Dark night of the soul Secret path to the Light

小寒
2015-01-06 Tue 16:15

冬至を過ぎると、気づかぬうちにも、日が長くなっていきます。
寒さはこれから厳しくなりますが、空は明るさを取り戻してゆきます。
太陽暦の年始には、まさに「一陽来復」の感があります。

今日は「小寒」。朝から雨模様でした。
この季節、倉敷の街角では、不思議な風景が現出します。

ヒマラヤ桜

真冬なのに、桜が満開。
そう、これが秋から冬に掛けて咲く、「ヒマラヤ桜」です。
なんにも気づかないまま、この下を通り過ぎてゆく人々もいるようですが。


さて、岡山の新春といえば、「院展」。
お正月に、地元デパートで開催される、日本美術院展覧会です。
院展を鑑賞したあと、冬枯れの後楽園を訪ねるのが、毎年恒例です。
もっとも、むかしのことを、なんでも知っている両親によれば、
かつての院展は、いまよりもずっと華やかで、大作ぞろいだったとか・・・。

とはいえ貧乏なのに性懲りもなく、美術展やら演奏会に通うのは、
ただの悪趣味からではないつもりで、いろんな機会があるごとに、
手に届かない一流のもの、いいもの、ほんものを、よく観ておくことで、
そうでないものとの「違い」を、はっきり感じたいからでもあります。

画像は載せられませんが、今回印象に残った2点は、
意外にも風景画ではなく、闇と光、神と人に関する作品でした。

松村公嗣 『どんど』
“どんど”とは、1月15日の夜に行なわれる、火祭りのことで、
お正月の松飾りや、しめ縄などを集めて、お焚き上げします。
闇を染め天を焦がす巨大な炎の柱と、その下に群がる無数の人影の
圧倒的な対比。生まれ育った奈良の川原での、原風景だそうです。

高橋天山 『浄闇 伊勢神宮式年遷宮遷御之儀』
昨年秋に行なわれた、伊勢神宮の遷宮の儀式。
深い闇のなか、足元を仄かに照らす灯りに、導かれながら、
神職らがおごそかに歩む、衣擦れの音のみが聞こえてくる・・・
古式床しい一場面に、現代の生活感覚から失われた、
闇の聖性と光の象徴に、心が洗われるでしょう。


院展のあとは、後楽園の散策。
冬枯れの芝生が広がり、夏至のころは蓮花を浮かべた池も、
いまは寒空を映して、数羽の鴨が、身動きもせず寄り添うのみです。

花を生ける者は、冬の庭を見るようにと、教えられるものですが、
冬景の良さが、僅かなりとも味わえるようになったのは、ここ数年のことで、
それまではただ、寒々と侘しいだけの、ものみな縮こまる殺風景にしか
見えなかったものです・・・。しかし冬という季節ほど、「いま」のなかに、
それに連なる時間が濃縮された、静謐な一瞬はないかもしれません。

冬庭、冬景の趣のひとつは、葉を落とした冬木立の、樹形の美しさでしょう。
鮮やかな照葉が舞い落ちると、途端に空は広くなり、庭は明るくなって、
陽の光が低く差し込むと、地面の苔や落ち葉、樹の幹が照らされます。

アケボノスギやイチョウのように、真上にすっくと伸びる冬木立だけでなく、
複雑に絡まり、また流れる、葉の繁った季節には見えなかった大枝や、
冬芽をつけて、赤く染まった小枝の、細かい指先までもが隠されず、
寒空に映えて、遠くからは霞みのように、あるものは華やいでさえ見えます。

それぞれの木肌の特徴や、梢の形などを、比べてみるのもおもしろく、
白い幹や枝のものは、月明かりの下で、息を呑むような艶を見せます。
野鳥たちと身近に接するのも、この季節のならではです。

2後楽園
梅林

1後楽園
桜園。

3後楽園
後楽園から望む岡山城。


後楽園は、岡山藩主池田家の残した大名庭園として、
いまでこそ、日本三名園のひとつとも言われますが、
戦中は食糧難のため、園内の芝生は農地として利用され、
岡山空襲のときには、江戸期以来の主要な建物も、岡山城も焼失、
戦後は進駐軍の宿舎に使用され、専用プールまで作られるなど、
時代の荒波を被りつづけ、難儀な歴史を辿りました。

江戸期から、瑞鳥として飼われていた丹頂鶴も、戦中に絶滅。
若き日に、岡山の第六高等学校で学んだ、中国の重鎮、郭沫若氏は、
戦後にここを訪れ、荒廃し、見る影もなくなった後楽園の復興のために、
中国から二羽の鶴を贈り、鶴舎の近くには、記念の詩碑も残っています。
その後は釧路市の協力もあり、鶴の数も増えて、元旦には園内に放たれて、
新春の空を優雅に舞う姿が、披露されるようになりました。

丹頂鶴 詩碑

後楽園仍在 烏城不可尋  
愿将丹頂鶴 作対立梅林


留学時代が懐かしい後楽園も、
戦争で城を失った今の眺めは寂しい限り。
せめて鶴を立たせて、後楽園の良き伴侶としたい。


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