Dark night of the soul Secret path to the Light

昏庸無道
2015-12-31 Thu 01:40

「昏庸無道」

聞きなれない言葉だが、「韓国教授新聞」が選んだ今年の四字熟語だそうだ。
おなじみとなった韓国紙「ハンギョレ」の記事を引用してみよう。

韓国教授新聞が選んだ、2015年の四字熟語は「昏庸無道」だ。
愚かで無能な君主を示す昏君と、庸君をつなげた「昏庸」と、
世の中が闇に包まれて、正常ではないことを表す、
『論語』の「天下無道」の「無道」を加えた表現だ。


二位以下は、次の通り。
二位「似是而非」(見かけはそのようだが実際はそうでない)。
三位「竭沢而漁」(池の水を全て汲み出して魚を捉える)
=目先の利益ばかりを見て、長い将来を考えない 
四位「危如累卵」(卵を積みあげたような危うさ)
五位「刻舟求剣」(舟に刻んで剣を求む)
=時勢の変化に疎く、 古い考えに捕われ融通が効かない

「大統領は国家を私有化し、与党はこれに屈従している。
 すべての国家組織と私組織が、個人の利益ばかりを追求している」


手厳しい意見だが、この記事のあとに行われた最大の暴挙こそ、
今年の最後を締めくくる、「昏庸無道」の集大成であろう。

(候補の四字熟語は)全て韓国社会が、政治・経済・社会の様々な領域で
正しい道を見つけられずにいることを、強く批判している。
韓国社会の闇と混乱の根本に、朴槿恵大統領がいることを示している。

(黄文字部分は、the Hankyorehより引用 元記事12月20日)

恥ずかしながら、どの熟語も聞いたことのないものばかりだったが、
胸がすくような見事な記事ではないか。さすがハンギョレだ。
知識人の矜持と、新聞人の使命がみなぎる、これぞ本物の仕事。
どの言葉も日本の政治情況に、そっくり当てはまってしまうのが憎らしい。

たとえそこに、一人一人の切なる願いがこめられていようとも、
「今年の漢字」に「安」を選んで、最高権力者に飛びつかれ、
たちまち「安心倍増」だと、喜んでもらうような国には失望してしまう。
「今年の漢字」は全国からの公募だが、大学教授だけに限定しても、
東洋人の教養に根ざした、絶妙で率直な権力批判ができただろうか。

日本人は、一日も早く安んじて暮らしたいと願っている。
だが、「安寧でいらっしゃいますか(アンニョンハシムニカ)?」と挨拶する
韓国では、おなじ「安」でも、「安」の意味が少しも安っぽくない。

冷たい海に沈没したセウォル号の遭難で、命を失った子どもたちが語り、
それを聞き取った詩人たちが伝えた言葉を集めた、「誕生日の詩」には、
次のような痛切な一節がある。


お父さん、お父さん。
わたしは、悲しみの大洪水のあとに浮かぶ、虹のような子。
天国で、いちばん素敵な名前を持った子にしてくれて、ありがとう。
お母さん、お母さん。
わたしが歌いたい歌の中で、いちばん澄み切った歌。
真実を明らかにする歌を、いっしょに歌ってくれてありがとう。
お母さん、お父さん、
あの日のあとからも、もっともっと愛してくれてありがとう。
お母さん、お父さん、
痛いほど愛してくれてありがとう。
お母さん、お父さん、
わたしのために歩いて、わたしのために食を断ち、
わたしのために叫び、闘って。
わたしはこの世で最も誠実で正直な、
父さん母さんとして生きようとする、
おふたりの子、イェウンです。
あの日のあとにも、永遠に愛される子、みんなのイェウン。
今日は、わたしの誕生日です。
(チン・ウニョン詩人「あの日のあとから」より)



韓国のすぐれた詩には、宇宙的な悲しみが鳴り響いている。
冥府の河を越えてもなお、愛に結ばれた者たちは共に生きる。

子どもたちの感謝は、儒教の強いる「孝」のせいではない。
そうではなく、感謝に価する親なら、なにをすべきなのか?
わが子の愛と信頼に応えるには、どうあるべきなのか・・・?
残された親たちが、絶望の底で足掻き、探り求め、掴み取った、
存在をかけた覚悟と決意が、詩の言葉に結晶している。

無残に死んでいった子どもたちに、「ありがとう」を繰り返させ、
どんな苦しみも悲しみも、ゆるし、とかし、わすれ、きれいに無化して、
親たちの煩悶をなぐさめ、安んじるような、天使などにされたのでは、
セウォル号の子どもたちは、それこそ二度殺されたことになるだろう。
そこには安直な癒しも慰めも、自己憐憫もなく、あるのは真実だけだ。


岸信介の孫、朴正熙の娘を、ともに国の元首とする、日韓の現政権は、
犬猿の仲のわりには、驚くほど性格が似ており、
無道なる強権政治によって、国民の生活は圧迫され続けている。

これら最悪の政権下で、懸案の慰安婦問題が、被害者を完全無視して、
年末の大掃除感覚で、政治的妥協に至ったのは、限りなく恥ずかしい。

韓国政府は被害者を利用して見棄て、ふたたび歴史をカネで売った。
日本では歴史修正主義者が勝利し、リベラルからも拍手を浴びている。
こんな結末ならば、永久に大喧嘩をしてくれるほうが望ましいくらいだ。

日本大使館を見つめる性奴隷少女像も、そのうち撤去されるだろう。
ハンギョレ紙は、この「合意」という、欺瞞の上に築かれた未来を予見し、
結果によっては、“歴史的かつ画期的な外交惨事”であると論じた。
だが批判の声は少なく、いくら喚いたところで、もう誰も耳を貸すまい。
多少の抵抗もすぐ籠絡され、慰安婦問題も記憶の彼方に消去されよう。

「最終合意という言葉は、私たちを何度も殺すこと」(元慰安婦女性)
そう。あとは戦時性暴力の被害者らが、心安らかに、全員死ぬのを待てばいい。
たかが女、老いさき短い年寄り、なにより慰安婦に過ぎぬのだから。
それどころではない。安全保障や経済関係のほうが、ずっと大切なのだ。

歴史はふたたび、無垢の血を流した。
慰安婦問題(戦時下における女性への性暴力)を、
世界ではじめて告発し、困難に抗して闘いぬいた韓国女性たちの信念が、
消えることのない、世界を照らす燈明でありつづけるために。

「イスラム国(IS)」兵士らの、性奴隷にされた女性たち、少女たちよ。
ハルモニたちの灯は、あなたたちに受け継がれる。

いかなる困難にあっても、民衆が、新聞が、学問が、詩が、低いつぶやきと、
頑強な抵抗と、理想の未来を手放さないなら、それ自体が希望の光となる。
だが、民衆が怒りに疲れ休息したがり、言葉が陳腐な決まり文句に堕ちて、
新聞が権力に尻尾をふり、金を産まない学問が廃れるようなであれば、
それはもう、人間が人間である自由を、みずから放棄するふるまいである。



(今年も大勢の方にご訪問をいただき、ありがとうございました)

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