Dark night of the soul Secret path to the Light

春、桜の咲く前に・・・
2017-04-02 Sun 11:32

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春夜雪花

いまでも、この星に季節がめぐり、
季節に随順して、畑のすももの花が
今年もいっそう誇らしく、満開に、咲き零れようとも、
すでに夢幻は、終わりから数えてこそ、
より慕わしく、より惜しまれもしよう。

みずからのいのちの終わりを、
世界の終わりに、重ねてみるでもないが、
やがて向かうべき地平の涯が、
いやおうなく、視界に映るようになったいま、
常夜に入るまえに、もうしばらく留まる間、
沈黙を、新たに聴こえさせる、星霜の語らいを、
だれに咎められようと、やめないことにする。

どこから来た天使の受胎告知も、みな退けて、
おのれの子を生み育てる、太古からの処女は、
やがて雨季の、青が散乱する光粒を纏うて、
血膨れのような果実に、おのが身を変容させる。

若い日は遠ざかり、幾多のあらしに耐えた樹も
古木となり久しいが、月のない春の夜ふけには、
雪のような花衣の袂を、そぞろ歩きながら、
そわそわする予感に吹かれて、手を高く伸ばそう。

姿は見えないけれども、いくとしつき
わが命を彫刻してきた、苦悩する精霊たちが、
いつしか安らぎ憩う、清浄なる依り代を探すために。


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騒ぎのせいで、こちらは回避されたが・・・

(ツイッターより m TAKANO氏)
今日は4月1日。国有地売却疑惑が問題にならなかったら、
瑞穂の國記念小學院では“名誉校長安倍昭恵氏”も出席して
盛大な入学式が行われていたに違いない。
式では昭恵氏が挨拶し、安倍首相からの祝電も届いただろう。
現実に進行していることとの落差に
思いを致して見ることは意味のないことではない。

しかし…その一方では着々と。
  教材で教育勅語OK
  中学生に「銃剣道」
  パン屋はダメで和菓子屋に

エイプリルフールじゃないのが恐怖である。
それも、この国での出来事である。


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逆巻く風が不安なページを・・・
2016-11-10 Thu 01:27

世界中が、尻餅をついてしまったな。

なにが起こるかのか予測もできない。
だがいまは、ああでもないこうでもないと言うのはよそう。
冷静さを欠いた、興奮にすぎないのだから。
総得票数では、ヒラリー・クリントンが優っていたそうだが、
あまりにも屈辱的な結果には、物もいえない。
なにより、他人事ではないからだ。

確実なことはひとつ。
今日ほど前向きに、開き直った日はない。
安倍政権の誕生に絶望して以来、性根が腐ってしまい、
どこかに消し飛んでいた魂が、ようやく自分に戻ってきた。
これからも生きられる。
生きるということは、幸福になることではなく、
人が人であることを否定する、理不尽な物事に抗うことだ。

逆巻く風に、不安なページが捲れてしまった。
昨日までの世界と、今日からの世界は、もはや違う。
厳しい試練の時だ。だがこれで、人は目を覚ますだろう。
みずからの言動にも、より自覚的になるだろう。
確かにあると思っていたものは、信じ込まされた幻だった。

もうあとには、戻れない。
愚かしい現実を見つめ、熟考し、進まなければならない。
トランプという「蝕」は、断崖に追い詰められた民衆が、
やけっぱちになり招いてしまった、避けられない運命だ。
ヒラリーでは、生ぬるい幻影が、もうあと4年間続くだけだ。

わたしたちが、民主社会の市民として望むものは、
街を彩る、豪華絢爛なイルミネーションではなく、
暗雲が立ち込め、嵐が荒む夜にも、空に上に輝く、
太陽と月なのだから。

地球上の混迷をよそに、いま沈もうとしている月。
かの国の夜にも、涙に暮れた人々の心を慰め、
踏み迷った人の大道を、明るく照らせ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それにしても、いつまでも眠れぬ夜だな。
いまあちらで煮えたぎり、爆発する悔しさと怒りは、
とてもとても、わたしなどの比ではない。
すでに抗議運動が起きているようだ。
その動画を見詰めているだけでも、心が救われる。

However this ends, that's where we begin.
Michael Moore 

If Donald Trump takes people's anger
and turns it against Muslims, Hispanics,
African Americans and women,
we will be his worst nightmare.

Bernie Sanders 

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(いくつか拾った注目のツイートより)


どちらも当選してほしくなかった米大統領選だが、「自由」「平等」「人権」の概念を公然と否定する候補がここまで来たのは、もはやこの〝超大国〟が、理念上も破綻している現われか。そしてそうした結果すら、「TPP」や「基地」問題との〝絡み〟で、功利的に論評する日本の言論人。安倍政権が続くのも道理。

「対米自立」という概念の空疎な先走りが、あまりにも恐ろしい。日本国は「戦後」、米国の圧力によって、「自立」を阻まれてきたのでなどない。そのはるか以前——そもそも「戦中」「戦前」から、「自立」すべき主体性が民の中になかったからこそ、天皇制に支配され、「戦後」は米国に支配されてきたのだ。

このたびの米大統領選結果に覚える暗澹たる気分は、むろん今後の世界全体の、どう考えても明るくはない行方をめぐる思いが、
まずある(相手候補が当選しても事態の基本的帰趨は変わらない)。だが同時に、日本国の一部の反応の、あまりに打算的・功利的・没理想主義的惨状を、目の当たりにさせられるせい。

(山口泉氏)


トランプ勝利の件。民主主義に不可欠ないくつかの建前、平等、個人の尊厳などの価値について、自分たちの特権にしておきたいと思う崩落しつつある多数派が、あからさまに否定することを、ためらわなくなった結果ということなのだろう。建前や約束事を一切消去すると後に何が残るか、恐ろしい限りだが。

日本の反新自由主義の陣営にトランプを歓迎する人がいるが、気が知れない。エスタブリッシュメントの否定がより大きな差別や破壊をもたらすことを心配しないのかね。選挙キャンペーン用の言説と、統治者としての言動を区別する知性をトランプが持つことを祈るばかり。

2016年は、民主主義の歴史の中で、呪われた年として、残ることになるだろう。噫

トランプ政権は、日本の政治指導者の歴史認識や人権感覚など全く関心を持たないだろう。安倍政権が歴史修正主義を推進することも放任することになる。日本における右派による戦後的価値の破壊に対して、アメリカというブレーキはもはや期待できない時代となった。安倍政権にとっては追い風の事態。

(山口二郎氏)


米国が世界の尊敬を集め続けていた背景には、為政者や米国民に人類の理想を追い求める姿勢があったからだ。が、人種差別的な言動を振りまき、女性を蔑視し、卑猥な言動で顰蹙を買い、対立候補を罵倒してやまなかったトランプの勝利と大統領就任は米国に対する世界の見方を一変させるだろう。

確かにトランプ新政権は極右・全体主義国家を進める安倍政権にとっては追い風だ。彼自身、極右でレイシスト、ヘイト志向の人だから。さっそく、元KKK団のトップが祝辞を述べたのがその証拠。それに、トランプにとって他国がファシスト化しようと、潰れようと関心がない。彼は自国しか関心を持たぬ。

トランプショックでひどく落ち込む夜です。世界は一層悪くなる予感が。きっと、どす黒い流れの世界で、あの「お方」も今苦しんでおられるのでは無いでしょうか。何しろ、「消えかかった灯心の火さえ消さない」優しい方なのですから。(イザヤ42)

(澤田愛子氏)


冷戦以降のリベラルな中道政治の時代が決定的に終わり、次の十年は極右の主流化の政治になるのだろうな。それは、一部の左派が言うようなグローバリゼーションやネオリベラリズムが終わることを意味するのではなく、その弊害が格差や民主主義の問題ではなく反移民や人種差別を通して語られる時代。

Brexitとトランプがもたらしたナラティブの大きな変化は、「格差」や「経済不安」が全ての貧困者の問題でなく、人種と国籍でその不安が尊重されるべき者と、同じ問題を抱えていてもその尊重されるべき者を脅かす者とに分断されたことなんだよな。このナラティブを左派も受け入れている点で大きい。

そして、何より人種と反移民の恐怖を煽る人間が、格差の問題を認め具体的に改善の政策を出した人間を破ったという点も大きい。人々の不安は社会の中で適切に分析され政治的に解決されるべきものではなく、無責任に煽られるものになった。

(kazukazu88氏)


極論を言えば、安泰な世の中では「強さ」も「身体と魂の健全」もそこまで必要ないのだ。でも不穏な時代には、それが絶対必要条件になる。僕は鍛錬を続けて、今後少なくとも四年間は続く闘いに備える。あと、とにかく「孤立しないこと」。平和な時は独りでも生きていけるけど、今はお互いが必要だ。

トランプは「俺が勝たない選挙はイカサマだ!」なんて言っちゃうこと自体、「政治プロセスの尊重」の「そ」の字もないんだけど、
オバマもヒラリーもその他の政治家も「民意によって選ばれた大統領をリスペクトしなきゃ」というスタンス。
それは「政治プロセス」へのリスペクトなんだ。

僕の知人で、男の子と女の子をもつお母さんが書いていた。「トランプの国で、私は今日から、息子には女性を尊重することを、娘には自分が価値ある人間だと知ることを、昨日よりは少し余計に、日々、教えていく。私は諦めない」家庭から始まる。これが僕たちにできる最もパワフルなレジスタンスだ。

(つくる・フォルス氏)


種

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曇れる夜の・・・
2016-09-22 Thu 11:05

9月月下美人
9月21日深更 
曇れる夜半の月下美人

曇る夜の月下美人


月のない夜にも、嵐の夜にも、
人知れず光まとふ香り高き花。

月下美人ふたつ


碧水晶


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祈りなき国 ② ヘイトクライム
2016-08-10 Wed 11:09

植松悟容疑者の心理と行動には、まだ未解明な点が多いが、
彼が、「障害者などいなくなればいい」と考え、
障害者の安楽死を望む、弱者抹殺論者であり、
この事件が、時代の殺伐とした空気、
弱者を排除し、共生を拒む、社会の悪意が生んだ、
明らかなヘイトクライム、テロリズムであることは間違いないだろう。

植松容疑者のネット行動や、関心の対象の分析から、
彼が極右政治家や、ヘイトを吐き散らす文化人らの言説、
あるいは世界規模のテロリズムや、右傾化、排外主義に影響されて、
特定の属性を持つ人々への差別と排斥、「生きるに値しない命」なら、
死なせるのが社会のためという、「ヒトラーの思想」を持つまでに
至ったのではないかと見る向きもあるが、私は逆ではないかと思う。

ナチスの優生思想にも似た、危険な考えを抱き始めた植村容疑者が、
差別と抹殺の過激思想が、世を席巻するあり様に、心を強くしてゆき、
自分は間違っていないと、身勝手な自信を得てしまったのではないか。

ヘイトとは、その対象がなんであれ、物騒な暴言のみに留まらない。
その悲惨な結果は、ドイツやルワンダで、歴史が証明しているが、
この国では、巷に流行する、悪口雑言罵詈讒謗に負けず劣らず、
大物政治家や著名文化人らも、率先して憎悪と差別を扇動する。

障害者のみならず、在日や生活保護受給者、年金受給者、ホームレス、
高齢者、女性、同性愛者などの、少数者や弱者がターゲットにされ、
その生きる権利を否定するような暴論妄説が、たびたび繰り返される。、
しかも大衆は、彼らに耳を傾け、喝采を送り、批判する人々を嘲笑する。

障害者殺傷事件から、わずか数日後に行われた、東京都知事選では、
ヘイト言論を象徴する人物、桜井誠が11万票を集めて5位となった。
無法都市ではなく次期オリンピック開催都市に、ジェノサイドを唱える
レイシズムの支持者が11万も存在する現実は、到底無視できない。
そして許しがたいことに、相模原の事件にも賛同する人間もいるのだ。

人の心の中には差別意識や排除の論理、弱者への嗜虐心が存在する。
それは誰もが抱える弱さであるが、そんなとき人が心に感じるのは、
疚しさや自責の念、罪や恥の疼きである。良心の咎めがあればこそ、
おのれの過ちに気づき、心を入れ替えて、軌道修正ができるのだ。
植村悟にしても、なんの痛みも感じない、機械ではないはずだ。

だがいまの日本社会には、そうした人間性を「感情論」として貶め、
愚弄し、排除しながら、善を根こそぎ腐らせる空気が蔓延している。

人が生まれながらにして持つ良心と、命の尊厳、基本的人権、
成長過程で身に付ける、自己を律する倫理と品位、社会のルール、
言動への責任、人間関係の基である道徳と、他者への思いやりなど、
普遍的な人間性を、自分の甘えに溶かして、相対化してしまう風潮だ。

世の中には大勢の人々がいて、それぞれに異なる立場や考えがあり、
物事には多様な側面があるので、正邪善悪は視点と尺度の違いに過ぎず、
オレ様が正しいと思えば正しく、どんな方法を使って成し遂げても、
それなりの正義であり、オレ的には間違っていないのだと考える、
粗暴で幼稚なエゴが、政治から学問、芸術や科学まで、腐食させている。

そうした時代だからこそ、白昼堂々、公道でヘイトデモが罷り通る。
ある民族の殺戮を煽動しても、罪ではなく、狂人の妄想でもなく、
言論の自由であり、ひとつの主張として許容され、公権力に守られ、
本屋にも書籍が並び、一定層に広く支持されても、異常とは思われない。

植松容疑者がこれらの言論や風潮に、実際に触れていたかどうかは
明らかではないが、倫理的歯止めを完全に失った社会のなかで、
彼の障害者を見る眼は、次第に変わっていったのかもしれない。

慶應大学の岡原正幸教授は、事件を、
日本で行われた、大規模なヘイトクライムであると捉え、
その背景には、異なる立場や考えを認めようとしない、
非寛容な社会の風潮があることを指摘している。

一方、日本障害者協議会の藤井克徳氏は、容疑者の
表層的言動をもって、ヘイトクライムトとしてのみ扱うことには慎重で、
日本における福祉分野の、さまざまな遅れや特殊性などを踏まえて、
一面的にではなく、構造的に見てゆくべきであると述べている。

作家の平野啓一郎氏は、事件の政治性について言及している。

「相模原の卑劣な事件は、
 自分の行為が、「公益」にかなっていると信じている点で、
 かつての池田小の事件とも異なっている。
 世間の「本音」を体現していると考えるだけでなく、
 現政権から「評価」されることを期待している。
 この事件は、陰に陽に同様の思想を語ってきた
 政治家たちに直結している」


今年2月、植松聖が衆議院議長公邸を訪れて、手渡した手紙には、
障害者の安楽死を訴える持論とともに、事件の具体的な犯行予告、
また、誰が読んでも誤解のない犯行動機が、詳しく記されており、
手紙内容を、安倍首相に取り次いでくれるよう願っている。

これについて、あるブロガーが鋭い指摘をしていた。

はたして容疑者は、民主党政権の
菅首相や鳩山首相に対しても、おなじ訴えができたであろうか?
そんなことは、とても無理だったのではないかと。同感である。
たとえ鳩山・菅の両氏が、「無能政治家」だったとしても、
少なくともこの二氏は、ヘイト言論を増長させる社会の空気を
生み出したり、利用するような政治家ではなかったからである。

おそらく鳩山氏や菅氏なら、至極当然の責務として、
日程を変更して「津久井やまゆり園」を訪ね、犠牲者に献花し、
自らの言葉で、哀悼と非難と決意の声明を発したのではないか。
だが海外の首脳や高官が、相次いで弔意を伝えるなかで、
安倍首相は、戦後最悪の大量殺人にも、
IS の犯行でなければ、関心は低いようだ。

ロシアのプーチン大統領は、事件の本質を次のように的確に表した。
「無防備な障害者を狙って実行された犯罪の残忍さに動揺している」。
アメリカのケリー国務長官も、「(事件は)一種のテロだ」と非難し、
「われわれの思いは日本の人たちとともにある」と述べた。

だが、わが国の首相には、それらに呼応する言葉と想いがない。

凄惨な犯行の直後に、植松容疑者がツイッターに投稿した文章は、
「世界が平和になりますように。Beautiful Japan!!!!!!」であった。
その心性は、「大義」に殉じたテロリストの狂信に近いだろう。

取り返しのつかない事件の原因を、容疑者個人の資質に閉じ込め、
異常な人格による異常な犯罪として、切断処理することは許されまい。
これは明らかに、政治的・思想的な信念に基づく、犯行だからである
植松聖にとって障害者殺害は、日本と世界への貢献だったのだ。

さらに酷い側面を言えば、植松容疑者もまた、
この社会では負け組に属する、弱者の一員であったことだ。
にもかかわらず、強者の邪悪で危険な思想を信奉してしまい、
彼が本来守るべき、最も弱い者たちを、社会から排除すべく、
淡々と犯罪を決行したあとで、世界と日本に胸を張ったことだ。

いま日本国は、安倍首相のもとで、
「戦後民主主義」と決別し、新しい国づくりに励んでいる。
憎みてもあまりある「日本国憲法」の廃絶を目指して、
70年の長きにわたって、社会を支えてきた価値観である、
人権思想が総否定される、大変動期なのである。

さらに日本だけではなく、全地球規模の富の偏在や、貧富の格差、
そこから発生するテロリズムや、社会の混迷も、直接関わってくる。

事件を受けて、政府が取った対応は、
障害者の人権擁護でもなく、ヘイトクライムへの非難でもなく、
他の事件と特に変わらない、真相解明と再発防止に過ぎなかった。

ひとりの青年を、豹変させてしまったものが、なんであろうと、
相模原事件は、東日本大震災と東電原発事故を経て、
日本人がたどりついた、憎悪と偏見が支える政治の時代に、
「起こるべくして起こった事件」として見るのが正しいと思う。

これからは、植松容疑者が望むような人間観が、主流になってゆき、
弱者・少数者は息を殺して、「生かしていただく」ことになるのか。

日本人がそれでもいいと思うなら、そうなってゆくしかないだろう。


(つづく)


【ヘイトクライムとは】
ヘイトクライム(憎悪犯罪)とは、一般的な「憎しみ」とは異なり、
歴史的、社会的背景に基づいた、社会における弱者・少数者に対する
偏見や憎悪から引き起こされる、特定の属性や集団、個人に対する
差別や排除、攻撃的言動、暴行傷害などの犯罪行為のことである。
したがって、沖縄の基地反対派による言動は「米軍ヘイト」ではなく、
反自民勢力による政権批判も、「安倍ヘイト」とは呼ばれない。





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祈りなき国 ①
2016-08-09 Tue 17:28

思い出すのもつらい、相模原市の福祉施設で、
多数の障害者が次々に殺傷された事件。
世の中からはやくも、記憶が薄れてゆくいまも、
ますます心が塞がれ、重苦しく痛ましい。

19人が殺害され、27名が重軽傷を負った。
犯罪の凶悪さと被害の規模は、戦後最悪である。

だがそれと同じくらい憂うべきことは、この事件に対する、
日本社会の怒りと悲しみが、おどろくほど希薄なことだ。
天皇の生前退位や英国のEU離脱のほうが、よほど重要と見える。

おぞましさ、嫌な感じ、とまどい、気分の悪さなら、誰もが感じる。
だがそれも、その後に続く都知事選やオリンピック、イチロー、原爆忌、
天皇「玉音放送」、終戦記念日、夏祭りやお盆などの喧騒のなかで、
次第に薄れてゆき、苦い澱を残して、この夏も過ぎてゆくだろう。

事件の夜、ふだんは見ないテレビをつけてみた。
しかし「天皇陛下のお気持」のように、NHKが時間枠を延長して
事件を取り上げることもなく、他のニュースと同列に扱われていた。
報道ステーションでは、アナウンサーが犯人の忌まわしい手紙を、
淡々と読み上げる声に背筋がぞっとして、即座にテレビを消した。

いまのこのとき、障害者とその家族が、また福祉に携わる方々が、
胸の張り裂ける想いに、どれほど必死で堪えていることだろうか。
こうした報道は、細心の配慮をもって行わなければ、裏目に出るのに、
あろうことかテレビが、犯人の主義主張を、電波で拡散しているのだ。
警備や防犯体制への批判でお茶を濁す、“識者”らにも失望した。

外国人記者は、「日本人は、なぜ怒らないんだ」と驚くそうだが、
その答えは人それぞれだろう。あまりのことに、どう受け止め、
どう考え、どう語っていいのか、分からないという人もいるが、
たいていは、「自分には関係ない」と思い込んでいるからである。
だがそれは、人として、あまりにも酷薄な心情ではないだろうか。

海外で同種の事件が起きれば、国民は犠牲者を悼んで喪に服す。
公共機関は半旗を掲げ、商店は営業を自粛し、イベントは中止される。

最近だけでも、ドイツ・ミュンヘンでの銃撃事件(7月22日)、
フランス・ニースでのトラックテロ事件(7月14日)、
バングラディシュ・ダッカでの襲撃事件(7月1日)などで、
多くの命が失われたが、いずでの国も1~3日間の喪に服している。

当事国でなくとも世界各地で、心ある人々による追悼行事が行われる。

韓国では7月29日、障碍者の団体がソウル市庁舎の前に、
やまゆり園の犠牲者19名の、顔なき遺影が置かれた祭壇を設け、
隣国の不幸をともに悼み、訪れた人々が深く頭を垂れていた。

服喪の期間とは、犠牲者に哀悼の祈りを捧げ、残された遺族を慰め、
悲しみと痛みを分かち合いながら、自己を取り戻す時間である。

衝撃、悲嘆、憤怒、苦痛、堪え難さ、喪失感、罪悪感、無力感・・・
度し難い人間感情に、わが身をゆだね、ともに涙を分かつことで、
自暴自棄の誤った衝動を克服し、人間と人生への信頼を回復し、
ふたたび明日へと踏み出すための、共同体の治癒と再生でもある。

黒が表す死の喪失への沈痛、暗闇の懊悩こそが、希望の燭台となる。
そうやって人間は、巨大な悲劇と喪失を乗り越えて生きてゆくのだ。
世界のどの文化どの民族にも、喪の期間あるのはそのためである。

だがこの日本には、国としての追悼、共同体としての祈りがない。
それは日本国が、この事件に痛みを覚えないという意味でもある。
今回の事件では、犠牲者の顔と名前の発表さえも、行われなかった。

神奈川県警が、犠牲者の氏名を公表しなかった理由は、
障害者や家族への、差別や偏見に繋がるからであるという。
配慮ではあるが、殺されてなおも隔絶される、その現実は酷い。

事件で家族を奪われた女性の言葉が、胸に突き刺さる。

「この国には、優生思想的な風潮が根強くあり、
 すべての命は、存在するだけで価値があるということが
 当たり前ではないので、とても公表することはできません」

「今はただ、静かに冥福を祈りたいです。
 事件の加害者と同じ思想を持つ人間が、
 どれだけ潜んでいるのだろうと考えると怖くなります」


これ以上に重たい、そして厳しい言葉はないだろう。

(つづく)


別窓 | candles
思い出せ!ふたたびくりかえす前に・・・
2016-08-02 Tue 20:49


アウシュビッツ




別窓 | candles
十三夜 月下美人
2016-07-19 Tue 10:10

13夜

月下美人4

月下美人6 月下美人9

月下美人5



別窓 | flowers & blossoms
虹の夜  Pulse Unbreakable
2016-06-16 Thu 23:29

憎しみを憎しみで返すだけなら、
敵の力を倍増させるだけだ。
だが愛するなど、ゆるすなど、
到底できそうもない。
臆病者よ、
偽善者よ、
説教はもうたくさんだ。

正しさとあきらめの錯綜する、
みずからの重力に歪んだ視界が、
銃と爆弾ではなく、毒を盛る多様性の、
分別くさい寛容さと、無数の言い訳が、
非対称の関心と言及ではなく、
盲人の手を引く、盲人たちの教義が、
洞窟で瞑想する静謐のひとを、
とつぜん、魔境に陥れてしまったのか。
闇を否認するものが近づくとき、
正気は、狂気をもって身を守る。

真理が得られるならば、
宇宙のもっとも遠い星までも、
探しにゆきたい。
無限の力を得られるならば、
どんな険しい山巓にでも、
攀じ登ってつかみたい。

天の海原は堅牢な、無明の虚空ではなく、
星明りが船となり、縁起に導いてくれる。
それはいまここで、わたしが手ににぎる、
風の街路にゆらめく、蝋燭のひとつ。

気高い闇よ、
死者たちをいだけ。
夜の理性よ、
生ける霊魂を慰めよ。

孤絶して、涙さえも涸れた、
あまたの瞳にも、
とおい明日の涯には、
虹の色が映えるように。
わたしたちの心に翻る、
誇りたかい旗が、
破られない心臓の鼓動として、
いつでもどこでも脈打つように。


 *     *     *     *     *   


このたびの犠牲者が、だれであれ、なんであれ、
キャンドルを手に集う人々が、だれであれ、なんであれ、
ひとりひとりがこれからも。ともに歌い、ともに夢を抱く
わたしの姉妹であり、兄弟であり、家族だ。



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6月12日未明、米フロリダ州オーランドのナイトクラブで、
男が客に向かって銃を乱射し、死傷者は100名を越えたという。 

襲撃されたナイトクラブ「パルス」は、LGBTの交流施設でもあり、
だれもが歓迎され、安心感を得られる“サンクチュアリ”ともよばれる。

ゲイであることを家族に告げ、AIDSで死亡した弟を持つ姉が、
彼を記念し、その心臓の鼓動(pulse)を伝える思いで、設立したという。
この地域のLGBTコミュニティを、広く認知させるためでもあり、
ナイトクラブの他にも、教育プログラムが実施されているとのことだ。

一方で射殺された容疑者は、アフガニスタン系のイスラム教徒で、
事件当初はISへの忠誠が報じられたが、つながりは不明とされる。
(イスラムに背くとされる)同性愛を、嫌悪していたとも伝えられるが、
その他の情報もいくつか出てきて、いろんな憶測が流れているようだ。

もし、アメリカ人でイスラム教徒でもある彼自身が、同性愛者でもあり、
家族と宗教、ホモフォビアとイスラモフォビアの間で、
何重もの抑圧と葛藤を内面に抱え、自己否定の末に行き場を失い、
最後に辿りついた過激思想に刺激され犯罪に走り、殺害されたのなら、
この事件は、世界にとってどれほど痛ましく、癒しがたい裂傷だろうか。

事件を受けて、アメリカでは銃規制に関する議論が高まっているが、
銃の惨劇に、「つくづく日本に生まれたよかった」と感じるのは、
たしかに素直な気持かもしれない。だが、現実にはどうなのか。

ある男が犯罪と社会ついて、得意そうに喋っていた。
(銃の)引き金を引いても、タマが入っていなければ、人は死なない。
大切なのは、銃を奪うことではなく、タマを抜くことだと。
彼はいったい、何が言いたかったのか? 

実際に人を殺しさえしなければ、相手が死んだりさえしなければ、
殺意を抱くことや、殺しの真似ごとくらいは、なんの問題もない。
もし誰か死んだとしても、悪いのは、銃を発砲した犯人だけではなく、
弾の入った銃でもあるのだから、そんな危険物が放置されているのを
知っていたのに対応もせず、身を守るのを怠った側にも落ち度がある。

つまり最大の社会的寛容に伴う、自己責任の貫徹を説いているのだ。
このネオリベラルで、野蛮なシステムから、逃れられる人間はいない。

銃規制は、実際の犯罪抑止には、もっとも有効な手段のひとつだろう。
だが、本当の問題は銃ではない。殺意と憎悪、差別と孤絶なのだ。
日本に関していえば、銃のない社会でよかったあと安堵するのは、
イスラム教徒がいなくて、LGBTもいなくてよかったと思うのと、
たとえ無意識であろうと通底する、排除の感覚である。

その通りで、この事件に関して、イスラム教徒もLGBTも、
日常から最も遠い存在で済んでいる日本人の言説は、
かなり歯切れが悪く、トンチンカンなものが多かった。

たとえばリベラルな人たちが、銃撃事件の直接の被害者である、
LGBTの人々よりも、イスラム教徒に向けられる差別や偏見に、
ことさらに気を遣うってしまう、特有の心理とはなにか?
人権尊重、差別反対の「普遍的価値観」ゆえにか、
イスラモフォビアの裏返しか、過激思想への共鳴か、
それとも、欧米への歪んだルサンチマンのせいだろうか?

あるいは昨年、パリのテロの時には、
イラクやシリアでの連日の空爆、他の地域のテロの死者などは、
少しも報道もされていないと不満を鳴らし、欧米ばかり重要視する
この「非対称性」はなんだと、激高していた人々はどこへいったのか。

オーランド事件では、初期の関心の中心だったISのテロやイスラムが、
どうやらキーワードでも、直接の原因でもないらしいと見られた途端、
潮が引くように背を向けて、それ以上の言及をやめて沈黙スルーし、
何事もなかったかのように、すんなりと日常に戻っていったが、
それこそ非対称どころではない、公然たる「差別」というものだろう。

だがそれが、一方ではいま、
憲法を守れと最前線で声を挙げる人々にも重なるという事実。
それを、どう考えればいいのだろうか?

ネットで知り合った、何人かのLGBTの知人たちが、
蚊の鳴くような低い声で、死者への追慕をつぶやいていた。
人知れず、殺害の衝撃と無関心の重圧に耐えていた。
だがこの人たちは、その多くがいまだ見えない存在なのだ。

オーランドの銃の悲劇は、一般メディアが撒き散らした
「やっぱイスラムこわ~」「殺されたのホモだって」という、
曖昧で雑駁な偏見を、日本人の脳にさらに刷りこんだだけで
すでに誰からも、忘れさられてしまった様子だ。
(それどころではない。参院選のほうが大事なのだ)

だが本当に、LGBTの人々も、イスラム教徒も、
わたしたちの身近にはいないのか。
ほんとうは、見たくないだけではないのか。

差別を受ける者は、無力な被害者である限り、充分に同情される。
だがいったん、みずからの権利と尊厳のために声を挙げると、
それまでの味方から、手の平を返したように、叩きのめされる。

それでも想像してみてほしい。
もし子どもたちが将来、イスラム教徒を生涯の伴侶に選んだり、、
LGBTのいずれかであることを、家族に告げたとしたら・・・

その時わたしたちは、かれらを頭から否定し、追い出すのか、
説教したり、泣いたり脅したり、絶縁すると喚いて、やめさせるのか、
それとも見て見ぬふりをしながら、しぶしぶ共に生きるのか・・・
いずれ、ひとりひとりが問われる日がくるだろう。

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別窓 | poems
宿命
2016-06-02 Thu 18:04

『あの破壊は他からの暴力だろうか』


わたしらの夜をついに鋳つぶしにきたのか。
むじひに罰しに。
くされた球茎に気づかぬわたしらを、
矯めなおしにきたというのか。
あほうどもの腸でこしらえた弦の音に
いつまでも踊らされるわたしらの性根を、
やっぱり叩きなおしにきたのか。
そう言いたくなるのもわからんではないけれど、
真相はこうなのだ。

宇宙がちょっと身じろぎ、
はずみで
聖人堀緑地のいけがきの
真っ赤に熟した
ヒマラヤトキワザンザシの実がひとつ、
落ちてころげて、
海にぽちゃんと入り、
かすかな漣をつくっただけの話だ。
じつに無ほどに小さな漣を。

真っ赤な
ヒマラヤトキワサンザシの実は
わたしのなかに熟し、
ある日、ひと粒が、
ゆくりなく宇宙の海に落果した。
おのずからの暴力。
かすかなその漣で世界が絶えることもあること。

とりかえしのつかぬ罪は
それらをこばむ無知。
宇宙の海はわたしのからだのなかに、
うねりただよう。
あがなえぬ海。
かすかなその漣で世界が絶えることもあることを。

とりかえしのつかぬ罪は、
語りとどかぬ、予感しない言葉。
それが盤古をあやめる大罪となった。


*   *   *   *   *   *


『死者たちにことばをあてがえ』


わたしの死者ひとりびとりの肺に、
ことなる それだけの歌をあてがえ
死者の唇ひとつひとつに
他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬え
砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
夜ふけの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ
浜菊はまだ咲くな
畦唐菜(アゼトウナ)はまだ悼むな
わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけのふさわしいことばが
あてがわれるまで

(どちらも辺見庸、詩集『眼の海』より) 



*   *   *   *   *   *


天変地異のときは、わずかな間だ。
だが宇宙の、一瞬の身じろぎを前に、
人のいとなみは、あまりにも脆かった。

<今日>という日は、そのあとはもう、
どこを探しても見つからず、ただ「数字」が記され、
「あの日」と呼ばれ、身体に記憶を遺伝させる。

地が裂けて、海が押し寄せるのは、
たしかに、宇宙的なできごとだが、
天罰というのは、そのことではあるまい。

それよりもたちの悪い、「無知」の結果は、
神の怒りとは異なり、あまりに理不尽で残酷だ。
重荷を担わされるのは、悪人たちではなく、
罪なき子どもたちなのだから。

人の心は、意識するよりはるかに広くて深い、
茫洋深沈とした、知られざる海だ。
水面は、陽光できらめいていても、
底なしの淵には、闇の流れが横たわる。

「真実は、もっとも抑圧された場所に宿る」ように。

海溝の奥には、ヒマラヤトキワサンザシの、
赤い実を追いかけて、海の底まで飛び込んだあげく、
億劫の時間を、プレートの歪みに引き裂かれながら、
身もだえしつづけるほかない、あなたの恐怖がある。

春の野辺には、生暖かい雨に打たれながら、
眼前に横たわり、ますます凍えてゆく瓦礫にうもれた、
死者たちの前で、なすすべもない、あなたの悲嘆がある。

真実は、だれの目にも、すすんで映ろうとはせず、
だれからも聞いたことのない、あなただけの、
形骸でない、推敲もしない、低いつぶやきに身をひそめる。

すこやかでとうとい、
いつわりなき愛の炎に融かされた涙を、
なにかに遠慮して、恥じたり、隠したりするならば、
大地があきらめずに語り続ける、明日のための警告も、
しつこく悩ましい、耳鳴りのようでしかないだろう。

慰めるように甚振る、巨大な機構の酷薄にたじろぐ人は、
気持のいい麻酔に、さっと手をのばすのがつねだ。

今日も明日も、風塵に膚を刻まれながら、哭きやまぬのは、
それこそ、さまよえる<言霊>に憑依されて、
とうとう気が触れてしまった人だけで、じゅうぶんなのだ。



別窓 | candles
被災された方々へ…
2016-04-29 Fri 19:37

よく訪問させていただく、ブログの管理人さんが
facebookを通してご紹介されていた、貴重な情報です。

そのまま転載させていただきます。

お目に留めてくださった方の、なにかのお役に立てば幸いです。


(以下、愛希穂さま『きっと誰かに愛されている』より、内容転載)


かなり重要な情報です。
熊本大分に知り合いがいらっしゃる方、是非教えてあげて下さい。
そして避難所で口づてに広めて貰って下さい

って言うより、
コレは日本全国民が知っておくべき事。
役所が自ら教えてくれる事はほぼ無い

関東での小規模事業の経営している知人から送られて来ました、
東北大震災の経験を踏まえての参考事例です。

熊本に関して「知っておくと良い」と思われる情報を頂きました。
そのまま原文を掲載させていただきます。

よろしくお願い致します。
拡散もお願い致します!




******以下原文掲載******



九州地区の行政がどう対応するかは、
まだ把握できていないのですが緊急を要するものもございますので、
情報共有を優先させて頂きました。

以下、緊急のものから順を追って記載させて頂きます。

(1)罹災(りさい)証明
  店舗、家、地震により被害を受けたもの
  全てを写真に残してください。   
  後に行政の方が全壊、半壊等の診断をしにいらっしゃいます。

  それまで時間がかかるため、片付け後や復旧後に診断されてしまうと
  全壊と判断されるべきものも半壊と判断される恐れがございます。

◆後に行政から『罹災証明書』と言う“被害があった証明書”が
 発行されるのですが、この診断を元に発行される証明書なので、
 その後の助成金や税金免除等 全てのことに大きく関わります。

(2)返済を止める
  銀行、公庫等で、返済の一時停止手続きをしてください。
  天災なので、半年~1年程、
  返済を一時停止できる可能性が高いそうです。

  後に混み合い、混乱する可能性があります。
  お早めの手続きをお勧め致します。

◆東日本大震災時、これをせずに、
 収入がない中支払いだけが続き
 資金繰りに苦しんだ方がたくさんいらっしゃいます。

(3)家賃交渉
  管理会社によっては、
  家賃の支払いを一時停止してくださる場合もあります。
  半月~2ヶ月分程、止めて頂いたと言う事例もあります。

◆営業を再開するまで、或いは保証金からの支払い等で
 対応して頂いた方もいらっしゃいますので、
 ダメ元でも交渉する価値はあるかと思います。
 後々の為、少しでも現金を残せるよう動いて頂ければと思います。

(4)復旧事業費補助金
  復旧に必要な修繕費等の補助もしてくれる制度です。
  熊本でも、後にこのような補助金制度が
  設けられる可能性が高いかと思います。

  東日本大震災時は、
  雇用している従業員給与の6割程が支給されました。

◆申請すればすぐ降りる場合が多いので、
 是非ご活用頂ければと思います。

(5)事業復興型雇用創出助成金
  支援の対象となった県内の事務所において
  新被災求職者(再雇用者を含む。)を雇い入れた場合に 、
  賃金等に係る経費の一部を3年間にわたって助成することにより
  被災事業所等の復興と被災求職者の雇用機会の創出を図るものです。

◆補助金同様、熊本でも
 後にこういった助成金制度が設けられる可能性があると思います。

(6)生活・住居について
  東北では震災時、罹災証明書があることによって
  (医療費・税金・助成金・高速代・保険)等
  多くの優遇や免除がありました。

  住居に関しては、状況が落ち着くと共に
  保険会社等が動き始めますので
  必ず『罹災証明書』を取得して頂いた方が活用できるかと思います。
  (賃貸アパート等も同様)

  上記は、東日本大震災での事例であり、
  今後行政がどの様に対応できるのかは
  不確かではありますが 準備しておいて損は無いかと思います。

  東北ではこれらの制度を知らずに
  或いは知るのが遅く苦労した方もたくさんいらっしゃいました。

  先は長いですが、一つずつ「出来る事」から。
  と思われる情報を頂きました。



(以上です)



最初の地震から2週間が経ちましたが、
まだまだ余震は治まる気配をみせず、
本日もまた、大分(由布市で震度5強)の強い地震があり、
ご不安な方も、大勢おられることかと思います。

ご家族を失われた方々、ご家族の行方がまだ分からない方々、
家屋を失なわれた方々、避難所で生活をされている方々に、
心よりお悔みと、お見舞いを申し上げます。

ひまわりの種を、たくさん買ってきました。
今年は、家の花壇にも畑の畝にも播いて育てます。
真夏の太陽に向かって咲く、輝くような光景が、
少しでも、希望と慰めに繋がってくれますように…

かげがえのない、尊いいのちに、祈りを込めて…。

地球みたい
NGC 7635: The Bubble Nebula






Image Credit: NASA, ESA, Hubble Heritage Team (STScI / AURA)



別窓 | お知らせ
いま選ぶべきは、どちらだろうか?
2016-04-24 Sun 15:41

別窓 | candles
目を覚まして、未来をあきらめないこと
2016-04-04 Mon 16:25

別窓 | impressions
May the Force be with you!
2016-02-03 Wed 22:51

さて、どうする?
Lukeが、Yodaになってもついてゆくのかい??
なんだか、悩ましいことになってしまったなあ。
でも、素直になればいい。また会えて、とても嬉しかったと。
この時代を、いまも彼らと、銀河の神話のなかで生きているならば。

気恥ずかしいのは、10歳の子どもに戻ること。それから流れた月日。
夢多き若い日々は過ぎてしまったけれど、Star Warsはもうひとつの人生。
Astronautにはなれなくても、Jedi Knightは、永遠の目標なのだから。

もし自分の祖父が、かの存在だとしたら、どんな気分になるかな。
Darth Vaderとは、われわれにもっとも近しい、神話の巨人だ。





あの空の星から星へ、超光速の翼で、天翔けてゆけるとしたら・・・
そこでは人間種族など、多種多様な生命体の、ほんの一部に過ぎず、
地球人なら「神」と呼ぶ力も、異なる方法と理解によって信仰されている。

なにごとも、はじまりはひとつの出会いからだ。
人が、運命に招かれるとき、不思議な縁は必然でもある。
準備がととのったある日、みしらぬ風が窓格子を掃う。


Anakin  「星がいっぱいだ。あの周りに惑星がまわってるの?」
Qui-Gon  「たいていはな」
Anakin    「ぜんぶ見てきた人いる?」
Qui-Gon  「いないだろう」
Anakin   「ぼくが、最初の人になりたいなあ」



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世界は、謎と不安に満ちている。生命とは、驚くべきものだ。
限りなく美しく、一転しておぞましく、恵みでもあり災いでもある。
慕わしいのに、よそよそしく、抱き寄せもすれば、震え上がらせもする。
人の心にたえず語りかけ、するどい疑問を投げて、真実への探求をうながす。

そこには、目に見えるものだけが、実在するのではない。
隠されたものが数多あり、心の眼が開かれるのを待っている。
欲という束縛のない子どもの本能は、その声を聴き取る。
すべての生命に宿る、至高の宝をつかむための、冒険に旅立つために。

とおいむかし、その大それた望みや、魅惑の対象がなんであれ、
おそれも疑いもなく、あふれる夢と好奇心を、澄んだ瞳で語った、
純真な子どもだったころが、だれにでもあったはずだ。

子どもたちは故郷を飛び出して、思い切り自分を試したいと望んでいる。
宇宙のどんな生命とも、分け隔てなく、愛し合えると信じている。
世の不幸な人々と、ともに苦しみ、みんなの力になりたいと願っている。
不運なのは、出会ったどの大人も、Master Jediではなかったことだな。

人間の最大の不幸は、自分がなにものかを、知らないまま生きることだ。
神から託された貨幣に不満を抱き、いつしか腐らせてしまうことだ。

いくつもの機会が、素っ気なく通り過ぎていったのは、なぜだろう?
涙をふいて、追い続けた夢を手放したのは、いつだったろう?
諦めることを、大人になった証拠だと、開き直ってしまったのは?
自分ではない自分を生きる軛を、すすんで受け入れてしまったのは?

どんな重圧が、命令と拘束が、打算が、そうさせてしまったのか。
力の及ばぬ物事までも、すべてあなたの責任だと、だれが呟いた?
ささやかな取り引きで得た、幸福と笑顔は、どんなにか不安だろう。

闇に迷ふよりも、光に盲いてから、どれくらい経つだろうか?
小さな花、ひとひらの雪にも、心痛めずにはいられなかった、
素直な日々に、ふたたび、まみえることはないのだろうか?
いまではもう、聴こえないのかい? 

風の夜に、樹の葉を掠める星雫のような、未知からの潮騒は。
ある日、砂漠を越えてきた旅人が、扉を叩く懐かしい音は。

砂を噛むような日々にも、星と霜の畑を鍬鋤で耕しながら、
子どものように信じて、待ちつづけた心に、ふたたび種が播かれる。
季節の実が熟すように、ふさわしい時に、ふさわしい交わりが、
黄昏のあとに、聖なる闇が降るように、運命の炎が、孤独な魂を包む。

歳月を焦がし、険しい山に連れ出すのは、力ある者の優しい計らいだ。
どんないのちも、嵐なき安逸のなかでは、たちまち窒息するだろう。

未来が曇っているなら、あなたの意思で、昼と夜に分け隔てればいい。
世界が混沌としているなら、あなたの力で、破壊と創造をもたらせばいい。

人生の、最も創造的で困難なテーマとは、
束の間の肉の宿りから、万有の生命に戻ってゆくその日まで、
何度でも大胆に、危険な尾根を踏破して、本来あるべき自己を、
いくつもの顔をもつ神と、英雄たちの似姿として、
あらゆる体験をなしとげながら、どんな瞬間にも、
真のあなた自身を、みずから選び取ってゆくことなのだから。

Always remember, your focus determines your reality.

熱くもなく冷たくもなく、光でも闇でもないものは、
神の口から、吐き出される。

Emotion, yet peace
Ignorance, yet knowledge.
Passion, yet serenity.
Chaos, yet harmony.
Death, yet the Force


生涯を通して、あらゆる学びと知識と経験と、
自他をも隔てず、時空をも超えた無意識によって、
さらに終わりなき、とこしえの「道」として…

May the Force be with you!


m31_galex_convert_20160211235757.jpg
The Andromeda Galaxy from GALEX
Credit: GALEX team, Caltech, NASA



RedSquare.jpg
MWC 922: The Red Square Nebula
Image Credit & Copyright:
Peter Tuthill (Sydney U.) & James Lloyd (Cornell)





  

別窓 | celestial image
昏庸無道
2015-12-31 Thu 01:40

別窓 | candles
神の仮面 自由の偶像 人の血
2015-11-25 Wed 01:59

別窓 | 未分類
『美しい国』
2015-10-13 Tue 01:32

ながいながいいくさが、負け戦に終わったあと、
星まみれの故郷にもどって、農業をはじめたひとりの女詩人が、
『美しい国』への理想を、声も高らかに歌いあげました。

どうか人々の心に、この詩が届きますように。


美しい国


はばかることなくよい思念(おもい)を、
私らは語ってよいのですって。
美しいものを美しいと、
私らはほめてよいのですって。
失ったものへの悲しみを、
心のままに涙に流してよいのですって。

敵とよぶものはなくなりました。
醜(しゅう)とよんだものも友でした。
私らは語りましょう語りましょう、手をとりあって
そして、よい事で心をみたしましょう。

ああ長い長い凍えでした。
涙も外には出ませんでした。
心をだんだん暖めましょう。
夕ぐれて星が一つずつみつかるように、
感謝と云う言葉さえ
いまやっとみつけました。

私をすなおにするために、
あなたのやさしいほほえみが要り、
あなたのためには私のが。

ああ夜ふけて、空がだんだんにぎやかになるように、
瞳はしずかにかがやきあいましょう。
よい想いで空をみたしましょう。
心のうちにきらめく星座をもちましょう。



永瀬清子(1906~1995) 
詩集「美しい国」<1947~1948>より


warutsu.jpg
NASA; ESA; HUBBLE HERITAGE TEAM, STSCI/AURA



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戦争法成立
2015-10-06 Tue 23:37

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別窓 | 未分類
右傾した地軸
2015-08-30 Sun 12:03

別窓 | impressions
あらしの夜
2015-07-17 Fri 02:11

まことに心騒ぐ夜。
いまここは、暴風圏のただなか。
世の中も、人の心も、海も陸も、どよめくのみ。

だが、月の消えた大潮の夜にも、
嵐に向かって、香り高い、大輪の花がひらく。
軒の柱では、羽化したばかりの小さなセミが、朝を待つ。

どれもみな、気高く、力強く、真っ当に生きる姿ではないか。

わたしはこのような心の姿勢で、いまの危機的状況に向き合いたい。


※ 「戦争法案」、衆院で強硬採決。


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時空を超える記憶
2015-07-09 Thu 18:09

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宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を読む②
2015-05-30 Sat 18:09

“ほんとうのさいわい”とは、なんでしょうか?

(燈台守)
なにが幸せかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでも、それがただしいみちを
進む中でのできごとなら、峠の上り下りも、
みんなほんとうの幸福に近づく、一あしずつですから。


(青年)
ああそうです。ただいちばんのさいわいにいたるために、
いろいろのかなしみも、みんなおぼしめしです。


「銀河鉄道」は、それに答えてくれません。
求めつづければ、いつかかならず、得ることができるのだとも、
どこかに幸せの国があって、いつか、みんな一緒にいつまでも、
尽きない喜びを、分かち合えるのだとも、言ってはくれません。

ジョバンニは、親友のカムパネルラとともに、銀河鉄道で、
いつまでもどこまでも、楽しい旅を続けたかったのに、
その大きな希望を、胸一杯抱いた瞬間、カムパネルラは消え去り、
ジョバンニは、友の死という深刻な事実に、直面させられます。

宮沢賢治が、『銀河鉄道の夜』に描いた世界は、
「本来書き得ないこと」「人が書いてはならないこと」としての、
死後の世界です。そのため、子どもの読む童話にしては、
難しすぎるかもしれませんが、あえて、死の影の照射によってのみ、
通常の、人それぞれの「幸せ」と、「ほんとうのさいわい」との、
明と暗が、突然くっきりと、浮かび上がってくるのです。

「死人に口なし」というように、死者ほど蔑ろにされ、
都合よく利用され、手前勝手に扱われる存在もないでしょう。
むごい扱いで死なせた性奴隷は、人として葬れば祟るので、
畜生のように棄てたとか、赤紙一枚で戦場に送り、無残に人を殺させたり、
戦死や餓死させた兵士らを、神に祭って顕彰するとか、やりたい放題です。
それらはそのまま、生が弄ばれ、命が軽んじられる、現実の反映です。

人は死者の想いなど、気にもしなければ、考えようともしません。
安らかに眠ってほしい、成仏してほしい、天国で幸せになってほしい、
いつも見守ってほしいと、いつまでも、あなたを忘れませんなどなど、
形式的な供養や鎮魂、慰霊や追悼を、さかんに繰り返すのですが、
冥福を祈るのは、生きた人間を大事にするより、ずっと楽なことです。

だが、ほんとうにそれでいいのか?
しかし『銀河鉄道の夜』は、まさにそれを問うているのです。

本来、人が書き得ないとされる、「死後の世界」を設定してまで、
宮沢賢治が、死者の実存という問題に、正面から取り組んだのは、
はたして、死んだ後にあるとされる、天国や極楽などの浄福は、
現世での理不尽な、残酷な、悲惨な生と死を、贖えるものなのか・・・・
死者は、生者の偽善や不実に、どんな思いで堪えているのか・・・
だれもが怖れ、諦め、目をつむり、逃げてしまう、究極の問題を、
誤魔化しておく欺瞞に、堪えられなかったからではないでしょうか?

難破船の犠牲者の、姉と弟には、ふたりの家庭教師である
大学生の青年が、影のように付き添っていますが、
このなかで、もっとも人間味が薄いのは、この家庭教師です。
多少の学問があるからでしょうか、悟りすました、上から目線で、
言葉少なに生を愛惜する姉や、死んだことを悔しがる弟の気持が、
分かるようで分からぬまま、二人を慰めながら、傷つけています。

「・・・・・早くいって、おっかさんに、お目にかかりましょうね」
「うん、だけど僕、船に乗らなけぁよかったなあ」
「ええ、けれど、ごらんなさい。そら、どうです、あの立派な川、ね、
あすこはあの夏中、ツインクル、ツインクル、リトルスターをうたって
やすむとき、いつも窓からぼんやり、白くみえていたでしょう。
 あすこですよ。 ね、きれいでしょう。あんなに光っています」


青年は、どんな事態にも冷静に対応できる、楽観思考の人でしょう。
この世での、「いろいろのかなしみ」の原因や解決などは、どうでもよく、
神さまに召される喜びのために、他のすべてに盲目になっています。

流れ星は、天国へ向かう魂・・・
その多さに耐えられなくなり、思わず目を伏せました。


4年前の大震災の夜、被災地の夜空を見上げた、ある方の想いです。
為すすべもなく、家族や友人を、波に浚われた方も多かったでしょう。
その凄惨な夜に、きれいな流れ星を、うっとりみつめながら、
「たくさん死んだけれど、みんな天国へ行けて良かったね」などと、
うそぶけるものでしょうか。「思わず目を伏せ」るはずです。

沈没する船の上で、ふと、無理をして子どもたちを助けるよりは、
このまま死んだほうが、幸福ではないかなどと、前向きに考える青年に、
決定的に欠けているのが、人としての、正直な痛みの表出です。
彼も本当は、辛くてやりきれないのに、無理に笑顔でふるまうのは、
その関心が、天国への入国と、子どもたちの教導でしかないからです。

これに対して、カムパネルラ少年の、謎めいた苦悩と行為は、
あえて言挙げをしないままに、静かな対照をなしています。

カムパネルラは、ジョバンニの友達ですが、気弱なところがあり、
ジョバンニが虐められていても、心では寄り添いながら、
助けてやることができずに、胸を痛める、陰のある少年です。

サウザンクロスの駅で、「銀河鉄道」の乗客はほとんど降りて、
天上に向かいましたが、死者であるはずのカムパネルラは、
なぜかそうはしないで、「銀河鉄道」に乗ったままです。

そのカムパネルラが、突然、ジョバンニの傍をはなれて、
飛び込んでいったのは、ジョバンニが大きな恐怖を覚えた、
天の川に、どぼんと空いた「まっくらな孔」、「石炭袋」でした。

南十字座(サウザンクロス)の近くに、黒々とした影を広げる
「石炭袋」(コールサック)は、肉眼でも見える暗黒星雲です。
宮沢賢治の時代には、天文学的にも、その正体が分かっておらず、
どちらとも日本からは、見えない天体なのですが、宮沢賢治は、
この「石炭袋」を、「銀河鉄道」と、地上を含めた多次元宇宙とを結ぶ、
深遠で、不気味な、謎めいた通路として、象徴的に用いています。

「あ、あすこ、石炭袋だよ。そらの孔だよ」。
カムパネルラが少しそっちを裂けるようにしながら、
天の川のひととこを指しました。
ジョバンニはそっちを見て、まるでぎくっとしてしまいました。
天の川のひととこに、大きなまっくらな孔が、
どぼんとあいているのです。その底がどれほど深いか、
その奥になにがあるか、いくら眼をこすってのぞいても
なんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。


二人を襲った、無明の虚空への、底知れない謎と恐怖とは、
人がそれと向き合い、見つめるのを、つねに避けてきたもの。
悩みも憂いもきれいに忘れて、まったり過したいと願いながら、
人としてそれでいいのかと、心に問わずにはいられないものです。

「石炭袋」とは、煌びやかな天上に去っていった、悲しい姉弟との、
別れ際の涙、隠せない葛藤、あふれる無念さ、限りない疑問の、
非情なる実体化であって、銀河の光芒さえ、無残に消してしまう
無限の闇が、しんしんと詰まった、天上とは反対の世界です。

「石炭袋」に飛び込んだカムパネルラは、どこに行ったのかという、
最大の謎には、さまざまな説があるようですが、わたしは、
カムパネルラは、惨苦に満ちた世界に、もういちど生まれるために、
ふたたび母親の胎内に、回帰していったのだと思います。

唐突なようですが、庶民に最も親しみのある、お地蔵様は、
サンスクリット語では、“クシティガルバ”とよばれ、
クシティは「大地」、ガルバは「子宮」「胎内」の、意味だそうです。

お地蔵様は、衆生に手を差し伸べながら、地獄が空っぽになるまで、
自身も成仏せず、西方浄土には行かないと、誓った菩薩ですが、
その大元にある、地獄にさえ赴いてゆく、大悲こそが、賢治のいう、
『世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はあり得ない』
という、自我を超え、生ける者すべてを包み込む、真心だと思います。

「石炭袋」の方角に、ジョバンニにはどうしても見えなかった、
きれいな野原や、母親の姿が、カムパネルラにだけは見えたのは、
二人を本来の、生者と死者とに分かつ、決定的な瞬間であり、
「個人の幸福」と「世界全体の幸福」とを峻別する、シグナルでした。

ジョバンニが、このままずっと、大好きな友達といつまでも
楽しい旅をしたいと願うのは、単純な「個人の幸福」でしたが、
その大切な友達のジョバンニではなく、彼を学校いじめていた、
首謀者の少年を助けることで、命を失ったカムパネルラは、
人に条件をつけて、分け隔てるのを拒む、差別なき想いをもって、
「世界全体の幸福」への願いを、黙って実践しました。

ジョバンニにとっては、理解に苦しむ、つらい別れです。
もう彼には、心を通わせる友もなく、冷たい世の中に残されて、
貧しさやいじめに、たったひとりで、立ち向かうほかありません。
「強く生きてほしい」「ほんとうの幸せを見つけてほしい」と願う、
読者の安易な期待をよそに、ジョバンニがその後の人生を、
どんなふうに生きたのかは、だれにも分かりません。

もしかすると、一生かかってもついに、カムパネルラの死の意味や、
“ほんとうのさいわい”を、理解することができなかったのならば、
『銀河鉄道の夜』は、生者と死者の、絶望的な隔絶の物語になります。

地上ではいまも、どれだけ多くの老若男女が、どれほど理不尽な、
悲惨な、残酷な人生を送りながら、どんな思いで死んでゆくのか・・・
その人たちは、天国に到着さえすれば、苦しみから解放されるのか?

だとしたら、天国なる所では、どんな安らぎや喜びが、得られるのか?
地上が核の炎に包まれても、別に気にしないで、安穏と過せるのか?
神さまには、苦悶も悲嘆も憤怒も、憂愁も懊悩も、ないのでしょうか?、

私が、「わたし」として認識している自我とは、実体なき「空」です。
どんなに自分を探しても、自分の内面に、自分は存在していません。
自我とは、他とのあらゆる関わりを通してのみ、確認できるものだからです。
宇宙の万物は、支え支えられることで、成り立っているのであり、
自分一人で、好きなように存在しているものは、ひとつもありません。

そして、それを実感するのは、難しいことではないのです。
人が、喜怒哀楽を感じるのは、他と繋がっているからです。
世界に無関心な者は、本当の喜びも怒りも憂いも安らぎも、知りません。
その属する社会や歴史を離れて、存在できる人間はいないからです。

それを忘れて、自己とその拡張である、身近な愛する人達のために、
物心ともに充足を求めるのが、「個人の幸福」だと言えるでしょう。
そのためには、自分の命さえ、惜しみなく投げ出したり、
国家や会社のために、滅私奉公に励むのも、自我追求の発露です。

これに対して、地上のどこかに、ただひとりでも、飢えた人、
仕事を奪われた人、差別される人、戦争で死ぬ人がいるならば、
こみあげる涙と怒りに、身を震わせ、心臓を抉られるような
“copassion”によって行動を起こし、共闘の汗を流し続けることで、
はじめて思いを致すことができるのが、「世界全体の幸福」です。

「わたしこそが世界」という、みすぼらしい個人感覚と、
「世界こそがわたし」という、正しい自我認識の違いです。

人が世界と繋がるには、ちっぽけな自我の殻をどうしても
破らなければならず、それには葛藤や激痛が伴います。
そして、お釈迦さまの言葉にもあるとおり、人生や世界とは、
つねに、あらゆる「苦」に満ちあふれた、無常なものなのです。

もし甘美な、法悦の境地で、「宇宙と繋がる」と言っているなら、
その「宇宙」とは、そうあってほしいと願う、欲望の投影にすぎない
実体のない、脳内の、美しい虚構であると、言わなければなりません。

ジョバンニが、一緒に旅を続けたいと願った、カムパネルラもまた、
ジョバンニ自身が、こうありたいと憧れる 理想の投影に過ぎず、
彼はカムパネルラ自身の、痛切な孤独や覚悟を、理解していません。

「僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまわない」
「あんな大きな暗の中だってこわくない」などと、物騒なことを、
軽々しく叫ぶジョバンニは、子どもらしい、無鉄砲な勇ましさで、
みずからの境遇と悩みに、いつのまにか自惚れています。

銀河の旅を続ける、ふたりの間には少しずつ、
乗り越えられない、深淵が広がってゆき、別れは必然でした。

いつの時代でも、宇宙との交感や、神との合一、
大自然との調和を、魅力的に語る向きがあるものです。
しかし私はそんなものよりも、中国や韓国の人々と、
生傷を癒しながら、理解しあうことのほうが、なにより大切ですし、
そんなことはできない、したくもないというのであれば、
では、そんなに偏狭で利己的な、神や宇宙が、一体どこにあるのか?
私も、ジョバンニたちのように、まじめに尋ねてみたいです。

「そんな神さま、うその神さまだい」
「あなたの神さま、うその神さまよ」
「そうじゃないよ」
「あなたの神さまってどんな神さまですか」
 青年は笑いながら云いました。
「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、
 ほんとうのたった一人の神さまです」
「ほんとうの神さまは、もちろんたった一人です」
「ああそんなんでなしに、たったひとりの
 ほんとうのほんとうの神さまです」


ジョバンニの、素直なもどかしさは、たぶん、
だれもがまじめに、心の奥底では感じて、傷ついている、
「個人の幸福」と「世界全体の幸福」との、乖離かもしれません。
「ほんとう」ではない、贋物にあふれた、この世のなかで。

ジョバンニは、同級生のカムパネルラには、もう会えませんが、
カムパネルラが、万有のなかに甦って、いつでも、どこにもいて、
誰彼と共に、汗と涙を流しているのを、いつか理解できるでしょうか?
そのときジョバンニも、今度こそ自分を破って、他者との共苦を選ぶなら、
ふたりは初めて、理想に向かって、ともに旅を続けることができるでしょう。

なぜなら、“ほんとうのさいわい”とは、
終わりなき旅の、辛苦に満ちた道程において、
永遠の問いとしてのみ、存在しうるものだからです。

宮沢賢治の残した、比類なき美しい童話は、
無償の愛や自己犠牲の称揚、彼岸への憧れではありません。

もしかすると、私たちもまた、カムパネルラのように、
天上には行かずに、暗黒の「石炭袋」に飛び込んで、
ふたたびこの世に生まれて、「ひとつぶの麦」となることを望んだ、
苦悩する魂ではなかったかと、思い出させてくれるのです。



別窓 | impressions
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を読む①
2015-05-28 Thu 12:04

ひとつぶの涙

この地上に ひとりでも飢えている人がいる限り
わたしたちの食事は どこか楽しくはないでしょう
この地上に ひとりでも失業している人がいる限り
わたしたちの労働は どこか気が重いことでしょう

ひとつぶの麦を ひとつぶの汗を、
ひとつぶの怒りを ひとつぶの涙を

この地上に ひとりでも差別されている人がいる限り
わたしたちの遊びは どこか楽しくないでしょう
この地上に ひとりでも戦争で死ぬ人がいる限り
わたしたちの生活は どこか後ろめたいことでしょう

ひとつぶの麦を ひとつぶの汗を
ひとつぶの怒りを ひとつぶの涙を



『ひとつぶの涙』にたゆたいながら、ぼんやりと、
『世界がぜんたい幸福にならないうちは、
 個人の幸福はあり得ない』

という宮沢賢治の言葉を、思いうかべていました。

この歌の心が、まさに世界の痛みを、わが身に覚える、
"copassion"(共に受難を引き受けること)だったからです。
人はなぜ、ときに不幸に襲われ、理不尽に押しつぶされ、
さまざまな苦悩や悲嘆を免れず、絶望や罪障に苛まれるのか?

それはいまだに、世界全体が幸福ではないからです。

この世界のどこかに、不幸な人がひとりでもいる限り、
わたしたちも、幸福ではありえない、幸福にはなりえない。
人間とはそういうもの。そんなふうにできているからです。

そのことは、宮沢賢治のように、深い宗教心を抱きながらも、
内的世界に逃避・安住することなく、現実社会の改革に奔走し、
困難にぶつかりながら、志半ばで死んでいった人間には、
あまりにも自明のことだったと思われます。

「衆生病むを以ての故にわれ病む」(維摩居士)


『銀河鉄道の夜』には、“ほんとうのさいわい”を求める魂の、
息詰まる葛藤の涙が、きらめく静謐さをもって描かれています。


漁から戻らない父親と、病気の母親を持ち、寝る暇もなく働きながら、
学校ではいじめられ、工場でもからかわれる、貧しい少年ジョバンニと、
その友達で、金持ちの息子のカムパネルラは、「銀河鉄道」に乗り合わせて、
海難事故の犠牲者である、姉弟らと知り合い、天の川を旅します。

「わたしたちはもう、なんにも悲しいことはないのです。
 わたしたちはこんなにいいとこを旅して、 
 じきに神さまのところへ行きます。そこはもう
 ほんとうに明るくて、匂いがよくて、立派な人たちでいっぱいです」。


天国に向かうために、サウザンクロスの駅で、
姉と弟は、銀河鉄道を下車しなければなりません。
しかしそれを嫌がる弟は、思いあまって叫びます。

「天上へなんか行かなくたって、いいじゃないか。
僕たちここで、天上よりももっといいところを、
こさえなきゃいけないって、僕の先生が云ったよ」。
「だっておっ母さんも行っていらっしゃるし、それに神さまも仰るんだわ」
「そんな神さま、うその神さまだい」。


突然に命を断たれた、幼い子供です。
神さまと母親の待つ天国が、どんなにいい所であっても、
それでもやっぱり、もっともっと生きたかった。

しかも、生きて自分が為したかったのは、
あれがしたい、これも欲しい、どこへ行きたい、
なにが食べたい、だれが好き、どうなりたいという、
あふれんばかりの夢や、欲求の実現ではありません。

「僕たちここで、天上よりも
 もっといいところを、こさえなきゃいけない」。


生きている場所で、より高い理想の世界を、築いてゆくことだったのです。

それでも姉と弟は、否応なく神さまのもとに召されてゆき、
あとに残された、ジョバンニとカムパネルラには、
ひとつの深い問いが、投げかけられます。

ジョバンニは、ああと深く息をしました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、
 どこまでもどこまでも、一緒に行こう。
 僕はもう、あの蠍のように、ほんとうにみんなの幸のためならば、
 僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまわない」。
「うん、僕だってそうだ」。
カムパネルラの眼には、きれいな涙がうかんでいました。
「けれども、ほんとうのさいわいは、一体なんだろう」
ジョバンニが云いました。
「僕、わからない」。
カムパネルラが、ぼんやりと云いました。
「僕たち、しっかりやろうねえ」。
ジョバンニは胸いっぱいに、新しい力が湧くというように、
ふうと息をしながらいいました。


けれども、銀河に黒々と空いた闇の穴、「石炭袋」にさえ
自分は、すすんで飛び込んでゆけるのだろうか・・・
振り返ってみると、カムパネルラの姿がありません。

驚いて眼を覚ますと、ジョバンニは疲れ果て、
丘に寝転んだまま、夢を見て泣いてたのでした。
大急ぎで、母親の待つ家に向かいながら、
大人たちの慌しい様子で、子供が川に落ちたことを知ります。

それは、カムパネルラでした。
銀河のお祭りの夜、川流しの舟遊びで、
カムパネルラは、いじめっ子が川に転落したのを、
飛び込んで助けたのですが、自身は流されて死んだのでした。

みんなもじっと川を見ていました。
だれも一言も物をいう人もありませんでした。
ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。
魚をとるときの、アセチレンランプがたくさん
せわしく行ったり来たりして、黒い川の水は、
ちらちら小さな波をたてて、流れているのが見えるのでした。
下流のほうの川はばいっぱいに、銀河が大きく写って、
まるで水のない、そのままのそらのように見えました。
ジョバンニは、そのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしか
いないというような気がしてしかたなかったのです。



(つづきます)



別窓 | impressions
木花之佐久夜毘売(このはなのさくやひめ)
2015-04-10 Fri 10:28

さくら2

1さくら

6さくら

さくら3

月食

3夜桜

2夜桜

1夜桜



別窓 | flowers & blossoms
忘れえぬ星の夜 3.11
2015-03-13 Fri 00:42

ここ数日、真冬が戻ったかのような、寒さが続いた。
北の山から飛んできた雪の片が、風に舞い上がる。
夜には水道も凍り、花たちも力なく、萎れてしまった。
それでも陽差しだけは、すっかり春のものだ。

そんな3月の午後の、ある瞬間に、いきなり天地が崩れてしまう。
そしてそれは二度と、元の姿には決して戻らない。

裂ける大地、火を噴く山、牙を剥く海、天の洪水、白い魔物・・・・・
容赦しない自然災害は、避けることのできない、日本人の宿命だ。
この列島の、どこに住んでいようとも、いつか「その日」は訪れる。

3.11は、何よりもそのことを教えてくれた。
かならず、「それ」は来る。逃げも、隠れもできはしないのだと。
これからは、今日が来たように、明日も来るわけではないのだと。
原発が爆発したのに、大の大人が正気で、東京オリンピックですか?

4年間は、短かったと思う。そして、最悪の一途でもあった。
前を向けと言われても、いったいどちらが前なのか。
「復興」という言葉には、ただ、いかがわしさしか感じない。
国と東電の責任を問わずして、「復興」などありえるだろうか。
来年はさらにひどく、目に見えて、ますます悪くなっているだろう。

史上最悪の原発事故のあと、日本には、極右政権が誕生した。
この一言に、この国の不幸は、すべて言い尽くされている。
そして、「対テロ戦争」が宣言された。改憲など、黙って後からついて来い。
これに抗う者たちの、蟷螂の斧の、日に日になんと力なきことよ。


あまりに寒く、気が滅入るので、地元のプラネタリウムに行ってみた。
偶然にもそこでは、東北の人々の、星空に寄せた想いが語られていた。
これまでにも、さまざまに伝えられてきた、忘れえぬ星の夜。

あの夜、突然の大地震と大津波に襲われた、東北の被災地では、
大規模な停電のために、変わり果てた地上に、街明かりは点らず、
天災に打たれ、寒さに震えながら、夜を明かす人々の頭上には、
見たこともないほどの、深々とした星空が、輝きわたっていたという。

『地震で、宇宙にまでも、何かが起きたのかと思った』

そうだ。3.11は、宇宙的な出来事だったのだ。
小さな地球が、ちょっとクシャミしたような話ではない。
そんなふうに、いのちと地球を矮小にして、軽んじてはいけない。

たしかに星などは、夜にはいつでも空にあった。
けれども、地上の明るさに、みんな消されていただけだ。
生まれてはじめて、オリオン座をみつけた子どもたちもいた。

オリオン座はこの時季、夜7時ごろには、ほぼ真南の空高くに現れる。
その左下には、全天でもっとも明るい星、おおいぬ座のシリウスが輝き、
氷塊のような冬の銀河が、オリオンの肩をかすめて、駆け上がってゆく。
天頂には、ふたご座の1等星がふたつ並び、たぶん半月に近かった月は、
おうし座の、昴のかたわらにあって、やや西に傾いていたはずだ。

地上が明るくなければ、星屑などはどこにでも、無限に零れている。

何が何だか分からなくなるほど、黒い空間から、光が湧き出して、
とつぜん宇宙に投げ込まれたような、異様な気分にさせられてしまう。
浮遊感ではない。足の下は地面ではなく、地球なのだという驚き。
遠い過去からの、無数の光が、自分の皮膚に射して、青い影をつくり、
畏れのあまり鳥肌が立つ。いまにも触れられそうな、天体の近しさは、
なにかもう宇宙の、やわらかい皮膜なのだから。

そんな静寂な光の世界を、あの極限状態のなかで仰ぎ見た
被災された人々の想いは、どれほど深いものであったろうか。

地上は地獄みたいなのに、見上げると天には
星がまたたいていて、星だけは変わらないのかと思った。

バタバタしてずっと言うのを忘れていた。
あの夜、携帯の電波を探して外に出たとき、
とんでもない満天の星空が広がって、それを見た瞬間
「ああ、私は生きている!」って思ったんだよね。
それをすごく伝えたくて・・・・


こんな大変なときなのに、思わず星がきれい、と思った。
この気持があれば、生きてゆけるのかもしれない。


避難所でうずくまる母親の耳に、子供たちの歓声が聞こえてくる。
「星がとってもきれいだよ」。いっしょに外へ出て、宙を見上げる・・・
そこには、驚くほどたくさんの流れ星が、飛び交っていたという。

流れ星は、天国へ向かう魂・・・
その多さに耐えられなくなり、思わず目を伏せました。

こんな状況でも、美しいものを見つけられる、素敵な子供たちを、
なんとしても守っていかなくては・・・


多くの人々が、星の世界に、津波にのまれた死者たちの魂を思った。
激しい引き波にさらわれ、流木につかまって、海の沖を漂いながら、
最期に仰いだのが、この輝かしい天界の姿ならばと、亡き人々を思い遣った。

『夜空見て 孫星さがす じじとばば』

その朝には、元気な笑顔で家を出たであろう孫の姿を、
その夜には、星のあいだに探すことになろうとは・・・
老夫婦は今年も、街灯りの夜空に、星を望んだであろうか。

満天の星空を見た瞬間に、涙があふれて、
この子を守っていかなくちゃいけないと・・・


死者を悼む思いは、いま自分が「生きている」ことへの、戸惑いも引き起こす。
それが人を混乱させ、不必要な罪悪感に、苛まれることもあるだろう。
その時、かろうじて目に映り、手に触れるものの実感が、生の道しるべになる。
それが、はじめて見た宇宙の姿であり、傍にいる子供たちではなかったろうか。

たかが星には違いないが、あの生死を分けた冷たい夜が、
漆黒の闇に閉ざされた、暗夜ではなかったことに、意味がないとは思えない。

応援してくれる人への感謝を忘れず、精いっぱい生きてゆきます。
あの夜、真っ暗な空に輝いていた星たちのように、希望の星となるように。



※ここまでは、仙台天文台のプラネタリウム番組「星空とともに」と、 
 山陽新聞のエッセイ「宙を見上げていのちを想う」(高橋真理子)を、
 参照いたしました。記憶違いなどがあれば、どうかお許しください。


かみのけ座の銀河の集まり
Inside the Coma Cluster of Galaxies
Image Credit: NASA, ESA, Hubble Heritage (STScI/AURA);
Acknowledgment: D. Carter (LJMU) et al. and the Coma HST ACS Treasury Team


被災地に街灯りがもどったのは、いつ頃のことだろうか。
夜の荘厳は、ふたたび天高く遠ざかり、思い出となったのか。

震災の夜だけではない。あの夏は、首都圏でも計画節電が行われて、
夜景はいつもより暗かったという。その夜空に、北斗七星を見つけた都内の人は、
星がきれいな美星町のことを思い出し、岡山への移住を決意したという。

だからこそ、やはり言わなければならない。

放射能が降っています。静かな静かな夜です。

世界は誕生と滅亡の両方を、意味とは離反した天体の精神力で支えて、
やすやすと存在している。(和合亮一『詩の礫』より)


星を「希望の光」として、生きる力に変えた人だけではない。
光年や光速という、途方も無い言葉に、嫌気を感じてしまう人もいれば、
地の惨状をよそに、冷たく光る宇宙に、限りない無情を感じた人もいた。

その通りだと思う。よくある感動話では、すまされないのだ。
地上の夜が、光の洪水になったのは、たかがこの半世紀ばかりのこと。
人はいつでも、天の意と信じて、星の下で誇らしげに、蛮行を繰り返してきた。

夜が明けると、朝の光が、壊滅した街を無残に照らす。
その上に降り積もる、見えない放射能を、人はどうすることもできない。
ケッ、どの星からだって放射線くらい出てるんだよ。なにが怖いんだ。
学者の高説ならば、そのとおりだと信じて、安心するのか。
つねに学ぶ者、恐れずに疑う者、積極的に問いつづける者であれ。


わたしは気を紛らすために、スティーブン・ホーキングの、
『ホーキング、宇宙を語る』を読んだ。宇宙はどうやってできたのか、
時間は巻き戻しができるのか、というようなスケールの大きな問題に、
答えてくれる本だ。わたしはまだ11歳だというのに、
時間を巻き戻せるなら、巻き戻したいと思った。


夜が明けると、「血の広場」には、その夜のうちに殺された人々の
凄惨な遺体が、晒しものにされて置かれ、嫌でも衆人の目に触れる。
人の心は恐怖で凍りつき、互いに疑心暗鬼となり、だれもが沈黙した。
タリバンに逆らう者、反対の声を挙げる者たちは、容赦なく殺害された。

絶望の日々に、ホーキング博士の宇宙論を読んだ、ひとりの女の子の気持も、
震災の夜、人々が星に寄せた想いに、通低するものがあるように思えた。

神は、世界の始まりから一睡もしないで、すべての出来事を見つめておられる。
そして宇宙は「無明」ではなく、星明りによって、「縁起」に導いてくれる。

『イスラムの光塔から、真実の声が響くとき、
仏陀は微笑み、歴史の切れた鎖は、ふたたび繋がる』


人が、子供たちに未来を託するのは、軛に繋がれて抗えず、
自分では生きられなかった、よりよき明日を渇望するからだ。
これまでのような、当たり前に平和と安逸を貪る、怠惰な日々ではない。
いのちが暴力ではなく、愛によって生まれてくる、人と人との佳き関係だ。

いま、時間を巻き戻せるなら、どこまで戻ってゆくべきなのか?
この4年間、なぜもっと賢い道を、歩むことができなかったのだろうか。
この問いに向き合えないならば、これからも、悪いことがたくさん続くだけだ。


色とりどりの凧が、ガザの空に舞い上がる。

多くの日本人には、すでにただ通過し、ちょっと思い出す日でしかなくなった、
3.11の大破局を、ガザの子供たちは、いまなお続く日常の惨事として、
おなじように死の淵を体験し、生き残った者として、分かち合ってくれたのか。
ガザでの凧揚げのイベントは、釜石市と合同開催されたという。(参照)

この子たちは、いつまで生きられるのだろうか。
そして日本の、フクシマの子どもたちは・・・どうなるのだろうか。


ガザの子どもたち



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ヴァルカンの挨拶  LIVE LONG AND PROSPER
2015-03-06 Fri 12:14

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宇宙飛行士のテリー・バーツ大佐が、ISS(国際宇宙ステーション)から
レナード・ニモイ氏に贈った、“ヴァルカン・サリュート”


「長寿と繁栄を!」

いつの日か、どこかの星から、地球を訪れるであろう異星人も、
こんなふうに、わたしたちに、挨拶をしてくれるだろうか・・・

さようならは、こんにちはだね。
ありがとう、ミスター・スポック!


たとえ世界が砲火に包まれても、星の瞬きを見つめる、
たったひとりの子どもから、夢を奪い、翼を捥ぎ取るなかれ。

人が自分を見失い、道に迷うのは、偶像に執着するからだ。
天地の理ではなく、力ある者の欲望に従うからだ。
神の命と人の掟を、混同するからだ。

ただひとつだけ、全人類が共有している、渚の光景がある。
それは、頭上に広がる星の海・・・それが宇宙。
・・・・・舟を、持たぬ民があろうか。未知の故郷に向かうべき・・・


アメリカのSFドラマ『スタートレック』で、ミスター・スポックを演じた
米俳優のレナード・ニモイ氏は、2月27日に死去。83歳でした。
死の4日前になされた最期のツイートは、「人生」について・・・

A life is like a garden.
Perfect moments can be had,
but not preserved, except in memory.
LLAP


この人が残した、大きなものを思い出すときには、
この私でさえも、オプティミストになれる。

もし、希望というものが残されているとしたなら、
それはおそらく、地球上にではないだろう。


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空はなぜ青いのか? 星はどうして巡るのか?
2015-02-24 Tue 13:10

別窓 | candles
緑の彗星 
2015-01-14 Wed 00:47

ラブジョイ彗星(C/2014 Q2 Lovejoy)。
現在、オリオン座の西で、よく見えております。
華やかな冬星座の間で、じつに絢爛豪華な眺めです。

NASAの日替わり画像より⇒緑の尾の星

冬の夜空を駆けぬける、深宇宙からの訪問者を、見逃すのは惜しい。
南の窓からひょいと目を上げて、双眼鏡を覗くだけで、キャッチできるのに・・・




昨年末から明るさを増し、5等台か、それ以上とも言われています。
1月7日には、地球に最接近。2月の上旬にかけては、
街中でも、双眼鏡があれば、じゅうぶん楽しめると思います。
他の星とは違って、ぼんやり見えるのが特徴です。

位置は分かりにくいかもしれませんが、
毎日移動してゆくので、こちらをご参照ください。
ラブジョイ彗星の移動経路(2015年1月上旬から1月中旬)
ラヴジョイ彗星が5等台

Lovejoy should return again ... in about 8,000 years.



空の星に夢中になるあまり、
足元の井戸に、落ちてしまったほうがましだよ。
地上では・・・ただもう、おぞましく、恥ずかしいばかり。
「自由」の名を、誇らしげに口にすることもできない、
「共和国」の歴史を、一行も持たぬ、根のない民であることが。

別窓 | impressions
小寒
2015-01-06 Tue 16:15

冬至を過ぎると、気づかぬうちにも、日が長くなっていきます。
寒さはこれから厳しくなりますが、空は明るさを取り戻してゆきます。
太陽暦の年始には、まさに「一陽来復」の感があります。

今日は「小寒」。朝から雨模様でした。
この季節、倉敷の街角では、不思議な風景が現出します。

ヒマラヤ桜

真冬なのに、桜が満開。
そう、これが秋から冬に掛けて咲く、「ヒマラヤ桜」です。
なんにも気づかないまま、この下を通り過ぎてゆく人々もいるようですが。


さて、岡山の新春といえば、「院展」。
お正月に、地元デパートで開催される、日本美術院展覧会です。
院展を鑑賞したあと、冬枯れの後楽園を訪ねるのが、毎年恒例です。
もっとも、むかしのことを、なんでも知っている両親によれば、
かつての院展は、いまよりもずっと華やかで、大作ぞろいだったとか・・・。

とはいえ貧乏なのに性懲りもなく、美術展やら演奏会に通うのは、
ただの悪趣味からではないつもりで、いろんな機会があるごとに、
手に届かない一流のもの、いいもの、ほんものを、よく観ておくことで、
そうでないものとの「違い」を、はっきり感じたいからでもあります。

画像は載せられませんが、今回印象に残った2点は、
意外にも風景画ではなく、闇と光、神と人に関する作品でした。

松村公嗣 『どんど』
“どんど”とは、1月15日の夜に行なわれる、火祭りのことで、
お正月の松飾りや、しめ縄などを集めて、お焚き上げします。
闇を染め天を焦がす巨大な炎の柱と、その下に群がる無数の人影の
圧倒的な対比。生まれ育った奈良の川原での、原風景だそうです。

高橋天山 『浄闇 伊勢神宮式年遷宮遷御之儀』
昨年秋に行なわれた、伊勢神宮の遷宮の儀式。
深い闇のなか、足元を仄かに照らす灯りに、導かれながら、
神職らがおごそかに歩む、衣擦れの音のみが聞こえてくる・・・
古式床しい一場面に、現代の生活感覚から失われた、
闇の聖性と光の象徴に、心が洗われるでしょう。


院展のあとは、後楽園の散策。
冬枯れの芝生が広がり、夏至のころは蓮花を浮かべた池も、
いまは寒空を映して、数羽の鴨が、身動きもせず寄り添うのみです。

花を生ける者は、冬の庭を見るようにと、教えられるものですが、
冬景の良さが、僅かなりとも味わえるようになったのは、ここ数年のことで、
それまではただ、寒々と侘しいだけの、ものみな縮こまる殺風景にしか
見えなかったものです・・・。しかし冬という季節ほど、「いま」のなかに、
それに連なる時間が濃縮された、静謐な一瞬はないかもしれません。

冬庭、冬景の趣のひとつは、葉を落とした冬木立の、樹形の美しさでしょう。
鮮やかな照葉が舞い落ちると、途端に空は広くなり、庭は明るくなって、
陽の光が低く差し込むと、地面の苔や落ち葉、樹の幹が照らされます。

アケボノスギやイチョウのように、真上にすっくと伸びる冬木立だけでなく、
複雑に絡まり、また流れる、葉の繁った季節には見えなかった大枝や、
冬芽をつけて、赤く染まった小枝の、細かい指先までもが隠されず、
寒空に映えて、遠くからは霞みのように、あるものは華やいでさえ見えます。

それぞれの木肌の特徴や、梢の形などを、比べてみるのもおもしろく、
白い幹や枝のものは、月明かりの下で、息を呑むような艶を見せます。
野鳥たちと身近に接するのも、この季節のならではです。

2後楽園
梅林

1後楽園
桜園。

3後楽園
後楽園から望む岡山城。


後楽園は、岡山藩主池田家の残した大名庭園として、
いまでこそ、日本三名園のひとつとも言われますが、
戦中は食糧難のため、園内の芝生は農地として利用され、
岡山空襲のときには、江戸期以来の主要な建物も、岡山城も焼失、
戦後は進駐軍の宿舎に使用され、専用プールまで作られるなど、
時代の荒波を被りつづけ、難儀な歴史を辿りました。

江戸期から、瑞鳥として飼われていた丹頂鶴も、戦中に絶滅。
若き日に、岡山の第六高等学校で学んだ、中国の重鎮、郭沫若氏は、
戦後にここを訪れ、荒廃し、見る影もなくなった後楽園の復興のために、
中国から二羽の鶴を贈り、鶴舎の近くには、記念の詩碑も残っています。
その後は釧路市の協力もあり、鶴の数も増えて、元旦には園内に放たれて、
新春の空を優雅に舞う姿が、披露されるようになりました。

丹頂鶴 詩碑

後楽園仍在 烏城不可尋  
愿将丹頂鶴 作対立梅林


留学時代が懐かしい後楽園も、
戦争で城を失った今の眺めは寂しい限り。
せめて鶴を立たせて、後楽園の良き伴侶としたい。


別窓 | flowers & blossoms
『美しや年暮れきりし夜の空』
2014-12-31 Wed 02:14

星までが恥じて、姿を隠すのか・・・

波高い明くる年を、暗示するかのような、年の瀬の荒れた空。

周到な準備が整い、いよいよ戦争前夜なのか?

生きているうちに、戦争が見物できるのか?



だれが、空を見たというのか?
だれが、雲ひとつない
紺碧の空を見たというのか?

きみが見たのは黒雲。
それを空だと思って、
一生を過ごしたのだ。

きみが見たのは、
屋根をふいた、鉄の大甕。
それを空だと思って
一生を過ごしたのだ。


申東曄(シン・トンヨプ)「だれが空を見たというのか」より


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美しや年暮れきりし夜の空
小林一茶


戻ろう。

私たちの、崇高な理想の国に。






別窓 | candles
はじめてのクリスマス・・・マリアとヨセフの物語
2014-12-25 Thu 12:07

真夜中に、東の空に現れる、ひときわ明るい星は、
太陽系最大の惑星・木星。クリスマスの季節に、
「ベツレヘムの星」のような輝きで、冬の夜空を暖めます。

日の脚が南の遠のき、心細いほど低く、短くなってゆき、
太陽が天の真底に、いちばん近づく冬至。
北極圏では、太陽の昇らぬ、昼と夜が続きます。
この闇の支配する夜に、太陽は死んで、新たに復活します。

月にもおなじく、 死と再生のプロセスがあります。
老いたる月が、その姿を消して、ふたたび若く甦る、
神秘的な三日間の、まんなかの日が、「新月(朔)」です。

今年は、この古来より神聖な天体のサイクルが、
12月22日のうちに重なる、 「朔旦冬至」と呼ばれる、
19年に1度の、めずらしい現象に遭遇しました。

クリスマス(Christmas)は、「キリストのミサ」という意味。
聖なる降誕祭として、世界中でお祝いされますが、
しかしこの日は、キリストの、実際の誕生日ではありません。

もともと、太陽のよみがえりを祝った、ローマ時代の異教の、
冬至のお祭りに由来するものであり、ツリーのモミの木も、
冬でも葉を枯らさない、生命力の象徴である
北欧の樹木信仰に、その起源をもちます。
そしてキリストが、死後3日目に甦ったという信仰も、
月の死と復活になぞらえて、解釈されました。





聖書に記された、天使による受胎告知、マリアの処女懐胎、
婚約者ヨセフの苦悩、東方の博士たちを導く不思議な星。
故郷への旅の途中、ベツレヘムの馬小屋で生まれたイエス、
天使と羊飼いたちの祝福、「救い主」を殺そうとする王の軍勢、
エジプトに逃れる聖家族といった、おなじみのクリスマス物語です。

しかしキリスト教の伝統信仰や、教義の枠組みを取り外して、
クリスマスの出来事の意味を、説き明かしてゆくと、そこには、
マリアとヨセフという若い夫婦、そして生まれてくるイエスという、
紀元前のユダヤ社会に生きた、貧しい家族の姿があります。
当時の結婚年齢からいえば、二人はまだ10代だったようです。

マリアの処女懐胎は、キリスト教の、信仰箇条のひとつですが、
現実的に見れば、イエスはまぎれもなく、私生児であったはずです。
おそらく母親のマリアが、征服者でもあるローマ兵から暴行されて、
妊娠した子供ではなかったかという見方は、昔からありました。

この当時の社会では、女性は、男性の所有物・財であって、
純潔や貞操を犯された女は、生きる価値のないものと見做されました。
たとえ、無理やり強姦されても、並べて「姦通」として断罪され、
「傷物」となった体を、強姦男に引き取ってもらい、結婚できなければ、
ユダヤの律法では、「石打ち」による処刑が、待っていました。

「石打ち」とは、現代でも一部地域で行なわれる、公的な処刑方法です。
下半身を生き埋めにして、大勢の人々が周囲から、こぶし大から頭ほどある石を
一定間隔で投げながら、すぐに死なせず、時間をかけて殺してゆく刑罰ですが、
実際に死亡するまでは、3日間くらい掛かるとのことです。(ウィキベディア等参照)

他にも、「名誉殺人」という制裁があります。これは、たとえ強姦されても、
貞操を失うことで、家名を汚した女性を、親族の男性が殺害する習慣です。
夫に逆らった、結婚を拒絶した、恋人と結婚したなども、正当な理由になります。
殺害方法は家族会議で決定され、火あぶりや絞殺、自殺の強要などがあり、
母親も責めを受けて、殺される場合もありますが、一方の父親ら、男たちは、
不名誉な女など、殺されて当然だと胸を張り、警察も逮捕どころか、賞賛します。

あるいは、殺害までには至らなくとも、女性の耳や鼻を削ぎ落としたり、
顔に酸を浴びせるなどの虐待も、主にイスラム圏では、平然と行われています。
女子教育の必要性を訴えた、パキスタンのマララ・ユスフザイは、
過激派勢力に銃撃されましたが、もし強度の酸を浴びせられていたら、
皮膚は焼け爛れ、眼球は潰れて飛び出し、どんな顔になっていたでしょうか?

これらの習慣は、国連や人権団体から非難にも拘わらず、改まる気配はありません。
「女性の人権」などというものは、「欧米の価値観」に過ぎないからです。

現代では突出して、イスラムの特異性が、問題にされがちですが、
しかし、女性の人格が否定されるのは、洋の東西や宗教を問わず、
程度の差はあれ、父権制が守り続けてきた、伝統的な価値観です。
女の役割とは、家事用の妻、子産み用の母、性処理用の娼婦・慰安婦です。
夫の家系存続のために、できるだけ多くの男児を生むことが、第一の務めです。
歴史を通して、女性とは愛情ではなく使役の対象、家族よりも家畜の扱いでした。

日本でも、皇位後継者の男児を、産めなかったというだけの理由で、
心の病に追い込まれた妃を、週刊誌がなおも罵倒し続け、その娘まで誹謗して、
その夫の地位さえ剥奪しようとするのも、これと同種類にある思考です。

旧日本軍の慰安婦にされた、朝鮮の女性は、地獄の戦場から生き延びて、
帰国する船の上から、光復した祖国を目の前にして、海に身を投げました。
儒教倫理の厳しい祖国では、兵たちに犯され、汚された女の身上などは、
家族でさえも汚物のように忌み嫌い、生きてゆく場所などないからです。


教会倉敷
クリスマス礼拝の夜。


キリストの生涯を描いた、『ナザレのイエス』という映画には、
妊娠したマリアと縁を切ろうとした、婚約者のヨセフが、
夢のなかで、お腹の大きいマリアが男たちに取り囲まれて、
四方八方から大小の石つぶてを、容赦なく浴びせられる様を、
まざまざと見せつけられて、うなされる場面がありました。

ヨセフの立場ならば、婚約中に、他人の子供を妊娠したような女などは、
すぐにも法に引き渡し、石で打ち殺すのが、共同体の正しい規範です。
ヨセフ自身も、そうした価値観を、疑いもなく身につけていたはずですし、
マリアとは親が決めた結婚であり、特別な愛情があるわけでもありません。
周囲は、もちろんマリアを、「汚れた姦淫の女」として、蔑んでいたので、
ヨセフの一族も、あんな女は殺してしまえと、迫ったはずです。

にもかかわらず、この若者はあろうことか、
マリアとその子を、掟どおり殺すべきか、迎え入れるべきか、
ユダヤ共同体の規範か、それとも、マリアとその子の命かという、
だれも経験したことのない、良心の葛藤を抱いてしまうのです。

結局ヨセフが選んだのは、不幸なマリアと、父親も知れないイエスでした。
それは、なんとかなるさという、前向きで楽天的なお気楽思考ではなく、
降りかかるすべての差別と困難を、すすんで引き受ける、命懸けの覚悟でした。


ノエル
カトリック教会の「降誕劇」模型


ヨセフは故郷の街に戻っても、一族はおろか、宿からも追い出され、
身重のマリアは、不潔な馬小屋での、出産を余儀なくされます。
そのあとの数年間は、エジプトに逃れて過ごしましたが、これは、
「救い主(新しい王)」の出現におびえる、ユダヤの王の迫害よりも、
彼ら一家の生存を脅かす差別から、避難を余儀なくされたからです。

帰国したのち一家は、ガリラヤ地方の、ナザレという街に引き篭もり、
ヨセフは賤業である「石切り」となり、イエスもその仕事を継ぎますが、
ここでも、イエスは「ヨセフの子」ではなく、「マリアの子」と呼ばれます。

人が、父親の姓や名前をつけて呼ばれるのは、「胎は借り物」だからで、
父権制の行われた古代社会では、母親は、本当の親とはみなされず、
ただ父親の精子を預かり、胎児を育てるための容器にすぎませんでした。
母親の名前をつけて呼ばれるのは、「おまえは姦淫の子」という意味でした。

しかし、ヨセフの決断は、歴史に奇跡をもたらしました。

貧しく若い夫婦に、しかも、最大の侮辱を受けた女性の身体に、
おのれ自身の存在を、胎児という姿で託された、神の深慮。
犯された身体を恥じることなく、神を信じて、わが子を産もうとする女性と。
共同体の規範よりも、弱き者たちの命を貴び、慈しみ、守り抜いた男性。
そして、ふたりがもたらした、世界で最初のクリスマス。

イエスは、もっとも貧しく、弱く、賤しむべき子供として、生まれました。
しかしそれこそ、世の悲惨に対する、真の希望と勝利でした。

純潔
ユリはマリアに捧げられた花。ヨセフとの縁を結んだとも言われる。


いのちの始まりには、しばしば女性への残忍な暴力が伴います。
にもかかわらず、一方的に責められ、虐げられるのは、女性と子供です。
これはおそらく、地上から人類が終焉するまで続けられる蛮行でしょう。

しかし、絶望のさなかにあってもなお、どんないのちをも慈しみ、敬い、
どんな子供たちも、神の贈り物であることに気づいて、現実に挑む男女はいるのです。

聖書では、大天使がマリアを訪ね、神の子の懐妊を告げたとか、
苦悩するヨセフの夢にも現れて、マリアを迎えるように命じたとか、
宗教的な意味合いでの解釈が、荘厳に施されていますが、
私はここに、人間本来の愛のあり方とは、虐げられた者たちへの、
痛みをともなう、compassion(共苦)であるほかはありえないという、
注意深く隠された、力強いメッセージを、心に留めたいと思います。


クリスマスツリー星団
An infrared Spitzer Space Telescope image of NGC 2264
Credit: SIRTF/NASA/ESA.

クリスマスツリー星団(いっかくじゅう座。約2400光年)
冬の天の川のなかで輝く、双眼鏡でも見える星団(NGC2264)です。







別窓 | faith & prayer
女詩人の『美しい国』 (松の匂い)
2014-12-08 Mon 18:03




公会堂を建てるために
山から人々は松を伐ってくる。
松やにの匂いが村中に流れて、
大きな丸太がごろりごろりところがされる
まっしろな霜に朝日がさして
まるで紫色の焔が燃えているような道芝の上に。
力ある人々の
たのもしい木の切口。
沢山の年輪がめまぐるしく渦巻いて
これは何十年と静かな静かな山の中で
たくわえられていた肥え松の匂い。
公会堂が出来たら、
よい事を話しあおう。
よい事を考えあおう。
羊歯や笹やつつじの枝を折りしだいて
山から伐りだされてくる松の木、
いたましい戦争のためではなくて
美しい国を創るために
曳きだされてくる松の木
あたらしい、いい匂いのする松の木。



これは、詩人・永瀬清子(1906~1995)の「松」という詩です。
『美しい国』(1948年)という、詩集のなかにあります。

永瀬清子の名を、いま日本文学史上に、見ることができるでしょうか。
女性詩人の先駆者ながら、没後20年、すでに忘れられてしまったようです。
私にしても、その名前を、たまたま知っていたのは、
母校の校歌の作詞者として、小耳に挟んだことがあるからですが、
岡山県出身の、高名な詩人という他は、なにひとつ知らず、
詩集を手にとり、読んでみたこともありませんでした。

少し調べて見たのですが、地元の図書館でさえ資料は少なく、
現代詩の書架ではなく、郷土資料や書庫に入っていて、詩集でさえ禁帯出です。
私の祖母とはほぼ同年齢で、明治、大正、昭和、平成に掛けて生き抜き、
時代が大き変わる神戸震災とオウム事件の年に、数日を前後して死去しています。
もしや女詩人と私は、岡山の街角で、それと知らずに、すれ違ったのでしょうか。

ともあれ、30年ぶりの再会のきっかけは、地元の新聞記事でした。
『永瀬清子さんの、天体描いた詩紹介』という、記事が目に留まり、
「天体を描いた詩」となると、居ても立ってもいられてなくなった訳です。

会場は、永瀬清子の生家がある、岡山県赤磐市松木(旧熊山町)。
岡山からさらに東に入った、吉井川沿いの小さな村落ですが、
11月も終わる雨もよいの日に、ようやく訪ねることができました。

JR山陽線の「くまやま」という、いまは無人となった駅を降りて、
むかしは商店も並んでいたであろう、人気のない通りを歩くと、
吉井川の土手に出て、目の前に、大きな熊山橋が見えました。
熊山町の歴史にも、永瀬清子の詩にも、欠かせない意味を持つ橋です。
周囲の山々は紅葉でしたが、霊山でもある熊山の威容は圧巻です。

この長い橋を渡りきったところに、小さな詩碑が立っていて、
清子の「熊山橋を渡る」という詩の一節が、石に刻まれていました。
冬の夜に越えた、「星まぶれの熊山橋」を詠んだものです。
この小さな訪問は、人生の新しい「出会い」ともなりました。
おなじ郷土と、天体への憧憬が、結んでくれた縁でしょうか。

地図を手に、清子の生家を訪ねながら、パンフレットを目にすると、
冒頭でご紹介した、「松」という詩の一部が載っていました。
生家近くの、松木公会堂(現公民館)を建てる時の様子を、詠んだものですが、
ひそかに驚いたのは、詩集のタイトルが、『美しい国』だったことです。

ある理由から、もうその名を、耳にするのも不愉快だという感覚は、
少しも不当ではありませんが、しかしここに、戦争の焦土から立ち上がり、
平和の国を目指した、新しい日本の理想の実現を、「美しい国」と呼び、
村の小さな公会堂を建てるために、伐り出されたばかりの、松の香に託して、
民主主義が育ってゆくようにと願いをこめた、ひとりの女性の魂が、
ひとつの詩があったことに、感慨を覚えずにはいられませんでした。

ふたたび駅に向かう足取りは、重かった。詩碑を写真に収め、
松木の集落を振り返ったあと、熊山橋を、今度は逆方向に渡りながら、
いまこの国は、かつてあなたが願った、その美しい名を騙る人物によって、
この川が逆流し、山脈を飲み込むような、天の星々が、極星の要を失って、
あちこちに彷徨い始めるような、とんでもないことが起こっているのですと、
女詩人の幻に向かって、語り掛けずにはいられませんでした。

しかし倉敷へ帰る電車のなかで、突然大きな疑問が、頭を打ちました。

清子はこの地の生まれでしたが、二歳のときに、父親の勤務先の金沢へ、
それから名古屋へと移り、結婚後は、夫とともに大阪や東京で暮らし、
終戦の年に、東京での罹災を避けて、岡山に疎開してきたのですが、
岡山もまた空襲に曝され、清子の家は辛うじて、焼失を免れました。
東京で罹災した永井荷風は、岡山に避難し、ふたたび焼け出されました。
当時6歳だった私の母は、夜明け前の空に、花火のようにきれいな
焼夷弾が降り注ぎ、岡山城の天守閣が、炎上する姿を見たのです。

東京では、新進の女流詩人として、当代一流の詩人たちとも交流を持ち、
宮沢賢治の追悼会に招かれて、賢治の弟が持参したトランクの中から、
「雨ニモマケズ」を記した手帳が発見された、その場にも立ち会った人です。

であればこそ、当然そこに・・・おそろしい疑問が、わきあがってくるのです。
この人も、もしかすると、いや、多分きっと、その詩をもって国策に、つまり
戦争に協力したのではないだろうか?そう考えるのは自然なことでした。


天寒く日は凍り
歳まさに暮れんとして
南京ここに陥落す。
あげよ我等の日章旗
人みな愁眉をひらくの時
わが戦勝を決定して
よろしく万歳を祝ふべし
よろしく万歳を叫ぶべし
(荻原朔太郎「南京陥落の日に」第二連)



1937年12月13日、日本軍は、中国の南京を占領しました。
戦勝祝賀集会が行われ、全国の街や村で、提灯行列が繰り出されました。
しかしその頃、南京では、多数の中国人が殺害されていたのです(南京虐殺)。

戦争の拡大にともない、国内では、戦時体制の強化が急がれました。
1938年には、国家総動員法が成立。国を挙げての総力戦には、
さらに国民の精神まで統制すべく、「国民精神総動員運動」によって、
日常生活までが、相互監視のもとに置かれましたが、不思議にも日本人は、
これに素直に従って、違反する者がいれば、「非国民、国賊」と罵りました。

文学者らも動員され、「ペンによる奉公」と称して、次々に大陸に赴き、
火野葦平による『麦と兵隊』などの、戦争文学も発表されるなか、
体制に批判的な言論は、徹底的に弾圧され、同人誌や個人誌に至るまで、
検閲され、発禁処分が相次ぎました。太平洋戦争開始の翌年には、
国策の宣伝と普及のための、「日本文学報国会」が結成されましたが、
やはり不思議にも、一度は執筆禁止の措置を受けた左翼も含めて
多くの文学者が、当たり前のように、これに参加しているのです。

そして皮肉にも、日本では、まだまだ俳句や短歌の陰にあった詩は、
国策による、愛国詩や戦争詩の普及によって、大衆化していきました。
詩などそれまでは、男性であっても、家族や身を省みぬ道楽者や、
無頼漢のする仕事だと、一般には見做されていたのです。

清子が寄稿していた、女性の文芸誌『輝ク』も、主催者の長谷川時雨が
積極的に協力の姿勢を見せていましたが、日本文学報国会が編集した、
戦争協力のアンソロジー、『辻詩集』(1943年)のなかには、
「夫妻」と題する清子の詩も、収められていました。


日本の妻はなげかない。
その時敵弾が彼をつらぬいたときいてさへ
なおその頬にはほほえみがのぼる。
よろこびいさんで彼が死に就いたことを、
彼女は疑ひ得ないから。
ああ、その幻がわらつてゐるのに
どうして彼女もほほえみ交さずにゐられやう。



言葉を失います。人の精神とは、ここまで脆く、
ここまで犯され、歪んでしまうものかと、思わずにはいられません。
これを、すでに過去のことだからと、小さく見ることは、私にはできません。

清子の詩はもともと、こんなおぞましい言葉の羅列とは、程遠いもので、
若さと瑞々しさのなかにも、宮沢賢治とは、また異なる方法で、
宇宙や歴史や生命や闇を、飲み込んでゆく、巨龍ような母性、
水に触れても感電するような、エネルギッシュな電磁気が魅力です。

しかし、そんなものは影も形も留めぬほど、無残な詩を書いた。
こんな詩に鼓舞された兵士たちは、その凄惨な死の瞬間にさえも、
自他に対して、心を偽らなければならない。「天皇陛下万歳」と。

だからこそ、さらに問いかけ、なおも追及しなければなりません。
永瀬清子は、詩人としての、自らの戦争協力、戦争責任に対して、
戦後には、いかなる態度を、言葉を持ったのかということをです。
それ如何では、「松」という詩も、ただのきれいごとになるからです。

戦中のジャーナリズムは、すすんで国策に協力し、
軍国主義の具と化し、「一億玉砕」を叫びたて、国民を煽りながら、
戦争に負けるや、手のひらを返して、民主主義の言論を展開しました。
日本人にとって終戦とは、なによりも窮乏や抑圧、戦火からの解放であって、
「天皇陛下」から「マッカーサー元帥」への衣替えは、なんでもないことでした。
戦争に協力した文学者のあり方に、厳しい眼が向けられるのは、当然です。

清子は、みずからも参加した、『辻詩集』について振り返り、

「最も正しいのは何も書かない事であったかもしれない。
 しかし私たちは詩人であり、何かを書くべく宿命づけられていた」
「明けると知れた夜なら迷うことはないが、
 自分は永久に抹殺されるかもしれなかった」


と述べていますが、これらの認識を、どのように受け止めればいいのか。
反省が甘いと突き放せるような、容易な話とは思われないのです。
そんな資格がないからではありません。後代の日本人には、資格どころか、
すすんで、「なぜあのとき、そうしたのだ」と、問い続ける義務があります。
「そういう時代だった」といった、決まり文句で済ませてはならないのです。

「何かを書くべく宿命づけられていた」とする言い訳が、私には理解できない。
宿命であればこそ、書いてはならぬものを書いではならなかった。
他に生きるすべがなかったとはいえ、戦争という癌細胞に犯された、
彼女の詩を救いうるのは、終戦と、棚ボタの民主主義ではないはずです。

しかし、「明けると知れた夜なら迷うことはないが・・・」という一文は、あまりにも重い。
これほどの危機感を、いま正しく感じている日本人が、どれだけいるでしょうか。
ここにあるのは、完全な絶望と恐怖なのです。

清子自身、非合法活動に身を投じた知人の荷物を、中味も知らぬまま預かっただけで、
治安維持法によって検挙され、5日間拘留されていた経験を持ちます。
国策に添った詩を書くにせよ、たった一語さえも、当局の気に入らなければ、
意向どおりに、書きなおさなければならないほど、完全な統制の下にあったのです。

打ち砕かれ、言葉を奪われた詩人。「明けない夜はない」と、安易に唱える現代人。
人間の暗部、自らの弱さに、正面から真剣に向き合っているのは、どちらでしょうか。

ただ分かりやすい謝罪や反省、自責の念の告白だけが、意味ある行いかと言えば、
必ずしもそうではない。それらは、保身や売名という場合もありうるのです。
ポーズさえしておけば許し許され、なんでも狂気の時代にせいにして済ます・・・
そうではなく肝心なのは、その後をどう生きぬき、どれだけ思想を深めたかでしょう。

ひとりの人間が、その人生において、人の力では如何ともしがたい、
時代の軛、戦争という巨悪に組み敷かれて、「抹殺」されかけたとき、
いかに無力で、無責任であったかを、苦渋のなかで自白する言葉は、
凡庸といえば凡庸ですが、人は何でも頑張りさえすれば、人の力でなんとかできる、
・・・そう考えるのは、人の驕りであると、告げられているように思えてなりません。

では早々に諦め、現実に屈して生きればいいのか。
それは違うのです。

都会での生活を棄て、熊山の片田舎で、農婦として再出発した
彼女の後半生が、そのことを物語っています。

永瀬清子が、「美しい国」に寄せた想いとは、どんなものだったのか・・・
どうかもう一度、「松」という詩を、読みかえしてみてください。

村の公会堂も、国会議事堂も、そこで行なわれる集会や議論も、
本来は、なんのためにあるのでしょうか?

(来週につづきます)

別窓 | impressions
種を蒔く人、根が張る良い土、そして時を待つ 
2014-11-05 Wed 01:11

10月が過ぎた。
むかしはこのころ、木枯らしが吹いて、空が限りなく澄んだものだ。

船が行き交う、海中の島だった小高い丘に、修道院に付属する学校があった。
11月の谷間に、霧の衣がたなびくと、神秘的な曙光が、十字架に射した。
この、世に隔絶した空間を、<聖杯城>と呼んで、6年間を過ごした。
冬の近づく、清らかな大気に身を浸すと、幸せだった日々を思い出す。

それから、30年の歳月が流れましたとさ。
そしていまは・・・変わり果てた街になろうとも・・・

秋祭りが終わると、黄金色に実った稲穂は、おおかた刈り取られる。
渋柿は立冬の寒気に吊して乾す。サツマイモを焚火に焼べて遊ぶ。
畑のコスモスが残照に揺れ、庭のツワブキに黄蝶がさまよい、
豪華な菊の懸崖が飾られ、垣根のサザンカが咲き始める。
照葉が山野や街路をいろどり、風に舞い散る土に、
来春のための、花の種を蒔く。球根を植える。

倉敷川


しばらく続いていた秋晴れが、にわかに時雨れて、
冷え冷えと生暖かい朝を迎えた。風が心地よい。
今夜は、171年ぶりの「後の十三夜」だとか。


おみこし 素隠居


ふと、思うことがある。
人ははじめ、どうやって言葉を獲得したのだろうか。

太陽や月や空、風や葉のそよぎや雲、花や蝶、鳥や獣、
火の舞や、水の衣や、土の香に、厳かに向き合い、親しく交わりながら、
耳を澄ませ、聞きおぼえて、まねをしながら、紡いでいったのだろうか。

だとしたら、太初の言葉は、素朴な歌なのかもしれない。
口笛や踊り、木を弾き、石を打つ楽器が、傍にあったのだろうか。
擬声語や擬態語は、その名残だろうか?

言葉とは、それを人が語りえぬとき、伝えきれぬときに、
ひっそりとしっかり、意味をもつようになるのかもしれぬ。

やがて、言葉を書き留める、「文字」が生まれる。
筆と墨、ペンとインクで書いた文字は、一度きりのものだ。
だから、文には人格が籠もり、文字には魂が宿った。

習字をする。墨が落ちる、筆が擦れる、半紙が破れる・・・
指の位置、手の柔らかさ、腕の運び、体温と息遣い、気分や心構え、
その日のお天気、温度や湿度まで、なにもかも一点に集中する。
石に刻まれた文字は、風雪に耐えて、数千年の命脈を保つ。

手紙とは、その人そのものだ。短い言葉に真実があった。
物足りなさは、不満よりも余韻となって、心に想いを巡らせた。
言外に広がる、時空をうめてゆくのが、想像力だった。
だがそれは、ふわふわと羽の生えた空想ではなく、
眼に見えないけれど、確かにある真実への、解像力のことだ。

夏目漱石が、英語教師をしていた時の逸話がある。
"I love you." の一文を、「我君ヲ愛ス」と訳した弟子に、
「月が綺麗ですね、と訳しなさい。それで伝わる」と教えたそうだ。

だがいま、指先でボードを打ちながら、表示される文字には、
そんなimaginationが入る余地もない。こんな作業をしながら、
ときどき、自分が存在していることさえ、疑わしくなってしまう。
なにかしら自他を欺き、偽っているのではないか、不安でならない。

知らないことがあれば、さっと「ググる」。たちまち表示される。
数分後には生半可な情報を、物知り顔で披瀝できるだろう。
重たい辞典を紐解くこともなく、図書館に通い、資料を探して、
文章を読みこなし、理解を深める必要もなければ、時間もない。
世界と人生は、スマホのサイズにまで縮んでしまった。


花 習作2



万巻の書物を読みこなして、知識の量はだれよりも豊富だが、
「一書の人」に、とうてい及ばぬ精神は、いくらでもいる。
金魚蜂に、大海の水を注ぎ込むことは、できないからだ。
「王様は裸だ」と、物怖じなく言える子供ほどにも、眼が開いていない。

物事を、ちっぽけな実存の甘えと、空っぽの経験に引き寄せて、
ごく狭い関心と目的のためだけに、探求し、把握しようとうする限り、
どれほど自分の頭を捻ったり、言葉を継ぎ接ぎしてみても、
俺は・・・私が・・・僕の・・・とのみ、自意識の開陳をくり返すだけだ。
そんな代物が、どれだけ出版され、たくさん読まれていることか。
ネットの文章などは、「どれもみなおなじ」だと言ってよい。

掛かりつけの医者に行く。こちらを診もせず、触れもせず、
PCのカルテを睨んだまま、先生は一言「はい、よろしい」。
なにがよろしいのか分からぬが、いつもこれで終わってしまう。
「先生、なぜいつもそうなんですか?」 医者は大あくびをする。
「ボクねえ、疲れてんの」。とろり濁った眼が不満げに答える。

朝日新聞の記者が尋ねる。「カムイ(アイヌ民族の神)とは・・・なんですか?」
アイヌの長老が答える。「この着物にカムイがいなかったら、
寒くてどうにもならん。ぬくもりが出てこないのさ」。

「カムイ」は説明されず、直接肌身に、実感として伝わる。
アイヌ民族は、固有の文字を持たないが、日本語で話しても、言葉が生きている。


女神 雅楽


さて・・・今年もどうにか無事に、自分の生まれた日を踏み越えた。
ということは毎年、知らされぬままに、自分が死すべきその日も、
踏んで歩いているわけだが、やがていつか、底が抜けるはずだ。
あと数年もすれば、生まれてから半世紀を迎える。

すでに、疑いもなく老年期に差し掛かり、墓場のほうが近づいた。
けれども、若いころは嫌悪し、恐怖し、とても正視できなかった
<老い>というものへの拒否感が、今では不思議なほどない。
むしろ<老い>こそ、人生最大の「宝」であると思っている。
尊敬すべき立派な先生方にも、恵まれたおかげであろう。

残された人生が、どれだけ長いか、短いかは分からない。
だが、心から<老い>の意識を締め出し、永遠に<若くあれ>とばかり、
人生に限界を設けず、決して諦めず、何事にもチャレンジするのは、
飽くなき消費文明の美徳であっても、自然の理には悖るのではないか。
経済成長の原動力ではあっても、人の精神の成熟にはふさわしくない。

老若男女は、落ち着きなく心を騒がせ、何かしら刺激を求めながら、
等身大で自然体の自己にも他者にも、充足できなくなってしまった。
つねに、自分ではない何かになれと迫られ、現実から逃げるように、
自己実現の、願望達成の、成功哲学の、アファメーションを唱え続ける。

なぜ枯れること、傾くこと、暮れること、沈むことを、見つめないのだろうか。
それらは神々しく、美しいことではないだろうか。

いまの社会には、年齢層としての「高齢者」は、それこそ大勢いて、
脳トレや筋トレに励んではいるが、威厳と叡智を備えた人生の先達、
道を究めた伝統の体現者、神仏のごとき祖霊としての、
「長老」や「老婆」という存在は、ほとんど姿を消してしまった。

<老い>というものが、衰、鈍、妄、障、醜、害、痴、呆、迷・・・などの、
あやまったイメージを纏わされ、遠ざられた結果、現代の高齢者たちから、
人であることの品位や、尊厳や、文化性までも、奪い取ってしまうことになった。
それだけではない、ある規格を外れれば、生存の権利まで脅かされる。

いつまでも元気なこと、ボケないこと、なるべく病気にならないこと、
耳が聞こえて、ふつうに話ができること、人に迷惑をかけないこと、
面倒を引き受ける体力があること、愚痴らないこと、物事に前向きなこと、
できれば小金を持っていること・・・そんなことが美徳とされ、強いられる。
高齢化社会とはいえ、現代人の意識の小児化、若年化は度し難い。

近代化や西欧化、核家族化、デジタル化が、悪いのではない。
もちろん昔でも、<老松の気品>を醸し出すような、優れた人物は、
やはり稀だったろう。だが物言わずとも、奥深い内面を持つ、
老人の存在は、身近に接するだけで、人生の道標たりえた。
そこには、肉体や頭脳の働きを超えた、魂の消えない炉があるからだ。

神仏とはなにか。なにを祭り、どう祈るのか、だれが教えてくれるのか。
人生とは辛く苦しく、重たい荷を負って、長い道のりを歩むものであると、
身をもって示してくれる、先達がいなければ、どちらが前かさえ分からない。
それが、いかに大きな喪失であることか、思い知る日が来るだろうか?

いずれにせよ、宝石を使いこなすのは、
その人の人生のボキャブラリーが深く、豊富で、重層的になったときなのです。
なぜならば、宝石とは、地球の何十億年という歴史を現す、
とてつもなく大きな、存在感を放つものなのですから。
それに負けないだけの、荘厳な魂と、ドラマチックな存在感、
そういうものを手にした人が、身につけてこそ、
本来の美しさを、発揮できるものなのです。(美輪明宏)



収穫 柿


「民主主義が終わった?終わったんなら、始めるしかないじゃん」
などとうそぶく、学生たちのおしゃれなデモが、話題を集めたらしい。
中高年のインテリまでもが、自分たちの不甲斐なさをボヤきながら、
彼らに賛辞を送っているのだから、驚き呆れてしまう。

民主主義とは、機械のようにリセットできるものではないのだぞ。

一度失われてしまったなら、長期間に及ぶ、多大の犠牲を払わずしては、
決して取り返しのつかないものだ。その犠牲とは、いのちのことだ。

壊れれば捨てて取り替え、行き詰まれば、都合よくやりなおしができ、
見聞きしたくないものは消し、始めるや、思い通りに事が運ばなければ、
すぐに苛立ち厭きてしまうような、おもちゃ遊びではありません。

若気の至りは誰にでもある。若さと元気は欠落を覆い隠す。
だが、きみたちの笑顔も凍りついてしまう日が、いつか来るだろう。
ほんとうに「始める」のは、その時からだ。できるかな?

深刻な、悲壮な、苦渋に満ちた顔つきで、ひとりひとりが取り組め。
わが身に火を放って、戦争に反対した貧しい男性に、敬意を払え。
きみたちの前に、血路を開いて、斃れいった先人たちを、思い出せ。
山ほどの失敗と挫折、ほんの少しの成功を、積み重ねながら、
われわれの屍を踏み越えて、膿まず弛まず歩め。


つわぶき ヒャクニチソウ


物事には、死に物狂いで体当たりしても、1ナノも動かない時がある。
そこに、人の意思や努力や思惑を超えた、力が作用しているからだ。
時を待たずに、結果を急げば、それまでの労苦も水の泡となる。

「なにごとにも時があり、天が下の出来事には、すべて定められた時がある」
(旧約聖書『伝道の書』より)


「時のしるし」は、かならず示される。
それに気づくには、なすべきことを為しながら、じっと耐えることだ。


私たちが、待たなければならないわけは、
種のなかにある生命の至聖所に、私たちの手は届かないからです。
生命の至聖所の扉が、中から開かれるのを、
私たちは待つ以外、ないのではありませんか。

歴史にも、私たちの届かない、至聖所があると私は信じます。
だから歴史のプロセスも、待つことの連続です。

待つことが約束してくれるのは、開かれるのを見る驚きです。
真っ赤な花が咲くのを願っていたのに、黄色い花が咲いたからと、
失望するのではなく、それゆえに、よりいっそう驚くことが、
待つ人生であり、歴史であるように思います。

待つということは、「伝道の書」の言うごとく、
「時を待つ」、ということでしょう。
時を見きわめてから、畑を耕し、種を蒔き、草を除き、
水をやること、それがすなわち、待つことでしょう。

ともあれ、90年にわたる歳月の間、
どんなにか身を焦がす思いで、父上と母上は待たれたことでしょう。
私たちが、いま待ち焦がれているのは、民族統一ですが、
私たちはどのような姿勢で、それを待つべきでしょうか。
神に祈る以外に、道はないのです。

(鄭敬謨訳『夢が訪れる夜明け 文益煥獄中書簡集』より)



祈りとは、自己を厳しく見つめ、省みる、神との対話である。
まじないとは、己の願望のために神の力を利用する、人の傲慢である。
魔法の言葉、まじないの思考で、状況を好転させることはできない。

大切なのは、息長く待つ堅忍、時を見る注意力だ。
そう、「蒔く」という文字には、「草」の下に、「時」が隠れてある通り。


2銀杏


文益煥(ムン・イクファン)牧師は、長く獄中にありながらも、
韓国の民主化運動、統一運動を支えた、精神的指導者だったが、
釈放の翌年に、祖国の統一を見ることもなく、76歳で死去した。

生涯を通して、平和と護憲を一筋に貫いた、土井たか子氏は、
社民党が見る影もなく凋落し、集団的自衛権容認が閣議決定され、
憲法9条が骨抜きにされるなか、ファシズムと軍靴の不気味な足音を、
その死の床で聞きながら、84歳で、人知れず世を去った。

医師として患者に寄り添いながら、水俣病の解明と救済に尽くし、
公害を生み出した国と企業、社会的差別と闘った原田正純氏は、
その重たい教訓が生かされず、引き起こされた東電原発の核汚染にも、
鋭い批判を加えながら、事故の翌年、77歳で惜しまれつつ逝った。  

「草も木も、みんな泣きよる」

これらの人々の意識に、最期に去来した想いは、何だったろうか?
夢は砕かれ、努力は水泡に帰した。人々は忘れ、罪過を繰り返す。
目の前には、待ち望んだ世界とは真逆の、地獄絵図が現出している・・・
夜は明けない。彼らは敗北したのか。死ねばそこで終わりなのか。
あの人が、いま生きていてくれたら・・・と、思うことはある。だが・・・


種を蒔く人が、種蒔きに出掛けていった。
蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、
そこは土が浅いので、すぐに芽を出した。
しかし日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。
ほかの種は、茨の間に落ち、茨が伸びてそれを塞いでしまった。
ところが、ほかの種は、良い土に落ちて、実を結び、
あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。
(新約聖書『マタイ福音書』13章)



東アジアの平和をつくるひとりが、中国との戦争を拒否するひとりが、
日韓・日朝の友好、南北統一、民族の和解、基地のない沖縄や、
核や原発のない世界、暴力や差別や奴隷のない社会を築こうと、
果敢に行動し、声を挙げるひとりひとりが、心を尽くし、精神を尽くし、
想いを尽くし、力を尽くして、あらゆる場所に、心をこめて蒔いた種は、
いまどこに落ちて、どんな芽を出し、伸びてゆこうとしているのだろうか?

わたしは、蒔かれた種がしっかりと根を張る、「良い土」だろうか? 


一粒の麦は、もし地に落ちて死ななければ、 それは一粒のままだ。
しかしもし死ねば、豊かな実を結ぶ (新約聖書『ヨハネ 福音書』 12章)



夕日


別窓 | impressions
赤い月の夜 2014
2014-10-09 Thu 00:41

あかいつきのよる1

2014年10月8日 皆既月食 

あかいつきのよる2

げっしょく11 げっしょく12-2

げっしょく13 げっしょく14

1-2 げっしょく最大2

げっしょく15 げっしょく16

げっしょく17 18げっしょく

あかいつきのよる4

あかいつきのよる3



別窓 | celestial image
生きることは被曝すること。その希望とは?
2014-10-05 Sun 23:34

9月28日、地元で、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生と、
『希望の牧場ふくしま』の牧場主、吉沢正巳氏の講演会がありました。

2011.3.11から、3年半が過ぎました。
原発事故は忘れ去られ、被災者が棄民される、そんななかで、
小出先生も吉沢氏も、多忙を省みず、駆けつけて下さるのです。

小出先生の講演は、2年ほど前に、いちど聴いたことがありますが、
『希望の牧場』の吉沢さんには、どうしても間近にお会いして、
この目と耳をもって、その想いを受け止めたいと思いました。
いま「希望」とは、なにかということを。

原発事故によって高濃度に核汚染され、人が住めなくなった
浪江町の牧場にあえて残り、300頭の牛たちを守りぬく、
吉沢氏の『希望の牧場』については、ご存知の方も多いでしょう。
しかし私は、この壮絶なプロジェクトに対して、失礼ながら、
賛同もできなければ、反対もできないままでいました。

それはなぜか。二つの理由があります。
ひとつは再三お話してきた、私の一貫した立場なのですが、
原発事故により出現した、法律に定められた「放射線管理区域」よりも、
はるかに汚染の度合いが高い地域には、理由の如何を問わず、
大人も子どもも、絶対に留まるべきではないと考えるからです。

高濃度汚染地は、福島県だけではありません。
宮城県南部・北部、茨城県北部・南部、栃木県・群馬県の北半分、
千葉県北部、埼玉県・東京都の一部、新潟県や岩手県の一部などの、
広大な地域にまたがっています。そこに、胎児から乳飲み子、
子どもたち、若者たちを含めた大勢の人々が、日々被曝しつつ、
復興を期待しながら住み続け、日常生活を送ることが、
国の犯罪的な安全PRに、都合よく利用されてしまうからです。

もうひとつは、私自身が、『希望の牧場』の設立主旨のなかに、
どうしても、理解できない部分を感じていたからです。
それは次のようなものです。講演会場で配られた、
『希望の牧場ふくしま』の小冊子から引用します。

「今ここに生き残った牛たちは、福島原発事故の生きた証人である。
 その被曝実態の調査・研究を通して、今後の放射能災害の予防に役立てられる、
 貴重な科学的データを集積することができるだろう」


なんということでしょうか。
「福島原発事故の生きた証人」というのは、その通りです。
けれども「貴重な科学的データ」とは、どういうことなのか!
「放射能災害」を、他の自然災害も対する防災や研究と、
同じように考えるべきではありません。そもそも・・・
これほど膨大な、自然界にはない人工放射性物質による
生存環境の汚染自体、人間には為すすべも無い敗北だからです。
「今後の放射能災害」など、あってはならないことなのです。

『希望の牧場』のことを知って、寄せられる感想のなかにも、
悪気はないけれど、どう見ても、考えの足りないものがあります。

「放射能のなかで暮らしても、とっても元気そうですね」
「原発事故によって期せずして、被曝の実験場ができました」
「子どもたちへの被曝管理にも、役に立つといいと思います」  
「人間の身体の頑丈さ、自然の浄化作用を信じます」


このような、事の深刻さを理解せず、なんの覚悟もないままにする、
ポジティブな反応には、やりきれない想いがします。

だからこそ私は、吉沢氏ご自身のお言葉で、
なぜあえて、そんな生き方をされるのかを、聞きたかった。
私自身の、最大級の真摯な問いかけです。

吉沢さんと小出先生のお話を、振り返ってみましょう。
(主に、私のメモ書きを中心に纏めました)

『希望の牧場ふくしま』。
そこは浪江町。福島第一原発から、14キロの近距離にあり、
牧場の森の向こうには、原発施設の排気塔などが見えます。
もとは「エム牧場」とよばれる、和牛の繁殖飼育牧場でした。

2011年3月11日の午後。東日本を巨大地震が襲います。
そのとき吉沢さんは、南相馬市のホームセンターで、買い物をしていました。
津波の報を聞いて、急いで牧場に引き返した道は、
そのあとで数か所が、津波にのまれてしまったといいます。

牧場のライフラインは断たれ、停電でテレビも見られず、
カーナビで情報を得るほかはありませんでした。
夜になると原発上空を飛ぶ、ヘリの点滅灯が見えました。
「第一がおかしい」。
その日のうちに、福島第一原発から3-5キロ圏内に、
避難指示が出されましたが、正確な情報はありませんでした。

翌日の早朝、国や県、東電から、何一つ情報を提供されなかった
浪江町の町長は、テレビを見て決断し、全町に避難を呼びかけました。
しかし町民たちが急いで向かった、「津島」という場所は、
あろうことか風下に当たり、そこに大量の放射能が流れてきたのです。

牧場には、福島県警の通信部隊が来て、ヘリからの映像を中継するため、
場所の提供を申し出ましたが、その午後には、原発1号機が水素爆発。
中継どころかすぐに撤退命令がきて、隊員は引き上げる他ありません。
「とうとう来るべきものが来た。おしまいだ。国は情報を隠している。
 牧場にいないほうがいい」。
そう言い残して、去って行ったそうです。

牛たちのために、牧場を離れないと決意した吉沢さんは、
線量が普段の1000倍も上がった牧場で、発電機を回しながら、
牛たちに水を飲ませ、エサを与え、世話を続けました。
しかし、手塩にかけた牛たちも、被曝ゆえに、出荷先から断られてしまいます。

14日。原発3号機の爆発音に、すべての終わりが予感され、
16日には、自衛隊ヘリによる、空中からの放水がありました。
その危険な作業を、双眼鏡で見守った吉沢さんは、決意しました。
いまは逃げる時じゃない、たたかう時だ。

17日。「決死救命・団結」。牧場にそう書き残して、
吉沢さんはついに、軽ワゴン車で東京に向かいます。

東京電力本社。総務主任なる人が、応対に当たりました。
吉沢さんは、牛を全滅させた損害賠償裁判を起こすことを告げます。
逃げるな、ふざけるな、闘え。俺ならホースを持って建屋に行く。

そのとき主任は、泣いたといいます。そのあとも農水省に、
原子力安全保安院に、首相官邸にも乗り込みました。
枝野よ、「原発爆発事象」とはなにごとか!
車で寝泊りしながら、渾身の抗議活動が続きました。

そのころ牧場の牛たちは、エム牧場会長の村田氏によって、
このまま牛舎に繋いでいたら、餓死するだろうと判断され、
まだ牧草の生えていない放牧地に、解き放たれました。
わずかな水と草を探してでも、生きるようにとの願いからです。

しかし断腸の想いで、飼い主が去っていった牧場もありました。
食料も水もなく、繋がれたまま痩せ衰え、死んでゆくしかなかった、
牛たち、馬たち・・・。野生化して、人のいない街をさまよう家畜の姿。
殺処分や餓死で、どれほどの命が奪われていったでしょうか。
これだけをもってしても、原発事故はゆるしがたい犯罪です。

牛たちを、生かそう。

吉沢さんたちは三日に一度、避難先から、高線量の牧場に向かい、
給餌場にエサを置いたら帰るという、作業を繰り返しました。
4月、原発から半径20キロ圏内が、「警戒区域」に指定され、
無断で立ち入ると違法行為になりましたが、臆せずに続けます。
しかし5月12日、ついに国から、警戒区域内の家畜に対する
(所有者の同意を得た上での)「殺処分」の通達が出されました。

国の言うことは、絶対に聞かない。見棄てない。

それが吉沢さんたちの、ゆるがぬ決意でした。
理解ある議員や、ジャーナリストらを交えながら、
国から殺処分が下され、経済価値も失った被曝牛を、
「生かすこと」の意味について、議論しました。

そのひとつが、民主党の議員から出されたアイデアで、
残された牛たちを、原発事故の生き証人として、被曝の
科学的データを集めて、役立てるというものだったのです。
「なるほど、これならがんばれる!」

ここまでお話を聞いた時、その苦渋の想いに、堪らない気持でした。
本来、生きること、生かすことに、特別な意味や理由はいりません。
命そのものが、尊いものだからです。警戒区域のなかには、
吉沢さんの他にも、殺処分に抵抗して、愛護という観点でも、
飼育を続ける人々がいますが、本来それが真っ当なあり方でしょう。
病もうが傷つこうが、家族を棄てて逃げられないのと同じです。

にもかかわらず、殺処分が下った牛たちを守るのに、
「被曝実態の調査・研究」や「貴重な科学的データ」という
大義名分を押し立てるというのは、「ならば実験台になってやる」と、
残酷な現実の前に、身をもって立ちはだかるという、選択なのです。
そこまでさせるのか!感動話などではないのです。
薄っぺらな希望や、自己犠牲の、及ぶところではありません。

私の耳に、突き刺さった言葉があります。

「殺処分というのは、証拠の隠滅なんだ」

「この牛たちに、いったい何が起きるのか。
寿命が尽きるまで・・・見棄てずに飼ってゆくつもりです」


福島原発事故を、絶対に忘れさせないぞ。
私たちも含めて日本人に、その責任のある者たちに。
都合の悪いものを隠したり、消させたりはさせないぞ。
放射線に曝される牛たちの姿を、ありのままに見よ!

これが、『希望の牧場』なのです。
吉沢さんたちが、現在でも高線量の警戒区域に、
あえて残ることを選択されたのは、ご自身と牛たちの
これから残された生において、その身といのちをもって、
日本国家と東京電力が引き起こした、放射能汚染の実態が、
いかなるものかを、科学調査による、確たるデータによって証明し、
広く社会に知らしめ、不正を砕き、未来を拓こうという、お気持からでした。

それこそが「決死救命」の、いちばん深い意味でしょう。
鬼気迫る覚悟に胸が潰れて、涙がこみ上げてきました。

「科学データ」の為だけに、被曝の地に生かしておくのなら、
無謀な人体実験や、動物実験と、なんら変わりないでしょう。
広島・長崎のヒバクシャを、治療もせず、生きた標本として、
放射線の人体への影響を調査し続けた、米軍と同じことです。
そうではなく、吉沢さんの決意の根底には、人間の、いいえ、
すべてのいのちを蹂躙するものへの、抗議と挑戦とがありました。

ライフラインが一部復旧すると、インターネットを使って、
「希望の牧場」や、警戒区域内の情報、地元の畜産主の声などを
積極的に発信し、福島圏内や東京都内での、街頭演説も続けました。

牧場への立ち入りは、南相馬市から許可を得て可能になったあと、
それを引き継いだ町から、ネットで公にする情報は、町の許可が必要で、
マスコミの同行取材も制限するなどの、同意を求められましたが、
弁護士らの協力を得て、撤回することができました。
「希望の牧場」の様子は、ライブカメラで24時間中継されています。

現在、吉沢さんは牧場の牛たちの身体にあらわれた、
白斑ついて、農水省に真相究明を要求しています。
6月には、被曝牛たちをトラックにのせて東京を訪れ、抗議を行いました。
最後の一頭まで守ると約束した牛たちです。

吉沢さんのお隣には、原子力の専門家である、小出裕章先生がおられ、
温厚な表情のなかにも、苛烈な憤りをこめて訴えられました。
「放射能に関しては、安全・安心・大丈夫という言葉は、
絶対に使わないでほしい」と。すべて危険なのだと。


日々、高い放射線を浴びながら作業をされる、吉沢さんの前であっても、
はばかることなく、この期に及んでもまだ「大丈夫」だと思い込む、
一般日本人の、救いがたい特異性への、やりきれなさを語られました。

だからこそ、吉沢さんを英雄視たり、その試みを情緒的に賞賛したり、
「希望の牧場」の先行きを楽観するのは、間違いだと思うのです。
まして「被曝の実験場」などと肯定するのは、いのちへの冒瀆です。

小出先生は言われます。世界は、ひっくりかえってしまった。
いまでは、自分が厳重に管理する「放射線管理区域」に
逃げてきてくれたほうが、はるかに安全になってしまった。

オリンピックに反対する者は、非国民と呼ばれかねない。
しかし「こんな国なら、喜んで非国民になろうと思います」。

吉沢さんも言われます。12年の夏、大飯原発の再稼動を前に、
反原発運動が盛り上がった。しかしそこに石原都知事は、
尖閣問題をぶつけた。それから社会の空気が変わってしまい、
安倍政権の成立から、集団的自衛権の容認にまで至ってしまった。

おふたりとも、原発や放射能だけを、見ているのではありません。
原発や放射能とは、それを超えて、命の差別と否定を意味します。
だからこそ、核の大惨事を招いた社会構造と、その責任とを追及し、
私たちに何ができるかを、日本人に真摯に、問い続けておられます。
その結果、政府に最大の批判が向けられるのは、当然のことです。

後半には、聴衆との質疑応答がありました。
「なぜ日本人は、原発事故を忘れたり、他人事のように考えるのか?」

吉沢さんは答えられました。
「それは実際に体験していないからだ」と。
これからまた、原発は再稼動されるでしょう。
そしてまた、2回も3回も大事故が起きて、
日本が滅亡の寸前になったときに、ようやく気がつくだろうと。

吉沢さんご自身、原発事故の前年、宮崎県で口蹄疫が流行し、
多くの牛達が殺処分にされたとき、同じ牛飼いとして、
大変だなと思いながらも、やはり「他人事だった」といいます。
しかし次の瞬間、吉沢さんはすべてを失いました。

「明日はわが身だった」。

あまりにも重たい言葉です。

この言葉が示す現実の前には、行動なき祈りなど偽善であり、
自己欺瞞の無責任でしかありません。奇跡は起こりません。

原発に頼らない町づくりを目指した浪江町も、
日本一美しい農村だった飯舘村も、消えてしまいました。
しかし放射性物質は、半永久的に消えることはありません。
故郷を失った人々は、二度と帰還できず、絶望のあまり、
心身を病む人々、命を絶つ人々は、あとを絶ちません。
国は福島に金を落として、電力を吸い上げ、事故を起こしたあげく、
彼らを、使い道を失った厄介者として棄てました。
日本人には所詮、そんな智恵しかないのでしょうか。

「浪江ではもう米は作れない。でもたとえば、
バイオ燃料の原料となる、植物を育てることはできるかもしれない。
そのために現在は無人の里山や、田畑の保全管理に、
牛の放牧を利用する。やがてバイオ燃料の製造が始まれば、
搾り粕は牛の餌になる。汚染された地域でも閉じた循環を作ることで、
約20年といわれる、牛の寿命を全うさせることはできる」

「『希望の牧場』もまた、広大な放牧場の除染は可能か、
畜産を志す若い人たちは戻ってくるかなど、問題は山積。 
答えは、多分『否』です」。

(どちらも、『希望の牧場ふくしま』小冊子より)


吉沢さんは、厳しい現実をよく理解されているのです。
安易な復興の掛け声や、放射能との共存や、食べて応援や、
被曝に負けない身体作りなどと、断じて一緒にすべきではない。
私たちにも、相当の覚悟が求められています。

今後もし万一にも、なんらかの理由によって、
「希望の牧場」プロジェクトが、断念されることがあったとしても、
私はそれを、吉沢さんの敗北であるとも、希望が潰えたとも思いません。

なぜなら希望とは、浅薄な人間のいう、願望実現や目標達成とは、
まったく次元を異にする、勝ち負けを超えた人間的価値だからです。
絶望の暗闇の中で、たったひとりでも、理不尽と不正に抗うことで、
「地の塩、世の光」となってゆく、人の生き様と尊厳だからです。

あの日からすでに3年半。この国はいま、戦争をしたがっています。
社会の激変のなかで、新天地に避難・移住する人、あえて留まる人、
決めかねている人、すでに忘れて無関心な人、百人百様それぞれでしょう。
遠く離れた西日本に住む私には、それ以上のことは言えません。
しかし日本人の全員が、あの事故によって被曝していますし、
これからの生涯も、程度の差こそあれ、被曝し続けるのです。

生きることは、被曝すること。ならばこそ、
100年後、300年後の子孫に、恥じない生き方をしたいです。

なお、現在「希望の牧場」では、生き残った被曝牛たちのための、
「牧草ロール」と、その運送費の支援を呼びかけています。
会場で配られたチラシの、一部を引用いたします。

・・・北関東、東北地方全体に多く存在する、「汚染ワラ」「風評ワラ」「不要ワラ」と呼ばれる、処分に困っている飼料の受け入れを強く望んでいます。実際、現実的な処分方法についてワラの所有者も行政も困りはて、また焼却処分という方法については、放射性物質の更なる飛散を心配した反対運動が、各地で起きているという現実を受け止めたうえで、「ひとつの方法」として警戒区域内に残っている牛に、それらのワラを与えるというカタチでの処理が可能になれば、焼却処分による飛散を心配する人々の不安をとり除き、所有農家においても保管場所の有効活用、私たちを含め自力で飼育を続けている、被災した畜産農家全体への救済につながると考えます。つきましては「ワラ・飼料」等の保有農家の皆様、それらの繋がりのある方々に対して、協力・拡散をお願い致します。

お心当たりのある方は、ぜひご協力をお願いいたします。
ぜひネットで、「希望の牧場」を検索してください。

別窓 | candles
Ascension to Eternity
2014-08-23 Sat 21:23




宇宙のエヴァ


フレシサム、赤ら顔のお隣りさんの、
時を忘れた草原のふところは、
みずうみのように、万夜の身体を、
すっぽりのみこむ母さんで、
カムイシンタの、幼な児たちは、
月の籠もれる雪の森、ほのかな炉辺、
火のおばあさん神の、膝に抱かれて、
ゆらゆらと、星の揺り籠に夢を結ぶ。

けれども、商人が砂漠を踏むように、
戦士が財宝を貪り、囚人が森を拓くように、
金色にさざめく、プラーナの海を突き破って、
天上を侵犯した冒険者は、ひとりもいない。
そんなことをしたがってみせるのは、
石から生まれたばかりの、猿たちだけだ。

人の知覚は、光に盲いて、
肉は戸惑い、激しく震える。
光よりも高きもの、
不可知の雲の放電。
蓮花の真ん中に、
仏陀の智恵が宿るように、
おだやかな闇の、辺土には、
霊の孤独をいたわる、此岸の実。

いまも、憶えているか? 
どうにか、思い出せるか?
あの高い空は、とおいむかし、
わたしたちが捕えられ、
炎を立てる薪の上で、
最期に見つめた碧空。

神の沈黙。
宇宙の静謐。
慕わしい天の篝火、無音の虚空に、
思念ははや、言葉を有さず、
愛もまた、肢体を用いることなく、
瞳も眼差しも、腕も指先も、姿形も、
衣服も、食物も、住居も、財布も、
どれもみな、そこに投げ出し、
ぜんぶ置き去りにしておいで。

光と陰が反転し、
響きあい、全一に溶け合う、
霧よりも細やかな、
姿なき、在るものよ。

ただひとり、彼女だけが、神に招かれる。

残された地の子らの祈りが、
聖なる炎の、上昇を見まもる。

かもめよ、
星の鏃、涙の散光、真珠、
満ちてくる潮よ。
太陽と月にも劣らぬ、
ロシアの娘。

宇宙のエヴァ。
もし、あなたがなければ、
わたしのいまも、ここになかった。
燃える渇きも、癒されなかった。



ワレンチナ・テレシコワ(Валенти́на Терешко́ва 1937年~)  
  世界初の女性宇宙飛行士。旧ソ連。1963年6月、ボストーク6号に搭乗。
  71時間で地球を49周しながら、ボストーク5号とランデブー飛行。

  いま残された世界において、テレシコワほど神話的な存在はないだろう。
  宇宙空間での単独飛行に成功した、数少ない一人でもある。(女性では唯一)
  あらゆる意味と側面で、彼女の達成は、全世界の女性たちの、魂を覚醒させた。
  旧ソ連の目指した輝かしい理想と、人類の希望を体現した彼女は、
  いまもロシアの至宝であり、世界中から敬意を集める。
  



別窓 | poems
梅雨の花
2014-07-15 Tue 00:43

日本では、6~7月は雨季にあたります。
5月の終わりごろ、初夏の爽やかな空気がふと変わって、そわそわと風が流れ、
水の皮膜のような雲が、幾日も空を覆って陽差しを遮り、雨をもたらします。
雨の降らない日の、光を含んだ雲や、その切れ目からのぞく、眩しいレイリー散乱。
闇夜には、雲間に見える星や月の姿にも、親しさが増します。

地方によって異なりますが、ここでは6月に入ってから田植えをはじめます。
茶のお師匠さんに、「田毎の月(たごとのつき)」という銘を、教わりましたが、
あぜ道を歩きながら、この季節の夕の風情に、まことに相応しいかと。

一方で晴れた夜が少なく、星見には都合が悪いこの時期の天文台では、
望遠鏡の大掃除をはじめ、各種のメンテナンスが行われるようです。

陰暦では、6月を「水無月」をいいますが、梅雨に入ったばかりの6月頃は、
むかしならまだ「皐月」。長雨のことを、五月雨(さみだれ)ともいいますね。

日々の暮らしに、月の満ち欠けにあわせた陰暦や、太陽の道すじを季節ごとに分けて名付けた
二十四節気を取り入れてみると、人なる存在が、天の運行と共に生きている、実感がわきます。
このほかにも、二十四節気を補って作られた「雑節」も、意外にお馴染みです。

というわけで、6月の節気としては芒種と夏至があり、雑節としては入梅。
7月になると、まず雑節の半夏生があり、いよいよ小暑に入ります。
そう、旧暦では5、6、7月が、「夏」にあたるのです。

では、季節の花をみてゆきましょう。


あじさい
【紫陽花・アジサイ】

梅雨の花といえば、やはり雨に濡れる紫陽花ですね。
むかしから紫陽花、額紫陽花、玉紫陽花、小紫陽花、甘茶など、種類も多く、
花期も長く、なかでも紫陽花は、七変化とよばれるほど、花の色が変化します。
もともとは、「あづ」(=集める)「さい」(真の藍)に由来する花名で、
青い花が集って咲く様子を呼んだそうです。
写真は、数年前に挿し木をしたものが、今年はここまで育ったところです。


2くちなし
【梔子・クチナシ】

梅雨空の下に咲く、薫り高い、清楚な白い花で、一重のもの、八重のものがあります。
漢字では「梔子」と書きますが、一説には、実が熟しても裂開しないことから、
「口無し」というともあります。冬には赤い実が熟します。


みずひき沖縄ガラス花瓶 

この涼しげな花瓶は「琉球ガラス」といい、沖縄を旅行した友達のお土産です。
花はペチュニア、姫紫苑、初雪草、水引など、椋をもたらす組み合わせです。


つきみそう
【昼咲月見草・ヒルザキツキミソウ】

月見草とはいえ、お昼にも咲いている「昼咲月見草」ですが、興ざめなわけではなく、
薄紅色の大きな花びらが、にっこり笑う子どものように素朴な花です。
待宵草(まつよいぐざ)や夕化粧(ゆうげしょう)なども、おなじ仲間で、
その多くが、夏の夕に開花して、夜間咲きつづけ、翌朝には萎む、一日花です。


金糸梅
【金糸梅・キンシバイ】

くぐもったような空の下で、金糸梅(きんしばい)が満天星のように咲く様は、見事です。
よく似た花に、同じく黄色の、未央柳(びょうなやぎ、ヒペリカム)があります。

このころは、鉄線(クレマチス)も華やかなのですが、今年はあまり咲きませんでした。


かしわばあじさい
【柏葉紫陽花・カシワバアジサイ】

柏のような葉が茂る間から、葡萄の房のように垂れ下がった、真白の花が豪華です。
花はひと月ほど咲きますが、次第にグリーンからピンクにも変化して、深みを与えます。
ドライフラワーにもなりますし、晩秋には紅葉も楽しめます。

6月中旬の水辺には、蛍が舞います。むかしは近くの用水にもいたのですが、
大型ショッピングモールができてからは、姿を消してしまい、いまでは育成した蛍を
毎年公園などに放していますが、さすがに人がぞろぞろ集まって、騒ぎながら、
あれは源氏、これは平家と言われると、もう風情もなにもありません。
蛍とは「星垂る」のこと。そこはかとなき光は、夜の街明りと車音に沈みます。


ゆりずいせん、しもつけそう

百合水仙は、お花屋さんでもおなじみの、アルストロメリアの原種だと言われます。
下野(しもつけ)は、鋸葉の枝先に、つぶつぶの小花をたくさんつけています。


やぶみょうが、ききょう

藪茗荷(やぶみょうが)は、長く大きく広がる、ざらざらした葉の間から
すっくと立ちあがる茎の先に白い花をつけ、終わったあとに、青み掛った黒い実ができます。
桔梗(ききょう)は、秋の七草のひとつで、風船のような蕾から、星型の花が開きます。

このころ・・・四月に、あれほど美しい花をつけた桃や李が、たくさん熟れました。
(写真がなくてすみません)

たちおあおい
【立葵・タチアオイ】

立葵(たちあおい)は、梅雨葵とも呼ばれるように、雨季を彩る多年草です。
人の背丈よりも高くなり、花色もピンクのほか、白や紫、黄色などもあります。
すくと立った茎に次々に咲いてゆく花が、梅雨の青空に映える頃、夏至になります。


なつつばき
【夏椿・ナツツバキ】

源平合戦の舞台ともなった、藤戸のお寺の庭に、「沙羅樹」としても伝わる夏椿で、
毎年、夏至のころに客殿が開放され、平家物語を聞きながら、純白の花を観賞します。
梅雨椿とも呼ばれる、儚い命の花は、そのままの形でポトリと落花します。

夏至が近づくにつれ、気持が昂揚しないではいられません。
一年でもっとも日が長く、太陽が高くなる、季節の頂点なのですから・・・
日本では梅雨なので、ミッドサマーの雰囲気は味わえませんが、
若いころは小説などに登場する、「すばらしい北国のながい黄昏」とか、
それに続く「極光の夜」に、ずいぶん憧れたものです。


やぶみょうが 四海波籠

夏の花は、籠に生けてみると涼しげです。
この籠は「四海波籠(しかいなみかご)」といい、重なる波を表した
竹細工の素朴な作りが気に入って、買いました。(フリマで300円)
花は、藪茗荷(やぶみょうが)、都忘れ、バンブー、椿の実、金魚草。


はんげしょう
【半夏生・ハンゲショウ】

「半夏生(はんげしょう)」とは、雑節のひとつで、夏至から数えて11日目、
太陽が黄径100度の点を通過する日として、毎年7月1日か2日頃に当たります。
そのころ、茎の先のほうの葉の表が白くなることから、片白草ともよばれ、
半化粧、半夏生ともいわれる、地味ながら季節の目印になる植物です。


つくばねうつぎ
【花園衝羽根空木・ハナゾノツクバネウツギ】

道路や公園の生垣などでもよく見かける、アベリアとしても知られる花です。
花期が長く、猛暑にも強く、刈り込みにも強く、秋の終わりまで、
白い小さな、ラッパのような花が、旺盛に咲き続けます。

半年が終わる6月の終わりには、各地の神社では「夏越の祓」が行われ、
茅の輪潜りなどの行事がおこなわれるので、近所のお宮にも行ってみました。
今年の6月は、梅雨とはいえ、天の底が抜けたような、篠衝く雨が降るわけでもなく、
それでいて空はずっと曇り、寒気が入って気持ちよく、この祭りの夜も、
雲間に半月が見え隠れする、楠の杜の社で、家族連れが和やかに過ごしていました。

そして、7月1日。今年はじめて、蝉の声を聞きました。

はす
【蓮・ハス】

泥のなかに咲く清浄な花、水を弾く葉。仏さまの座としてのお花です。
ほかにも水芙蓉、池水草とも呼ばれ、真ん中の花托を蜂の巣にみたてて、
古くから「ハチス」ともよばれ、「ハス」はそれが転じたものです。
地下茎は、食用の「蓮根」になりますね。

このころ、岡山の「後楽園」という大名庭園では、
「観蓮節」という、早朝に開く蓮の花を訪ねる行事があり、
この写真は、そのとき撮影した蓮の花です。

蓮池
【大賀蓮】

後楽園の、大賀蓮の池です。
早起きして、こんな場所まで繰り出さなくても、蓮根栽培の畑もあるのですが・・・
でも蓮が開くときの、ボッという音は、いまだに聴いたことがありません。


後楽園 紫錦唐松

「観蓮節」の、茶席の床に飾られた花です。(ワタクシが生けたのではありません)
桂籠に、紫錦唐松、桔梗、岩菲、草紫陽花、人参木など。


底紅の無窮花
【木槿・ムクゲ】

7月に入ると、いまかいまかと楽しみなのが、木槿の花です。
風炉の花の主役として、9月の終わりごとまで咲き続けますが、
私には、無窮花(ムグンファ)と呼ばれる、韓国の花のイメージがあります。
古来より、韓半島は「槿花郷」と呼ばれ、民族の生活を彩ってきました。

しかし今年はどうしたことか、わが家の木槿は、4月に芽をつけたころから
あまり元気がなく、それでも枝を高く高く、空に伸ばしていたのですが、
7月に入ったある日、花もつけることなく、自然に枯れてゆきました。
まるで花の意思であるかのように、潔い終わりだと思いました。
いろんな意味でわたしは、木槿の枯れたこの年を、忘れないと思います。

不思議にも、それと呼応するかのように、ある知人の方が、
汚れなき無碍の光をまとって咲き続ける、無窮花への祈りをこめて作られた、
詩を拝することができましたが、涙なしには読めぬほど、深い想いに満ちた漢詩でした。


むくげ

木槿には、一日花のイメージがありますが、じつはこれで終わるのではなく、
数日は夕に萎んでも、翌朝には咲く力があり、真夏の青空に生命力を誇ります。
木の足もとに落ちた花殻の重なりに、滅びの姿を重ねる趣もあるようですが、好みません。
八重のものは、さらに長く楽しめますので、身近にあれば、ぜひ観察してみてください。
色は真白もあれば紫もあり、けれどもいちばん愛されるのは、白地に底紅でしょうね。
おなじく夏の花である、芙蓉やハイビスカスも、同じアオイ科の仲間です。


あじさい(薄紅)四海波籠

四海波籠に、紫陽花、藪茗荷、桔梗、金魚草、初雪草、天門草を入れてみました。


ねむのきのはな
【合歓木の花・ネムノキの花】

通りがかった公園の合歓木に、細やかな淡紅色の花が満開でした。
和名のネムは、夜になると葉が閉じることに由来するそうです。
夫婦和合の歓びを表す、葉も花も優しい姿をしています。

かんぞう
【藪萱草・ヤブカンゾウ】

降る雨に似合う花は、まず紫陽花ですが、萱草の明るい雰囲気も好きです。
憂いを忘れさせてくれる花という意味で、「忘れ草」とも呼ばれます。
細長い茎の先端に、百合のような花をつけますが、藪萱草は八重咲きで
おなじ仲間には、野萱草、姫萱草などもあります。


ゆうすげ
【夕菅・ユウスゲ】

夕菅も、萱草とおなじユリ科の仲間で、おなじ頃に咲く花ですが、
萱草と交代するうように、夕になると開き、翌朝には萎みます。
萱のような葉の間から、いつの間にか太い茎が伸びて、その先端に、
黄色い百合のような花をつけます。花色から単に、黄菅ともいいます。


やぶかんぞう宗全籠 昼 

宗全籠に、身近な夏の花をいっぱい入れてみました。
額紫陽花、藪萱草、夕菅、撫子、藤空木、小萩、水引、
洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう)、矢筈芒、金魚草などですね。


ゆうすげ宗全籠 

同じ籠の夕の様子です。藪萱草は萎み、夕菅(ゆうすげ)が開きました。


ひおうぎ
【檜扇・ヒオウギ】

葉が扇ように広がることに由来する名前ですが、いかにも夏らしい花です。
あとにできる黒い種は、「ぬばたま」と呼ばれ、「夜」に掛る枕詞でもあります。


葡萄
【葡萄】

洗濯物干しに、そのまま葡萄の樹を絡ませてみると、こうなりました。


さるすべり
【猿滑・サルスベリ】

猿もこの樹から落ちるほど、滑らかな木肌という意味ですが、
7月から9月にかけて長く咲く、紅色や白色の花もまたみごとで、
百日紅(ひゃくじっこう)とも呼ばれています。

そろそろ向日葵も、慎ましく咲き始めました、
足元には、藪蘭や蛇の髭の小花、エノコログザやカヤツリグサも繁茂して、
南天や珊瑚樹は、すでに固い実をつけ始めています。
もうすぐ梅雨が明け、夏休みに入ります。


(星の余談)
今年も7月7日に、七夕の行事がありました。
けれども残念ながら、いまの7月7日は、本当の七夕様ではないのです。
現代日本人の、季節や自然に対する無感覚が、ここにもあるように感じます。

雨季の空には星も見えず、運よく晴れても、織姫・牽牛はまだ、東の空に昇ったばかり。
頭上に広がる無限の虚空に、雄大な天の川が流れる風情には程遠いのです。
これも新旧の、暦のずれから来る季節感の矛盾のひとつで、
七夕は本来、秋の季語、旧暦にあわせて祝う、伝統の星祭りです。
仙台の七夕祭りのように、ひとつき遅れのほうが、季節にはふさわしいでしょう。
今年の伝統的七夕は8月2日。旧暦の7月7日に当たります。

梅雨の雲が消えると、五月雨星はすでに傾き、天の柄杓の水も乾いたのか、
戦の神(火星)は、正義の女神(おとめ座)を、ようやく振り切って
ただひとつだけ、天の動きに逆らうかのように、獣帯に陣取って、
ふたたび、蠍の炎と競い合うようになります。それでは・・・・・

昼は涼をさそう花たちの、夜は銀河と流星の季節を楽しみながら、
お元気で、真夏をお過ごしください。

M106 Across the Spectrum
M106 Across the Spectrum
Image Credit: X-ray - NASA / CXC / Caltech / P.Ogle et al.,
Optical - NASA/STScI, IR - NASA/JPL-Caltech, Radio - NSF/NRAO/VLA

別窓 | flowers & blossoms
「河野談話」の検証・・・・・手で海を掻き分ける、絶望的な無意味の果て
2014-06-25 Wed 01:29

別窓 | candles
初夏の彩り(2)
2014-06-09 Mon 00:34

ずいぶん遅く、季節外れになりましたが、初夏の花たちの写真をUPします。

春の嵐に桜が散ると、いよいよ百花繚乱の季節です・・・
二十四節気では、<立夏>から<小満>のころ。
このあと<芒種><夏至>と続きます。

5月のさわやかな大気は、つかれを知らぬ青春の潮です。
山も街もどこでも、植物の生き生きした、芳香に満ちています。

夜になると、地中から聞こえる、「ジィィー」という連続音(ケラの鳴き声)が、
なにかしら親しげに、あたりに響いて、浮き浮きと楽しくなってきます。

裸木ばかりの々も、日に日に見違えるように肥え太り、新緑に覆われ、
民家の、あまり掃除もされない軒先の、打ち棄てられた植木鉢には、いつの間にか
花が盛り、冬の間は、棒切れのようだった板塀にも、薔薇の花が溢れるのです。

そうして青い梅が実り、空気が霧に変わるころまでの、数週間こそ・・・
なにものにも変えがたい、一年でもっとも美しい季節だと思います。

清楚な、白い花を中心に、集めてみました。


はなみずき
<ハナミズキ>「花水木」 
その春の最後の雪のように、目覚めた樹をしっとりと彩る、
大きなふんわりした花が開く、直前の姿ですね。


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<ツツジ>「躑躅」 
晩春から初夏を彩る花といえば、もちろんツツジ。
5月の庭が、天国のように華やぐ主役です。


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<ドウダンツツジ>「灯台躑躅」
中国名に由来する「満天星」の字を当てるように、鈴蘭のような小さな花が、
樹の全体に、星を散らしたように咲きます。秋には照葉も見事です。


オーニソガラム
<オーニソガラム> 
足元も見逃さないように。いつの間にか、草むらに咲いています。
見るからに惹き込まれ、「ベツレヘムの星」とも呼ばれるそうです。


なるこゆり
<ナルコユリ>「鳴子百合」 野趣あふれる花ですが、庭にあります。
鈴蘭が、五月の野の妖精なら、鳴子百合は、お庭の小さな姫様ですね。


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<シャガ>「射干」 花の形から「胡蝶花」とも。
4月下旬から、日陰の草むらに、点々と咲くようになります。
白地に紫と蜜柑色の斑点のある花は、光沢のあるシャープな葉とともに、
生けると、とても上品な花です。


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<ハクウンボク>「白雲木」
まさに五月の青空に、白雲が重なるような、光と影を織りなす高木です。


ぐみ
<ナツグミ>「夏茱萸」
納屋のすみっこに、慎ましく、ふんわり垂れ下がるように咲きます。
6月ごろに、赤い実が熟します。


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<ヤマアジサイ>「山紫陽花」
初夏のさわやかな雨のなか、中心に群れる小花が、涼しげです。


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<カラー> 
ありがたくも、数年ぶりに咲いてくれました。


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<ショウブ>「菖蒲」
畑の一角が紫の園に。「あやめが原」と呼んでいます。


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<ハクチョウゲ>「白丁花」 生垣にも適していますが、
子どもの瞳のような小花を、日に日につけてゆきます。


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<シャリンバイ>「車輪梅」
街路の生垣にも見かけますが、香こそないものの、
中心がほんのり薄紅色にそまる、可愛い花をつけます。
冬には、黒い実が熟して楽しみです。


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<シラン> 「紫蘭」と書くように、紅紫色の花のほうが
よく見られますが、わが家には白ばかりが、一斉に咲きます。


ユキノシタ2
<ユキノシタ>「雪の下」
小さな蕗のような葉に、降る雪のような、細かい花びらを、たくさんつけて、
日陰の岩場しがみつくように咲いている姿には、風情があります。


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<フタリシズカ>「二人静」 静御前の舞姿といわれます。
花穂がひとつの「一人静」は、4月にひっそり咲きますが、 
「二人静」は、静御前の亡霊が、ともに舞う、幽遠な姿だとか。


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<サクランボ>「桜桃」 
今年は、ユスラウメがほとんど、実を就けませんでしたが、
サクランボは、こんなにたくさん採れまして、胃袋も忙しいのでした。


コバノズイナ
<コバノズイナ>「小葉の髄菜」
梅雨に入る前に、穂のようにふさふさした小花を、たくさん咲かせます。
秋の照葉も素晴らしく、この木の下にいると、山道を歩いている気分です。


2スイカズラ
<スイカズラ>「吸葛」
花には芳香があり、蜜を含んでます。
冬でも葉の一部は青々として、「忍冬」とも呼ばれ、
花色がやがて、黄色に変わることから、「金銀花」とも。
5月の夜に、スイカズラの芳香が漂う庭は、夢のようです。


ハコネウツギ
<ハコネウツギ>「箱根空木」 2年ぶりに咲きました。
花の色は、はじめは白く、それから紅紫色に変化します。
梅雨の前ぶれで、あじさいのような葉の形をしています。


フウラン
<フウラン>「風蘭」「富貴蘭」。
柿の木のうろのなかに、植え込んでみたものが、見事に合体して、
毎年、不思議な光景を見せてくれます。


サツキ2

サツキ1

3サツキ
<サツキ>「皐月」「皐月躑躅」 
ツツジの終わった庭には、葉も花もひとまわり小さなサツキが、
あとを継ぐように花を咲かせます。このころになると、なんとなく
空気が変わってきて、雨季へと入る予感がするのです。


2ドクダミ
<ドクダミ>「蕺草」
名前の由来は、「毒矯み」(=毒を抑える)という意味だそうです。
梅雨の前になると、駐車場にいっせいに群生します。
「十薬」ともよばれる、用途の広い漢方薬でもあり、独特の臭気を放ちます。


サンゴジュ
<サンゴジュ>「珊瑚樹」
葉には光沢があり、枝先に白い花をたくさんつけます。
秋には、珊瑚のような真っ赤な実をつけます。


ナンテン
<ナンテン>「南天」
語呂合わせで、「難を転じる」とされる、縁起のいい木。
この木も秋には、たくさんの朱い実を、楽しませてくれるでしょう。



季節は、いよいよ梅雨に入りました。日が暮れると、「五月雨星」が、
空に輝きいます。「麦星」とも呼ばれる、橙色の星です。

この地方では、6月に入ってから、田植えをするので、いまでは家を出て
しばらく歩き、水を張った田んぼに出ると、どこまでも湖が広がっているようで、
水面が朝日を反射し、梅雨の晴れ間の青空を映して、眩しく輝きます。

雨降りの昼には、雲の垂れ込めた夜には、どうやって過ごしましょうか?

夕辺の川畔をふらふら歩いて、池まで来ると、水の上を、蛍が舞いました・・・
ゲンジなのか、ヘイケなのか、ただ消え入りそうな、微かな光がただよいます。
紫陽花がしっとりと雨にぬれ、梔子(くちなし)が香り、
半夏生がたくさん生えて、いよいよ夏至に近づきます・・・



別窓 | flowers & blossoms
言葉の『冠』
2014-05-21 Wed 00:17

ヨーロッパ人は(イスラエル人も含めて)、キリストの生涯に、『愛』という名を冠しました。この場合、『愛』という言葉は、ですから、ひとつの本質的な生と死との上に置かれた冠なのです。『言葉』を用いるとは、それほど真実なものであり、しかも人間の経験と思考とを越えているのです。『善』とはなんですか。誰も知りません。しかし何人(なんぴと)も、ソクラテスの生と死とに善という名を、冠のように置かなければならないのです。それに勝手な名をつけることはできません。(森有正『遙かなノートル・ダム』「ある夏の日の感想」より)

肉体を養い、生かすものは、食物と水分と呼吸です。
では魂は、なんによって生かされ、養われるのでしょうか?
それは、『言葉』です。現代人を襲い、蝕む、魂の飢餓とはまさに、
まことの言葉、いのちの言葉への、飢えと渇きではないでしょうか。

なるほど、私たちの周りには、いろんな言葉があふれています。
ところが・・・人がそれらを、貪るようにに味わいながら、満足感と引きかえに、
知らぬ間に毒され、傷つき、病み衰えてゆくのは、なぜでしょうか?

言葉にはそれぞれ、それが本当の言葉となるための不可欠の条件がある。それを充たすものは、その条件に対応する経験である。ただ現実には、この条件を最小限度にも充たしていない言葉の使用が横行しているのである。経験とは、ある点から見れば、ものと自己との間に起こる障害意識と、抵抗の歴史である。そこから出てこない言葉は安易であり、またある意味で分かりやすい」(「霧の朝」より)

人の言葉が貧しく、薄っぺらで、虚しく、空疎で、無意味なとき、
それはその人の、語彙や表現力、文章力の問題では、まったくありません。
虚しい言葉とは、そこに何らかの文字と音声と、意味があって、
読めば元気が出たり、激しく同意したり、すっきり納得できるものであったとしても、
生きた人格と、苦渋の経験が宿らない、まやかしのキャッチコピーのことです。

人間の食べ物はすでに、その種の遺伝子、土壌や肥料から、人為的に操作され、
加工や流通、調理の過程では、化学薬品や人工甘味料に塗れて、偽装も横行するのに、
空腹さえ満たせるなら、品質に気遣うこともなく、安く手に入るなら選ぶこともせず、
見た目には美味く、食べても美味しく、有害と分かっていても、欲しくなるのが常です。
おなじように、薄っぺらな言葉もお手軽で、分かりやすく、心地のよいものです。

「地球に優しい・・・(人に、お年寄りに、お母さんに)」「女性が輝く社会」
「福島の子どもたちに、笑顔が戻った!」「感動をありがとう」「勇気をもらいました」
「決してあきらめない」「明けない夜はない」「がんばろう、ニッポン」「子どもは私たちの未来」

「人は口からプラスのことも、マイナスのことも言う。
だから<吐>という字は、「口」と、「+」と、「-」で出来ている。
人がマイナスのことを言わなくなると、「-」が消えて、<叶>という字になるんだ」


パキスタンの少女活動家、マララ・ユスフザイは、自伝で次にように述べます。
パウロ・コエーリョの『アルケミスト 夢を旅した少年』という本を貰い、おもしろくて、
繰り返し読んだけれど、彼女の結論は、決して安直な楽観ではありません。

「人がなにかを手に入れたいと思ったら、宇宙全体が示し合わせて、その手伝いをしてくれる」
というくだりがあった。著者のパウロ・コエーリョは、タリバンに出会ったことがないんだと思う。
パキスタンの役立たずの政治家とも、縁がないんだろう。
(マララ・ユスフザイ著『わたしはマララ』より)


思念すれば、イメージすれば、宇宙の力によって願望が実現するとか、
世の不幸には目を閉ざし、弱者を見棄てながら、笑顔こそが世界を救うとか、
短い人生を、無意味な功利に振り回される、日本の大人たちは、
ただ教育を受ける権利を訴えただけで、タリバーンに銃撃された、
一少女の真摯な問いかけを、やはり一笑に付すのでしょうか?

森有正の文章に戻ります。
では、「(言葉は)人間の経験と思考とを越えている」といいながら、
「本当の言葉となる」条件として、「経験」が不可欠であるというのは、
どういう意味なのでしょうか?
それは、言葉とは、『冠』のようなものだからなのです。

森有正が暮らした街の、自宅の裏手にある、古いロマネスク教会。
「四角い茶色の石を積んだだけの」小さな建物の、街の中心にある
ゴシック聖堂にもまさる、四角い塔について、次のように描かれています。

殊に小さい教会の塔はすばらしいのです。見るたびにその美しさに驚いています。日に焼けて茶色にくすんだ石を積み上げた塔は、・・・・・簡素な趣と、律儀な慎ましさをもって、青空のなかに立っています。もう何も考えないで塔を、ぼくは見ています。それは、それを造った人にとっては、長い模索と思考の末、それらのすべての経験の上に、冠のように現れたものなのです。(「ある夏の日の感想」より)

教会の塔がイメージできなければ、夕映えに浮かぶ五重塔でもいいと思いますが、
このように、人の苦しんだ「経験」の積み重ねの上に、「冠」のようにあらわれるもの。
それが、「言葉」であるということ。
しかしそれは、なんという深みと重さでしょうか。

愛とはなにか?善とは?希望や信仰、自由や平和とは? 
それらをいくら考えて見ても、だれにも分かりません。
言葉そのものから出発することは、できないからです。
言葉に命が宿るのは、それを生きた人格が存在するからです。

キリストの生涯が、「愛」であり、ソクラテスの行為が、「善」であるならば、
釈尊や孔子、ムハンマドらにも、それぞれに相応しい『冠』があるはずです。
ひとりひとりの生涯にも、行為にも、おのずからある言葉が、冠せられるはずです。

しかし、どうでしょうか? わたしたち「戦後日本人」のあり方は、
なんぴとも、それ以外の名を与えることは出来ないという意味でも、
「平和」という冠を戴くに、ふさわしいものだったのでしょうか?

そのことを少し、考えてゆきたいと思います。

(次回につづきます)

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NGC 2683: Edge-On Spiral Galaxy
Image Credit: Subaru Telescope (NAOJ), Hubble Space Telescope; Image Assembly, Processing, & Copyright: Robert Gendler



別窓 | impressions
初夏の彩り(1)
2014-05-19 Mon 00:18

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(左)キンギョソウ、スターチス、ストック

(右)ヤグルマソウ、ミヤコワスレ、ソネット、カワラナデシコ、ブプレリューム、菖蒲
   レースフラワー、キンセンカ、マトリカリア、スカビオサ、リキュウソウ


P5060332.jpg  5124.jpg

(左) シラン、ストック

(右) 菖蒲


みやこわすれ  P5150605.jpg 

(左) ミヤコワスレ、ムシクイノキ

(右) キンセンカ、カワラナデシコ


ばら  なんだろう?

(左) 薔薇

(右) 美女ナデシコ、 パンジー



別窓 | flowers & blossoms
星の間隙
2014-05-12 Mon 16:43

月のさやかな夜にも、星の瞬く夜にも、外に出て探してみよう。
毎晩、いまほど豪華な黄道帯を見逃すのは、人生の損失。

4つの惑星を過ぎ越して、蠍の火が水面を照らす、天の川の岸辺から、
星がいちばんたくさん重なって、暗くなって見える、光の底に降りてゆこう。

昨夜もまた、月と火星が、隣り合っていたね。
太古から、人の想像力をかき立ててきた、赤い惑星。
流砂の河床を、はじめて歩く地球人は、だれなのだろうか?
かれらは戻らず、そこに住んで、いつか運河を築くのだろうか?


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Valles Marineris: The Grand Canyon of Mars
Image Credit: Viking Project, USGS, NASA


星の間隙

さまざまなものごとの、埒の外にある
隠されたコードに導かれつつも・・・
目盛りよりも、間合いこそ大切な、
だれしも経験のある、
単純素朴な実感として・・・

星を見つめる瞳は、
宇宙の深さを宿すのだ。

・・・水平線に浮かぶ、月の姿に、
海に去った、恋人の嘆きを奏でる、
サッフォーの竪琴の、
切ない調べのように・・・

おごそかに、深く、 
身体には、宇宙が刻まれ、
なごやかに、優しく、
宇宙には、身体が描かれる。

予感しながらも、躊躇した、
光と闇の交感に、耐えなさい。
人ははじめ、完璧な球体だった。
その詩が、奇跡であるように・・・
愛が、ふたたび可能にする結合。

宇宙とは、畏怖すべきものだ。
万物もまた・・・・・そうだ。
ひとたび生まれ、世界に存在した生命は、
二度と滅びることはない。

夜明けとともに咲いて、
昼までには萎む花のように、
人との出会いと別れも、
これが最初で、最後ともなろう。

永遠とは、始まりも終わりもない、
輪廻のことではなく、
不死とは、 病んだ臓腑を新たにする、
若返りのことではなく、
記憶とは、 脳髄を駆けめぐる、
微弱な電気信号ではなく、
人も、その歴史も、
決して、「ちっぽけなもの」ではない。

けれども、星辰の間にあっては、
謙遜であらねば意味がない。

想像力とは、 時空間を観自在に
天翔ける羽衣なのか?
それとも、 鉄の靴が擦り切れるまで、
重荷を運ぶ牛歩なのか?

天の星は、過去の光。
時間が、晴れた空間になる。
けれども人々の隔たりは、
さらに遠く、さらに歪んで、淀んでいる。

・・・光を・・・跳躍できるのか?
「鉄の靴」こそが、推力になる。

軽々しく「愛」を弄して、
愛の全能に、惚けるのではなく、
天地の隔たりと、
まことの愛の不在と、
人の欲の残酷さに、
徹底的に傷いて、
打ち砕かれた骨となるためにも。

hs-2014-18_n2174rotateC_convert_20140511234651.jpg
At the Edge of NGC 2174  
Image Credit: NASA, ESA, Hubble Heritage Team (STScI/AURA)



別窓 | poems
『これが、国家なのか』 
2014-04-24 Thu 01:51

2011年3月を、日本人が 永遠に心に刻むように、
2014年4月を、韓国人は、決して忘れないだろう。

一方は天災で、一方は人災なのか・・・そうだろうか?
どちらも、おなじではないか。

国が、転覆したのだ。なすすべもなく、目の前で・・・
そして、たくさんの命が、奪われていった。

わかるだろう。そういうことなんだ。

真っ先に逃げ出した船長や、不甲斐ない船員たちの話も、
最後まで任務を全うして、命を落とした女性乗務員の話も、
楽しい修学旅行の途中で、犠牲になった生徒たちのことも、
残された遺族たちの慟哭も、李明博時代の規制緩和で、日本の古い船を買い、
安全を無視して改造し、積載量を超えた積荷を載せて航行し、
危険な水域で、未熟な舵を切ったことも、他のことも、もういいだろう。

連日の報道で、日本人はあることないことを、たっぷり聞かされ、
隣国の不幸に、呆れもすれば、涙もすれば、いよいよ蔑みもしたはずだ。

だからもう、そんなことは、話したくもない。


肝心なことだけ、書いておこう。

韓国人にできることが、なぜ日本人にはできないのか?


韓国紙「中央日報」は、こう記す(4月21日)。

この6日間、私たちの心はすべて、珍島沖の孟骨(メンゴル)水道に向かった。
無情に短い停潮時間、雨が降らないか、風はどれほど強いかと心配した。
奇跡が起こらないかと注視した。しかし昨日午後、次々と引き揚げられる
安山檀園高校の、生徒の遺体を見ながら、私たちは気を落とした。
この残忍な4月、大人の裏切りで、冷たい遺体となった17歳の生命…。

昨日は復活祭だった。半月後は釈迦誕辰日だ。
私たちは亡くなった生徒に、この野蛮な地に生まれ変われという、自信がない。

むしろ三国遺事の、『元暁大師と蛇福の話』から借りた、
小説家キム・フン氏の、26年前の弔辞が胸に響く。

「行きなさい。そしてふたたび、生死を繰り返してはいけない。
 人間であれ、畜生であれ、二度と生を受けてはいけない。
 腐って、“空”になりなさい。
 あなたが行ったそこはどうか・・・黄色い日が昇り、白い月が浮くのか」



なんという悲痛な、弔いの言葉であろうか。

「韓国は、子供たちに、幸福を約束できない国だ」と、罪状を告白しているのだ。

偽りの希望や、気休めのプラス思考、未来志向など、どこにもない。

凄惨な悲劇を、目の当たりにした、率直な気持だ。

韓国の人々はいま、自国を蝕む病と、受けた傷の深さと、
罪の重さとその代償の大きさに、打ち砕かれている。

あの転覆したセウォル号こそが、自分たちの国であり、社会そのものであり、
あれら無責任な船長と船員たちには、自分たちの姿が重なると・・・

どのメディアも、わが身を責めさいなむように、厳しく国のあり方を問う。
身から出た錆なのだから、その煩悶と慙愧、悔恨は、なおさら深い。

そうやって、国全体が慟哭している。


沈没事故
(写真はハンギョレ新聞より。雑誌「ハンギョレ21」の表紙)

「これが、国家なのか(이것이 국가인가)」。


日本に当てはめれば、福島の「死の街」を表紙にしてこそ、
もっともふさわしい、タイトルではないのか。

2011.3.11以来、枝野幸男の「ただちに影響はありません」から、
安倍晋三の「アンダーコントロール」まで、日本に住むわれわれも同じように、
どれほどの嘘と欺瞞と、無為無策と責任放棄を、見せ付けられてきたことか。

韓国では、当面の責任者は逮捕されたが、日本では罪の意識さえない。
だから異常なことが、これからも続く。そんな政府を、支持する限り。
声を上げるよりも、騙されているほうが心地がいいと、感じている限り。
このことは、これまでに何度も書いたので、いまさら虚しいばかりだが。


それにしても・・・事故当時、セウォル号の操舵を担当していたという、
経験の浅い、若い3等航海士の女性は、これからどうなるのだろうか?
過失致死とはいえ、あれほどの大惨事は、戦争での犠牲者にも等しい。
その事実の重さに、どうやって向き合ってゆけるのだろうか?

だが社会が真に甦るとは、彼女が法の裁きを受けて、その罪を償い、
生まれ変わった気持で、ふたたび世に、生きる場所を得てこそではないのか。

いま血を流しているのは、国そのもの、社会そのもの、われわれの時代でもある。

もう二度と、そこで生きようと志した海には、戻れないだろう。
海を見ることさえも、辛いだろう。生きている限り、贖罪の日々が続くはずだ。

それを思うときに私は、いつだれが、この若い3等航海士と同じように、
ある日突然、この時代の負債を、思いがけずも、一身に引き受けることになるのか、
今日明日、だれの身に起こっても、まったく不思議はないと、恐怖するのだ。
われわれの誰もが、この歪んだ社会のどこかに、組み込まれているのだから、
いつでも犠牲者や、あるいは加害者に、なりかねないということだ。

多くの人命を預かる輸送機関が、営利本位のいいかげんな会社に運営され、
労働者を低賃金で、使い捨てる非正規労働の問題(船長も契約社員だった)。
社員の教育は行き届かず、事なかれ主義が蔓延し、様々な不備が増大してゆく。

新自由主義が要求する、規制緩和のおそるべき実態に、踏み込んでゆけば、
日本にもそのまま当てはまる、会社や事故が、いくらでも思い当たるだろう。

事故を起こした船長船員や船会社のみ糾弾し、罰すれば済む問題ではない。
あそこに私がいる、あの会社はここにあもる・・・そこまで考えてみなければ。

限りなく痛ましく、寄る辺もなく悲しく、無性に腹立たしく、悔しく、
許しがたい事故であるからこそ、なおさら・・・子供たちのだれもが、
喜んで生まれてきて、幸せに生きられる、社会を模索してゆかなければ。

しかしそれは、多くの命を沈めてしまった、霧深い海の流れを渡るよりも、
さらに困難で、険しい道のりになるだろう。これからも、苦難は続くほかない。

韓国も、そして日本もまた・・・

経済成長という大義の大道を、脇目もふらずに暴走する、命を省みず、
せわしく、心を忘れ去った、人を人と思わぬ社会が作ってしまった、
このおなじ病、おなじ傷から、人間性をどうやって、回復させることができるのだろうか。




別窓 | impressions
桜咲く国の、花の心に・・・
2014-04-07 Mon 01:51

びかんちくのさくら2

倉敷美観地区(4月2日)。旧大原邸前の倉敷川と白鳥。
満開の桜は、そよとの風もなく、ただひとつの花びらも動かず、
その静的な息遣いが、待ちわびた春を、いまここに留めています。
桜の向こうにあるのは、ヤマモミジの紅い新芽です。

北帰行 わすれ白鳥 花の影 うつす水面の 雲間に遊び


おおはらていのさくら

倉敷川畔の、柳の芽吹きも鮮やかで、春のこの数日こそ、
大原美術館の、有名な「丸窓」からの眺めは、天下一品なのです。
(残念ながら撮影は禁止)

丸窓の 柳と桜 春を留め


椿越しの桜 

一般の桜便りよりも、やや遅めに咲き始める、わが家の桜です。
手前には藪椿、その向こうの低い樹はサクランボ、桜の足元には菜の花。


桜全景2

上の桜を真横から見ると、樹木らしくこんもりと、まあるい形になります。
満開の時期には、ここに友人知人、近所の方を招いて、お花見をいたします。
雨の午後、ようやく西日が射すころの、涼しげな様子です。
時期を少しずつずらして播いた、数種類の菜の花が、周りを囲みます。

ひとしきり 雲の行き交い 雨上がる 風の桜の 花の静けさ


青空に映える桜

枝ぶりは、あちこち伸び放題ですが、ただひとつの花も、
人の意識に染まろうとせず、咲くにも散るにも、「時知りてこそ」なのです。


さくらともものはな 

桜と一緒に、畑では桃の花も咲きます。
すぐそばに植えてあるので、両方を同時に楽しむことができます。
果樹にとって、花とはすなわち、ひとつの器官、役割に過ぎませんが、
対立と止揚を経て、より高く、完成されたものに向かう、美しい姿です。


もものはな

桃の花は、華やかというより勇ましく、元気な男の子のイメージがあります。
女性的なのは、神々の「不死の果実」にも似た、味わい深いその実でしょう。
春雷のとどろく、険しい雲行きの空にも、たじろがすに咲いている・・・
その気迫ある様子は、鬼に金棒ではないでしょうか。

そはまるで かみなり様か 桃の花


桜・作品1

桜を、ぼんぼりのようにして、生けてみました。
椿、桃、小手毬、貝母、クリスマスローズ、菜の花、鈴蘭水仙・・・
どれも、わが家の春を彩る花です。


桃花源の入口

そうして月影は、夜ごとに地上の花を訪ねて、息をもたらします。
桃ばたけも、夜のどこかに吸い込まれてゆきそうな、異界への入口です。

半夜月の 異界へ迷ふ 桃ばたけ

※半夜月(반야월 パニャウォル)


夜半月

半月の夜には、条件によって、月面に不思議な模様が現れる現象があります。
ブランキヌス、 ラカイユ、 プールバッハという、月面クレーターの壁面が、
朝日を浴びて輝くわずかな時間、その稜線を真上から、つまり地球から眺めながら、
そこに現れるある文字を探すのは、地球人にしか味わえない醍醐味です。

月峰の 朝の谷間に射す影は 桃と桜の 輪舞のかなた 


銀河と桜

それにしても、夜の神秘と荘厳さは、ただ花にのみふさわしく
人の存在も、その微かな物音も、思念さえも、恥ずかしいほどです。
星を仰ぐこと。無心であること。万有とひとつになること。
花に、人の心を投じるなかれ。むしろ人こそ、花の心を知るべし。
そのとき、星と花は、人の素肌になるでしょう。

夜桜2

すでにオリオン座は西に傾き、おおいぬとこいぬが、それを追いながら、
五車の星も落ちて行く。木星とふたご座が、帆のような三角を描いて、
松の梢に掛かるころ、青白い妖気の「積尸気」が、天を渡ってゆくと、
天は、銀河の北極に開かれて、勇壮な獅子や、おおぐまが闊歩します。

おとめ座に抱かれて、あちこちに蠢く火星は、ますます地球に近づき、
少し遅れて土星が、正義の女神の天秤に、掛かろうとしています。
まもなく北東の空には、織姫星が、南の低くには、さそり座が昇るでしょう。
春の夜空に、花を浮かべた夏銀河が、流れるでしょう。

黒き髪 梳かしささめく 夜の花 鏤む銀河水の 衣纏わん

※銀河水(운하수、ウナス。韓国語で天の川のこと。ミリネとも)

仙女峰の月夜

もし、桜の花咲く国に生まれた、幸せというものがあるとしたら、
それは、人の心には寄り添わぬ、花の心を知る、その喜びではないかと。



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予感する春
2014-03-29 Sat 01:04

3月29日に写真のみUPしておいて、本文を記述する余裕がなかったのですが、
それからほんの一週間で、春は日を待たず、つぎつぎに新しい姿を見せてくれます。

永き日の 暮れなずむ径に 菜の灯り

ゆすらうめ

これは、ユスラウメ。隣家との境に7本あります。
わが家の果樹のなかで、真っ先に咲く花は、サクランボ(実桜、みざくら)ですが、
その次に、このユスラウメと、スモモの花が咲きます。

ユスラウメの花は可愛らしく、細い枝に密に連なる宝石細工みたいです。
漢字では、櫻桃とか、梅桃とか、山櫻桃梅とか・・・いろんな表記があるのですが、
この花の、桜梅桃のようでもあり、また異なる・・・妙なる魅力が伝わります。

そして6月頃、サクランボのような形をした、朱い果実を就けるのですが、
思えばサクランボも、「桜桃」と呼ばれますね。日本語のユスラウメとは、
単純に樹を揺すってみたら、実が落ちるからだそうですが・・・花も実も繊細です。
「揺果花、揺梅花」とも表記することを、漢詩の先生に教わりました。

はなのかげ ほそきかいなに つらなりて みそらにたかき ゆすらうめよし

  
あみがさゆり つばき4 ふいりすずらん

この記事を「予感」と題したのは、それがいよいよ、桜が開花する直前だから。
桜が咲き始めてこそ、日本の春はほんとうの春になり、戻れない実感に満たされる。
でもそれまでの「春のあわい」ほど、霊妙さの窮まる瞬間はあるまいよ。
桜も桃も、花の開く直前の蕾の色合いが、なんともいえないのである。

春の彼岸を過ぎると、草花はついに目を覚ます。
裏庭の小径の両側には、各種の水仙花、クリスマスローズ、貝母(バイモ)、
ハナニラ、スノーフレーク、ムスカリ、菜の花・・・などなどが
とても慎ましく咲いており、まだ葉をつけていない、ナンキンハゼとエノキと
柿の樹の、枝間を通して射し込む春の光と風のなかで、揺れています。
(裏庭の全体写真がないのは、どの角度で写しても、
 物置小屋のようなワタクシの部屋が、丸見えになるからです)

左・・・貝母(バイモ、あみがさゆり)、クリスマスローズ、椿
中・・・連翹(れんぎょう)、土佐水木(とさみずき)、椿、霞草
右・・・スノーフレーク(鈴蘭水仙)

とさみずき3 つくし3

土佐水木は、マンサクやサンシュユに続いて、春を告げる黄色い花の代表です。
駐車場にあり、その足元はフキやミツバやドクダミの園になり、つくしも生えます。


しゅんらん2 馬酔木

春蘭は野生蘭の一種で、わが家の日陰に密生しているのですが、
なんといいますか、あんまり親しみがわかない・・・だって
見れば見るほど、妖精か異星人みたいな、風情ではありませんか。

馬酔木(あせび・あしび)。白や薄桃色の、鈴のような小花をつけます。
万葉集には、恋心を馬酔木の花に喩えた歌があり、微笑ましいです。

3沈丁花 はくもくれん3

沈丁花(じんちょうげ)の香りこそ、予感する春そのものです。

白木蓮(はくもくれん)は、早い年には3月に入るとすぐに咲くのですが、
今年は大変遅れて、下旬になってようやく、たくさんの白い蝋燭が灯り
天に立ち上るような、華麗なるマグノリアの姿を見せてくれました。

すそんふぁ1 ふきのとう

水仙はむかし、いろんな種類を植えましたが、いま残っているのは4種類だけ。
そのほとんどが日本水仙です。では・・・これは喇叭水仙ではないようですが、
なんなのでしょう?あまりに種類が多すぎて、ワタクシにもわからないのです・・・

蕗の薹(ふきのとう)はもう終わりを迎えますが、
咲き初めたスモモの枝と菜の花をあわせて生けてみました。
菜の花には、・・・黄金の輝きにもまさる、心があります。

はなにら しろばなたんぽぽ

ハナニラ(花韮)は、明治時代に観賞用として入ってきた園芸植物ですが、
繁殖力が強くて、畑などに一面咲いているのを、見かけることもあります。
ニラのように細い葉には、それこそニラのような香りを放ちますが、
整然とした6弁の、淡い紫色の花は、ベツレヘムの星とも呼ばれます。

この「シロバナタンポポ」は、西日本に多いとのことですが、
私には、タンポポといえば、この白のなかに黄が座る花のことです。
どうでしょうね、東日本でも見られるでしょうか?

れんぎょう3 すみれ3

連翹(れんぎょう)の力強くて、鮮やかな黄金色は、春の不安を忘れさせてくれます。

春の妖精・スミレは、いまどき、どこで見かけるでしょうか?
畑にもありますが、道端のアスファルトの割れ目や、水のない側溝の片隅にも、
おどろくほど群生していることがあり、その可憐さには、胸が詰まされます。
生命力が強いので、タネを播いておけば、翌年から楽しむことができるでしょう。

李

これぞ桜の咲く直前の、わずか一週間ほど、夢のような姿を見せてくれる
すももの花です。写真では解りにくいですが、樹は2本あります。
雪の峰のように、犯し難い気品があり、撮影した翌日の春の嵐に、
はや花吹雪となって舞い散り、いまは新しい葉に覆われています。

春のただ 七日のあいだ 神宿り ふれまじ咲くよ すももの花は 

すももの花吹雪

春の嵐に舞ったすももの花が、まるで純白の雪のように、畑の地面を覆い、
菜の花もタンポポも、ホトケノザもカラスノエンドウも、花の雪化粧を装いました。

月のない 春の夜更けに 雪の峰 嵐に崩れ 白き花舞い     

さてここからはクイズです。写真が拙くて申し訳ないのですが・・・
ここに挙げた6種類の花は、それぞれなんの花でしょうか?
ナシ、スモモ、モモ、サクラ、ユスラウメ、ウメのなかから、選んでください。

ペ - コピー すん

P3020331.jpg え

ちゃ ぽ

菜の花が咲き乱れる畑のまんなかに、桜の樹があります。
これはまだ5分咲きの頃の、夜の姿ですが・・・いまや妖艶なる姿を見せております。
その記事は、また数日後ということで・・・今夜は、花の夢をご覧くださいませ。

2よるのさくら 5分咲き


では、おやすみなさいませ。

(花に呆けてる場合じゃないだろうに・・・)
(いいんです。ワタクシメの仕事なんだから・・・)

別窓 | flowers & blossoms
紅梅と月世界
2014-03-16 Sun 23:16

P3180358.jpg

昨夜の・・・満月の夜の、庭の梅です。


いにしえの海を越えて、わが国にもたらされ、しっかりと根を降ろし、
その気品と芳香で、人々の心を潤しながら、歴史と文化を彩ってきた梅・・・

そうしたことどもを、思い巡らせながら、夜の庭を歩きました。


夜の梅



梅にそなわる品位が、その落ち着きと、かぐわしさにあるとすれば、
桜の、夢幻のごとき妖艶さとは、対照的だといえるでしょう。

桜が、春の女神の化身であるならば、
梅とは、あくまで人であり、悟りを開いた仏であるよりも、
人としての徳の高さと、叡智を身につけた、君子の馨しさが感じられます。


満月の夜 P3180373.jpg


夜も更けたころ、ひとり庭に降りる。

紅の梅の、重なる枝の透き間から、月の光が漏れる。

梯子を掛けて、樹に身を寄せ、香に抱かれて、満月に遊ぶ。

ああ、まるで、さざめく虹の入り江に、素足を浸しながら、

梅の、故郷なる国の、はるかな巡礼が語る、潮騒を聞くようだ・・・

無音の虚空の、しじまのなかだけに、奏でられる、調べがある。


「梅の香の 御簾をくぐりて 虹の江に 君を訪ねん 望月の夜


さまざまな想いが交錯しますが・・・

やはり、どんな言葉の網にも、捕らえてはならぬ・・・光景があるようです。
わたくしごときには、手も届かぬ梅花と、月の世界です。

(虹の入り江・・・月の地形のひとつ。地球にあるような、海や入り江ではありません)


梅と満月

別窓 | flowers & blossoms
冬の終わりに・・・・・駄句と写真で綴る「夜話」
2014-03-06 Thu 03:17

まだ風は冷たいけれど、一雨ごとに春めいてゆく。

でも、冬が去ってゆく、この時期はさみしい。
冬の凛冽な、美しさと厳しさ、緊張感が、とても好きなんだ。
寒さがゆるむと、気持も弛緩して、脳天気がおとずれる。

今年になってから、俳句?を始めてみた(決まり事は、無視します)。
さりげない日常の印象を、素朴な言葉に刻みたくなった。
私の文章は、もう冗漫すぎて、書き始めたら果てが無いですから。
まだ頭で作っている段階だけれど、しばらく続けてみるつもりです。

では、臆面もなき駄句で綴る、2013~14年の「冬の夜話」。
(イメージ写真を付けましたが、ないものもあります)


梢を照らす月。フォルダを整理していて見つけた写真。日付を見ると、秘密保護法が成立した数日後だ。やりきれない気持を持て余して、公園の並木道を歩きながら、ふと見上げた空に、携帯を向けたのだろう。憲兵も銃剣もなく、竹槍もモンペも要らないまま、ふたたび軍国の世が来たんだなあ。無情の光よ、なれど・・・。

良し悪しの ひとを隔てぬ 無量光

安倍晋三も、山本太郎も、私たちも、みな同じ原子で出来ている。
人は誰もが、大いに騒ぎ、焦り、荒れ狂い、いつも急いで、かならず過ちを犯す。
しかし天の意は深い。さらなる試練を与え、犠牲を求め、人を鍛えあげる。


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暦の上(というより二十四節気だが)での、「立冬」は11月初旬。ここ瀬戸内地方で、本格的に冬を感じるのは、菊花が終わり、紅葉も散り終えて、日足がいよいよ短くなる、12月に入ってからだ。樹々が裸になってしまうと、おどろくほど視界が開けて、空がずっと広がる。

薄明を残して、星を纏う空の、西の一隅に突如、小さな灯が現れる。
中国の宇宙ステーション「天宮」だ。ISSよりもずっと微かな光が、
宇宙空間を移動する様子を、日本の、枯れ葦原より仰ぎ見る。

夕星に 天宮の航る 冬景色


除夜の鐘。年を越えて深夜、老父母の代理で、近所の神社に初詣する。巨きな楠木に、社全体が覆われた鎮守の森は、子どもの頃の遊び場。ここに棲む、ミミズクの声を怖れながら、夜は勉強していた。だがかつてこの神社でも、兵隊に行く人への壮行式が行われ、日の丸が振られたのだ。そんなこと、生まれてこのかた、一度も考えたことがなかったが。

わかれ告げ 帰らぬ海に ひき裂かれ


元旦の午後は、阿智神社を訪れる。倉敷の一帯はかつて、阿智の穴海とよばれる遠浅の海だった。美観地区を見下ろす鶴形山も、島だったのだ。この丘にある阿智神社の三柱の女神さまは、オリオンの三つ星とのことで、海と航海の安全を見守る神さまだ。「星海守(ほしみまもり)」という、お守りを買う。時代は風雲急を告げる。いまこそ平和の海を!

ほしのうみ 守れる丘の つづみぼし

(日本では、オリオン座のことを、その形から「つづみ星」というらしい)


お正月の花といえば、蠟梅(ろうばい)。花びらは半透明で、蠟のような光沢があり、香り高い。内側の花弁は暗紫色。全体が黄色いのは素心蠟梅。まだ蕾の多い枝を頂いて、生けることから、一年が始まります。

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蝋梅を 手折りて 年の始めかな


冬の庭に可憐に咲いて、心を暖めてくれる山茶花。11月半ばごろ、白い花が咲き始め、紅は12月に入ってから。垣根などにも用いられる、気取らない庶民的な花。歌で聞くような焚き火の楽しみも、いまでは放射能汚染に奪われてしまった、日本の原風景のひとつ。

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いまはむかし 落ち葉に焼べた さつまいも


巨大彗星などと期待されたアイソン彗星は、太陽に接近したあげく、ジュ~と熔かされてしまったが、もうひとつのラブジョイ彗星は健在で、風騒ぐ夜空のかなたを、遠ざかってゆく。

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松風の 流離の底の ほうき星


凍れる季節の「青星(あおぼし)」とは、おおいぬ座のシリウスのこと。「焼き焦がすもの」を意味するほど、全天で最も凄烈な輝きを誇る。今年は木星が賑やかだが、神々の王ジュピターと言えど、この天狼星の強度にはとても敵わないね。そんな青い光を、白いサザンカの杯で受けてみる。

さざんかに あおぼし落ちる 夜半の瞬  

 
冬ほど自然界の光と影、その本来の姿と色彩を、鋭い感度で体感できる季節はないと思う。かつて生命を謳歌したものの朽ちた姿、落葉や、道端の柵や線路脇の枯れた雑草にも、いたわりの想いを持ちたいし、木枯らしに衣を奪われた冬木立が、寒空に映える姿にも心打たれる。早朝、霜に縁取られた冬草も、身を引き締める。

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寒空に セントエルモの 炎燃ゆ 
  

冬の葉の色彩は鮮やかだ。街角の花壇や小さな公園、家の庭でも、充分に楽しめる。ヒペリカム、カシワバアジサイ、キリシマツヅジ、ヒイラギナンテン、足元のシノブや、蔦のヘデラなどなど・・・秋の照葉にも劣らぬ。針葉樹も、寒気がその葉を、黄金色や銅色に変える。冬にこそ、艶やかな緑なす植物もある。目の覚める彩りを、見逃すのは惜しい限り。

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冬光り 黄金の衣 緋の産着 

命あるものの うしおは 葉をめぐり



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冬畑 翡翠の尾に化け きつねばな


清流の山里に佇む○○庵で、初釜に。雨が露地をうるおし、空は明るかった。山肌の南天は、錦のような葉に沢山の実を配して、それはそれは豪華絢爛。草木を愛でるのは、お金の要らない最高の贅沢なんだ。(写真は、残念ながら、わが家の南天です。あしからず)

88.jpg なんてん


雨の光沢 南天 山居を彩りて 


南天ばかりでなく、冬はあちこちで、鮮やかな朱い実が見られる。お正月に飾られる千両、こんもりと背の低い万両、ヤブコウジのことは百両というらしい。木は、北国ならナナカマドだけれど、この辺りではクロガネモチやソヨゴ、サンゴジュ、タチバナモドキなどだろうか。冬の真っ赤な実は、夏が残した小さな太陽だ。実家の庭のものは、どれも懐かしく愛おしい。

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朱い実に 夏を宿して 星と霜

ひとの興 彼には死活 鳥と実の



朱い実ばかりでなく、黒い実もある。ネズミモチは初夏に、タマツバキと呼ばれる白い穂状の花をたくさんつけ、冬に楕円形の黒い実が熟する。ネズミの糞に似ている・・・そうだが、気にせず装飾に使っている。潰れた実の風情までが、天然の葡萄を思わせる。まことに実ものは夏の名残。写真は、右がネズミモチ、左はシャリンバイ。

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ねずみもち 月に翳せば 黒葡萄


黄色い実もお馴染みだ。冬は柑橘類の季節。思い浮かべるだけで口が甘酸っぱい。「ミルガム(밀감)」とは、韓国語で「蜜柑」をそのまま読んだ発音。(みかんの実は、「귤キュル」です。お間違いなく)。恥ずかしい失敗談のひとつ。氷点下の厳寒にも、熱苦しく、大忙しで過ごした留学時代。

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三日月に ミルガム載せて さきを急ぎ


石蕗(つわぶき)は、秋に黄色い花を咲かせて、終わりの蝶を招く。冬には花のあとに、タンポポと同じような綿毛のついた種子ができ、風に舞って運ばれる。だが・・・このうち命を繋げられるのは、どれだけだろうか・・・

石蕗の花 川面の羽根に すがた変え


毎日通う、駅に向かう道端の枇杷(びわ)の木が、花をつけるのはこの季節。高い位置にあり、目立たない小花なので、気付く人は少ないようだが、傍らをせわしなく過ぎ越してゆく靴音が、夕刻の渇いた空に響く。(左が枇杷の花、右がヤツデ)

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枇杷の花 月影踏みて 石踏みて


おおぐま座の轅星(ながえぼし)とは、北斗七星のこと。一月の下旬の夜には、東北の空に昇る。雄渾な星座が見守る、ある家屋の二階から、柿の枝越しに灯が漏れる。心を病み、もう数年来、家から出てこない友達の影だ。

ながえぼし 柿の梢に 二階屋の灯


オリオン座の足元から、ひとすじの川が流れている。暗い星が連なって、蛇行しながら南下してゆくエリダヌス座。その最南端には、アケルナルと呼ばれる明るい1等星があるが、九州以北では水平線の下に隠れて見えない。わずか2度の高さのカノープスとともに、南天に輝ける、憧れの星のひとつ。

エリダヌス 川路の果ての アケルナル


八手(ヤツデ)と言う植物は、葉も花も奇妙な形をしていて、庭に魔よけとして植えられたり、葉は天狗の羽団扇とも呼ばれたりする。冬には枝の先に、白い小花を球状につけるので、勝手に「八手鞠」と呼んでいる。浮世離れした風情が、地球には勿体ない気がして、無理を承知で、別の天体に連れてゆきたくなる。

イトカワに 戻って植えたし 八手鞠 


葉牡丹は、キャベツの別品種を改良したもので、いかにも野菜の趣だが、紅紫色の葉の重なりが、真冬の花壇で、牡丹や薔薇にも劣らぬ味わいをだす。一角獣とはユニコーンのこと。清らかな処女にしか触れられないとか。いっかくじゅう座は、冬の空でおおいぬ座、こいぬ座の間に挟まれた目立たない星座だが、ここにあるバラ星雲(NGC2238)は、冬の葉牡丹を連想させてしまう。

葉牡丹で 一角獣を 誘いたや


街を歩いていると、寒の最中に、薄紅色の桜が満開だった。1~2月に開花する「ヒマラヤ桜」。高地の冷涼な気候を離れ、ビルと排ガスの谷間に移され、道行く人々のなかで、花はなおも季節に随順す。

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冬桜 鳥なき谷に 影ありて


冬に咲く薔薇は明るいけれど、それを牢獄に届けたからとて、鉄格子の鍵は壊れないのだ。無理やり作らされる笑顔や感謝の言葉ほど、酷いものはない。そんなものよりも、私たちは、あなたがたの自由を欲しています。

寒の薔薇 人屋の母娘に 春遠く


春を告げる花は、やはり梅。膨らむ蕾に、今年は立春までに咲くかなあと、いつも楽しみ。地面には、貝母(バイモ)や遅咲きの水仙、クロッカス、チューリップなどが芽を出す。松葉や団栗、山茶花の落ちた庭の苔も、ふんわりと新しい緑に替わって、陽に柔らかい。三寒四温、大地が目を覚ます。


苔はおもしろい生き物だ。苔玉に使うだけではもったいない。足元の小宇宙を観察してみよう。地の湿っぽい、ぬくもりが伝わってくるだろうか。

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地の衣 地の肌 日毎によみがえり


竜のひげ、蛇のひげとも呼ばれる、庭石の間や、垣根の足元に植えられる、細長く糸状の葉をもつ多年草は、冬になると、その懐に、青い地球のような美しい玉をつける。それが「竜の玉」。実ではなくて種子らしい。

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犬走り 路地に追い込み 竜の玉


侘助は、年の暮れごろから咲き始め、春まで長い。わが家の花は白侘助。他に紅や、赤地に白などもあり、椿よりも小さく、花数も少なく、いつも頭を下げるように慎ましい趣が、茶人に愛されてきた。伝説では、豊臣秀吉の朝鮮出兵のとき、加藤清正が持ち帰ったともいわれる。好きな花だが、そんな話には、遣る瀬無い気持になる。

わびすけ

古地離れ わびすけ庭に うつむけり 


2月、列島は大雪に覆われた。春の雪は、水分を含んで溶けやすい。真冬の粉雪がさらさらと花を覆えば、美しいレースの刺繍になるのに、重たい雪はたくさんの花を、一度に傷めてしまった。雪だるまは面倒なので、ユキウサギを作ってみたが、夕方までには消えてしまった。右奥手の花は山茶花。

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ひたひたひた 融けるよ 跳ねよ 雪うさぎ 


そして、咲き始めた梅にも、雪のひらが舞った。

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一枝梅 天日翳り 頬に雪


畑地もすっかり真白に覆われ、水仙も雪折れてしまった。青白い地上を、月が照らした。「猛吹雪の死闘」を繰り広げた人々を案じながらも、心安らかな想いがめぐる夜だった。

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音絶えて 銀の夜 月の水仙花


花梨は花も実も、樹皮が剥がれ上へ上へ伸びてゆく、硬い枝も大好きだ。秋の終わりに、ちょっと不恰好な実が熟し、部屋の芳香にしたり、砂糖漬けにしたものを、風邪の咳止めなどに使っている。選挙結果を嬉々と伝える、NHKをよそ目に、花梨を取る。

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かりんの実 失意の頬に 香ばしき


雪割草が今年も顔をのぞかせた。咲き始めは可愛くて、慎ましい。季節は一刻も停まらない。若い人たちの目覚めと、活躍を頼もしく思う。そばに朽ちた葉は、不甲斐ないわれらの世代であろう。

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雪割りて 萌えよ若草 紅の朝


2月の深夜は、もう春の星座が主役だ。今年は、火星がおとめ座に入り、土星はてんびん座に移っている。火星は4月にかけて地球に接近するので、おとめ座の真珠星(スピカ)と赤い惑星との共演が華やかだろう。この時期も夜の11時になれば、東の空に見える。

いくさの神 正義の女神に 心騒ぎ

(神話では、火星は軍神マルス、おとめ座は、正義の女神アストライア)


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昨年ロシアに隕石が落下したのも、この頃だったかな。その翌日、夜明け前の庭に出て、地球に接近した別の岩が、しし座の足元を掠めてゆくその下で、不埒な空想に浸っていた。2週間ほど前にも、小惑星が近くを通過したらしい。宇宙とは、なかなか物騒なところなのだ。(写真は木星。小惑星は肉眼では見えません)

ひと蹴りで 岩も落とすや 天の獅子


スミレは、ふつう4月になってから、庭の隅や道端に咲くけれど、これは少し葉が丸い形をしている、立壺菫(タチツボスミレ)で、2月にはすでに咲く。わが家では、ユスラウメの木立の下に群生しているので、寒中にはもう探しに行き、株が凍らないように枯葉で覆ってやる。2月になって、またたずねてみると、健気な花が、そこここに咲いていた。

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冬すみれ さがしに通う 枯れ木立

落葉わけて ふたつ見つけた 冬すみれ



庭のいちばん奥にある藪椿。2月の午後の、光と影が彩なす夢幻を、
もう、なんと表現すればいいのだろうか?

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如月の 庭に艶なり 黒椿


夜明けを映した曙つばきは、まことに傷つきやすい。
地上のありさまを嘆いて消えてゆく、月の溜息のように。

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あけぼのに 傷みて 白い 月落ちて 


蝶の季節にはまだ早いけれど、畑の菜の花も咲き始めた。

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菜の花に 木漏れる影と 陽のしずく

奪われし 野の春 恨み 千年や



寒あやめは、夏の菖蒲に比べると、ずっと小さくて、色も淡い。冷たい陽差しのなかで、蝶のように花弁を広げて、春を招く期待感が好きだ。

寒あやめ 揺れて胡蝶の 夢を誘い


人工の光も、そんなに悪くない。夜に静けさと安らぎを演出してくれる、やわらかい門灯に雨粒が反射して、庭先のクマザサの、見事な形を引き立てた。

宵の雨 灯に見遣る 斑入り笹


この頃には、畑仕事もずっと楽になる。長い冬を、植物はさまざまに姿を変えて過ごす。種子として、球根として、地下茎として、冬芽として、地面にぴったり張り付くロゼットとして。早春、夢のような世界が足元に広がる。フキノトウが顔をのぞかせる。ナズナ、ハコベラ、オイヌノフグリなどの小花が、数えきれないほど咲き乱れて、あたり一面を春の星畑にする。蒼白いかに座が天を渡る。(かに座の星団M44は、中国では「積尸気」。和名を「魂緒の星」)


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ふきのとう あわきみなもの たまおぼし

瑠璃の花 絹の花よ あしもとに こぼれる花や 春の星屑



2月の終わりに、福寿草が開いた。日が蔭ると花も萎む、春の儚きいのち。日に日に伸びて蕾をつけたバイモと、クリスマスローズ(寒芍薬)を飾り、重々しくベートーヴェンを聴く。

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福寿草 陽の光だけに 笑いかけ

寒芍薬 かたわらに聴く エグモント



生きている限り日本人として、3月を忘れない。来る年毎に、悲しみを新たにするだろう。あれから3年。いまではPMがどうのだって?朝鮮人を殺せだと?いまある日本を恥じ入るよ。人は忘れ、自他を誤魔化し続ける。だが自然界はすべてを記憶して、素直に涙する。二度と回復できない国土がある。暗い未来が待つ。死者たちは、こんな国を望んだのか。

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待ちわびた 花をいだきて 波に消えぬ

春あさく 原子野はとほく 空はけぶり   



花籠にいっぱい、生さぬ子らへの想いを託して、桃の節句を祝おう。

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春風に いさみ咲けよ 万の花






別窓 | flowers & blossoms
冬の彩り(2)
2014-02-01 Sat 19:26

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土佐水木、笹、椿(薄紅)
この椿、種類は分からないのですが、今年もようやく咲き始め、
春に向かって、あうれるように花をつけてくれそうです。
土佐水木にレモン色の花が咲くのも、楽しみです。   


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イヌマキと千両の実に、夏と秋の名残も添えておきました。
コバナズイナの紅葉、殻になったホウズキの実


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白梅と椿(曙)
旧正月のころになると、梅の開花が待ち遠しいですね。
この椿は寒さに当たると、すぐに花が傷むので、
葉の奥で守られながら、ほころびかけたものを、いただきました。
固い蕾のころの風情も、すばらしいです。


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蝋梅、椿(侘助)
これはまだ、一月の中ごろに生けたものですが、
小さな白侘助は、この寒の時期に、ほんとうに慎ましく、可愛い花です。


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チューリップ、カーネーション、ニゲラ、菜の花、
スプレー菊、枝垂れ柳、青文字、レースフラワー

身近に手に入る花材で、アレンジしてみました。

別窓 | flowers & blossoms
冬の彩り(その一)
2014-01-06 Mon 22:28

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         初冬から晩春までの、ながい季節を彩る花が、椿です。

         この花は、「藪椿」(やぶつばき)。
         我が家の庭の、いちばん奥の、それこそ藪の中にあり、
         低い角度で、ななめに射し込む、やわらかい陽の光が、
         舞台奥に佇む花の精を、妖艶に浮かび上がらせ、息をのみます。
         冬の午後、2時過ぎに、我が家を訪れたお客様は、幸運です。

         気持の落ち込んだときには、なんでもいいから、
         赤い花を一輪、お部屋に飾ってみてください。
         少なくともワタクシには、効果満点なのです。
        
        
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         日本水仙(にほんすいせん)は、寒風のなか、群れ咲いて、
         切り取って生けるのが、惜しくてなりません。
         だからこそ、この花の姿の、凛とした品位、
         清らかさ、潔さ、香り高さを、表現しなければ・・・
         まだまだ修行が足りなくて、悩みます。
                   
         藪柑子(やぶこうじ)を、添えたかったのですが、
         今年はほとんど、実を就けなかったので、
         南天(なんてん)を、アクセサリーのように・・・
                 
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         お正月には、かならず咲き匂う、蝋梅(ろうばい)と 
         秋明菊(しゅうめいぎく)の、花の終わった後にできた、
         ワタのようなものの風情が面白くて、合わせてみました。
         あえて、こういう趣向もいいものかと・・・           


               ☆     ☆     ☆        
    

         今年はなんだか、マイルドなお正月でした。             
         空の色も、むかしとは、すっかり変わって穏やかです。                         
         むかしは、もっと透明で、果てなく広く、凛冽だった。
         松の梢に、白や灰色の雲が流れるのを、見飽きなかった。   

         冬は毎晩、窓の外をヒューヒューとうなり、わたってゆく、
         松風の音を聞きながら、眠りについた。

         その音は、鼓膜を揺すり、子供の心を騒がせて、             
         見えないけれど、確かにある、遠い世界へ連れて行った・・・
         
         中国山地を越え、出雲平野を吹きぬけ、日本海を渡って、
         シベリアの雪原へ・・・それから、もっとずっと西へ
         “バイコヌール”へ・・・! 北極星に向かうんだ・・・! 
    
         あのころわが家は、大きな松に、囲まれていたけれど、
         いまは2本しか残っていない。松風の音もない・・・

         ああ、それでも、星に魅入られた瞳は、
         今夜も、宇宙の深さになる。
                       
                      
         今年は、花の記事も、たくさん書いてみたいですね。
         (そんな余裕があると思うのか・・・) 


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         メタセコイアの冬木立。夕陽が梢を染める。(未来公園)


                           
        どこでいつ生まれた身かは、自分にも分からないが、
        ロシアは私にとって、永遠の神秘として留まるだろう。
        ロシアは、すべてを含みこんでいるのだから。
        人類も、東方も、聖なる魅力も、西側のイヂオチズムも、
        メタフィジックな広がりも、修道院も、草のそよぎも、グノーシスも。

        だが、ロシアにおける最も気高いものは、
        人間の目、人間の智恵から、容易に滑り落ちてしまう・・・
        私はひとつのことを信じている。
        つまり、われわれの人類、というか、現代文明を、
        清算すべきときに来ているのだということ。
        なにしろ、この現代文明とやらから生き残ったものは、
        ひとえに名前のみなのだから。
        しかるに名前とは、巨大で貪欲な屍ではないか。
        いったいなぜ、そんな名前などと関わりあうのか。  
        地獄に落ちるくらいが、関の山というのに・・・

        さしあたり不可能なことではあれ、
        われわれの惑星に、渡ってきたほうがよいかもしれない。
        そしてこの惑星をロシアと名づけ、いわゆる人類抜きで、
        ここに一つとなって暮らしたほうが。深遠なるロシアの歌が、
        ピタゴラス派の天上の音楽のように、響きわたるように、
        われわれの、自分たちの、捕らえがたい、遠い、
        魂を揺さぶるような世界を、最終的に創造するのだ・・・。
    
        そして星々と並んで、私たちの白樺が輝くように・・・  

        ユーリー・マムレーエフ『墓場の人々』より
       (亀山郁夫『あまりにロシア的な』より、引用したものです)
                 

       

別窓 | flowers & blossoms
Merry Christmas!!!
2013-12-24 Tue 13:35




Merry Christmas!!!

太陽系最大の惑星、木星が、ベツレヘムの星のように輝く・・・
イヴの夜に、星狩りが大好きなキャロルを、お贈りいたします。

Veni Veni Emmanuel (Oh come, Oh come, Emmanuel)

「来たれ、インマヌエル」(日本語の賛美歌では「久しく待ちにし」)は、
もともと中世のラテン語聖歌で、救い主を待ち望む、切実な祈りです。
クリスマスを迎えるアドヴェントの期間に、広く歌われます。

「インマヌエル」とは、旧約聖書で、その誕生が預言された人物の名前。
ヘブライ語で、「主は、われらとともに」との意味です。

旧約時代、国を滅ぼされ、バビロンに捕囚された、イスラエルの民は、
メシア(救い主)の誕生に希望を繋いて、苦難の歳月に耐えました。


見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。
(旧約聖書・イザヤ書 第7章14節)



キリスト教ではこれを、イエス・キリストの誕生として解釈します。

世界で最初の、クリスマスプレゼントとは、
神が約束されたとおりに、人間を信じて、幼子の姿となり、
マリアとヨセフという貧しく若い夫婦に、自らを委ねた「託身」。

神さまが、ご自身を与えてくださったのだと・・・

どんなに高価な品物にも、どんなに美しい言葉にも勝る、最高の愛の証は、
自分の人生そのものを、相手のために差し出すこと。
神様が幼子となって地上に来られたというのは、つまりそういうことなのです。
今晩も、皆さんの上に、神様の祝福がありますように。
(2013年12月24日 片柳神父のツイッターより)


この意義を、いろいろ思い巡らす人もいれば、反発を感じる人もいますが、
クリスチャンか、他の宗教か、無神論者かは、問題ではありません。

ミッション系の中学に入学して、はじめてミサ聖祭に参列したとき、
担任だったシスターは、生徒たちに、こんな風におっしゃいました。

「みなさんのなかには、クリスチャンでない人のほうが多いし、
 特定の宗教をもたれている人も、もちろんいるでしょう。
 ミサに出たくない人がいるなら、申し出てください。
 でも一緒に、ミサに出席しても、キリスト教の神さまではなく、
 ご自身の信じる神さまに、お祈りしていただければ、いいのですよ」。


イエス自身も、他の宗教を否定するような人物ではありませんでした。

クリスマスを、家族と過ごす人も、ひとりで過ごす人も、
世界中がこの聖夜に、ひとつの祈りと喜びに包まれる・・・・・
どうかそのなかに、あなたのお祈りも、ご一緒に捧げてください。

世の不正や、虐げたらた人々の有り様を知ったとき、
心に感じる痛みは、神と人との、直接的な接触。
最も弱い者たちと、共にある神が、人間の愛と、助けを求める姿。
だからこそ大切なのは、子供たちを世話するときのような、
無条件の優しさ、慈しみと注意深さ、素直さと分かち合い。

闇のなかに光を、苦難のなかに希望を求めて歩む、
みなさま方の魂が、心をふるわせる祈りの歌と、
星辰のあいだで、極光をまとう大地につつまれて、
神の平和のうちに、心安らかに過ごせませすように。


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An infrared Spitzer Space Telescope image of NGC 2264
Credit: SIRTF/NASA/ESA.

クリスマスツリー星団(いっかくじゅう座。約2400光年)
冬の天の川のなかで輝く、双眼鏡でも見える星団(NGC2264)です。


Glory to God in the highest,
and on earth Peace,
good will toward men and women.

Amen




別窓 | faith & prayer
星の聖痕
2013-12-09 Mon 00:54

12月6日の夜、参議院本会議において、『特定秘密保護法』が可決・成立。
不戦を誓った、日本国の心臓に、またひとつ毒矢が放たれた。

その瞬間を、インターネット中継で視聴した。
頭が真っ白になり、賛成・反対の票数さえ、聞き取れなかった。

人間にとって、もっとも大切なものは、自由だ。

とりあえず、さまざまな印象を、詩の言葉に託そう。
「この星に生きる、いのちのひとつとして」(山本太郎)。
まとまった感想は、できればまた後日に、あらためて。
今夜はすこし、静かな物思いに、ふけりたいのです。


おばか映画の、感動?シーンに流れるテーマの、静謐なピアノ・アレンジ。
Armageddonより、A Wing and A Prayer、他をどうぞ。






星の聖痕


夏は沈み、秋も過ぎ去り、月も、金星も姿を消した、
その夜の底は、暗く、冷たく、よそよそしかったか? 
真夜中は、隕石のように熱く、轟いて、闇を焦がした。
上気する大洋の幻ではなく、取り戻すべき明日が、肉眼で見えた。
あてなき夢や、うつろな瞳は、もうどこにもなかった。

どれほど打ち拉がれても、かならず立ち戻る。
地の息が霜となった朝、旅の彗星を滅してしまった、
あの太陽よりも、ずっと昔に、わたしの命を創られた、神のもとに。
千も万も吹き荒ぶ、世の嵐に抗しながら、あなたの園へ。
夕の風が吹くころ、だれにも隠れずに、もういちど自由に、
知識の果実ではなく、蒼穹の星に、両の腕(かいな)を伸ばすために。

自由の喜びに、胸を張って、歩いてゆこう。
やがて、弓矢も凍る季節がおとずれようとも、
逃げ出して、道に迷い、凍える友らを叱らず、励ましながら、
ひとりからひとりへ、手に手を握り、傷と傷とを重ね合わせて。
雪の衣を血に染めた、気高い姉妹たちを、悼みながら、
その日を恐れず、歴史の荒野に、光の種を、播き続けよう。
葬られた過去は、足音のように消え果てぬ、未来に埋められた地雷。
子どもたちの四肢が、千切れ飛ぶ前に、わが身を与えよう。

それから、どこまでも高く、限りなく上昇してゆこう。
この小さなふるさとだけが、いのちの棲家ではないのだから。
人はもう、鈍色の雨の野で、無心に花を摘む、悲しみの器ではなく、
火の衣を落とした、冬木立のように、威厳ある、七つの光を纏うだろう。
自由な魂は、風見の鶏に、道案内を頼まず、ただひとり立って、
神とともに歩み、いく世も明けぬ闇夜の、絶望と苦悩と不幸を、
すすんで肩に負い、海の極みを踏んで、重力に耐えぬくだろう。

あの月の面(おもて)に、どれほどの岩が、降りそそいだことか。
乳白の頬を、無慈悲に裂いた光条は、霊魂の消えない焼印。
人となり、人のあいだで生きた、神の受けた傷、流した血。
いくたびも混乱し、破壊され、人の罪業に、滅びかけた世界は、
聖痕に焼かれた女たち、男たちの、絶えざる祈り、屈せぬ闘いに、
ようやく赦され、救われ、贖われて、朝のように生まれ変わる。
人知れず、犠牲は成し遂げられ、世界は更新される。

奇跡の星に生まれて来る、まだ見ぬ、子どもたちよ。
天の十字架が、風の大地に突き刺さる、美しい冬の夜よ。


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Image of Milky Way behind Earth. Author unknown.




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