Dark night of the soul Secret path to the Light

夜の地球  電気の暗闇
2012-12-13 Thu 02:59

光害2
宇宙から見た夜の地球(衛星写真)


まばゆい夜は、天を退け、
光の闇は、星辰を、追い払います。

日の脚は、恥じ入るように遠ざかり、
天の底で、顔を伏せてしまいます。

富み栄える都の、苦しげな腕に、
眠りと、安らぎと、静けさはないけれど、
打ち棄てられた村、さびしい庭は、
星の子らの戯れる、暗やみに抱かれます。

ひとみは、夜の深さ。
幾千億の、微光の接触。
旅を終えた時間が、夜の耳になって
沈黙を、聞こえさせてくれます。

星塵の発光、瞬く流れ星は、
雲の入り江に、偽りの名を棄て去った
夜の、裸身のおののきなのです。 


ああ、もうこんな時間になってしまったけれど・・・
もういちど庭に降りて、冬木立を掠める流れ星を、拾って来ようかな。
ふたご座流星群、ご覧になられましたか?

Youtubeの貼り付け方が分からないのですが・・・
NASAの映像です。EARTH AT NIGHT

なんと、もったいないことよ!

どれだけ多くの、使いもしない電気が、
宇宙空間にまで、ただ漏れになってることか。
これは、とんでもない電力の浪費でもある。
ほんの少し工夫すれば、そんな無駄は防げるはずだが・・・
これで「電力不足」など、だれが信じるだろうか?

光害(こうがい、ひかりがい、Light Pollution)という。
天体観測への支障だけでなく、動植物の生育や生態系の混乱、
運転中の支障、防犯にも、明るすぎるため、かえって死角ができる。
なにより、人間の精神生活を著しく破壊し、不必要な光の侵害である。
夜に、安らかな暗がりを求めるのは、人間の生きる権利のひとつだ。

それにしても・・・
「宇宙から見た地球には、国境はありません」とも言われるが、 
・・・・・・眠らない地球の夜は、なにもかも、はっきり映し出す。

人工都市の虚栄。欲望のように、張り巡らされたハイウェイ・・・
ナイル川は光の蛇。アラブの油田が赤々と燃え、
光の洪水は、インドを圧して、ヒマラヤ山脈にまで押し寄せ、
漁火のゆらめく日本海には、光の島があらわれ、
オーストラリアでは、あちこちで、森林火災もあるようだ・・・

引き裂かれた半島の北半分は、闇に包まれているが、
世界中の嘲笑をよそに、いま、夜の懐にいだかれながら、
ゆり籠のように熱い星雲から、凍れる冬銀河までが、
肉眼のまま、くっきり眺められるだろう。
軌道投入に成功した「人工衛星」も、新しい天体の仲間入りか。

夜の光と闇とが、そのまま文明の質や、経済格差、社会の明暗、
心の豊かさ貧しさや、幸福の尺度を、あらわすわけではないとしても、
しかしいま、全世界をめぐる血流のような、電気の有り様ほど、
地球文明の本質を、如実にあらわしているものも、そうないだろう。

地上を征服した電気は、息するように、間断なく脈動している。
そこに、なにが蠢いてるのか・・・夜の地球、夜の日本列島こそ、
電気を支配する、巨大帝国の威容である。

「デンキ開ケテ、世見 暗夜となれり」(田中正造)
電気の光は、世の中を暗闇にした。

原発を廃絶したところで、新しいエネルギー源から作った電気で、
あいかわらず、地球の夜景は、輝きを増すだけなのだろうか?

これまで通りの、電気に生命を預ける生活を続けるのか?
だとしたら、「脱原発運動」とはいったい、なんなのだろう?
原発事故のあと、雨後のタケノコのように登場した自然エネルギーに、
未来を丸投げしておけば、もうそれでいいというのか・・・
「脱原発」とは、要するに原発をやめればいい、そういう話なのか?

先日、自然エネルギーに関する講演会&座談会に、出席してきたのだが、
私はこれまで、自然エネルギーの話には、ずっと距離を置いてきた。
「1000万人アクション」にも、頼まれたけれど、署名したことがない。
一体だれが、原発の代替になるのは、太陽や風力や水力であると決めたのか・・・
欧州ではそうかもしれないが、日本では事情が、まったく違うと思ったからだ。

私たちが段階的にではなく、「いますぐ廃炉」を求める理由は、日本が、
いま地震の活動期にあり、次の巨大地震で、もういちど原発事故が起これば、
この国は完全に壊滅する・・・にもかかわらず、活断層の真上で原子炉を稼動させるという、
狂気の沙汰をやってのけるような、とんでもない異常事態にあるからだ。

それならば、いついつまでに脱原発しますなどと、悠長な話をするのではなく、
広瀬隆氏が主張するように、代替には、天然ガスを利用したコンバインドサイクルや、
電気と熱を同時に生み出せる、コジェネのような発電方法のほうが、現実的ではないか・・・
自然エネルギーは、もっと中長期的な視野に立って、検討してゆけばいいと、
そんな風に思えてならなかったからだ。

なにより、これは危ない!と思ったのは、脱原発を望んでいる国民までもが、
よく知りもしない自然エネルギーを、無批判なまま、承認しているらしいことだ。
これは最も懸念される、民意の収奪にもつながる。いくら原発反対の立場でも、
「脱原発を実現し、自然エネルギー中心の社会を求める全国署名」の用紙を渡されて、
なにも知らず、考えないまま、賛成して、名前を書くわけにはいかないよ。
そういうわけで、気詰まりな想いをしながらも、ずっと慎重に構えてきた。

3.11。史上最大の原発事故に・・・私たちは、なにを学んだのだろう・・・ 

電気を生みだす巨大企業に、国民生活のすみずみまでが、支配されていたのだ。
わたしたちの、生殺与奪の権まで、握られていたといってよいだろう。

ならば今度は、その電気を、こちらにそっくり、奪い返そうではないか。

たかが電気ではない。エネルギーとは、生死の問題だ。
人類は火を熾し、使うことで文明を得た。むかしは薪や炭火を、
いまはそれが電気になっただけで、重要さはまったく変わらない。
「電気のありがたさ」に感じ入って、節電しておけば、済む問題ではない。

コンセントの向こうで、いま核分裂が起こり、被曝する作業員がいる。
そんなことも知らずに・・・湯水のごとく電力を浪費してきた・・・
その身動きも取れない、電力支配の社会構造を、まずよく知ろう。
過去のあやまちに訣別したいと願うなら、どうすればいいのだろう?

もうこれからは、原発を動かすような、電力会社の意のままに、
勝手に停電され、節電を強いられ、料金を吊り上げられ、大事故を起こされるのではなく、
自分が使う電気は、自分で選んで買う。あるいは自分で発電すること。
それが可能となるように、意識を変え、社会のしくみを作り変えてゆくこと。


毎日の消費生活は、投票するのと同じ意味を持つ。
大企業は人々の欠乏感を煽って、要りもしない商品を、大々的に宣伝し、
それがなければ、死んでしまうほどの欲望を起こさせ、着々と利潤をあげる。
わたしたちは、「1%」のカネモウケのために、心を操られ、モノを与えられ、
虚しい感動と刺激を繰り返し求める、愚昧な購買者として、生かされてるに過ぎないのだ。
それへの無自覚が、あってはならない原子力事故と、核汚染を引き起こしてしまった。

「脱原発運動」とは、早期の廃炉と同時に、無自覚だった自分との訣別、
電力利権社会への挑戦でもあると思っている。特に、自然エネルギーの分野では、
目覚めた個人や家族、地域共同体が、独自の実践をはじめている。
そのなかで、節電や省エネ、環境に配慮する様々な工夫が、行なわれている。

電力にせよ、食品にせよ、無意味な我慢や自己犠牲では、なにも解決できない。
自立した個人が、人生と生活のあらゆる事柄について、主体的な判断で、
責任ある選択をすることで、活発に機能する共同社会を目指すこと。

時間は掛かるかもしれないが、自然エネルギーに移行する過程を通して、
自治的な社会を実現できる可能性も、ありうるのではないかと思っている。
それが単なる、原発の廃絶から自然エネルギーへの移行だけではない、
「脱原発運動」の、最終的な目的ではないだろうか?

私たちの意識と生活が、それでもなお、変わらなければ、
太陽電池パネルが並べられ、風車が回ってさえいれば、それで安心ならば、
「原発安全神話」のあとに、「地球にやさしい神話」が生まれ、
「原子力ムラ」のあとに、「エコムラ」が出来上がるだけだろう。

本来なら欧州のように、自然エネルギーに移行することの意義や
その必要性、技術や経済性、危険性にいたるまで、国民のあいだで、
幅広い議論の積み重ねが必要だと思うけれど、そんな余裕もないまま・・・
あの日から1年9ヶ月、歴史的な衆議院選挙が、3日後に迫ってきた。

与えられた人生ではなく、自分自身が、人生の主人公になろう。
私にとって「脱原発」とは、真っ先に、そこから始まる。

未来を思い描こう。どんな国がいいだろうか?

・・・あの目のくらむ光に侵食された、日本列島が、
夜闇の底に、ほのかな影のように、沈んでゆく・・・
貧しくて、寒くて、おそろしい、明けない夜にではなく、
優しい灯のゆらぐ、安らぎに満ちた、星降る夜のなかに・・・

国を売ろうとする、極右ファシスト政権によって、
国民を、放射能や遺伝子組み換え実験場の、モルモットにされたり、
国土を、核のゴミ捨て場にされて、たまるものか!
子供や孫たちに、近隣国を憎ませる教育など、絶対にするものか!

放射能から、国民の生命と健康を、完璧に守りぬこう。
不都合な真実を包み隠さず、正しい情報を発信しよう。
犠牲の上に成り立つ、社会や家族や仕事のあり方を、賛美ではなく拒絶しよう。
人の暮らしは、本来「農」が中心だ。身土不二、医食同源なのだから。
そのお店の商品とサービス、この職人さんの技術への、感謝と信頼、
応援の気持が、いいものを生み出し、お金を回す、そんな経済がいい。
生まれた街や村に、誇りがもてる。けれども決して、心は内向きではない。
誰でも普通に、2ヶ国語くらい話せて、外国人の友人を持っている。
お国自慢が、戦争に繋がることもない。そんな国はどうだろう。

その国には、平和憲法のもとに、軍隊よりも訓練された、
屈強なの災害救助隊、人道支援隊、環境保全隊がいて、
世界各地で活躍する。日本は世界に、誓ったからだ。
二度と、軍隊は持たない。決して戦争はしないと。

わたしたちには、誇りを持って、それができる。

いまここで、わたしたちが、道を誤らなければ。
この国が、子供たちを、決して見棄てなければ。

脱原発・反TPP・反大増税・改憲阻止


衆議院選挙まで、あと3日。

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血路
2012-12-03 Mon 23:30

まことの言葉、力ある言葉、いのちの言葉は、どこにあるのだろう。

憂国の怒号と扇動と虚言が、弱者への罵倒が、津々浦々で飛び交う。
託された御用のように、眉唾の愛と夢とを、飽きもせず語り続ける人々。
踏まれても、蹴られても、虚しい口約束を信じて棄てられ、破滅してゆく人々。
そうこうしている間にも、ふたたび大地が暴れ、海が押し寄せて、
またどこかの、ウラニウム湯沸かし器が、ぶっ壊れるだろう。

こんなときでも、まだにニコニコ笑うのか。
これからは、もっと素直に泣け。
死者たちのために、明日もないわが身のために、
奪われ、傷つけられている、すべての命のために、
泣いて、泣いて、涙で大地をうるおせ。

天をも動かすために、宇宙の果てまでとどく、大声で泣け。
あなたの涙で、川があふれ、みずうみが生まれるくらいに。
みずうみが、死の太陽をのみこむほど、巨きく深くなるまでに。
圧政が、エジプトの軍勢のように、溺れて滅びるように。

はや12月。昨日は、底冷えのする寒さだった。
陽が落ちてしばらくすると、東の空に、ひときわ明るい星が輝く。
ベツレヘムの星のように、威厳ある木星が、冬星座を引き連れて現れる。
風はますます冷たくても、心温まる、クリスマスの季節のはずなのに、
今年は、そうもいかない。嵐の岬に、追い詰められた気分だ。

ギシギシと不快な音を立てる、時代の歯車に、押し潰されそうだ。
正直になれよ。毎日、そう言い聞かせている。
自分がこんなことをしている原点は、いったいなんなのか・・・
もういちどふり返って、確認してみよう・・・そうすれば答えはわかる。

16日に迫った総選挙。

どんなことがあっても、極右勢力の台頭を阻止すること。
改憲を前面に掲げ、徴兵制や核武装まで本気で考えている
自民と維新とに、過半数を握らせては、この国はほんとうに破滅する。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。

1日、俳優の山本太郎氏が新党を立ち上げて、記者会見を開いた。
どうにもナイーブで不器用だ。政治家の言葉ではない。
しかしいちばん真っ当なのは、虚飾ない本音で語る、彼の話だと思う。

マスメディアがひた隠しにする、この国の危機を、白日の下に曝し、
自分自身の言葉で、ありのままに訴え、選挙の争点に据えて、
日本人の、さまよえる良心に、ぎりぎりの呼びかけをする。

①脱原発
②反TPP
③改憲阻止


日本国の独立と、国民の生命を死守する、絶対の防衛ライン。
どれひとつでも、欠けてはならない。

わたしたちが選ぶのは

民を見棄てて、国力を増強し、戦争も辞さない、極右と売国のファシズム。
属国になることで得られた権益のために、国土も民衆も省みない政治か。

それとも

民を活かし、豊かな国土を守り、東アジアに平和を築く、「99%」の民意。
高濃度汚染地域の子供たちを、一刻も早く安全な地へ避難させる政治か。

すこしも大袈裟ではない。
自民、民主、維新、未来、その他云々・・・党名などはどうでもいい。
この国の未来を、守る者と棄てる者との戦い、
国民が、生きるか死ぬかの、戦いである。

山本太郎の気取らない語りは、嘉田知事の「びわこ宣言」の曖昧さよりも、
ずっと誠実で、明確で、なにより切迫した危機の本質を突いている。
大人として、子供たちを守ろうとする責任感と、威厳が感じられる。
いったい政治家のなかに、彼ほど鋭い意識と行動力を持つ者が、何人いるのか?

無謀なことかもしれない。滑稽なピエロとして、葬られるかもしれない。
だがいま、山本氏の言葉を聴いて、心が揺さぶられない日本人ではダメだ。
山本氏がなぜ、たった一人からの闘いをはじめたのか。
国民ひとりひとりに、直接行動を促すメッセージだからだ。

嘉田由紀子滋賀県知事が立ち上げた、「日本未来の党」。
脱原発票の受け皿として、単純に歓迎するわけにもいかないでいる。
まだ具体的には何も決まっていないのに、イメージと話題ばかりが先行し、
いちはやく期待を集めてしまうことにも、納得がいかない。
嘉田氏のいう「未来の安心、国家の品格、地球倫理」とは、なにか?

「未来の党」は、「卒原発」に関する、独自の工程表を示したが、
ではそれ以外の、TPPや改憲については、どんな考えなのか?
そのあたりはひとまず置いておき、なにより脱原発の一点に絞ってでも、
社民、共産にも協力を求め、一致団結して、リベラル第3極どころではない、
第一党の座を奪い取るほどの勢いで、大攻勢を掛けないでどうするのだ。

もっとも困るのは、切実な思いのこめられた「脱原発票」を回収したあげく、
手の平を返したように、廃炉を引き伸ばし、結果的に原発を延命させることだ。
「脱原発ではなく、“卒原発”です」という、理屈も成り立つだろう。
未来の党は、「脱原発」と「卒原発」の違いを、有権者に説明すべきではないか?
有権者は、「卒原発」を認めるのか。そんなことは、もうどうでもいいのか。

「卒原発」を掲げようと、「脱原発票」の受け皿であることは、承知の上だろう。
ならば、これまであらゆる困難な中で、廃炉と放射能防衛に血路を開いてきた、
反原発運動の活動家・参加者らにも、意見を求めるべきではないか。
彼らの期待を収奪して、思い通りに利用するならば、信頼は地に堕ちるだろう。
廃炉だけでなく、有効な被曝対策についても、早急に具体策を示してほしい。

言うまでもないが、反原発運動とは、単純なエネルギー政策の転換を求めるものではなく、
いま世界中で勃発している、巨大資本によるあくなき人権蹂躙と、生活破壊に対する、
99%の民衆の抵抗運動なのである。脱原発に、政治が道をつけてくれたとしても、
何事も無かったように、安穏として日常に戻ると思ったていたら、大間違いだ。
核のゴミには100万年の管理責任が伴い、核の汚染で、国土の一部は死滅したのだ。

卒原発は粛々と進めるが、近隣国とは喧嘩を続け、
改憲にはまっしぐらでも、話にならない。
いまこの日本で、最も意識の高い有権者の支持を、一挙に失うことになるだろう。
「地球倫理」を説くなら、まず国際社会の道義をわきまえ、
歴史から逃げることなく、近隣国との友好関係を築くべきである。
そこら辺は曖昧にしておくのが、無難でもあり、得策であるには違いないが、
それを最後まで見極めてから、判断したいと思っている。

3年前、鳩山政権に託した国民の願いを、民主党は握りつぶしたが、
大震災と原発事故、近隣国との関係悪化による不況によって、
国民生活は、その時よりもさらに悪化して、明日も見えず、行き詰まっている。

「革命」とさえ呼ばれた政権交代で、国民が求めたのは、
従来の官僚依存を打破して、民意が反映される政治の実現だった。
小泉改革によって拡大した経済格差と、安全社会の崩壊に対する反旗でもあり、 
自民か民主かだの、二大政党だの、そんな話にすりかえてもらっては困る。

いまその革命は、国民に失望を残して、侮蔑のなかに葬られ、
弱者に寄り添い、冷たい現実を変えようとする努力など、無駄だと言わんばかりに、
この国はますます資本と、そしてふたたび軍靴に、蹂躙されようとしている。

これ以上日本人が、日の丸の裏に星条旗を貼って、勇ましく振り回しながら、
国を売り、国土を汚染し、国民を騙してきた「愛国者」の虚言に乗せられ、
自らの首を絞めながら、その顔に恥ずべき泥を塗る行為に走るのは、耐え難い思いだ。

もういちど、未完のままの国民の革命を、大きく前進させよう。
大増税と福祉の切捨て、いいかげんな景気対策では、なんの解決にも至らない
国民の99%を、死ぬまで病と貧困のなかに放置する、圧政と決別しよう。
今回の選挙は、すでに争点がはっきりしている。

脱原発、反TPP、改憲阻止

心ある国民は、たとえ大雪になっても、投票所に足を運ぶだろう。

党派を超えて、すべての立候補者の、良心に訴えます。

脱原発、反TPP、改憲阻止

命の重みをこめた、切実な一票で、わたしたちが血路を拓きます。

民を生かすために、その声を託されたあなたも、

死ぬ覚悟で、ファシズムの暴政から、日本を守りぬいてください。

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