であり、私の言うことに間違いはないのだから、
 私の言うことをキチッと聞いていれば、何の心配もない」
(2011年4月1日飯館村)という態度では、国民軽視もはなばだしい。

そこには住民のパニックを防ぐという、意図もあったろうが
そのために、最初から隠し事をして、安全を喧伝するのは間違いである。
むしろ健康被害のリスクも含めた、分かっている事実そのものを伝え、
身を守るための情報を提供し、補償も含め最大限の支援を約束する、
それが国として信頼に足る、真っ当な責任の取り方ではないだろうか。

この九州震災において、いま国民が知り、考えるべきことはなにか?

おためごかしの「緊急事態条項」ひとつを見ても、安倍政権がいま、
なにを重視し、何を軽視し、どこを向いているか、一目瞭然だろう。
この夏の参院選で、国民は、選択を誤ってはならないと思う。


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この5年間で、日本社会に深く浸潤し、芯まで蝕んでしまった癌がある。

それは日本の名で、憎悪と悪罵、差別と迫害を扇動する愛国運動が、
言論の自由の御旗の下で、市民権を得て、取り締まられもせず、
白昼堂々街頭で繰り広げられ、「その通りだ」「よく言ってくれた」
「いろんな考えがあっていい」「そういう立場も理解できる」などと、
多くの支持と共感を広げながら、国民の意識に定着したことである。

安倍政権になってから、こうした勢力が増長したようにも見えるが、
権力側は、熱心な支持者でもある彼らを、野望の下肥にして利用し、
用が済めば、時代の罪と穢れを背負わせ、冷酷に切り棄てるだろう。
こんな煩悩に人生を浪費している人は、早く足を洗った方がいい。

日本国は本来、これら愛国者を必要としない。
にもかかわらず、彼らはなぜか「反日」狩りに忙しく、
その対象も、在日韓国人・朝鮮人のみならず、沖縄やアイヌの人々、
女性、障害者、同性愛者、人質、被災者、生活保護、家なき人々、
反安倍、反原発、人権活動家、中国人、ロシア人、イスラム教徒など、
少しでも反日・左翼・異物・生意気と認知するや、執拗な攻撃を加える。

それはいまや、一部右翼だけでなく、国民全体に解禁されて、
弱者を甚振る無責任な放言が、野放しのまま生産され続けている。

被災地でも、悪質なデマや暴言、流言飛語が飛び交っている。
「動物園のライオンが逃げた」「大型商業施設で火災」
「(某店舗の商品)取り放題」「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」
「生理用品などぜいたく品」「モンスター被災者」

「自衛隊車輌を見かけた女性(女子高生)は、
 隊員に手を振ってあげてください。 そりゃもう、元気の源になるし…」  

あるいは在日コリアンのふりをした、大勢のネット右翼らが
「地震おめでとうございます」「日本人全員死ね」などの
根も葉もない短文を流して、憎悪を煽り、偏見を助長している。
「不謹慎狩り」なる過度の自粛強制も、人の心を委縮させるばかりだ。
勘違いや善意から発した言葉が拡散され、混乱を招いたものもあろう。  

被災地では空き巣が横行している。わざわざ他県から車で来ては、
そんなことをしているのだとういう。義援金を要求する詐欺もある。
マスコミの傍若無人な取材に業を煮やし、怒鳴りつけた現地男性は、
たちまちネットで危険人物扱いされ、揶揄の的にされている。

そして被災者たちは、厄介者が甘ったれるなと、何事も遠慮し、自粛し、
誰にも迷惑をかけず、愚痴や不満を言わず、いつまでも悲しみに浸らず、
早く立ち直り、助け合い、笑顔で前向きに生きることを求められるのだ。

一体なぜ日本人は、これほど残忍で醜悪、矮小になってしまったのか。
この国の風景は変わった。日本人の意識が変わったからである。

「地震のあとには戦争がやってくる」

気が滅入るので、ツイッターで拾った意見も紹介しておこう。

「笑うことを強制される」ことが、地獄の重労働になり得るということ、
そして「あ、この人は笑ってるから大丈夫」と、
ないがしろにされる危険性があることを知っていてほしい。

女子高生が手をふってあげれば自衛隊員は喜ぶ・・・
とツイートした、元自衛隊員に批判がいかずに、
その性差別的な視点を批判した人の方にバッシングがいくのね…、

関東大震災当時のデマの部分を、同じように現代でも拡大再生産して、
呼吸するように捏造しながら差別扇動するのは、
“学習していない”からではなく、
この国が現在進行形でやってること、やりたいことを
“明確に学習している”からなんだな。
忘却するどころか、自分の都合の良い様に一方的に改竄するのが国技。

中国の軍事的脅威は大きく見積もるが、
原発事故のリスクは無視する政府は、本当は何をしたいのか。


もうひとつ、これについても、特に注意を喚起しておきたい。

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この無残な状況下で、2~3か月後に迎える、参院選の結果次第では、
将来、あの3.11を境に、日本は没落の一途を辿ったと言われるだろう。


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そしていま、あらためて懸念されるのが、原発の安全性だ。
川内原発は、このまま運転を続けていても大丈夫なのか?
現場では、この想定外の事態について、どう考えているのか?
いま止めてはならない、説得力のある理由があるのだろうか?
どのみち破滅するならばと、動かせるだけ動かしているのか?

大陸の岩盤が、何億年という、途方もない厚みを持つのに対して、
日本列島が形成されたのは、わずか一万年前に過ぎない。
しかも、世界有数の地震多発地帯であり、火山列島でもある。

宇宙からも地形が確認できる、巨大な断層帯である「中央構造線」は、
過去数千回以上にわたって地震を繰り返してきた、活断層でもあるが、
熊本地震は、「中央構造線」上で日本人が体験した、最初の地震であり、
これまでの経験則が役に立たず、今後どこで地震が起きるかについても、
その場所や規模の予知は、専門家でも難しいといわれる。

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(赤いラインが「中央構造線」 ウィキペディアより画像を借用)

中央構造線を描いた日本地図のどこに、川内原発と伊方原発はあるか。
関心のある方は、ぜひご自身で調べて、確認してみてほしい。

一部には、いま九州で多発している地震が、懸念されている
南海トラフ地震の予兆ではないかとの、指摘もあるようだ。
それには無関係という見方もあるが、本題はいま、その点にはない。
「現在の科学では分からない」=「大丈夫」という意味ではないからだ。
守るべきは原発利権ではなく、国民の命であるということだ。

誇張でもなく、杞憂でもなく、私たちの人生の問題として、
万一にも近い将来、3.11のような天災と人災が、
ふたたび重なって発生するとしたら、この国は東日本に続いて、
西日本までが、大規模な被害と損失を蒙ることになるだろう。
南海トラフ地震の最大死者は、32万人にものぼると推定されている。
脅すな、煽るなという前に、いま日本人の、最善の選択はなんだろうか?


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人の心が、自暴自棄になったり、パニックを起こすことなく、
危機と困難の最中にあっても、落ち着いて対処できるのは、
起こりうる最悪の可能性を、しっかり受け止めた時だけだ。
本物の覚悟は、諦念にも絶望にも至ることなく、
思いがけない本能と理性が、生きるための正しい判断に導く。

日本の国難は、まだまだこれからではないだろうか。参考
だがそのときすでに、国の屋台骨までが崩壊していたのでは、
私たちは裸で、弱肉強食の世界に投げ出されかねない。
改憲だの戦争だの、自己破壊をやっている場合ではないのだ。

ボランティアに駆けつけたいのに、自分にはスキルも体力もない。
義援金や援助物資を送りたいけれど、経済的な余裕さえない。
いま、もどかしく悔しい想いをされている方々も、多いことだろう。
だが、だれにでも簡単に協力できることがある。

それは、少しだけがんばって、投票所に足を運ぶことだ。
これ以上、「日本国憲法」を、破壊させないために。
その意思をもった、信頼に足る人物を選挙で選び、支援することだ。
もしいなければ、大局を見て、より可能性のあるほうを選ぶべきだ。

どんなに目を閉ざしても、否定しても、厳然たる事実がある。
この世を動かしているのは、政治と経済の冷たい力である。

だから世の中を変えたければ、まず、政治の動きに注目しながら、
自分もそこに、権利と義務を有する者として、参加してゆくべきだ。
山本太郎氏は脱原発運動から政治を志し、国会議員になったが、
私たちも、様々な立場や場所で、自分にふさわしい行動ができる。
積極的に声を挙げるだけでなく、静かに監視することも大切な役割だ。

結局は、自分の持つ一票を、どのように行使するかが問われている。

「歴史を振り返ると、大災害は爾後をふたつに分ける。
 従来の、権益まみれの<システム>におさらばして、飛躍する社会。
 権益まみれの復旧をめざして、沈没する社会」
(宮台真司×飯田鉄也『原発社会からの離脱』より)


いま選ぶべきは、どちらだろうか?

東日本大震災と、熊本と大分の地震を、
改憲と戦争の、前触れにしてはならない。


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