Dark night of the soul Secret path to the Light

空はなぜ青いのか? 星はどうして巡るのか?
2015-02-24 Tue 13:10

まず、今回も言及することになる、過激派組織「イスラム国」ですが、
この記事以降は、すべて「IS」と表記することにしました。
それでいいのかという思いは、いまも胸にわだかまっています。
メディアや個人では、「IS」に改めているところもあるようですが、
「国家」という誤解や、イスラム教への偏見を、避けるためとはいえ、
表記を変えても、刷り込まれた印象は、なかなか拭えないからです。

残念なことに、日本人の意識のなかでは、すでに「イスラム」という名詞は、
テロリズムや後進性と結びついた、否定的な観念になっていないでしょうか?
暴力的で、女性蔑視の宗教というイメージは、それ以前からありましたが、
私の印象では、おそらく「9.11同時多発テロ」の頃から、イスラム教への、
現実的な恐怖感をともなって、一般に、浸透してきたように思えます。

イスラム教に批判的な、あるサイトを読んでみたのですが、
驚いたことに、そこで扱われている記事の大半は、ふだん私たちが、
テレビや新聞、ネットなどで見かけるニュースが、ほとんどでした。
ごく日常的な報道に接しているだけでも、日本人はイスラムに対して、
よくない印象を持ってしまうのではないかと、思わずにはいられません。

なんとかならないものだろうか・・・。
どうしたらいいのだろう。

便乗するかのように、「イスラム本」もいくつか出ているようですが、
地理的にも近く、歴史的にも繋がりの深い、中国や韓国に対してさえ、
日本人は、あれほどの無知と無礼を平気で晒して、得意顔をしています。
多様なイスラム世界の、一面を切り取って、こうだということはできません。
生半可な知識が、かえって目を曇らせてしまうかもしれません。

私自身はクリスチャンですが、信者でもないのに、キリスト教に詳しく、
かつ批判的な先生方の、「一神教」への悪罵を聞けば、「ちがう」と思います。
日本人の多くが、キリスト教やイスラム教、ユダヤ教などの「一神教」を、
非寛容で排他的、好戦的な宗教として語りたがるのは、なぜでしょうか?

そうした偏見があればこそ、オリンピック招致に関する、猪瀬元都知事の
「イスラム諸国は互いにけんかばかり」という差別発言も、かえって頷けます。
中東がいくら親日国であろうと、日本人の目当ては、石油に他なりません。
しかし、当たり障りのないお付き合いが、今後も続けられるものでしょうか?

私たちは日常的に、イスラムの人々に、接する機会がありません。
男はみんなジハードに行き、女はみんなブルカを着ているのではなく、
世界有数のアラブの億万長者や、石油の王様でもなく、過激主義者や、
粗暴で、横柄な家父長でもない、ごく良識的なイスラムの人々の姿を、
ふだん見たことがないことが、誤解をもたらす、大きな原因だと思います。

私は幸運にも、短期間ながら、イスラムの方々と交流する機会があり、
そこでの異文化体験は、いまも忘れられない思い出となっています。
そして、いまだからこそ、はっきり分かります。
もし私に、このささやかな体験が無ければ、今回の人質事件や、
「過激派」についても、その印象や視点は、異なっていたでしょう。

「IS」の蛮行や、同胞二人の命が奪われたことは、到底ゆるせません。
しかし、同じく堪えがたいのは、彼らが「イスラム」の名を掲げながら、
神と預言者を、もっとも冒瀆する所業を、これ見よがしに繰り返すことです。
それはまた、自分がかつて親しんだ、イスラム教徒の友人たちと、
それに連なる思い出に、泥をぬり、犯し汚す行為に思われてなりません。

イスラムに対する最大の誤解は、原理主義や、過激派のテロ行為をもって、
まるでそれが、イスラムの本質であり、欧米社会への対決でもあるかのように、
偏見をもって報道されたり、一般にも受けとめれていることだと思います。

「邦人人質事件」に絡んで、日本にもあるモスクや、イスラム教団体には、
「日本から出て行け」などの、嫌がらせの電話やメールがあったようですが、
これも、一般のイスラム教徒と、ISなど過激派を、混同しているからだと思います。
日本ムスリム協会では、ISを「テロ組織」とみなし、今回の事件についても、
「宗教の教えとかけ離れた独善的な蛮行」と、批判しているのです。

湯川遥菜さんと後藤健二さんが、「IS」によって殺害された時に、
「欧米の十字軍にすすんで参加した、日本人への当然の報いだ」
などと喜んだイスラム教徒が、世界中に、どれだけいたでしょうか?
あるアラブ人は言いました。「英雄は、臆病者に殺された」と。
私たちとかわらぬ、悲しみと悼みの心を、もっと知るべきだと思います。


先日の「暴力的過激主義対策サミット」で、オバマ大統領は、
「暴力的過激主義やテロといった用語を、いかなる宗教や国籍とも
関連付けるべきではない」と発言ましたが、私はなにか釈然としません。
「過激派」が、イスラム教徒であるかないかという、恣意的な線引きは、
いかにも保身からくる説得、ナンセンスな欺瞞に思えたからです。

もちろん批判もあるようですし、私も「過激派」の背景を考えるときに、
宗教の問題性を、除外していいのだろうかと、根本から疑問を持っています、
しかし、日本人が好んで用いる、「欧米VSイスラム」という色眼鏡は、
それ以上に、事の本質を見えなくさせていると思います。

だが「宗教」とは、同時にそれ自体が自律的であり、しかも同時に絶対的な概念でなければなるまい。・・・・・だとするなら、「信教の自由」などとは、本来あくまで「宗教」そのものから見たとき、所詮「外在的」な概念にすぎない。ブルジョワ法の保護条項にすぎない。宗教者にとって「信教」は、「権利」「義務」の概念などもとより超越した、主客未分離の絶対的な体験であるはずだ。換言すれば、「信教」は市民社会の盟約によって、その「権利」が保障された「自由」の問題などではあり得ない。すべての「宗教」は、真に「宗教」である限り、「弾圧」されるのが当然である。あとは社会を「折伏」するか、自らの側が「全滅」するか、二つに一つの道が残されているだけなのだ。(山口泉『宮沢賢治伝説 ガス室のなかの希望へ』より)

やや極論にも聞こえますが、宗教の性質を、言い当てていると思います。
宗教とは、人を幸せにするものであるという、宗教性善説を信じている
穏やかな一般日本人には、思いも及ばないことかもしれませんが、
どの宗教も、なんらかの形で、「一般社会」「現世」「物質世界」などよりも、
さらに高次の本質とされる、「天国と地獄」「輪廻と解脱」「霊的世界」における、
「救済(あるいは懲罰)」を掲げる以上、多かれ少なかれ、より低い次元とされる
いまある世の中や一般社会との、摩擦や緊張、衝突が生じるのは避けられず、
時には暴発し、時には協調しながら、その宗教性は、保たれるものと思います。

キリスト教は、人類史上でもっとも、血塗られた歴史をもつ宗教です。
十字軍や「新大陸」征服などの、異教徒や異民族への、対外侵略もそうですが、
ヨーロッパでは、20世紀にナチズムが出現するまで、過去何世紀にもわたって、
神の名のもとに、異端審問や魔女狩りなどを実行し、人間性を蹂躙してきた、
キリスト教会に匹敵する、組織的なテロリズム(恐怖統治)は、存在しませんでした。
この事実の前では、「イスラム過激派」のすることなど、「可愛いもの」です。

欧州が、宗教の暴政から脱することになったのは、身の危険を犯しながらも、
魔女狩りの非を糾弾した人々がいたことや、自然科学や資本主義の芽生え、
なによりも大きかったのは、啓蒙思想の普及によると言われます。
やがて近代国家の、「政教分離」「信教の自由」などの原則が、確立されますが、
人が本来、神から与えられた尊厳である、「自由」を追求するためには、
まず、神の名による宗教の抑圧を、排除しなければならなかったことは、
忘れてはならない歴史ですし、キリスト教会も、これら内外からの批判を通して、
改革と刷新を積み重ねながら、現代社会での存在意義を、自問しているのです。

共産主義が、その始まりは、いかに虐げられた者たちの立場を思いやり、
人間性を蹂躙する様々な抑圧からの、解放を目指したものであったとしても、
権力を手にするや全体主義に陥り、国家の方針ばかりか、真理も、正しい生き方も、
だれが善人で悪人かまでも、「党」が決定し、暴力で強要するようになれば、
それはもう、自分たちが否定した、宗教の過ちとなんら変わらず、結果として、
共産主義社会では、共産主義の理想の実現など、到底不可能になります。
このシステムは、内部矛盾を起こして、自壊するほかありませんでした。

これに対して、近代の民主主義は、決して完璧な制度とは言えなくとも、
各自が対等の立場で、なにものにも捕われず、自由に意見を述べることのできる、
議論をベースにしている社会では、自他に対する、絶えざる批判や、省察によって、
状況を客観的に検証し、過ちを認めて改め、社会を改革できる機会と可能性が、
すべてを権力が決めてしまう、全体主義の社会よりも、はるかに高いと言えます。

信仰も同じです。宗教の最大の過ちは、神の名で、精神を縛り上げること。
それは自由、すなわち、人間の尊厳の破壊を意味します。
わたしがクリスチャンとして、キリストに倣った生き方をするならば、
教会の掟や神秘的な教義に、疑問も差し挟まずに、絶対服従すべきではない。
聖書を盲信したのでは、キリスト教倫理の実践さえも、できなくなるでしょう。
批判精神を持たない、敬虔で熱心な信者こそが、時には大事件さえ起こします。

私は、人間は宗教の負の側面を、克服できると信じますが、どんな宗教にも
それぞれの歴史があり、譲れない価値観や、命よりも大切な信仰があるので、
神の名による人間への抑圧は、残念ながら、今後も起こりうることです。
宗教に必要なのは、たえざる自己批判と、現代社会との対話だと思います。

そうすることで、古来からの伝統には、常に新しい生命が吹き込まれ、
その土台があればこそ、しばしば破壊を伴う、急進的な革命とは異なる、
人権の擁護や個人の尊重、さまざまな社会改革の、原動力となりうるからです。
そのためにも、理性の手綱を引き締めながら、用心して進まねばなりません。


では、誰もが最も知りたいことであり、それゆえに誤解も多い問題ですが、
イスラム教徒はいま、世界中から都合よく、「かませ犬」にされてしまった、
「過激派」のあり方について、どんな見解を、持っているのでしょうか?
「過激主義」に対抗できるのは、決して、欧米の軍事力ではない。
「過激派」を支持しないイスラム教徒が、どのような姿勢と答えを示すかが、
今後の世界を導いてゆく、重要な指針になると、思われるからです。

欧州在住の日本人の方が、つぎのようにツイートしていました。

<欧州でテロが起こったときに、「欧州社会で差別されるムスリムが」みたいな話の、何が不快かって、欧州にイスラムへの差別がないとかではなくて、テロに走る人間に、周縁化され差別されるイスラムの人々を代表させ、テロを嫌悪し、時にその被害さえ受ける人々は偽物と仄めかす、倒錯した構図が耐え難い>

これは、その通りではないでしょうか。もっともな意見だと思います。
あれらのテロ行為が、どうしてイスラム教徒の代弁で、ありえるでしょうか。

なぜだかよく分かりませんが、たとえば、日本のある人々は、
「過激派」の犯罪行為を、「イスラムの怒り」であると、捉えているようです。
しかしそれは、あまりに雑駁で、短絡的な思いつきではないでしょうか?
もちろん犯人にしてみれば、それが最大の動機であったと思いますが、
では、欧州の法や価値観を尊重して暮らす、イスラム教徒はどうなのか?

大半のイスラム教徒は、「テロを嫌悪し、時にその被害さえ受ける人々」です。
なのになぜ、このような一般のイスラム教徒の声ではなく、まるで
世界に火がついたような、テロリズムばかりが、強調されるのでしょうか?
どこかで、「欧米VSイスラム」という公式に、陥っていないでしょうか?

「9.11同時多発テロ」について、日本のある政治家は、
「産業革命から続いた、西欧文明、キリスト教支配に対する、
イスラム圏の反逆で、歴史の必然として起きた出来事ではないか」
などと述べたといわれますが、こうした稚拙で、劇画的な歴史観もまた、
イスラム教徒に対する、誤解や嫌悪感を、助長させないでしょうか。

ひとつのイメージとして、大半のイスラム教徒は、貧しく、教育もなく、仕事もなく、
差別され、迫害されて、欧米に恨みをもち、イスラム教しか縋るものがなく、
過激主義に走り、テロを起こす・・・・・私たちは、どこかでそう思っていませんか?

「シャルリー支持するイスラムの人なんて、ひとりもいないよね」と、
日本人が思うのは、こんな状況では、無理もないかもしれませんが、
では先月の、フランスでの大規模なデモ行進には、同国のイスラム系の人々は、
みんな反対して、ただの一人も、参加していなかったのでしょうか? 
“Je suis Charlie”を掲げる、イスラム教徒がいれば、偽物なのでしょうか?

“Je suis Charlie”を、決して皮相的に、受け留めるべきではないと思います。
あの忌まわしい風刺画を、全肯定するという、意味でもないはずです。
イスラム教を否定し、ムハンマドを冒瀆してもいいという、意味でもありません。

そうではなく、その逆であって、言論や表現、報道の自由を尊ぶ、社会だからこそ、
ある人々の存在を、著しく傷つける物事についても、暴力や殺傷に及ぶことなく、
より説得力のある言論をもって、対抗する権利もある、その意味ではないのか。
でなければ、あれほどの侮辱に対して、一体なにをもって、反論するのですか?

私自身は、シャルリーの驕りも、問題の風刺画も、テロ行為も容認できませんし、
言論の暴力、言論の無力と引きかえに得られる言論の自由も、虚偽だと思います。
暴力や嘲笑ではない、良識と理性と忍耐による、地道な対話を続けるべきです。

欧州が、テロの恐怖に突き落とされ、度の過ぎた緊張が増してゆくなかで、
移民の排除や、イスラム系住民への差別、極右勢力の台頭など
国全体を危険な方向に、誤作動させないためにも、いま必要なものはなにか。

去る14日と15日には、デンマークのコペンハーゲンで、
イスラム教や表現の自由をめぐって、討論が行われていた会場や、
ユダヤ教の会堂に向けた発砲があり、ふたたび死傷者が出ました。
討論会であるならば、風刺画に対する、反対意見も出されたでしょう。
しかし、そうした大切な議論の場さえも、暴力で潰そうとするならば、
これはもう到底、イスラム教徒の代弁としては、受け取れないと思います。

わたしも、ある言論や表現に対しては、暴力衝動を押さえきれないほど、
激しい怒りの虜になることがあります。違いは、実行しないだけなのです。
自分がどうなろうとも、絶対にやめさせたい、侮辱的な言論や表現が氾濫し、
それが、権利の名で守られるような状況は、この上なく堪え難い生き地獄です。
なぜならそれは、しばしば人を扇動して、実質的な暴力に発展するからです。
しかしそうであっても、私は言論の力で、この悪魔を倒すことを選びたい。

ムハンマドの風刺画には、すでにたびたび、警告がなされていました。
権利や自由とは、それを行使すれば、いいというものではありません。
これらを濫用することで、かえってその価値を、著しく損ねることもあれば、
社会を過てる方向に導き、破滅させる愚行も、しばしば繰り返されました。
その歴史を充分に省みて、ぜひ最善の判断を、していただきたいと思います。


では、なにがテロを生み、人はそれに、どうやって抵抗できるものでしょうか?
現代史の激震地を生きぬいてきた、一人の男性の軌跡をたどってみましょう。

父がいうには、わたしたちにジハードに加われと焚きつけたのは、CIAだ。難民キャンプの子どもたちに与えられる教科書も、アメリカの大学で作られたもので、基礎的な算数の計算でさえ、戦争を題材にして説明されていた。たとえば「ソ連の異教徒10人のうち、5人がわれわれイスラム教徒によって殺されたら、残りは5人です」とか「(弾丸15発)-(弾丸10発)=(弾丸5発)」という具合だ。

これはパキスタンの、ジアウディン・ユスフザイ氏の、子供時代の話です。
それはまさに、ソ連のアフガニスタン侵攻による、大動乱の渦中でした。
(ジアウディン・ユスフザイは、マララ・ユスフザイの父親。
 ここからの引用はすべて、マララ・ユスフザイの『わたしはマララ』より)

アフガニスタンからは、大勢の難民が、パキスタンに流れ込みました。
このとき、パキスタンのハク政権は巧みにふるまい、アフガニスタンを、
西側に対しては、共産主義の広がりを押さえる、反共の砦にすると同時に、
異教徒の侵略に対して、イスラム教徒が結集する、拠点にしたと言われます。
西側やアラブ諸国の、さまざまな思惑が絡み合って、莫大な資金がながれ、
難民キャンプでは、ムジャヒディンと呼ばれる、武装集団が養成されました。
このムジャヒディンらの内部対立が、のちに、タリバンの台頭を招きます。

ジアウディン氏らパシュトゥン人は、パキスタンとアフガニスタンにまたがる
地域に住んでいる同胞です。氏の村にもイスラム学者がやって来て、
異教徒に対するジハードを訴えたので、若者たちが参戦しました。
サウジアラビアの大富豪でもある、若き日のウサマ・ビン・ラディンも、
この戦争に参加した一人です。まさに、激動する現代史の舞台でした。

ジアウディン氏は、まだ子供でしたが、ジハードの戦士になりたいと願って、
モスクに通いながら、タリバンの構成員と、『コーラン』を熱心に学びます。
(このころの「タリバン」は、過激派ではなく、単純に「神学生」を意味しました)
人生は短い、村には仕事がない、出世するには、サウジアラビアかドバイで、
肉体労働をするしかない。それを思えば、天国のほうが魅力的だったそうです。

「神さま、異教徒たちとの戦いを、終わらせないでください。
 ぼくも、ジハードで殉教したいのです」。


言葉を失いますが、これが、子どもの祈りだったのです。
ジアンディン氏が、マララの父親になるか、ジハードの殉教者になるか、
それともタリバンになるか、その分かれ目は、微妙な紙一重でしかなく、
だれにも、文句など言うことのできない、厳しい現実があったのです。

ジアウディン氏が、考えを変えるきっかけは、政治集会に参加したことや、
「宗教とは関係ない、民族主義政党を支持する戦争反対派」との交流でした。
氏はその影響を受けて、パキスタンの封建制度や、貧富の差を解消する重要性に、
問題の焦点を移しながら、両極端の思想、ジハードを唱えるイスラム原理主義と、
政教分離の社会主義のあいだで、「結局は、その中間に落ち着いた」といいます。
それは一人の教育者としての、ジアウディン氏の理念に、実を結びます。

貧しく、なんの後ろ盾もない氏は、苦労しながら大学に通いましたが、
欧米留学の経験などはありません。そんな氏の、思想を形成していったものは、
決して「欧米の価値観」などではなく、イスラムの教えである『コーラン』と、
周囲の反対を省みず、神学校ではなく、公立高校に通わせてくれて、
近代教育という、大切な贈り物をしてくれた、父親の言葉でした。

祖父(注:マララの祖父で、ジアウディン氏の父親)はまた、知識を身につけることの楽しさを父に教えた。人間のさまざまな権利を、踏み躙ってはいけないということも、父は祖父に教わって、それをわたしに教えてくれた。金曜日ごとの説教のなかで、祖父はよく、貧しい人々や豊かな地主の話をして、封建制度は真のイスラム主義に反すると訴えた。

祖父はペルシャ語とアラビア語が話せたし、言葉をとても大切にしていた。サーディ、アラマ・イクバル、ルミといった、偉大な詩人の作品を、心をこめて父に読みきかせた。聞いているのが父ひとりでも、モスクにいるイスラム教徒全員に教えているかのように、熱心に教えてくれたという。


貧困や動乱や罹災にも関わらず、人から人へと受け継がれてゆく、
彼らの心豊かな精神性に触れていたら、イスラムという伝統宗教や、
パシュトゥン人の誇り、古くから伝えられてきた詩の言葉などが、
絶望や恐怖、無知と臆病によって、歪められなければ、むしろそこから、
新鮮な意味をくみ取り、伝統をそこねるどころか、真実を増し加えてゆく、
確かな道標となり、それは充分に普遍的な価値であることが、理解できます。
そして、その中心になるのは、まことの言葉がもつ力でしょう。

「自爆テロだってやりかねない」までに、殉教を熱望していた若者に、
国際情勢や、戦争の本質について教えたのは、ひとつの詩でした。
アフガニスタンで行われているのは、「二頭の象の闘い」。
アメリカとソ連の戦争であって、自分たちの戦争ではないということ。
「パシュトゥン人は、二頭の獰猛な獣に踏み潰される、草のようだ」。

人がなぜ詩を、なかんずく戦争の詩を書き綴り、受け継いできたのか、
わかるような気がします。偉大な詩を持たない社会は、盲目になります。

氏は、教育事業に取り組みます。粗末な建物、たった3名の生徒、
自然災害、教育課からの賄賂の要求など、困難は山積する一方でしたが、
17世紀の戦場詩人、クシャル・カーン・カタックの、詩の一節を掲げます。

アフガニスタン人の誇りの名のもとに、われは剣を構える。

ジアウディン氏は、「剣を構える」の部分を、「ペンを持つ」と書き改めました。
かつてカタックが、パシュトゥン人をひきいて、外敵に立ち向かったように、
「わたしたちは、無知と闘わなければならない」という意味をこめて。

やがてパキスタンにも、タリバン勢力が台頭して、生活が激変してゆく様子は、
マララの伝記に、克明に描かれています。人それぞれに、疑いの目をもつ人も、
歓迎する人もいましたが、最初は改革者として、支持されていたようです。
しかし次第に、過激な主張と強制、殺人と暴力による支配が始まると、
心酔していた人々も、さすがに目を覚ましますが、もう黙るほかありません

私が最初に、キリスト教の負の側面について、ふりかえってみたのも、
イスラムを標榜する過激主義にも、おなじような傾向が、見られるからです。

キリスト教会が、ある学問や科学を危険視したように、タリバンらも学校を破壊し、
教師や生徒を殺し、考えを西洋化させないために、英語や科学の学習を禁じたり、
「病気にかかる前にその病気を排除するのは、イスラム法の考え方に反している」
という理由で、子どもたちにワクチンの接種を禁じ、ポリオ撲滅の活動家らを殺しました。
「IS」も同じで、市民たちがイラク戦争の爆撃から守った、図書館の本を焼きました。

ここにあるのは、宗教指導者に特有の、知識への「怖れ」でしょう。
人智を超えた「神」を占有する、宗教権威が、無知と盲信に支えられる以上、
理性的な判断や、自然界の研究、社会の進歩は、最大の脅威だからです。
しかしそれは、神に対する、正しい信仰なのでしょうか?

マララの父親らは、タリバンの似非学者ぶりを、すぐに見抜きましたが、
『コーラン』の原典である、アラビア語を知る人が、滅多にいないこともあり、
タリバンが、イスラムの教えを歪めて教えても、人々はなかなか気づきません。

マララは『コーラン』を学び、最初から最後まで、アラビア語で暗唱できるようになり、
祖父からも喜ばれます。しかし意味がわからないまま、暗唱するだけの人も多いので、
同時に翻訳の勉強もはじめ、理解を深めてゆきます。ところがその先生のひとりが、
タリバンの行為を正当化する発言したので、マララは驚いて父親に相談します。

「残念だがどうすることもできない。あのムッラーたちに来てもらわなければ、
コーランの勉強ができないからね。だが習うのは、言葉の意味だけにしておきなさい。
解釈や説明に耳を貸してはならない。学ぶのは神の言葉だけでいいんだ。
神からの、大切なメッセージを聞いたら、あとは自分で解釈すればいい」


だとすれば、タリバンの解釈もあれば、マララの解釈もあるはずです。
その違いはあれど、暴力と死の脅迫によって、人々に強要するのが過激派です。
キリスト教会が、何世紀も陥っていた権威主義の、独善と圧政に似ていますが、
同じようなふるまいを、現代のイスラム世界にも見るのは、堪え難い想いです。

ジアウディン氏は、女子教育を禁じるタリバンに、強く抗議しますが、
そのために自身も、命を狙われるようになります。そしてある日、
ついに銃撃されたのは、父親と志を同じくする、15歳のマララでした。


この一年間、わたしは人間の激しい憎しみと、
神さまの、無限の愛に触れてきました。




それにしても世の中には、マララのような「都合の良いイスラム教徒」と、
「IS」のような「都合の悪いイスラム教徒」が、なぜ、必要とされるのでしょうか?
ある人々にとっては、マララこそが、「都合の悪いイスラム教徒」であって、
「IS」のほうが、「都合の良いイスラム教徒」になってしまうのは、なぜですか?

だれの、どんな目的と都合によって、良いと悪いが決まるのですか?

それよりも、これをまるで、今日の朝めしは、パンかご飯かの感覚で、
どっちもどっち、どっちも正義などと、軽々しく論じる私たちは、何様ですか?

いずれにせよ、この世界に、正しい道標を示してゆくのは、イスラムを冒瀆し、
いつまでも「テロリストの宗教」、「女性蔑視の宗教」のままにしておくほうが、
自分たちには好都合だと考えている、神をも恐れぬ者たちではなく、
イスラム教徒の、責任ある老若男女をおいて、他にはいないと思います。


『コーラン』にも書いてある。
神様は、知識を得よと、私たちに言っている。
空はどうして青いのか?どうして海はできたのか?
星はどうしてめぐるのか?学ぶべきだと言っている。
(マララ・ユスフザイ)



叡智よ、マララの宿れ!
M106: A Spiral Galaxy with a Strange Center
Image Credit: NASA, ESO , NAOJ, Giovanni Paglioli;
Assembling and processing: R. Colombari and R. Gendler



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