Dark night of the soul Secret path to the Light

九月の空
2012-09-25 Tue 02:44

九月の空

東の果ての片隅の、小さな弧状の島々には
エジプトも、バビロンも知らぬ民の群れ。 
奪われし山河にもめぐり来る、春の光に涙する心もなく、
不思議な呼び名だけが、むなしく、丸々肥えてゆく。

海原よ、波濤よ、きらめく水面に、
よけいな文字を、だれが描いたのか?
大人たちは喜々として、命のゲームをカウントする。
若者たちは黙々と 草生す屍、水漬く屍になり果てよう。
子供たち、あれが明日の きみたちの姿だ。
豆腐のような島の民、忘れ去ってはいまいか?
あなたはそもそも、どこからきたのだろうか?

窓は、風の瞳。風は、地球の息。
レースのカーテンが、さらさら流れると、
九月の空が、飛び込んでくる。
眼の奥が、海のようにひんやりして、
街の屋根や、遠くの丘は、波打つ水平線になる。
九月の頬はいつも、東を向いている。
はるか東のほうにも、海が広がっている。

南の風と雲の子らは、びょうびょうと絶海をわたり、
タプカルを踊る 長老のような足取りで、
阿呆鳥を脇に抱え、おごそかに、霜の国へと向かう。
青い林檎をかじっていた娘は、ある日、
嵐の気配に窓をひらき、そわそわと身を躍らせ、
熟れたぶどう畑を、とうと駆け抜けて、
スネグラチカのように、ついて行ってしまった。

らいちょうの山にも、まりもの湖にも
烈しく、むごい季節がめぐる 火山島の民は、
だれも、娘の瞳を好まなかったから、
仙女になるほかなかったのだ。それから、
九月の夜は、冬を貼り付けるようになった。
ぶどうの実は、星の傷みを宿すようになった。
清らかな雨が、畑を潤すことは、もうなくなってしまった。

切り裂かれた大洋に、夜が明ける。
絶叫のような朝焼けに、一日がはじまる。
海があの鈍色の原子を、洗いもせず、清めもせず、
いやし難い過去もまた、こっそり流してはくれぬように、   
いまだ起こらぬ未来を、おののいて見つめる瞳は、
たとえ抉り抜かれても、預言を語りやむまいよ。

夕星が、羊を返し、山羊を返し、
子供たちを、母のもとに戻すように、
ひとつの名に群れる島の民らを、もういちど分かち、
それぞれの乳房なる、天地に呼びもどす声がきこえる。
枷を砕き、かんぬきを壊して、いま窓から飛び出そう。
風を追いかけ、海を越えて、万年の記憶を辿ってみようよ。


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ほぼ、ひと月ぶりの投稿になりました。
白露を過ぎて、陽射しも柔らかくなりましたが、心を裂く出来事が多く、
秋の草にも、「感時花濺涙」の痛みを覚えます。

タプカルとはアイヌの古式舞踊で、神々や先祖への感謝を表し、
儀式の終わりに、経験を積んだ長老によって舞われます。
スネグラチカとは「雪娘」のことで、ロシアのクリスマスに登場する
サンタクロース「ジェドマロース」が連れている孫娘。
草生す屍(くさむすかばね)、水漬く屍(みづくかばね)は、
戦中に愛唱され、第二国歌とよばれた「海ゆかば」の一節からです。

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