Dark night of the soul Secret path to the Light

あじさいの夜、むくげの朝
2012-08-30 Thu 12:36

あじさいの夜、むくげの朝

あなたは、わたしが友達と
あじさいの花を手折って、天に翳しながら
雨の夜を徹して 死ぬほど踊るのを見て、憎みました。
「道路交通法違反、威力業務妨害だ」と。
それでもわたしは、踊り続けます。
踏みしめる足元に、悠久の大地は、ありません。
火を噴く山、引き裂かれる地面、
牙を剝く海、天からの大洪水
それが美しい国の、自然の正体なのです。
八百万の神さまが、それでもようやく
いましめに 手心を加えてくださった あの一撃さえ、
あなたには ちっとも堪えず、
痛くもなければ、畏れもしないのですか?

涙に濡れた朝、夏の終わりの庭に咲く 
一輪のむくげに さみしい唇をそっと寄せると、
あなたは、嫉妬に駆られて、叫びました。
「竹が生えるから竹島なんだ」と。
それでもわたしは 夢を語りましょう。
くぐもった鬨の声が、ふるさとの哀心歌に 
耳を塞いで、とうとう火器を交えようとも
その日が来れば、ふたりで、島を目指します。
わたしは境港から、チェリナは浦項から船出して、
海に飛込み、人魚のように抱き合って 戯れながら
幾千万の涙といっしょに、苦々しい歴史をぜんぶ、
海のお墓に葬って、お弔いをするんです。

あなたは われを失った。
わたしは 髪を掴まれ 引き倒された。
妻のように殴られ、蹴られ、罵られた。
警察を呼んでも、助けは来なかった。
「なにが善で、なにが悪が、わかるものか」
それでもわたしは、信じる道を歩みます。
今日も、明日も、明後日も、あなたが猛々しく、
その舌が、千切れ飛ぶまで喚こうと、
その骨が、砕け散るまで暴れようと、
わたしたちが、名誉を軽んじたり、
夢が訪れる 静かな夜明けを、
あきらめることは、決してないのです。


☆★☆★☆★☆★☆★


2012年、熱くも苦い、劇的な夏でした。
あじさいは、「紫陽花革命」と呼ばれる反原発運動の花。
むくげは、韓国の国花。
無窮花(ムグンファ)と呼ばれる、不屈の生命力の象徴。


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月の船乗りに
2012-08-28 Tue 15:24

その白い砂浜は、風も吹かず、波もたたず、
音も無く、昼も夜も空は暗く 星が満つ。
古生代の化石よりも雄弁な、靴底の形は、
だれかを待つように、いまも消えない。
乳色の天体を、ふたりだけで歩いた
男たちは、アダムのようだった。
たがいを疎んじて、エヴァを求めた。
ともにあるべき、ひとつなる、わが身を。
それは、巡礼。
花婿の夜の旅。
青い花畑を 踏み荒らした者たちが、
白い丘に、征服者の旗を立てた 勝利の日ではなく、
おののく人の魂が、つつしみ深く、秘めやかに
月女神の頬に、はじめてふれる、敬虔な夜。
なごやかに、熱く、言は熔かされて、
おごそかに、深く、霊は精錬されて、
星をのみこんで、戻ってきた船乗りたち。
たちまち黒い津波が、不死の果実をもぎ取って
垂木の重力が、空っぽの部屋に 時間をおしこめた。
朽ちた船の 舳先は折れ、人の頭は砕かれた。
ざくろの実が裂けて、ぽとりと落ちるように
地の星たちも、ひとり、またひとり、潰えてゆく。
沈黙こそ 奥ゆかしい、英雄たちの美質。
微笑こそ 身の丈の憂いを 
天の光に引き寄せる あでやかな招き。
大きな筒を空に向け、鏡に集めた銀の波を、
ひとみに映す子供たちに、わたしはなにを語ろうか? 
いや、なにも語るまいか。
インタビューでは分からぬ、どの記録にも残されぬ 
夜は、乳のような智恵を、戻してくれるだろうか。   
そのとき、あなたの名も、百合の香となって
安らかに 憂いを、忘れさせてくれるだろうか。


★☆★☆★☆★☆★☆


ニール・アームストロング氏の訃報。
1969年7月、人類ではじめて月面に立った、アポロ11号の船長。
2012年8月25日に死去。82歳。

銀河をわたる初秋の月に、静かの海を望みつつ・・・

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「読め 思へ」
2012-08-23 Thu 23:59

「ヴェルサイユ条約のとき、私は10歳でした。
戦争中の子供たちがそうであるように、私もまた熱烈な愛国者でした。
うち負かされた敵を辱めようとする意思が、当時(そして戦後も)
いたるところにあふれかえっていました。
おかげで私の単純な愛国主義は、これを限りに完全に癒されました。
自国が他国に加える屈辱は、
自国がこうむる屈辱よりも、はるかに耐え難いものだからです」。
(『歴史 政治論集』)

第一次世界大戦の戦勝に酔うフランスの有様を回想する
当時10歳だったシモーヌ・ヴェーユの言葉です。


「本を求めて、渋谷の大盛堂書店に行ったところ、
 大きなポスターが天井から下がってゆれていた。

 『 秋の読書週間

 読め  思へ       

文部大臣 荒木貞夫 』

 それは読書と思索のすすめに過ぎない。
 にも拘らず、これを目にした途端、私は激しい怒りに身が震えるのを覚えた。
 『思へ』!
 思索とは、人間の最も自主的自発的主体的な精神の営みではないか。
 それはひとに命令されてできることではない。
 『思へ』と命令することは、『走れ』とか『止まれ』と命ずるのとは違うのだ。
 それは他者の精神を支配することであり、
 人間の自由を無視・否定することに他ならない。
 『思へ』の一言に、私は匕首を胸元に突きつけられたような
 心のなかに土足で踏み込まれたような、激しい衝撃を受けたのだった」。

国家総動員法が成立し、息苦しい戦時体制下の1938年、
旧制高校に入学し、読書に没頭していた森井眞氏の回想です。
森井氏は当時の日本の有り様を、
「人権や人間の自由に鈍感でなければ、
とても生きていけない国になっていた」と語っています。
思想統制も厳しく、政府に都合の悪い書物は発禁になりました。
「自分の気に入らぬ本は取り上げておいて、『読め』とはなにごとか!」
(森井眞氏の言葉はすべて『批判精神 創刊号』より)


それから半世紀、敗戦によって民主主義が与えられ、
高度成長を遂げ、大学も大衆化した日本の社会はどう変わったか?

「しかも日本はこれだけ高学歴社会になって、
 相当インテリジェントなソサエティーになってきておる。
 アメリカなんかよりはるかにそうだ。平均点から見たら、
 アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、
 そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い。」
「日本はそういう社会だから、国民の知識欲に合わせて
政治もどんどん進んで行かねばならない」
 (ウィキペディア参照)

1986年、中曽根首相による、いわゆる「知的水準発言」です。
思想や学問の自由は保障されたものの、かえって反知性主義が蔓延し、
厳しい知的、学問的検証に耐えられず、事柄の真偽はどうでもいいまま、
ただ耳に心地よく自尊心を擽る、いい加減な日本人論がもてはやされ、
政治家も国民も無批判に飛びついていました。


「チョンは息を吐くように嘘をつきます」
「(売春は)むかしから花嫁修行のひとつ?
 エステや整形がものすごいのもそれ」。
「日本は、原発、中国、韓国、北朝鮮とは、絶対に共存できない!」
「そのうち琉球も狙われますよ。本州以外はみんな・・・」
「核武装OK!」

最近、インターネットで散見される発言のあらましです。
いまの社会で、一般市民が漠然と抱いている感覚でしょう。
近隣国への憎悪は、戦中にもまして溢れかえっています。

満州事変(1931年)のさなかに、朝日新聞に掲載された、
茨城県の小学校高等科一年生(現在の中学一年生)の投書。

「毎日、毎日新聞は、連盟における日本の不利を報じています。
 私は連盟ってなんだか分かりません。
 が、日本をつぶす会のようにしか考えられません。
 なぜ、外国は支那をたすけ正義の日本を悪くしているのでしょう。
 満州にいる兵隊さんたちよ。あまりにも馬鹿な支那をうちこらしてください。
 日本の国のために、たとえ支那にアメリカがつこうが、
 ロシヤがつこうと、断然立って戦ってください」。
(岩波ジュニア新書『新版1945年8月6日』より)


情報統制や思想の弾圧があろうとなかろうと、
平和であろうと戦時であろうと、民主主義であろうとなかろうと、
どんな本でも読み、地球を自由に歩き回り、なんでも見聞きし、
ネットで世界中の情報に精通し、なにもかも知っているようでも、
結局は同じようなことを話し、似たような発想をしてしまうのはなぜか?

わたしたちの思っていること、感じていることのほとんどは、
じつは、自分自身の考えや感覚や言葉ではないということ。
「心のなかに土足で踏み込まれ」ても、「激しい怒りに身を震わす」どころか、
おどろくほどの無防備さ、寛容さ、気前のよさは、いったいなにか?

森井眞氏は、「思へ」という命令に反発しました。
私はいま「愛せ」に反発します。
なぜなら、愛もまた、思索とおなじように、
「人間の最も自主的、自発的、主体的な精神の営み」であり、
「右向け右」のように、上から命じられてなすものではない、
人格の深みからにじみ出る感情、意思、行為だからです。

もし「愛せ」と命令されて、本当に愛せるものなら、
「憎め」と命じられても、容易に憎めるでしょう。
それらは煽られ、操作された軽佻浮薄な感情ですが
その類の非理性をつねに必要とする政治があります。
だから、愛国心が強調されるときには、必ずセットで、
憎むべき敵国もしっかり用意してくれるのですね。

死ぬその日まで、感情も思考も言葉も借り物のまま
自分ではない何かの容器として生き死にしてゆく・・・
人に生まれて、少なくとも自由の身でありながら、
それほど無責任な、卑しむべき隷属はありません。

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銀河のお祭り
2012-08-22 Wed 16:01

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、
乳の流れたあとだと云われたりした、このぼんやりと白いものが、
ほんとうはなんだかご承知ですか?」
先生は、黒板に吊るした大きな黒い星座の図の、
上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、
みんなに問をかけました。
(宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より)

立秋を過ぎると、銀河と流星の季節です。
暑さも和らいだ夜、虫の集きに包まれて、天球を優しく包む微光の帯に
いにしえの人々は、さまざまは想いを託してきました。

毎年7月7日の「七夕祭り」は、銀河のお祭り。
織姫と彦星の、年に一度の逢瀬というロマンチックな星伝説は
中国から伝わったお話ですが、技芸の仙女である織姫さまにあやかって
この夜には、女性たちが機織りや裁縫、書道などの上達を祈る
「乞巧奠(きっこうでん)」という行事が行われました。

「七夕」とは、「7月7日の夕」という意味だそうですが、
「たなばた」と読むのは、日本の古い習慣で、7月7日に
神々に捧げる衣を織る「棚幡津女(たなばたつめ)」が用いていた機織りを
「棚機(たなばた)」と呼ぶことに由来しているといいます。
あるいは、お盆のときご先祖を迎える祭壇の棚の意味でもあるそうです。

残念なことに日本では、7月7日は梅雨のさなかである上に、
日が落ちて、ようやく星が見え始める時間になっても、
織姫・彦星にあたる星と天の川は、東の空に低く昇ったばかり。
梅雨空の下、星に願いをこめた短冊を飾っても、
浴衣で集まった人々は、天を見上げ、織姫・彦星を探すこともなく、
人工の天の川に感動する七夕になってしまいました。

星祭りの意義が失われた原因のひとつは、新暦と旧暦にずれにあります。
他の習俗と同じように、伝統的な七夕も旧暦で祝うものでした。
旧暦の7月7日を、現在の暦に置き換えると、年によって違いますが、
いまの8月12日ごろを中心にした夏休みに当たります。
お天気にも恵まれるので、日が沈んでしばらくすると、
天の川と、織姫・彦星の夫婦が空高くに姿をあらわし、
ふたりが逢瀬を楽しむ舟でもある、上弦の月も浮かんでいるのです。
旧暦では7~9月が「秋」とされ、「天の川」「七夕」は秋の季語です。

伝統的な七夕を復活させようという声もあり、2001年から国立天文台は、
その年の「伝統的七夕」の日付を報じるようになりました。
まだまだ一般的ではありませんが、天文家や星好きの人たちを中心に、
各地でライトダウンが呼びかけられ、星と街との共存が模索されています。
「つながろう七夕、よみがえれ天の川」
今年の伝統的七夕は、8月24日。まもなくです。

ほかにも、日付や光害の問題だけでなく、
星祭り本来の意義を考えてみるのも、興味深いと思います。

新暦の7月7日は七夕にふさわしくないので、ひとつき遅らせて、
仙台の七夕祭りのように、8月7日に星祭りが行われる地域もあります。
この「月遅れ」の行事ですが、現在のお盆もそうで、もともとお盆も、
七夕の一週間後にあたる、旧暦の7月15日に行われる祖霊祭でした。

太陰太陽暦に基づく旧暦では、日にちとお月様の形が連動します。
旧暦の7月15日は、年のちょうど真ん中にあたる満月の夜となり、
一年にただ一度、この時期だけ、なぜかこの世とあの世が通じて、
7月7日には、神々や先祖がこの世をおとずれ、
7月15日に、ふたたび戻ってゆくと考えられていたのです。
現在では別々にされて、つながりも無いような七夕とお盆は、
ひとつづきの習俗として、異界との、敬虔な交流の行事だったのです。

その異界との境界を流れるのが、天の川だと考えられました。
織姫と彦星の逢瀬と別れ、お盆の迎え火や送り火、精霊流しなどの行事も、
宇宙こそ天であり、星々は神の姿であり、霊魂でもあると信じられた
いにしえの人々の、壮大なコスモロジーを伝えてきた物語であり、習俗なんですね。
天の川への憧憬は、日本人の、民族的郷愁にもつながると思えるのです。

時間に追われる日本のお盆は、里帰りもそこそこに慌しく過ぎ、
各地の夏祭りも、一時の解放感のあとは、ただ疲れ果てるだけ・・・
電気が明るくなるほど、世の中が暗くなったように、
人と宇宙の関わりも、むかしのほうがずっと親しく、切実だった・・・

異界への気軽な好奇心や、不敬な関心ではなく、
苦しみに満ちた、はかない生と、やりきれない、不条理な死に
どうしようもなくわが身をふるわす、無限の慟哭があればこそ、
あの、生者と死者の絶望的な隔絶と、
「ほんとうのさいはい」の不可能を、
皮肉なまでに美しい、宇宙的なイメージの中に描き上げた、
『銀河鉄道の夜』も生まれたのだと思います。

年に一度だけ、天と地が交わり、星と人がひとつになり、
結ばれては分かたれる、銀河のお祭り。
そんな想いを馳せながら、伝統の七夕の夜に、
天の川をたずね、星たちに語りかけてみるのはいかがでしょうか?

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