Dark night of the soul Secret path to the Light

忘れえぬ星の夜 3.11
2015-03-13 Fri 00:42

ここ数日、真冬が戻ったかのような、寒さが続いた。
北の山から飛んできた雪の片が、風に舞い上がる。
夜には水道も凍り、花たちも力なく、萎れてしまった。
それでも陽差しだけは、すっかり春のものだ。

そんな3月の午後の、ある瞬間に、いきなり天地が崩れてしまう。
そしてそれは二度と、元の姿には決して戻らない。

裂ける大地、火を噴く山、牙を剥く海、天の洪水、白い魔物・・・・・
容赦しない自然災害は、避けることのできない、日本人の宿命だ。
この列島の、どこに住んでいようとも、いつか「その日」は訪れる。

3.11は、何よりもそのことを教えてくれた。
かならず、「それ」は来る。逃げも、隠れもできはしないのだと。
これからは、今日が来たように、明日も来るわけではないのだと。
原発が爆発したのに、大の大人が正気で、東京オリンピックですか?

4年間は、短かったと思う。そして、最悪の一途でもあった。
前を向けと言われても、いったいどちらが前なのか。
「復興」という言葉には、ただ、いかがわしさしか感じない。
国と東電の責任を問わずして、「復興」などありえるだろうか。
来年はさらにひどく、目に見えて、ますます悪くなっているだろう。

史上最悪の原発事故のあと、日本には、極右政権が誕生した。
この一言に、この国の不幸は、すべて言い尽くされている。
そして、「対テロ戦争」が宣言された。改憲など、黙って後からついて来い。
これに抗う者たちの、蟷螂の斧の、日に日になんと力なきことよ。


あまりに寒く、気が滅入るので、地元のプラネタリウムに行ってみた。
偶然にもそこでは、東北の人々の、星空に寄せた想いが語られていた。
これまでにも、さまざまに伝えられてきた、忘れえぬ星の夜。

あの夜、突然の大地震と大津波に襲われた、東北の被災地では、
大規模な停電のために、変わり果てた地上に、街明かりは点らず、
天災に打たれ、寒さに震えながら、夜を明かす人々の頭上には、
見たこともないほどの、深々とした星空が、輝きわたっていたという。

『地震で、宇宙にまでも、何かが起きたのかと思った』

そうだ。3.11は、宇宙的な出来事だったのだ。
小さな地球が、ちょっとクシャミしたような話ではない。
そんなふうに、いのちと地球を矮小にして、軽んじてはいけない。

たしかに星などは、夜にはいつでも空にあった。
けれども、地上の明るさに、みんな消されていただけだ。
生まれてはじめて、オリオン座をみつけた子どもたちもいた。

オリオン座はこの時季、夜7時ごろには、ほぼ真南の空高くに現れる。
その左下には、全天でもっとも明るい星、おおいぬ座のシリウスが輝き、
氷塊のような冬の銀河が、オリオンの肩をかすめて、駆け上がってゆく。
天頂には、ふたご座の1等星がふたつ並び、たぶん半月に近かった月は、
おうし座の、昴のかたわらにあって、やや西に傾いていたはずだ。

地上が明るくなければ、星屑などはどこにでも、無限に零れている。

何が何だか分からなくなるほど、黒い空間から、光が湧き出して、
とつぜん宇宙に投げ込まれたような、異様な気分にさせられてしまう。
浮遊感ではない。足の下は地面ではなく、地球なのだという驚き。
遠い過去からの、無数の光が、自分の皮膚に射して、青い影をつくり、
畏れのあまり鳥肌が立つ。いまにも触れられそうな、天体の近しさは、
なにかもう宇宙の、やわらかい皮膜なのだから。

そんな静寂な光の世界を、あの極限状態のなかで仰ぎ見た
被災された人々の想いは、どれほど深いものであったろうか。

地上は地獄みたいなのに、見上げると天には
星がまたたいていて、星だけは変わらないのかと思った。

バタバタしてずっと言うのを忘れていた。
あの夜、携帯の電波を探して外に出たとき、
とんでもない満天の星空が広がって、それを見た瞬間
「ああ、私は生きている!」って思ったんだよね。
それをすごく伝えたくて・・・・


こんな大変なときなのに、思わず星がきれい、と思った。
この気持があれば、生きてゆけるのかもしれない。


避難所でうずくまる母親の耳に、子供たちの歓声が聞こえてくる。
「星がとってもきれいだよ」。いっしょに外へ出て、宙を見上げる・・・
そこには、驚くほどたくさんの流れ星が、飛び交っていたという。

流れ星は、天国へ向かう魂・・・
その多さに耐えられなくなり、思わず目を伏せました。

こんな状況でも、美しいものを見つけられる、素敵な子供たちを、
なんとしても守っていかなくては・・・


多くの人々が、星の世界に、津波にのまれた死者たちの魂を思った。
激しい引き波にさらわれ、流木につかまって、海の沖を漂いながら、
最期に仰いだのが、この輝かしい天界の姿ならばと、亡き人々を思い遣った。

『夜空見て 孫星さがす じじとばば』

その朝には、元気な笑顔で家を出たであろう孫の姿を、
その夜には、星のあいだに探すことになろうとは・・・
老夫婦は今年も、街灯りの夜空に、星を望んだであろうか。

満天の星空を見た瞬間に、涙があふれて、
この子を守っていかなくちゃいけないと・・・


死者を悼む思いは、いま自分が「生きている」ことへの、戸惑いも引き起こす。
それが人を混乱させ、不必要な罪悪感に、苛まれることもあるだろう。
その時、かろうじて目に映り、手に触れるものの実感が、生の道しるべになる。
それが、はじめて見た宇宙の姿であり、傍にいる子供たちではなかったろうか。

たかが星には違いないが、あの生死を分けた冷たい夜が、
漆黒の闇に閉ざされた、暗夜ではなかったことに、意味がないとは思えない。

応援してくれる人への感謝を忘れず、精いっぱい生きてゆきます。
あの夜、真っ暗な空に輝いていた星たちのように、希望の星となるように。



※ここまでは、仙台天文台のプラネタリウム番組「星空とともに」と、 
 山陽新聞のエッセイ「宙を見上げていのちを想う」(高橋真理子)を、
 参照いたしました。記憶違いなどがあれば、どうかお許しください。


かみのけ座の銀河の集まり
Inside the Coma Cluster of Galaxies
Image Credit: NASA, ESA, Hubble Heritage (STScI/AURA);
Acknowledgment: D. Carter (LJMU) et al. and the Coma HST ACS Treasury Team


被災地に街灯りがもどったのは、いつ頃のことだろうか。
夜の荘厳は、ふたたび天高く遠ざかり、思い出となったのか。

震災の夜だけではない。あの夏は、首都圏でも計画節電が行われて、
夜景はいつもより暗かったという。その夜空に、北斗七星を見つけた都内の人は、
星がきれいな美星町のことを思い出し、岡山への移住を決意したという。

だからこそ、やはり言わなければならない。

放射能が降っています。静かな静かな夜です。

世界は誕生と滅亡の両方を、意味とは離反した天体の精神力で支えて、
やすやすと存在している。(和合亮一『詩の礫』より)


星を「希望の光」として、生きる力に変えた人だけではない。
光年や光速という、途方も無い言葉に、嫌気を感じてしまう人もいれば、
地の惨状をよそに、冷たく光る宇宙に、限りない無情を感じた人もいた。

その通りだと思う。よくある感動話では、すまされないのだ。
地上の夜が、光の洪水になったのは、たかがこの半世紀ばかりのこと。
人はいつでも、天の意と信じて、星の下で誇らしげに、蛮行を繰り返してきた。

夜が明けると、朝の光が、壊滅した街を無残に照らす。
その上に降り積もる、見えない放射能を、人はどうすることもできない。
ケッ、どの星からだって放射線くらい出てるんだよ。なにが怖いんだ。
学者の高説ならば、そのとおりだと信じて、安心するのか。
つねに学ぶ者、恐れずに疑う者、積極的に問いつづける者であれ。


わたしは気を紛らすために、スティーブン・ホーキングの、
『ホーキング、宇宙を語る』を読んだ。宇宙はどうやってできたのか、
時間は巻き戻しができるのか、というようなスケールの大きな問題に、
答えてくれる本だ。わたしはまだ11歳だというのに、
時間を巻き戻せるなら、巻き戻したいと思った。


夜が明けると、「血の広場」には、その夜のうちに殺された人々の
凄惨な遺体が、晒しものにされて置かれ、嫌でも衆人の目に触れる。
人の心は恐怖で凍りつき、互いに疑心暗鬼となり、だれもが沈黙した。
タリバンに逆らう者、反対の声を挙げる者たちは、容赦なく殺害された。

絶望の日々に、ホーキング博士の宇宙論を読んだ、ひとりの女の子の気持も、
震災の夜、人々が星に寄せた想いに、通低するものがあるように思えた。

神は、世界の始まりから一睡もしないで、すべての出来事を見つめておられる。
そして宇宙は「無明」ではなく、星明りによって、「縁起」に導いてくれる。

『イスラムの光塔から、真実の声が響くとき、
仏陀は微笑み、歴史の切れた鎖は、ふたたび繋がる』


人が、子供たちに未来を託するのは、軛に繋がれて抗えず、
自分では生きられなかった、よりよき明日を渇望するからだ。
これまでのような、当たり前に平和と安逸を貪る、怠惰な日々ではない。
いのちが暴力ではなく、愛によって生まれてくる、人と人との佳き関係だ。

いま、時間を巻き戻せるなら、どこまで戻ってゆくべきなのか?
この4年間、なぜもっと賢い道を、歩むことができなかったのだろうか。
この問いに向き合えないならば、これからも、悪いことがたくさん続くだけだ。


色とりどりの凧が、ガザの空に舞い上がる。

多くの日本人には、すでにただ通過し、ちょっと思い出す日でしかなくなった、
3.11の大破局を、ガザの子供たちは、いまなお続く日常の惨事として、
おなじように死の淵を体験し、生き残った者として、分かち合ってくれたのか。
ガザでの凧揚げのイベントは、釜石市と合同開催されたという。(参照)

この子たちは、いつまで生きられるのだろうか。
そして日本の、フクシマの子どもたちは・・・どうなるのだろうか。


ガザの子どもたち



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ヴァルカンの挨拶  LIVE LONG AND PROSPER
2015-03-06 Fri 12:14

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宇宙飛行士のテリー・バーツ大佐が、ISS(国際宇宙ステーション)から
レナード・ニモイ氏に贈った、“ヴァルカン・サリュート”


「長寿と繁栄を!」

いつの日か、どこかの星から、地球を訪れるであろう異星人も、
こんなふうに、わたしたちに、挨拶をしてくれるだろうか・・・

さようならは、こんにちはだね。
ありがとう、ミスター・スポック!


たとえ世界が砲火に包まれても、星の瞬きを見つめる、
たったひとりの子どもから、夢を奪い、翼を捥ぎ取るなかれ。

人が自分を見失い、道に迷うのは、偶像に執着するからだ。
天地の理ではなく、力ある者の欲望に従うからだ。
神の命と人の掟を、混同するからだ。

ただひとつだけ、全人類が共有している、渚の光景がある。
それは、頭上に広がる星の海・・・それが宇宙。
・・・・・舟を、持たぬ民があろうか。未知の故郷に向かうべき・・・


アメリカのSFドラマ『スタートレック』で、ミスター・スポックを演じた
米俳優のレナード・ニモイ氏は、2月27日に死去。83歳でした。
死の4日前になされた最期のツイートは、「人生」について・・・

A life is like a garden.
Perfect moments can be had,
but not preserved, except in memory.
LLAP


この人が残した、大きなものを思い出すときには、
この私でさえも、オプティミストになれる。

もし、希望というものが残されているとしたなら、
それはおそらく、地球上にではないだろう。


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